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第3章 彼方に消えしは幽冥街

第67話:アシュラ・トリムルティ

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「アイツァ……ハトホルフリートに投網とあみをかけた奴ぜよ!?」

 物陰から覗いていたダインはサングラスをずらすと、地下から現れた蜘蛛の女王に目を見張った。艦橋から見た姿を再確認しているのだろう。

 見える部分だけで40mを越え、全長は窺い知れない。

 その見えている部分は線の細い女性的なフォルムをした蜘蛛人間で、異様に長い腕が蜘蛛の足っぽくなっており、五指も関節が増えて長くなっていた。

 眼は大きな複眼に変わり、その口もまるっきり蜘蛛の顎だ。

 長い髪を垂らしてうなだれる姿は、巨大な幽霊に見えなくもない。

「あの地下に蜘蛛のお腹があるっぽいッスね……」

 デザイン的には、蜘蛛の頭部分から人間の上半身が生えているようなフォルムらしい。漫画かゲームでこのような半分人間で半分蜘蛛の怪物を、マリナも見たことがある。だが、もうちょっと可愛らしいデザインだったはずだ。

 ここまでおぞましい変貌っぷりには、戦慄せざるを得ない。

 ある意味、ニンゲンモドキより恐ろしい。

「これがゼガイさんのお姉さん……? どうしてこんな……」

「多分、ゼガイの言ってた転移のトラブルッスね」

 SF物でよくあるッス、とフミカは解釈する。

「転移装置に2種類の生物を入れて転送させると、遺伝子レベルで混ざって怪物になったり、人間を転移させた座標軸に他の生物がいると、いい感じで融合しちゃったりと……その結果があんなになるッス、多分」

「恐怖のハエ人間ちゅうんじゃったか?」

 そんなんあったのぉ、とダインが話を聞いて納得する。

「それでゼガイさんのお姉さんは、別次元から来ていたアトラクアの女王と混ざってあんな姿に……しかも、この世界が欲しいって……」

 蜘蛛の女王に意識を乗っ取られている?

 いや、彼女は自分の想いを裏切ったジェネシスを恨んでいた。

 帰るための手助けをしてくれない現実世界も憎んでいただろうし、正体不明の幻想世界ファンタジアにも恐れを抱いていただろう。

 恨み、憎しみ、恐れ、様々な感情が渦巻いていたはずだ。

「そうした気持ちが女王の意識と同調シンクロしちゃったんでしょうか……?」

「妙な具合に意気投合しちまったのかも知れんのぉ」
「二つの感情が折り合いつけるみたいに融合した可能性もあるッスね」

 ダインとフミカはそれぞれの見解を示した。

 どちらにせよ、ゼガイの姉はこの世界を欲する魔神となってしまったのだ。

 哀れむべきか、恐れるべきか──マリナは複雑な気持ちになる。

 ピピピッ! とフミカのウィンドウが異常を検知した。

「あ……ッ! あの女王のいる地下に……空間の裂け目があるッス!」

「本当ですか、フミカさん!?」

 思わず身を乗り出そうとするマリナを、またダインが制してくれた。

ちょくで見ちゃいかんきに、フミのウインドで確認せぇ」

 フミカが高層ビルを走査スキャンした結果が、ウィンドウへ立体的に表示される。ここの地下には確かに空間の裂け目らしきものがあった。

 しかも、地面に対して水平に──。

「……こりゃ一見すると地割れと区別がつかんぜよ」

「そッスよねー。ただ、アブホスの親玉ん時よりは大きくないのが不幸中の幸いッスかね……縦50mもないし、幅も20m弱ってとこッス」

 蜘蛛の女王の大きな腹部は、その裂け目を通り抜けられないのだ。

「どうやらお尻のデカさが災いして、幻想世界こっちに来られないみたいッスね」
「アニキの巨尻が洞窟の狭いとこでつっかかったのと同じぜよ」

 本人を前にしては絶対に言えない。

 恐らく──幽冥街その物が“フタ”にもなっているのだ。

 最初から幻想世界の地面に空間の裂け目が開いており、蜘蛛の女王はそこを通り抜けようと陣取っていた。

 そこに空間転移した幽冥街が“蓋”をした形になった。

 その際、ゼガイの姉と蜘蛛の女王は融合してしまったのだろう。

「ですが──ぼくの姉さんはとても美食家グルメでしてね」

 ゼガイの話が再開される。

 どのようなことが起きたのかは想像に難くないが、半ばアトラクア化したゼガイは「幻想世界をる!」と宣言した後、しばらく高笑いしていた。

 でも、まだ喋り足りないらしい。

「この世界を奪うと言いましたが、姉さんが欲しいのは原住民とプレイヤー……その“心”が欲しいと仰っています」

 心? とドンカイとクロコが不思議そうに顔を見合わせる。

 マリナたちとて同様だ。意味がわからない。

 心を欲しがる──それはどのような意味でなのか? 

 その真意をゼガイは語る。

「心の持つエネルギーはね、実に強大なものなのですよ……」

 喜怒哀楽が引き起こすパワーは人間の世界を如何いかに変えてきたか?

 欲望に突き動かされた人間は何でもするし、幸せを求めて身を粉にするまで働く人間はどれほどいるか、希望があれば人間は地獄のような日々にも耐えうる。憎しみや怒りに駆られて常識はずれな力を発揮する例だって珍しくはない。

 すべては──心より生じる無限大のパワー。

「姉さんはそれが欲しいと仰ってるんです……」

 こんな風にね、とゼガイは宝杖を頭上へと突き上げる。

 宝杖からいくつか光球が浮かび、薄暗い高層ビル内を照らし出す。

 クロコたちもだが、マリナたちも愕然とする。

 吹き抜けにされたビルの内壁を覆う、蜘蛛の糸でできた壁。

 そこに──無数のマユが貼り付けられていた。

 大きい物にはニンゲンモドキ、小さい物には人間。どちらも胎児のようなポーズで包まれている。うっすら透けているので姿勢だけはわかった。

「姉さんの作った“揺り籠”の中で、彼らは幸せな夢を見ています……人によって幸せの定義は違いますから、その人に見合った幸せな夢を見ていることでしょう……その夢を見ると、彼らは心の力をたっぷり出してくれます……」

 ドクン、と大きな鼓動が高層ビル内を駆け巡る。

 鼓動に合わせて繭が柔らかい光を発すると、その光は液体のように流動して蜘蛛の糸を伝い、アトラクアの女王に吸い上げられていく。

 吸い上げた女王は──歓喜の鳴き声を上げた。

「それを姉さんが吸い上げる……本当、美食家で困りますよ……」

 喜ぶ女王の姿を、ゼガイは恍惚の表情で見とれていた。

 繭にはこの世界の住人や、プレイヤーたちが囚われている。

 ならば、繭を破れば助けられるのではないか?

「おっと、妙なことは考えない方がよろしい」

 こちらの目論見を見透かしたゼガイは、宝杖を振ると簡単な攻撃魔法で繭のひとつを破ってみせた。まず羊水のようなものが溢れてくる。

 繭の中から出てきたのは、最近捕まったプレイヤーのようだ。

 彼は繭から出るや否や──血の涙を流した。

「う、ああっ……うああぎゃぐぇぶるぃふるあぁうまがぁぁっ!?」

 狂気の悲鳴を上げて自傷行為を繰り返し、全身から血を溢れさせて更なる狂気を呼び込まんとばかりに暴れ狂う。見ているだけで正気を失いそうだ。

 ゼガイはそれを──平然と見守っていた。

「ほらね……幸せな夢を中断されたあまり、絶望して自死に励むようになってしまうんですよ。こうなってしまうと、いかなる手段を用いても戻せない」

 どこからともなく蜘蛛の糸が伸び、自傷行為をする男を捕らえる。

 彼は女王の口に運ばれ、一呑みにされてしまった。

 獲物が咀嚼そしゃくされる音へうっとり耳を傾けながらゼガイは続ける。

「心の力を滋養にして、姉さんはたくさんの子供たちを生み出す……ぼくの可愛い甥や姪たちは、やがてこの幻想世界に満ちあふれていくことでしょう……その時には原住民やプレイヤーを食い尽くさないためにも、養殖などを検討していかないといけませんね……やれやれ、今から頭を悩ましてしまいますよ」

 恍惚とした表情で複眼になりつつある眼を細め、とても楽しそうだった。

「そうか。偵察ん時、わしらだけが狙われたんは……」

 他の生物もいたのに一瞥いちべつもくれることなく、脇目も振らずにダインローラーに乗っていたツバサやダインを狙ってアトラクアが迫ってきた理由。

 その理由が──これ・・だ。

「心のある者……というより、高度な知性を備えた心を持つ生物のみを獲物にしてたんスね。動物の心じゃ物足りないんスかね」

 だからニンゲンモドキも同様に襲われていたのだ。

 理性を失っていたが、彼らの心はまだ人間に近いのかも知れない。

「じゃ、じゃあ、クロコさんやドンカイさんたちも……ッ!」

 餌の繭にするために連れてこられたのか!?

 マリナがおののいていると、ドンカイが臆することなく問う。

「ワシらも繭にして吊すつもりか……?」

 いいえ、とゼガイは予想に反してそれを否定した。

「姉さんの食料にするつもりなら、現地で下拵えをして壁につるし上げている頃ですよ……言ったでしょう、クロコには人質になってもらうと」

「言ってましたね、レオ様を脅迫すると……」

 無駄だと思いますけど、とクロコはそっぽを向いた。

 その表情は相変わらず顔色ひとつ変わってないが、「レオ様ならあるいは……」という懸念も窺える。きっと部下思いな人なのだろう。

「では──ワシは何なんじゃ?」

 当然の疑問をドンカイは重ねて尋ねる。

「ワシゃそのレオナルド君の人質にはなりそうもないぞ? クロコ君とセットで捉えたところで、なんの益体にもならん。さっさと吊した方が……」

「あなたは戦力──わば将棋の駒ですよ」

 将棋の駒? とドンカイは意味がわからず言葉を繰り返す。

 ゼガイは丁寧にその意味を説明していく。

「プレイヤーの能力は侮れません。あなた方を捕らえるのも、甥や姪には難しかった……ひょっとすると、いずれ姉さんを打ち倒しに来る者が現れるかも知れない……その日のために戦力を整えておこうと思いましてね」

 内在異性具現化者アニマ・アニムスでも来たら大変です──ゼガイは警戒する。

「実はね……既に実験は済んでいるんですよ」

 カツカツン、と独特の韻を踏むように宝杖を打ち鳴らす。

 その音に喚ばれたのか、祭壇の機械の影から大きな影がヌゥッと現れた。

 のそりのそり、とゼガイの後ろまでやって来る。

 現れた人物を目の当たりにしたドンカイは顔面蒼白になった。

「お、おまえは……ッ!? まさか、そんな……ッ!」

 知り合いのようだが、あまりにも変わり果てた姿なのだろう。ドンカイは青ざめた顔のまま驚愕し、絶句すると次の句を出せずに震えていた。

 恐怖からの震えではない、込み上げる怒りに打ち震えているのだ。

 対して──ゼガイは嬉々として披露する。

「関取、アシュラ・ストリート経験者でもあるあなたは、彼ら・・とは顔馴染みだったようですね……改めてご紹介しましょう! ぼくのように姉さんから寵愛を授かり生まれ変わった、偉大なる女王の忠実なる下僕しもべ!」

 アシュラ・トリムルティ──です!

 名前を呼ばれた彼ら・・轟然ごうぜんと叫び、高層ビルを震撼させた。

   ~~~~~~~~~~~~

 幽冥街某所──とある住宅の庭。

 ツバサたちはその庭からも姿が確認できるほど巨大な、犬面の巨人の遠吠えに耳を塞いでいた。まるで絶叫のようで聞いていると心苦しくなる。

「んんああああああああああああああああああああああああああああーッ!」

 トモエは獣のような大声で吠え返していた。

「あれが……シズカちゃんなのか?」

 両者が落ち着いたのを見計らい、ツバサがトモエに訊いてみる。

 証拠はあるのか? という問いにトモエは確信を持って頷く。

「あれ見て、目元のほくろ!」

 トモエが指差す先──犬面の巨人の目元。

 目尻の下に左右2つずつ、左右対称シンメトリーに同じサイズのほくろが並んでいた。生まれ付きだとしたら、随分とオシャレな配置だった。

「あれ、シズカちゃんにしかない! トモエ、羨ましくて真似した!」

「確かに──あれはカッコイイ、アタシも真似したい!」

 だろ!? とトモエはミロに同意を求める。
 だよね! とミロはあっさり乗る。

 本当に気が合うな──コイツら。

「しかしまあ、あれが元は女の子か……別次元の空気とは凄まじいな。人間の技術どころか、神族になった俺たちでも人をアソコまで変えられんぞ」

 やはり──空間の裂け目は封じるべきだ。

 この世界を狙ってやって来る侵略者どもは元より、その空気でさえこちらの世界の法則を侵食しかねない。放っておけば世界がねじくれてしまう。

「この街のどこかにまた、空間の裂け目があ……ッ!?」

 犬面の巨人、シズカがこちらに振り向き──目が合った。

「やばい……来るぞ、おまえらッ!!」

 ツバサの警告よりも早く、シズカが雄叫びを上げながらこちらに走ってきた。途中に建物があってもお構いなしで踏み潰してくる。

 ミロとツバサは飛び退きつつ宙に舞うが、トモエの反応は違った。

「んなあっ!!」

 庭にいたニンゲンモドキを、ハンマーで完膚無きまでに叩き潰した。

 その打撃力を反動にして小柄な自分を宙に打ち上げる。

 勢いに任せて弾丸のように飛んでいき、飛行系技能で速力を上げると、ニトロでも爆発させたかのように更なる加速をする。

 尋常ではない速さだ。技能スキルを費やしてもあんな神速は稼げるものではない。

 あの加速こそが──トモエの過大能力オーバードゥーイングか?

「んんんがああああああああああああああああああああああーッ!」

 左腕に巻いた鎖でハンマーを手元に引き寄せると、大きく振りかぶってシズカの犬面へ殴りかかる。シズカも向かってくるトモエに巨腕を振るう。

 重機サイズの鉄拳とトモエのハンマーが激突する。

「んんんなああああああああああああああああああああああーッ!?」

 トモエが押し負けた。質量に差があるのだから当然だ。

 巨人の拳に殴り飛ばされたトモエは、廃墟を吹き飛ばしながら墜落する。

 ツバサたちと出会った時もこう・・だったのだろう。

 しかし、今度はすぐに立ち直ったようだ。

 宙に浮くツバサたちの近く、廃ビルの屋上に飛んでくる。

「よーしッ! お姉さんのミルク飲んだから丈夫になった!」
「いや、そんなすぐに効果出ないからな!?」

 でも、ハトホルミルクの強化バフが本当に効いているのかも知れない。

 その効果がどれほどのものか分析アナライズをかけてみたところ、肉体や精神の完全回復は元より、状態異常などのバッドステータスも根刮ぎなかったことにするのだ。

 おまけに誰が飲んでもいくつかの強化が走るのだがツバサより年下の未成年、即ち子供が飲むと強化と成長を凄まじい勢いで促される。

 ある意味どころか、完全に万能霊薬エリクサーの上位互換だこれ。

「アタシのお宝……ツバサさんの直搾り……ほぼ飲み尽くしたもんね……」

 一方、ミロは恨み節を呟いていた。

「おまえもしつこい! ま……また、飲ませてやるから忘れろ!!」

 ん!? とミロの目の色が変わる。

「ホント、ツバサさん本当!? じゃあ今度はホルスタイン柄の……」
「それはふざけんなよッ!?」

 とにかく! とツバサは調子に乗るミロに拳骨を落とす。

「トモエ、おまえは約束を果たせるのか?」

 ツバサからの質問に、トモエは鎖を鳴らして毅然と答える。

「トモエがらなきゃ誰がやる──これは、トモエのやることだ!」

 友達を殺さなければいけない。

 それが彼女を助ける──唯一の手段だから。

 やり切れない想いを、行き場のない怒りで断ち切ろうとしている。

 そんなトモエの気持ちをおもんぱかることしかできない。

 ツバサは己の無力さを噛み締め、わずかばかり目を伏せた。

「……よし、シズカちゃんはおまえに任せるぞ」
「応! ツバサお姉さんとミロは……他の奴らをよろしく!」

 ごめんなさい、とトモエは泣くような声で囁いた。

 気にするな、とツバサとミロもか細い声で返すことしかできなかった。

 だって──人間だったもの・・・・・・・を殺さなければならないのだから。

「それじゃあ行くよ、ツバサさ……」
「──待て、ミロ」

 シズカだけではない──もうひとつ、強大な力が近付いている。

「こっちにもお客さんだ……何か、強いのが来るぞ」
「もしかしなくても、あれじゃない?」

 ミロが指差す先、幽冥街の廃墟を力任せに突っ切って爆進する何者かがいた。

 破壊による粉塵を巻き上げ、一直線にこちらへやってくる。

 どうやら目標はツバサたちのようだ。

 それは粉塵を突き抜けて、ツバサたち目掛けて跳んでくる。

 筋肉の上に筋肉──その上に更に筋肉を上乗せしたかの如き巨体。

 ボディビルダーでもここまで膨れ上がらないだろう、というほど筋肉質に覆われた大男だ。逆立てた短髪を緑に染め、サングラスをかけている。

 どこかのターミネーターを思わせる容貌だ。

 その顔にツバサは虚を突かれた。

「おまえ……ジャガナートッ!?」

 アシュラ・ストリート──ベスト16に数えられる1人。

 アシュラ八部衆ほどではないがれっきとした実力者で、アルマゲドンで再会して親交があった友人だ。やはり、こちらに転移させられていたか。

 にしては──様子がおかしい。

 ジャガナートはいつも軍服を始めとしたミリタリーファッションで着飾る洒落者だ。そんな彼が黒革のズボンに上半身は真っ裸というのも変だが、両肩が異様なほど盛り上がっており、それをマントのような布きれで隠していた。

「ジャガさん!? どうしたのさ血相変えて!?」

 仲良くなったミロの言葉にも反応しない。

 強面こわもてな見掛けによらず、誰にでも愛想のいい男なのに──。

「ごあああああああああーっ!」

 返事の代わりに吠えたかと思えば、ドンカイに勝るとも劣らない轟腕で殴りかかってきた。いや、筋肉量だけならば横綱を上回っている。

「ジャガナート! どうしたっていうんだ……よッ!」

 合気を心得たツバサに、力業ちからわざが通じるわけがない。

 迫り来る左腕をひらりと躱したツバサは、その腕に手を添えて投げ飛ばす。ここが空中でも関係ない、飛行系技能や風魔法を応用すればどうとでもなる。

 だが、ツバサを邪魔する者がいた。

「──ヒョォウッ!」

 奇声が聞こえたかと思えば、ジャガナートの左肩のマントがめくれて棒が突き出されてくる。ただの棒ではない、棒術を収めた者の一撃だ。

「おまえ……ハスラー・キューッ!?」

 ジャガナート同様、アシュラのベスト16の1人だ。

 棒術の達人でビリヤードが趣味、ハンドルネームもそれが由来だ。

 彼もアルマゲドンにいるとは聞いていたが……。

「おまえら、つるんで何を…………ッ!?」

 今度はジャガナートが右腕を振るう。

 大振りの攻撃は破壊力こそあれ、ツバサのような達人にや易々と躱されるだけだ。しかし、またしても右肩のマントが捲れ上がると──。

「キシャアアアアアアーッ!」

 一瞬にして数十の斬撃がツバサに浴びせかけられた。

 何度も意表を突かれたツバサはつい判断力が鈍ってしまい、今度ばかりは避けるのが遅れてしまった。いくつもの斬撃が肌を掠める。

 これにミロが血相を変えた。

「ツ、ツバサさん!? 野郎ぉふざけやがってえええーッ!」

 ミロが神剣から斬撃を飛ばすと、ジャガナートの巨体は避けられずにまともに食らうが、鍛え上げた大量の筋肉は耐え凌いだようだ。

 しかし、両肩のマントは吹き飛び、その下に隠れていた者を焙り出す。

「そっちは……卍郎まんじろうか!?」

 やはりアシュラのベスト16。多刀流たとうりゅううたう剣術家だ。素浪人みたいな風体で、その着物には何本もの刀が収納されていた。

 そして、隠されていたマントの下が白日の下に晒される。

 3人がどうなっているのかを知った瞬間、ツバサとミロは目が点になった。

 これはもう──愕然とするしかない。

「おまえら、その身体はいったい…………ッ!?」

 ハスラーと卍郎──2人の身体がジャガナートの両肩から・・・・生えていた・・・・・

 腰の辺りからジャガナートの肩に埋まっている。

 ハスラーと卍郎は各々の武器を構えたまま、紫色に光る不気味な眼光でこちらを見つめている。ジャガナートのサングラスの奥もまた紫色だ。

 ツバサたちが何も言えずにいると、ジャガナートが口を動かした。



「ア、アシュ……アシュ、ラ……トリ、ムル……テ、ィ…………」



 それが自分たちの名前だと言わんばかりに──。


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