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第3章 彼方に消えしは幽冥街
第64話:アルマゲドンの真実~ジェネシスの嘘
しおりを挟む「この仕込みに意味があるのか?」
数時間前のこと──。
アトラクアとニンゲンモドキから逃げ隠れ、廃ビルの屋上で休んでいたドンカイはクロコからある謀を提案されていた。
「念には念を、というではありませんか」
準備を怠るべきではありません、とクロコは言う。
「そう、愛し合う前には前戯をしっかり行うように……!」
「もっとマシな例えはないんかい」
エロさえなければ有能なのに、とドンカイはガッカリする。
これは──クロコの過大能力の詳細を明かされた上での作戦。
彼女の能力は道具箱を活かしたもので、アトラクアと渡り合っていたメイド人形の部隊を運用すれば、あのようなゲリラ戦が可能となる。
「便利ではありますが、ドンカイ様のような制圧力には欠けます」
「謙遜するでない。おまえさんのは応用が利く」
この仕込みのように、とドンカイはクロコの作戦を評価する。
「メイド人形に任せることもできるのですが、彼女たちのAIではそこまで機微に長けた作業ができませんからね……」
私がやるしかありません、とクロコは仕込みを整えていく。
準備を終えると見渡すような視線を街に向けていた。
――どこまでも広がる幽冥街の廃墟。
地平線の彼方まで朽ちかけた日本の町並みが広がり、街から出ようとしても果てに辿り着かない。どうも同じところをグルグル堂々巡りさせられているようだ。
無限大の際を見つめるクロコは両眼を眇めた。
「この結界は恐らく──何者かによる過大能力です」
「!? それがわかるのか?」
「ええ、特定はできませんが……馴染みの匂いがいたします」
果てしなく広がる街を見つめてクロコは呟く。
その瞳は冷徹に冴えていた。
「侵入者を捕らえて逃がさない、まるで罠のような閉鎖空間を敷く能力……しかし、これだけ広大ともなれば、管理するのも監視するのも難しいでしょう。この数日、私たちに接触してこないのが何よりの証拠です」
空間内にいることはわかるが、見つけられないのだ。
「神族となって過大能力に覚醒しても、我々はまだどこか人間です」
自ずと人間として制限が見え隠れする。
例えばこの閉鎖空間の能力。これほど広大な空間を閉じることはできても、その内部隅々まで手に取るように認識する視野は備わってないのだ。
それができた時――本物の神族となる。
この閉鎖空間を維持することに全力を費やしており、空間内で神の如き万能性を発揮する力はまだない。恐らくは発展途上、未発達なのだろう。
この手の空間を制する能力は、支配領域を意のままにできるもの。
「結界内ならば自由度の高い能力を使えるのかも知れませんが、まだ人間のままの精神が足を引っ張り視野の届く範囲でしかままならないのでしょう」
──あくまでクロコの予想だが。
「そこに隙を突く好機がある、というわけじゃな」
「その通りです……横綱もちゃんと振りをしてくださいね」
~~~~~~~~~~~~
ジェネシス──アルマゲドン運営の親会社。
表面上は普通の大企業だが、裏では各国の政府や大財閥と繋がり、まるで世界を裏から操るように暗躍しているとの噂が絶えない。事業内容もVRゲームの開発だけに留まらず、揺り籠から墓場まで幅広く請け負う。
その正体は──世界的協定機関。
地球崩壊を予見し、全人類の存続を最優先とするために結成された。
「それがジェネシスです」
ゼガイ・インコグニートは朗々と語った。
~~~~~~~~~~~~
クロコたちが連れてこられたのは──幽冥街中央の高層ビル。
かつてはジェネシスの支社や研究所があった一大拠点だったが、今では見る影もなく荒れ果てており、内部に至っては大胆なリフォームを施されていた。
「いやー、こりゃあリフォームちゅうレベルか……?」
「完全に魔窟ッスよね。てか、怪物の巣?」
クロコたちを追って密かに潜入したマリナたちも、高層ビルの内部に忍び込んでいたが、高層ビルなのはいわゆるガワだけだった。
内部は──全ての階層がぶち抜かれている。
1階から何階まであったか知らないが、全部のフロアが抜かれて壁面しか残ってないのだ。それを補強するため内部に蜘蛛の糸を張り巡らせているようだが、光源が少ないので視界が届かないところが多い。
塔のような内部──中央には瓦礫に埋もれた巨大な機械。
まるで祭壇のように鎮座している。
その後ろは底が抜けたような洞窟になっており、生温い風と共にこの世の者とは思えない唸り声が響いてくる。いや、寝息のようにも聞こえた。
ゼガイは祭壇のような機械を背に立っている。
縛られたクロコとドンカイは向かい合うように座らされており、周囲を何千匹ものアトラクアが取り囲んでいる。あれでは容易に逃げられない。
2人は唯々諾々とゼガイの話を聞かされている。
その話にはマリナたちも興味深げに聞き耳を立てていた。
カツン、とゼガイが宝杖で床を突く。
「ジェネシスは全人類を存続させるため、いつか崩壊を迎える地球に代わり、人類が暮らせる新天地の発見……もしくは開発に躍起になっていました」
水星、金星 火星、木星……などの地球化改造計画。
更に遠くの惑星へ渡るための移民宇宙船建造計画。
宇宙に居住区を新設するスペースコロニー建造計画。
「そして──別次元にある異世界への移住計画」
「異世界……それがこの世界のことか?」
ドンカイが口を挟んだが、ゼガイは気を悪くしない。
むしろ楽しそうに答えを返す。
「計画上、そのひとつに数えられていました──この“幻想世界”はね」
幻想世界、という言葉はマリナたちにも馴染みがある。
ミロの過大能力──【真なる世界に覇を唱える大君】。
過大能力の名前を知ったミロは「もしかすると、この世界は“真なる世界”っていう名前なのかも知れない」と言っていた。
「でも……なんだかニュアンスが違いますよね?」
「ミロ嬢ちゃんのが言葉に力があるっちゅうか……なあ?」
ゼガイの言葉の意味、それをドンカイが質す。
「ひとつ? ここ以外にも別の世界があって、そちらにも移住を計画していたということか? だとしたら……ジェネシスという組織は節操がないのお」
「まるで男を選ばないビッチですね」
ドンカイとゼガイが「「おまえが言うの!?」」とツッコむ。
「失礼な──私、こう見えてもレオ様一筋の処女ビッチです」
「どっちみちビッチではないか!」
「しょじ……え、おまえ、そんなんで……ええっ!?」
ドンカイとゼガイが、またクロコのペースに巻き込まれていた。他人の調子を狂わせることに関しては右に出るものがいないメイドだ。
特にゼガイが異常に狼狽えていたが、マリナには理由がよくわからない。
いけないいけない、とゼガイが咳払いでペースを取り戻す。
「ゴホン……とにかく、この幻想世界は人類の移住するべき世界として目されていたのですよ。この世界で過ごした君たちならわかるでしょう?」
幻想世界は──地球によく似ている。
「10年前……VRシステムの開発中に発見されたこの世界は、極秘裏に研究が進められ、神秘的な世界だということが判明しました」
この世界は現実と縁があり、太古よりお互いの世界が干渉していたらしい。人間が幻想世界を訪れたり、幻想世界の住人が現実へ渡っていたという。
「──神話や昔話などの元ネタもここだそうですね」
クロコが素知らぬ顔で話に加わる。
ゼガイは苦い顔をするが、差し込まれた一言は正しいようだ。
「……腐ってもGM。それぐらいは聞いているか」
妖精の目撃譚、ドラゴン退治、魔物の伝説……これらは幻想世界からの来訪者であり、神隠しや異世界への冒険譚は現実からの渡航者だったらしい。
「アルマゲドンとは、幻想世界の一部を加工して作られた閉鎖空間」
謂わば──箱庭だ。
即ち、仮想現実などではなかったらしい。ゼガイはアルマゲドンという閉鎖空間を維持する役割を与えられていたので、よく知っているそうだ。
人間の魂を幻想世界に送る──ソウルダイブシステム。
幻想世界を発見したジェネシス研究部門が、VRシステムとは別に開発を進めていた特殊システムで、これでプレイヤーを幻想世界に送っていたらしい。
「つまり、アルマゲドンとはVRMMORPGでも何でもない……この幻想世界にプレイヤーを送り出していた装置に過ぎないのですよ」
「何のために、そんな大掛かりで回りくどいことをしとったんじゃ……?」
説明したではありませんか、とゼガイはしたり顔をする。
「この幻想世界に移住するため──その下準備ですよ」
地球化改造せずとも人間が暮らせる環境。ソウルダイブシステムを初めとした移動手段の制作費も、宇宙船やスペースコロニーの建造よりお手頃価格。
おまけに現地の文明は滅びており、原住民の制圧も容易い。
「人類がお引っ越しするには、またとない優良物件ではありませんか?」
ゼガイは自信たっぷりに言い放つ。
当然、ドンカイは物言いをつけてやった。
「この世界にいるモンスターはどうするんじゃ?」
ドンカイはこの2ヵ月半、放浪の中で何匹ものモンスターを狩った。
雑魚から強敵まで様々だったが、現実にいれば街のひとつは容易く滅ぼせる力を持った怪獣じみた者も多い。そんな脅威が闊歩する世界なのだ。
「そのためのプレイヤーですよ」
ゼガイは事も無げに言い返し、うっすら微笑んでいる。
幻想世界にいるプレイヤーは魂の経験値であるSPを溜めることで、どこまでも強くなれる。本物の神や悪魔になることさえできるのだ。
やがて、一定の水準に達すると過大能力にも覚醒する。
「その力……体験したのではありませんか?」
ゼガイは左右比の異なるひねくれた笑みを浮かべている。
過大能力を得て神や悪魔となったプレイヤーたちが、モンスターという障害を取り除く役目を負い、この世界に平定という名の安定をもたらす。
「GMを初めとしたプレイヤーたちの役目はそれです。現地の安全を確保するための尖兵……もしくは掃除屋といったところでしょうかね」
幻想世界の一部を箱庭とし、事前にGMたちが安全を確保した空間を用意。
その箱庭にプレイヤーたちを放ち、ゲームとして遊んでもらう。
「ゲームをしているだけで、プレイヤーは魂の力が高められていきます」
そうして──幻想世界を制する先兵に仕立て上げられるのだ。
「この異世界を支配する神に……とでも言うつもりか」
ドンカイが忌々しそうにゼガイを睨む。
「呼称については神でも超人でも、何でもいいんですよ。害悪なモンスターを始末できて、か弱い原住民を力で制することができる上位者であればね」
よくある話です、とゼガイはつまらなそうに嘆息する。
「人跡未踏の地を探索する際、どんな危険があるかはまったくの未知数。そこであらゆる危機的状況を打破できるよう人間を改造する……要点はそこだけです」
さて──ゼガイは祭壇の機械に振り向いた。
「ここまでは№22以上のGMなら……そう、そこの脳みそにエロスしか詰まっていないクロコでさえ知っていることです。ぼくらGMは、それを込みで幻想世界に転移してきたのですからね」
ドンカイは意外そうな顔でクロコに確認する。
「おいメイドさん、彼の言うておることは本当か? あんたは……」
「はい、知っておりました」
ですが『口外するな』とのレオ様のご命令でしたので──。
そう言いながらもクロコは表情を変えない。
「もしお話しするとすれば、それは私が主人としてお仕えすると決めた方たちのみでございます……お許しください、ドンカイ様」
黙っていたことを──クロコはドンカイに深々と頭を下げた。
ドンカイは肩をすくめてため息をひとつ。
「……別にいいわい。気にするな」
おまえさんの事情もあるんじゃろ、とドンカイは寛大だった。
そこで話は一区切りついたらしい。
物陰に潜んでいたマリナたちは──しっかり聞いてしまった。
正直、驚きの連続である。
「ここが本当に異世界で…………この身体はワタシたちの魂?」
「魂なのに肉体としてここにあるってどういうことぜよ?」
「ジェネシスって怪しい噂がありすぎて秘密結社扱いされてたッスけど、まさかここまでとは……人類補完計画? どっかのアニメッスか?」
頭の整理が追い着かず、マリナやダインどころかフミカまでクエスチョンマークの連続だ。ドンカイみたいに落ち着き払ってはいられない。
「──そんなことはどうでもいいッ!」
突然、ゼガイは絶叫を上げた。
ゼガイの様子が先程までと一変している。
宝杖を力いっぱい握り締め、肩を怒らせて歯噛みする。その力の入れようは凄まじく、遠くにいるマリナたちにもギリギリと歯ぎしりが聞こえた。
マリナたちも騒ぐのを止め、再び耳を澄ませる。
ゼガイの演説めいた語りは続くが、さっきまでとは雰囲気が違う。
打って変わって、重苦しくなったのだ。
「そんなものは、所詮おためごかし……運営のついた“嘘”だ」
ジェネシスは人類をこの世界に送りたかった──ただ、それだけ。
「おためごかし……嘘とはどういう意味です、ゼガイ?」
クロコがきつめの口調で問い詰める。
ゼガイは皮肉っぽく笑い、クロコたちに振り返った。
「全人類を存続させる──という出発点から嘘さ! カムフラージュなんだよ! この幻想世界に人類を送り込むためのね! いいや、違うな……ジェネシスはこの幻想世界に来たがっていた、最初から此処に来るつもりだったんだ!」
あいつらは目指していたんだ──この幻想世界を!
「全人類を生き存えさせたいなんて方便もいいとこだッ! 奴らはこの世界に来ることしか頭になかった、他の選択肢など考えてもいなかったんだよ!」
ゼガイの言葉に、マリナはふと脳裏に過ぎるものがあった。
「猫さんたちの天井画……あ、まさか……!」
あそこに描かれていた“灰色の御子”たちは地球に向かっていた。
そして、ツバサは彼らとジェネシスの関係性を疑っていた。
ジェネシスと灰色の御子が裏で繋がっており、ゼガイの言う通りジェネシスが幻想世界を目指すことだけを考えていた理由があるとすれば──。
「…………帰りたがっていた?」
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