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第2章 荒廃した異世界

第49話:神様たちの休日~遊びに行きたい!

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「ねえねえ──ツバサ兄さん」

 分厚い『古生物大図鑑』という本をテーブルに広げて読んでいるフミカが声をかけてきた。眺めるような視線は図鑑から逸らしていない。

 水色のワイシャツにグレーのロングスカートという地味な格好。いかにも文学少女という感じの普段着だ。衣装を作ったのはツバサである。

「──なんだフミカ」

 ツバサはソファに座って技能スキルで衣類を作っていた。

 神族の魔法系技能により、裁縫道具がなくとも素材である糸や布さえあれば縫製できるのだ。これでみんなの夏服を織っている。

 高級仕立服オートクチュールには及ばないが既製品の服プレタポルテくらいの仕上がりだ。

 服飾師ドレスメイカーのハルカには負けるけど普段着ならなんとかなっていた。

 ツバサは白地のワイシャツにジーンズ姿(こちらも自作)だが、胸元はパツパツでボタンが弾けそうだし、ジーンズも腰回りがキツい。

 スカートは履きたくないので、現実と似たような格好で通していた。

 ワイシャツは合わせ目から乳房の肌やブラが覗けそうで怖いし、柔軟性のあるジーンズはムッチリした巨尻や太ももにピッタリ張り付いてるし、見ようによってはエロいかも知れない。

 応接間にて寛ぐ2人は他愛ない会話を続ける。

「ツバサ兄さん、だと呼び方が長いんで縮めてもいいッスか?」
「呼び方を縮めるってどんな具合に?」

 略称というより愛称を考えてくれたらしい。

「たとえば──バサ姉」

 却下、とツバサはにべもなく取り下げた。

「それってどこからともなくクレームが来るじゃないか」
「あ、そっちに気ぃ遣ったんスね」

 姉ってところはスルーなんだ、とフミカは意外そうだった。

「誰がお姉ちゃんだ」

 せめてバサ兄にしろ、とその部分も訂正を要求する。

   ~~~~~~~~~~~~

 こちらの世界に転移してから──早2ヶ月。

 自然を取り戻してから気候も多少は変化したのか、次第に春のような陽気から夏の暑さを感じさせる汗ばんだものに変わりつつあった。

 もっとも、神族は暑さにも寒さにも耐性はある。

 極端な気温でもない限り、体調を崩すようなことはない。

 だけど人間だった時の名残なのか、はたまたケット・シーたちが暑がっているのを見て影響を受けているのか、どうしても暑く感じるのだ。

 そんなわけでツバサは夏服を用意していた。

 まるで家族のために衣替えをするお母さんのように──。

「誰がお母さんだ!」

「「「「だから言ってないのに!?」」」」

 一男三女から総ツッコミを食らってしまった。

 2ヵ月も一緒に暮らせば家族も同然だ。

 この拠点での生活にもすっかり馴れた一同。今日は応接間に揃っており、思い思いに好きなことをやっていた。

 ダインはタンクトップにニッカボッカみたいなズボンを履いている。部屋の片隅に作業シートを敷いて、様々な機械を組み立てていた。

 例のペンギン型ドローンも作っている。

 マリナはツバサが用意した子供服、ミロはいつも通り“アホ一代記”と書かれたバカTシャツに、パンツと変わらないような極小短パンを履いていた。

 以前はショーツでいたのだが──。

『年頃の娘がそがいハレンチな格好しちょたらいかんきに!』

 ──ダインに真っ赤な顔で抗議されたので、それからは短パンになった。

 あの下には何もつけてない・・・・・・・と思うが──。

 ミロとマリナは、応接間のテレビでゲームをやっている。

 これがダインの凄いところで、VRこそ無理だが数世代前のゲームくらいなら再現することができるらしい。普通にモニター画面を見ながら遊べるものだ。

 何であれ娯楽の供給はツバサにしてもありがたかった。

 ミロとマリナの気が紛れるので助かっている。

 2人がやっているのは、ペイント弾を打ち合って床や壁を塗り合うことで勝敗が決する陣取りゲーム。ツバサの親世代に流行したものだ。

 今プレイしても十二分に面白いだろう。

「だぁーッ、また負けたーッ! しかもナワバリ率6%ッ!?」
「やりぃ! これでワタシの11連勝です!」

 このゲームは「いかに的確に動くか?」が勝敗を決するので、判断力や頭の良さが物を言う。猪突猛進なアホミロは何回やっても勝てない。

「もっかい! もう1回やろ、マリナちゃん!」

「いいですよ、じゃあ今度は11日先のおやつを賭けて勝負しましょう。もう10日先までミロさんのおやつはワタシのものですからね~♪」

「うぅ~、ツバサさんの手作りお菓子がぁ……」

 賢い妹マリナアホな姉ミロからおやつを巻き上げていた。

 面白そうなので放っておこう。姉妹ゲンカが始まったらそれはそれだ。

「しかしまぁ、なんつぅか……のんびりしとるのぅ」

 異世界に来てるのを忘れそうじゃ、とダインはぼやいていた。

「そッスね、ここ最近はトラブルもなく落ち着いたもんスよねー」

 フミカは大きな図鑑のページをめくる。

 その動きはダインの話に合わせたのか、とてもスローだった。

「別にダラダラしているわけじゃないんだがな」

 猫たちの村を文化的に発展させる(鉄器作製を指導開始)。
 荒廃していた大地を回復させる(徐々に土地面積を拡大)。
 滅びていた生物たちを蘇らせる(モンスター復活にも着手)。

 ケット・シーの文化的発展、大地や自然の回復と繁茂具合、蘇らせた動物の繁殖率……渾然一体となった生態系が機能しているかの確認。

「……まだどこかに空間の裂け目があるのか? 触手どもがお礼参りに来ないか? 新手の多脚蜘蛛が迫ってないか? その警戒もしているんだ」

 ツバサたちが取り組んでいることは多い。

 そして、今後やるべきことは更に増えていくはずだ。

「神族の肉体だから無理は利くし、神の技能スキル過大能力オーバードゥーイングのおかげで何とかなってはいるが……俺たちも中身はまだ人間だからな」

 成人しているのはツバサだけ(20歳はたちになったばかりだが)。

 ミロを筆頭に他の者は学生気分の抜けていない10代で、マリナに至っては9歳の子供だ。無理を続ければいつか限界が来る。

「だからこうして7日に1日、ちゃんと休みを取っておかないと」

 隔週だが週休2日にもなっている。

 休日は緊急事態が起きない限り、ゆっくり休めとツバサが命じたのだ。

「でもさー、家でゴロゴロするのも飽きてこない?」

 とうとうマリナに15連敗したミロは、半泣きでそんなことを言った。

 ミロの意見にダインが眉をしかめる。

「家にいるんが飽きたって……ミロ嬢ちゃん、引きこもりのニートじゃろ? そがい連中は家から出たがらんインドア派じゃないんか?」

「いや、ミロはちょっと事情が違うんだ」

 そこはツバサがフォローしておく。

 このアホミロは引きこもりニートだが──アウトドア派なのだ。

 知っての通り後先考えないアホミロだが、行動力だけは百人前。ひとつところにジッとしていられる性分ではない。

 昔は家にいるのが珍しかったくらいのおてんば娘である。

「こいつが引きこもりになったのは──親への反抗なんだよ」

 ミロは父親と大喧嘩をした。

 それが原因で君原家から逃げ出し、羽鳥家へ逃げ込んで部屋から出ようとしなくなった。これは外に出ると父親に出会してしまうかも知れないという恐れと、その父親への抗議も兼ねていたのだ。

 ただし、ミロの恐れとは父親に対する恐怖心ではない。

 父親を前にしたら何をするか・・・・・わからない・・・・・自分の狂暴性への恐怖だった。

「次にあのクソ親父と会ったら──必ず殺す、絶対殺す」

 ミロはハイライトの消えた瞳で微笑む。

「あの眼、マジモンの殺意が込められてるぜよ……」
「実の父親だからこそ許せないこともあるんスかねぇ……」

「そんなわけで、ミロは引きこもりニートになったわけだが……そういえばおまえは生粋のアウトドア派だったな。俺も忘れかけてたわ」

 夏になるとミロに振り回されたものだ。

「プールに連れてけ、海に連れてけ、山に連れてけ、カブトムシ採りたい、魚釣りしたい、人魂狩りに夜のお墓へ行こう、オオクワガタほしい、アブラゼミが食べたい、ザリガニ釣りたい、UFO呼ぼう、流れるプールを逆走したい……」

 そんな微笑ましい要求をおねだりされたものだ。

「女の子がおねだりする内容じゃないような……?」
「ちょくちょく変なの混じってないスか?」

 マリナとフミカは小首を傾げている。

「──ということで」

 ワガママ発動! とミロは床にゴロゴロと転がる。

「休みだからって家にいるのヤダー! お母さん、どっか連れてってー! 遊びに行きたーい! 舞浜の夢の国とかディズニーさんのランドとかー!」

「ほぼ一択だろそれ!?」

 あと誰がお母さんだ! とツバサは叱りつける。

「じゃあUSJとかユニバ○サルスタ○オジャパンとか!」
「それも一択だろうが!? しかもハードル上がってるし!」

 関東圏で暮らしていると、そこへ遊びに行くのはちょっとした小旅行だ。

「いーやーだー! どっか遊びに行きたい行きたい行きたーい!」

 ミロのワガママは止まらなかった。

 確かにこの世界に来てからゴタゴタ続きで、こうして定期的に休日は取っているものの、気晴らしめいたことはできていない。

 マリナは我慢強いから口にこそしないが、疲れとは別に子供なりの不満を溜め込んでいることだろう。ダインやフミカも言わずもがなだが、マリナが何も言わないのに年上の自分たちが騒げるはずもない。

 ミロはアホだからそんな気遣いできないだけだ。

 しかし、ストレス発散はしておくべきかも知れない。

 変なところで爆発されても困る。

 そうなると、今度は別件で頭を悩ませる羽目になった。

「遊びに行きたいと言われても、こんなどこともわからない世界じゃなぁ……遊園地や巨大プールに大型公園があるわけもないし、ショッピングモールやアミューズメントパークなんかも……」

 異世界に人類が楽しめる遊び場などあるわけがない。

「だったら──海とかどうッスか?」

 唐突に、フミカがそんな提案してきた。

 みんなの注目が集まると、眼鏡の位置を直して続ける。

「触手の王様がいた空間の裂け目があるじゃないスか? 先日、あの下にあった海をダイちゃんと調査してきたんスよ」

「そういえば……そがいなことやっちょったのう」

 瘴気の影響はないか? 触手の生き残りはいないか? 安全が確認されたなら海の生態系はどうなっているか? マグロとかカツオが食べたいんだけど?

 そこら辺の調査を任せたはずだ。

 海の調査がフミカの仕事で、ダインはその護衛である。

 ツバサは「ふたりっきりだぞ?」と発破をかけて送り出したのだが、何事もなく帰ってきて、フミカはツバサの母なる胸ですすり泣いたのだ。

「あそこの海、もうすっかり綺麗になってるッス。それに海の透明度が文字通り透き通るくらいクリアで、浜辺も砂浜も掃除したようにスッキリしてるから、サマーバケーションを送るには最高の環境になってるッスよ」

 この辺りの気候は温暖で、もう夏に近付きつつある。

 ちょっと早いが海開きできるのか?

「おー、海か。そりゃいいアイデアぜよ」

 ダインもこれに便乗した。

「海で遊びたいんならわしがなんでも作っちゃるきに、遠慮せず言うてくれ。今ならジェットスキーどころかクルーザーだって5秒で用意できるからのぉ」

 過大能力の【不滅要塞】フォートレスで建造するつもりらしい。

 すると、マリナがダインにお願いする。

「海……あの、ワタシ、泳げないから浮き袋つくってほしいです」

「おう、お安いご用ぜよ。なんなら、ビーチボールとイルカさんのボートもオマケしちゃるきに。他にもあったら遠慮なく言っとくぜよ」

「ホントですか!? じゃあ、麦わら帽子もお願いします!」
「あ、ウチもサングラス仕様の眼鏡とかほしいッス。ダイちゃん作って!」

 マリナのオーダーにフミカも相乗りする。

 この3人は海に行く気満々だ。

 そして、このアホも──。

「海かぁ……うん、いいね! 海行こ海! いっぱい遊べるし!」

 こうなると鶴の一声である。

 ムードメーカーでもあるミロの決定は覆しにくい。ましてやツバサも子供たちの憂さ晴らしについては悩んでいた。これに乗らない手はない。

 仕方なくツバサも重い尻……いや、腰を上げる。

「それじゃあ行くか、海に…………ッ!?」

 その時、ツバサの脳髄に電流が走る。

 思い出されるのは、アスクレペイ湯で味わわされた恥辱の記憶。

 そして──先日の淫らな夢。

 真っ赤なビキニを着せられた、あの忌まわしい過去だ。

 海に行くということは当然、みんな水着になる。ツバサもまた女性用水着を着ることになるが、このダイナマイトバディにワンピースタイプはきつい。

 またビキニか──と思えば、胸や尻どころか気まで重い。

「あー……でも、水着がないな。水着をどうするか」

 この場の雰囲気から「行きたくない」と直球で口に出すわけにも行かず、ツバサは婉曲えんきょくに「行きたくない」と主張してみた。

 当然、ミロからブーイングが飛んでくる。

「えーっ!? ツバサさん、水着くらい作れるでしょー? ハルカちゃんから服作りの技能スキルいっぱい教わって、アタシらの服たくさん作ってんじゃーん!」

「そ、それとこれとは話が別なの!」

 ミロはジト眼でツバサを睨む。

「まさか……またビキニ着るのが嫌なだけなんじゃないよね?」
「そ、そそそそ! そんなわけあるもんか!」

 露骨に動揺したツバサは、ミロの追求の眼差しに背を向ける。

「ダインさん、水着って作れませんか?」

 マリナは助けを求めるが、ダインは片手を立てて詫びる。

「すまんのぉマリナ嬢ちゃん。メカやアイテムならお茶の子さいさいじゃが、わし服とかファッションはノータッチなんじゃ……」

 これはビキニにならなくても済むか?

 ツバサが内心ほくそ笑みかけた──その時である。

「大丈夫ッスよ、バサ兄! 水着ならいくらでもあるッス!」
「……誰がバサ兄だ」

 ツバサのささやかな抵抗は、フミカによって打ち砕かれた。

 フミカの周囲に、いきなり何百着もの水着が出現する。

 それはデータ化された水着型の装備。スクリーン状にしたものを何百枚も展開しているのだ。これを立体化すれば水着になるのだろう。

 初めて見る技能スキル──じゃない。

 どこかのGMゲームマスターが特権技能として使っていたものだ。

「その技能、見覚えがあるな……GMの特権技能じゃないか?」

「そッスよ。ウチのお姉ちゃんがアルマゲドンでGMやってて……まあ、下っ端の中の下っ端ッスけど……そのお姉ちゃんが『みんなには内緒ッスよ~♪』って軽いノリで教えてくれたッス」

「GMとしてダメだろ、そのお姉ちゃ…………ん?」

 ふと──引っ掛かるものを覚えた。

 ナイスバディな美人なのに舎弟っぽい喋り方が残念で、この特権技能を使えるGMにツバサたちは会っている。

 そして、フミカにGMのお姉ちゃんがいるということは──。



「「「──アキ・ビブリオマニア!?」」」



 異口同音に叫ばれた名前に、フミカはギョッとする。

「え……な、なんでお姉ちゃんのハンドルネーム知ってるんスか!?」

 アキ・ビブリオマニア──本名、文渡玲あやわたりあきら
 フミカ・ライブラトート──本名、文渡文香あやわたりふみか



 文渡家の「口調が残念な・・・・・・」美人姉妹として、ご近所では有名らしい。


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