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第3章 彼方に消えしは幽冥街
第61話:トモエ・バンガクは止まらない ☆
しおりを挟むその美少女のアピールポイントは──腹筋。
年の頃なら10代前半。ちょうど中学生くらいだろう。
子犬を連想させる愛らしい顔立ち。バサバサと尖りそうな癖っ毛は淡い桃色で目を引くが無造作ヘアも甚だしく、言葉は悪いが“野良犬”を連想させる。
心なしか──尖った髪の毛が犬耳に見えた。
とても小柄なのだが鍛えており、手足の筋肉はしっかり発達している。
引き締まった腹筋も見事に割れていた。
鍛え上げた肉体美こそ鎧とでもいうのか、装備しているのは白を基調としたビキニアーマーのみ。右腕には鎖を巻きつけている。
長い鎖の先端は柄に繋がれており、彼女を覆い隠すほどの刃を持つ大斧と結ばれていた。だが、その大斧は落下の衝撃によるものか粉々に砕けている。
彼女の可愛さをミロはこう評した。
「腹筋系アイドルというジャンルがあれば上位に加われるね」
「あってたまるか、そんなジャンル……あ、いや」
世界は広い。女性の筋肉を愛する人々も確かにいる。由来や語源はよく覚えてないが、筋肉質で美しい女性を讃えるメフレックスなんて造語もあったはずだ。
探せばいそうだな──腹筋系アイドル。
なんにせよ、ツバサは彼女に救われた気がする。
ここが敵地だと言うことも忘れて、ミロとのイチャイチャに没頭しそうになるところだった。もう少しでミロを娘として母親らしく愛でつつ、ミロに女として愛されることを求めてしまうところだった。
この少女が乱入してくれなければ、今頃は我を忘れてミロと貪り合うような情事に耽っていたかも知れないのだ。
何かが起きても神の技能と過大能力があれば対処できる。
そんな慢心があるのかも知れない。
自戒せねば……ツバサはしっかと肝に銘じた。
「しかし、酷い傷だな。これはアトラクアにやられたんじゃないぞ」
その少女は満身創痍だった。
全身に打撲や打ち身、内出血による酷い痣もいたるところにあり、骨の何本かはイッているのも見て取れる。切り傷や擦り傷は数え切れない。
普通の人間ならショック死している。
まるで巨人に殴り飛ばされたかのようだ。
それでも息があるのは、神族と化した肉体のおかげだろう。
「やっぱこの子もアルマゲドンプレイヤーなんかな?」
「恐らくな……」
ミロが顔を覗き込む少女を、ツバサはそっと抱き上げた。見るに堪えない傷だらけな彼女の上半身を支えながらミロに手を伸ばす。
「おい、まだ“アレ”持っているんだろ。出せ」
「えー、“アレ”ってどれのことー? わっかんないなー?」
ミロはすっとぼけている。
ツバサは苛立つも、その名前を口にするしかなかった。
「……ハトホルミルクだよ! さっさと出せ、あれ万能薬になるんだから!」
頬を赤くするツバサを見てミロは嬉しそうだった。
「ええーっ、どうしよっかなー。アレ、アタシが直搾りしたやつだしー」
まだ焦らすミロにツバサはキレ、静かに対抗手段を取った。
少女の顔をツバサの胸へ近付けるように抱き直すと、ジャケットとその下につけているブラをはだける仕種をした。
「出さないなら……この娘に授乳させるぞ」
「ダメぇーッ!? それはアタシだけって約束じゃん!?」
おっぱいを人質にしたらミロはすぐ降参した。
出します! 出しますから! とミロはハトホルミルクを取り出す。
案の定、道具箱にまだ隠し持っていた。
ひとまず3本だけ受け取ると、1本を彼女の口に少しずつ注ぎ込んでやる。
まだ息をしているから飲んでくれると思うが……。
「飲めそうにないからって、ツバサさんが口移しでミルクを飲ませたら……」
「飲ませたら?」
真顔のミロはハイライトの消えた瞳で淡々と言う。
「アタシ、発狂してその娘を殺す自信がある」
「そんな安い理由で狂戦士になるのか……」
ツバサさんのキスは安くないよ! とミロはプリプリ怒っている。
それは杞憂に終わったのか、少女はちょっと咳き込みながらもミルクを飲んでくれたので、また注いでやると欲しがるように吸いついた。
やがて手を持ち上げ、ツバサが持っていた牛乳瓶を引ったくって飲む。
それを飲み干した手にもう1本、更に1本──。
3本のミルクを飲み終えた少女は、ほぼ全快していた。
「……ぷはぁ、美味しかった! おかわり!」
「なんで俺に言うんだ……?」
少女は空の牛乳瓶をツバサの胸に押しつけてきた。
ツバサが憮然とした態度で応じると、彼女は不思議そうな顔をする。
「え? だって……」
少女は本当の犬みたいにクンクンと牛乳瓶の臭いを嗅ぎ、次にその鼻先をツバサの両胸に近付けてクンクンと鳴らした。
「ほら、同じ臭いだ。これ、お姉さんのミルクだろ」
おかわり、と少女は瓶を突きつけてくる。
「犬か君は!?」
そのツッコミには少女はフン! と鼻息も気高く胸を張る。
「トモエは犬よりスゴイぞ! だって犬に勝ってるからな!」
「犬より凄いって……嗅覚がか?」
「ううん、駆けっこ──ダルメシアンとドーベルマンに勝った」
「割とガチだな君!?」
どちらも時速40~50㎞で走れる、足の速い犬種だ。そうでなくとも人間の走力では犬の全速力に早々追いつけるものではない。
人類の最速が40㎞前後だというのに……本当なら凄いぞ、この娘。
「あと、早食いでも勝ったぞ! モチロン、手を使わず犬食いでだ!」
「それは自慢にならんし、人としてどうかと思う」
「フッ、その程度で自慢なんて……お里が知れるわね」
いつの間にかミロは体育館の片隅にもたれかかり、ちょっと大人の女っぽく立ち居振る舞いながら、「自分のがすごい!」とアピールを始めた。
「アタシなんて猫に勝ったことがあるんだからね!」
親指で自分を示して勝ち誇るミロ。
自信満々なミロに、トモエと名乗る少女は固唾を呑む。
「猫に、勝った……だと? いったい、何の勝負で……!?」
「もちろん──睡眠勝負!!」
1日中寝ている猫よりも長く寝てた! と威張るミロ。
「そして──気まぐれ勝負!!」
それは猫よりも集中力がないダメ人間という証拠だった。
「……おまえも人としてどうなんだよ」
幼い頃からミロの面倒を見てきた兄貴分として、「どうしてこうなった?」という後悔の念で胸がいっぱいになる。両手で顔を覆って泣いてしまった。
これにはトモエも呆れるかと思いきや──。
「おまえ……スゴイ奴だな! 尊敬するぞ!」
両手をギュッ! と握りしめてトモエはミロを賞賛した。
アカン──こいつら同レベルだ。
類は友を呼ぶ、という名言をこの時だけは恨みたい。
アホの子がアホの子を呼び寄せてしまった。
ミロは度し難いアホなのは事実だ。しかし、このトモエと名乗る少女はちょっとばかり雰囲気が異なる。頭が悪いのは違いないが……。
敢えて言うなら──バカだ。
アホとバカの違いってなんだろう、とツバサは遠い目で考えた。
「おまえとは初めて会った気がしないぞ!」
「アタシも! 前世から友達だったみたいな気がする!」
アホ娘とバカ娘は固い握手で意気投合する。
「トモエ・バンガクだ──よろしく」
「ミロ・カエサルトゥスだよ、よろしくね。こっちはアタシのお母さんで嫁で愛妻のツバサさん、ツバサ・ハトホルっていうの」
「愛妻って……どうして俺の肩書きが増えてんだよ」
苦情めいたツバサの意見などどこ吹く風だ。
ミロは新たにハトホルミルクを2本取り出すと、「カンパーイ!」とこの出会いを祝福していた。まるで義姉妹の契りを交わす“杯”代わりだ。
「やっぱり美味しいなこの牛乳! ミルクのお姉さん、おかわり!」
「ツバサさーん、アタシにもハトホルミルクおかわりー!」
「だ、誰がミルクのお姉さんだ……」
ツバサは悲喜交々な表情を両手で覆い隠したまま咽び泣く。
これ以上──俺の男心をいじめないでくれ
そして、母親の気持ちを実感させないでくれ、と懇願した。
~~~~~~~~~~~~
「助けを呼んだ? トモエは知らないぞ」
他の誰かに会ったこともない、とトモエは続けた。
トモエは総菜パンをガツガツと頬張っている。
彼女は全回復したものの「お腹空いた!」と神族にあるまじきことを言い出したので、ツバサは念のために携帯していたサンドイッチなどをあげた。
それを食べるトモエから色々と聞き出す。
「じゃあ、君がこの街に来たのは2日前なのか?」
「うん、多分だけど2日……ガツガツ……と半日前ぐらいだ。用事があって……バクバク……ここに来た……んぐんぐ……」
「どうして空から降ってきたんだ?」
「あれこれしてたら殴り飛ばされた。よくあることだ。気にするな」
よくねえよ、とツバサは半眼でツッコんでおいた。
「何をしていたかは知らないが……その間、誰かに会わなかったか? メイド服の女の人とか、他のアルマゲドンプレイヤーとか……?」
「いんや、トモエは誰にも会ってないぞ」
殺すべき奴はいっぱいいたけど、とトモエは付け加えた。
殺すべき奴──アトラクアのことか?
それにしては言い方が妙だ。アトラクアを指すなら外見のまま「デッカい蜘蛛」と言いそうなものだが、べきの部分に妙な使命感を含んでいる。
ツバサが重ねて尋ねる前に、ミロが懐から1枚の写真を取り出した。
「こんなメイドさんなんだけど見なかった?」
その写真にはクロコが写されていた。
ただし、メイド服はボロボロに破られて、クロコもわけのわからない液体で汚されており、珍しく悲観的な表情で我が身を庇って座り込む姿だ。
まるで陵辱された直後のような──。
「……おいミロ、なんだこの破廉恥な写真は?」
「いつだったかクロコさんがくれたの。『ツバサ様が眠られない夜を過ごしておられたら渡してあげてください』ってね」
アタシがいるから必要なかったけど、と余計なことまで言う。
「──没収だ」
「ああん、クロコさんのあられもない姿が~♪」
あまりダメージはないらしい(どうせ何枚も持っているはずだ)。
その写真を興味なさそうに見ていたトモエは一言。
「うん、見なかった。トモエ、それどころじゃなか……んぐぐぐっ!?」
急いで食べるから何かを喉に詰まらせたらしい。
すかさずミロが飲み物──ハトホルミルクを差し出す。
「……んーっぷはっ、ありがとミロ! お姉さん、ミルクおかわり!」
「だから俺に要求するな」
それで、とツバサは話の続きをするよう促した。
「奇妙なことを言ったな。用事があってこの街に来た、と?」
この街が──この世界の来ているのを最初から知っていた。
そんな口振りがどうしても気になる。
「うん、知ってた。アルマゲドンを始める前から……由明区がこっちに来ていることもだ。だって……シズカちゃんが教えてくれた」
「……知っていた? シズカちゃん?」
ツバサが眉をひそめると、トモエは多くをいわずに一言だけ。
「トモエは……シズカちゃんと約束した」
それが用事──約束を果たすためにここへ来た。
この質問はトモエの琴線に触れてしまったのか、彼女の顔付きは神妙になった。食べる速度が遅くなり、陰鬱な覚悟を決めた顔は俯き加減になる。
「約束って……どんな約束をしたの?」
ミロの問いにトモエは、悲壮な決意を込めて宣言する。
「トモエ──シズカちゃんを殺しに来た」
物騒すぎる約束にツバサもミロも息を呑んだ。
言葉の意味を測りかねている間に、トモエは残っていた食料を両手で鷲掴みにすると大口を開けて一気に食べ尽くした。
咀嚼して飲み下すと左腕の鎖を握る。
その瞳は──野獣の如き闘争本能を燃やしていた。
「シズカちゃんだけじゃない……この街にいる奴は全部殺す、それが約束……シズカちゃんも、みんなも……殺す、全員殺してあげるの」
伸びていた鎖を引き寄せると、壊れた大斧を掴む。
彼女だけではない──ツバサとミロもそれの接近に気付いた。
廃体育館の壁をぶち破り、それは現れる。
「なんだ、アトラクア……いや、違う!?」
「でっけー顔だーッ!」
現れたのは巨大な人間の顔だった。
両眼から太い腕が生えて、両耳が変形して曲がった脚になっていた。おかしな四足歩行で、ドタドタとこちらに走ってくる。
アルマゲドン由来のモンスターではない。
こんな人間を面白半分に歪めたようなデザインのモンスターはいなかった。ではアトラクア同様、次元の裂け目からやって来た怪物か?
どちらも違う気がする──ツバサは分析の技能で調べてみた。
そして、愕然とする。
「なんか知らないけどやっつけて……」
「ミロ、待てッ!」
神剣を抜こうとするミロをツバサは鋭い声で制した。
分析の結果が真実なら、この怪物は下手に殺してはいけない。
手をかけたら後悔することになりかねない存在だ。
しかし──彼女には関係ないらしい。
壊れた大斧を振り上げると、トモエは大声で叫んだ。
「パズルアーム──裂き貫くもの!」
彼女の叫びに応じて、壊れた大斧が分解する。
散っていた破片も宙を舞い、彼女の握る柄に集まってくると本当のパズルのように組み立てられていく。しかし、斧の形には戻らない。
それは長大な槍へと変わり、トモエの手に収まった。
「待て、トモエ! そいつは……ッ!」
「うん、知ってる。だから──」
殺す──1人残らず殺してあげる!!
「それが……シズカちゃんとの約束!」
豪槍一閃、大剣のような穂先が顔面だけの怪物を両断した。
怪物は真紅の血飛沫を撒き散らして、半身にされた2つの身体を倒していく。
その血の色といい香りといい、まるで──。
「ミロ、お姉さん……ミルクとご飯、ありがとう。美味しかった」
もう行くね、とトモエは大槍を担いで走り出した。
「トモエ、待ちなさい! 君は…………なっ!?」
速い!? 速すぎてもう視界の果てに消えようとしていた。
なんて脚の速さだ──尋常ではない。
瞬速の犬に勝てたというのが現実での話なら、彼女は神族と化してどれだけの脚力を得たのか? ツバサでも追いつけるか怪しい。
もしや──そういう過大能力か?
「ちっ……ミロ乗れ! トモエを追うぞ!」
「ど、どうしたのツバサさん、そんな血相変えて……」
止めるんだよトモエを! とツバサは吠える。
ミロを背中に乗せたツバサは最高速度で飛んでいった。
「あの娘に……人殺しなんかさせられるか!!」
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