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第2章 荒廃した異世界

第48話:智慧を蓄えし999の魔導書

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「ニャンニャンランド建設中──23日目」
「その『1ヶ月1万円生活○○日目』みたいな言い方やめなさい」

 ツバサたちは拠点から丘陵地帯を見下ろした。

 ケット・シーたちの集落は徐々に生活水準が向上しており、もう原始人レベルを脱して未開部族ぐらいには発展を遂げていた。

 森を切り開き、木を加工して木材を作り、それで粗末な家を建てて道具を作り、火の起こし方を覚え、木の弓矢や木の槍を手に獲物を狩って、つたで編んだカゴを持って野草や果実を集め、つたないながらも調理して食べる。

 これもツバサとダインとフミカの指導の賜物たまものだ。

「狩りの仕方教えたのアタシだよ! 一応、弓の技能スキル持ってるし!」
「結界でネコちゃんたちの安全圏作ったのワタシですよね?」

 ミロとマリナは必死でアピールする。

 はいはい、とお母さんにしがみついてくる子供たちをあしらう。

「いちいち主張せんでもいい。誰も“ミロとマリナは何もしてないよね?”なんて言ってないだろ……まあ、村への貢献度は低いがな」

「「遠回しに役立たずって言われた!?」」

 2人はショックを受けた演技をして、ヨヨヨと泣き崩れながら抱き合って互いを慰めている。姉妹っぽい小芝居が板についたものだ。

「アニキ、そろそろ次のレベルに移ってもいい頃ぜよ」

 ダインは猫たちに新しい技術を提供したくてウズウズしていた。

「次というと……金属加工でも教えるのか?」

 段階的にはちょっと早い気もする。

「教えるのはいいとして、材料にアテはあるのか?」

 草木や石と違い、金属の原料となる鉱石はそこらに転がっていない。砂鉄にしても集めるのは並大抵の苦労では済まないはずだ。

 しかし、ダインは嬉々として朗報とばかりに話し出す。

「あるある。大空洞のある岩山に、花崗岩かこうがんがどっさりあるんを見つけたんじゃ。ありゃあ良質な砂鉄がよーさん取れるぜよ」

「ん? 鉄鉱石を掘るんじゃないの?」

 ミロはゲーム由来の知識から、鉱石を掘ると思っていたらしい。

「ミロ嬢ちゃん、そりゃあ今の猫たちにゃハードルが高すぎるがじゃ。まずは砂鉄を集めて加工する方法を覚えさせた方がいいぜよ。そいで慣れてきよったら鉱石の採掘を教えてやればいいきに」

「これ、日本では古くから行われてきた伝統的な方法なんスよ」

 博識なフミカ曰く、日本では鉄鉱石があまり採れなかったので、あちこちの砂鉄を集めて加工する技術が発達したらしい。

「フミカはそういう本も読んでいたのか?」

 ツバサが質問すると、フミカは照れ臭そうに微笑む。

「いやー、ウチはお父さんもお母さんもお姉ちゃんも本の虫で、本を読むのも集めるのも好きという読書中毒ブッカホリック書籍蒐集家ビブリオマニアっていう本まみれな一家だったんスよ。手当たり次第に読んでた本の記憶があるだけッス」

 聞けば先祖伝来の大きな屋敷が本の重量で潰れかけたというから本物だ。

 ダインの顔を窺えば「言うた通りじゃろ?」と得意げだった。

 ふとマリナがとことこフミカに近寄っていく。

「ねえフミカさん、フミカさんの過大能力【魔導書】グリモワールってフミカさんが見聞きしたものなら、それが赤ちゃんの頃の出来事でも【魔導書】に書き記して、読むことができるって言ってましたよね」

「できるッスよ。お姉ちゃんにイタズラされたこととか、自分じゃ覚えてないことも事細かに書かれてたッス……あ、思い出したら腹立ってきた」

 姉がいるらしいが、姉妹の仲はそんなに良くないのか?

 じゃあじゃあ、とマリナはフミカにせがむ。

「ロビンソンクルーソー漂流記って読んだことありますか? それを【魔導書】にして貸してもらうことってできますか?」

 そのお願いに──ツバサはある閃きを感じた。

「ロビンソンって……マリちゃん、渋いッスね」

 頼まれたフミカは少々戸惑っている。

「読書感想文の宿題で読んでたのに、途中で異世界こっちへ来ちゃったから……お話の続きが気になるんです。できますか?」

 うーん、とフミカは腕を組んで唸る。

 駄目元のつもりで、マリナの頼みを試してみるようだ。

「やってみるッスけど、あんま期待しないで……あ、できた!?」

 ──あっさり成功しやがった。

 フミカの手に呼び出されたのはいつもの【魔導書】ではなく、ロビンソンクルーソー漂流記の本だった。しかも、1冊だけではない。

 出版社の異なる本が何冊も現れ、持ちきれずに地面へと落ちる。

 同じ内容なら一冊読めばいいものを、異なる版元から出版されているものまで目を通しているとは……読書中毒ブッカホリック書籍蒐集家ビブリオマニアに恥じぬ読書量だ。

「あ、これワタシの読んでたのです」

 児童向けの装丁がされた厚めの本をマリナは手に取った。

「これ、お借りしてもいいですか?」
「いーッスよ。貸しても支障もないみたいッスから」

 いつもの【魔導書】とは違い、出したまま固定できるらしい。

「フミカさん、ありがとうございます!」
「いえいえ、どーいたしましてッス……いやー、やればできるもんスね」

 自分の過大能力オーバードゥーイングにフミカ本人が驚いていた。

 これに──ミロとダインもがっつくように食いついた。

「フミカちゃん! ワンピィースとフェアリーテール全巻出せる!? いや、出してくださいお願いします!」

「フミィ! 前に図鑑なら何でもいいっちゅうてトランス○ォーマー大全と勇者シリ○ズ大図鑑貸したよな? あれ今すぐ出せるがか!?」

「ちょ、ちょっと2人とも落ち着くッス!?」

 落ち着け、とツバサがミロとダインの頭を小突いて静める。

「こいつらの要望した本を出してもいいが……フミカ、君の過大能力でどれくらいの【魔導書】を出せるか試したことはないよな? その記憶から、どれほどの本を取り出せるかについて考えてみたことは?」

 どうして気付かなかったのだろうか?

 フミカの【魔導書】は本人が体験したことならば、当人が忘れていても克明に文章化して取り出せる。

 ならば──彼女の読んできた膨大な読書量はどうだ?

 フミカの見聞きした記憶を余すところなく文章化できるなら、この漂流記のようにそのまま書籍として取り出せるのではないか?

「そういうことは……まだ未体験ッスね」

 ツバサの問いに、フミカも新境地を覗いている気分のようだ。

 ふむ、とツバサはフミカの瞳を見据えて告げる。

「いい機会だ。試してみるといい。マリナのお願いに触発されたものだが……そこに君の過大能力の覚醒条件が隠されている気がする」

「オッケー、何事も実践あるのみッスね!」

 言うが早いか、フミカは眼を閉じて念を懲らす。

 その途端──本の津波が起きた。

 フミカの周囲から何万冊もの本が湧いたのだ。

 まるでバベルの図書館からあふれたかのように、本は津波となってツバサたちを飲み込んでいく。ダインやツバサの体格なら耐えられたが、小柄なミロとマリナは本に押し流されて丘陵地帯を転げていった。

 崖崩れのような山津波が丘から雪崩なだれれていく。

 それは土砂ではなく、数え切れないほどの本による雪崩れだった。

 難解な学術書、誰もが知る名著、偉人たちの伝記、流行の純文学、ラノベ、ミステリー、サスペンス、ホラー、マンガ、画集、図鑑、絵本……。

 大型書店を数店舗は開けそうな蔵書量である。

「フミカーッ! ストップ! 加減しろ止めろーッ!」
「フミィィィ! おまん、どんだけ本読んできたがじゃーっ!?」

 読書家とは聞いていたが──これは本物だ!

 こちらの怒声が聞こえたのか、フミカは瞳を開いた。

 そして、丘を埋め尽くしかけた本の洪水も嘘のように消える。

「……フミカ?」

 フミカは瞳を大きく見開いたままプルプルと震えている。まるで喜びに打ち震えているかのようだ。よく見れば口元も緩んでいた。

「ツバサ兄さん、できた! ウチにもできたッス!!」

 過大能力オーバードゥーイング覚醒ッス! とフミカは歓声を上げた。

   ~~~~~~~~~~~~

「準備できたぜよ、こんなもんでええか?」

「ありがとうッス、ダイちゃん……じゃあ、みんな距離を置いてほしいッス。多分、何倍にも膨れ上がると思うから……」

 ネコ族たちの村──その中央広場に集まる一同。

 無論、ネコ族たちも全員いる。

 ダインはフミカに指示された通り、白銀の騎士が眠る墓地からいくつかの動物の骨を運んできた。長老フテニや猫族たちは了解済みだ。

 それら動物の骨を広場に並べていく。

 持ち出す骨の選定は、ツバサとフミカの2人で行った。

 猪、牛、馬、鹿、犬、狼……その他、中型の哺乳類、鳥類も大小各種。

 見たこともない生物の骨もあるが、そこは異世界ならではだ。

「ひとまずはこんなところッスかね」

「ああ、今はこれで十分だろう。食物連鎖のピラミッドからしても、バランスは悪くないはずだ。他の動物は追い追い考えていこう」

 骨の前に立つフミカ、その手には【魔導書】が開かれている。

 その後ろにはツバサが彼女の背中を守るように立つ。

「では……始めるッス」

 これから行うのは──動物たちの復活。

 いずれツバサが生物創生系の魔法を習得して復活させるつもりで、前々からフミカに相談していたのだが、フミカは「すぐできるッス」と言うのだ。

 彼女の過大能力を駆使すれば、今すぐ生態系を復活させるらしい。

 過大能力オーバードゥーイング──【智慧を蓄えしグリモワール・999の魔導書】スリーナイン

 あらゆる事象を文章化することで情報として取り込み、自らの【魔導書】へ自動的に記録できる過大能力。その情報から同じ現象を複製することも可能で、文章を編集すれば事象を加工することもできるそうだ。

 まずは動物たちの骨から情報を集める。

 フミカの本からいくつもの魔法陣が飛び出すと動物たちの骨をスキャンし、読み取った情報が光となって【魔導書】に取り込まれる。

 遺伝子、染色体、DNA……そういったものさえ易々と解析し、動物たちの情報を一分も漏らすことなく【魔導書】に記していく。

 今度はそれを再生して複製──動物1種につき数十体は復活させる。

 雄と雌のつがいだけでは、自然に放しても繁殖して増える可能性は低い。

 生態系を復活させるにはできれば数百体は欲しいところだが、初めての試みなので無理はせず2桁に留めておいた。

 すべての魔法陣から発せられた光が、フミカの【魔導書】に収められる。

「ツバサ兄さん……お願いしますッ!」
「ああ、任せておけ」

 ツバサも過大能力【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】を発動させる。

 ウチ1人じゃ不安なんで──と、フミカに助力を頼まれたのだ。

 フミカは情報を編集し、何十体もの動物たちを創り出す。

 開かれた【魔導書】から情報の光が解き放たる。

 まるで蛍の群れのような光の粒は、広場のあちこちに少しずつ集まっては実像を結んでいき、それぞれの動物をかたどっていった。

 フミカと息を合わせて、ツバサは自らの過大能力を連動させる。

 やり方はミロの時と同様だ。

 あの時は自然を甦らせたが──今度は動物を甦らせる。

 情報の光が具現化する際、生命力を注ぎ込んでやればいい。

 本来ならミロの過大能力【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】も連動させれば完璧なのだが、それはフミカが遠慮したいという。

『ミロちゃんの力を借りたら絶対成功するッス。そうなると、どこまでウチの能力が使えるのかが、わからなくなっちゃうから……』

 だから、ツバサの生命力を操る力のみを貸してほしいとのこと。

「ウチには……これしか……知識これしか、ないから……」

 情報の光は3Dプリンターのように、下からゆっくりと生物の姿を形作っていく。肉体が完成した動物には、更にツバサが生命力を与える。

 ツバサは平気だが──フミカは辛そうだった。

 ようやく覚醒した過大能力。まだ不慣れということもあるだろうし、ミロのように本人への負担が大きいところもあるようだ。

 脂汗を流して歯を食い縛り、可愛いらしい顔が台無しだった。

 それでも──彼女は全力を尽くした。

「ウチの知識が、役に立つなら……お願い、その力を見せてッ!!」

 手にした【魔導書】が燃えるような閃光を発する。

 目を眩ませるほどの強烈な光が広場を覆う。その場の全員が視界を奪われた一瞬の後、ゆっくりと光が収まっていくと、そこには──。

 ──多くの生き物が居並んでいた。

 牛や馬はいななき、鹿は前脚で土を蹴り、犬や狼は舌を出してハッハッハッと呼吸を繰り返し、何匹もの野鳥が空を飛んでは木々の枝に止まっている。

 書物でしか見たことないような幻想的な生物まで何種も並んでいた。

 動物たちは一様にフミカの前へとかしずいている。

 まるで「私たちの創造主はあなたです」と伝えるかのように──。

 自分の成し遂げたことに声も出ないフミカ。

 ツバサはその肩にそっと手を乗せると、彼女は恐る恐るこちらに振り向く。どうしていいかわからなフミカに、ツバサは小さく頷いた。

 フミカはこちらの表情を読み取り、表情を引き締める。

 今此処で──神として如何いかに振る舞うか。

 右手に【魔導書】を広げたまま、フミカは左手を動物たちに翳して、堂々たる声で言い放つ。それは神としての威厳を備えた美声だった。

「天地を育む太母神ツバサ・ハトホルの生命いのち息吹いぶきを受け、知識を司りし神フミカ・ライブラトートに創られた者たちよ!」

 二柱にはしらの神の御名において命ず──。

「この地にて増えよ満ちよ! それが汝らの有り様ありようなれば!!」

 フミカの言葉に動物たちは雄叫びで答える。森を走り、地を駆け、空を飛び、その生き方を最大限に表現する動きで自然へ溶け込んでいった。

 ネコ族から拍手喝采、ミロやマリナも歓声を上げて大喜び。

 そして、ダインは──。

「フミィ……よく頑張ったぜよ、おまんはまっことの女神ぜよ!!」

 号泣のあまり涙で回線をショートさせて白煙を上げながら、フミカの偉業を讃えて両肩から祝砲の花火を打ち上げていた。

 そんなダインの褒め言葉に、フミカは最高の笑顔を浮かべた。

「ダイちゃん…………あ、あれれ?」

 突然、フミカは膝をガクガク震わせると足下から崩れた。

 間一髪のところでツバサが支えてやる。

「大丈夫か、疲れたんじゃないか?」

「アハハハハ、そ、そうみたいッスね……覚醒したばっかだってのに無理したからかなぁ? 慣れないことはするもんじゃないッスね……アハハハ……」

 やはり──世界を変えるのは多大な労力を強いるのだ。

 ミロの世界改変能力もそうだが、フミカの知識による生命創造も本人への負担が大きいのだろう。でなければ、神族がここまで疲労するわけがない。

 今後の課題だな、とツバサは静かにため息をついた。

「どうする、活力付与エナジーギフトしてやろうか?」
「活力付与って……ツバサ兄さんとキスするあれッスか!?」

 フミカは慌てて視線をダインに飛ばした。

 ダインは滝のような涙を流して拍手しており、まだ祝砲を上げていた。賑やかなのが大好きなケット・シーたちと、ミロやマリナまで大喜びだ。

 フミカの視線に気付く様子もなく──。

「お、お気持ちだけってことでいいッスか……?」
「おまえも大変だな、惚れた相手が鈍感な朴念仁ぼくねんじんで……」

 ダインは精神的に小学生みたいなところがあるので、フミカの気持ちに気付くには時間が掛かるし、気付いたら気付いたでまた大変だろう。

「こちらも今後の課題だな……課題だらけじゃないか」

 今度こそ疲れたため息を吐いたツバサは、まだ大騒ぎしているダインたちの方を見やる。すると、ミロの様子が変わっていた。

 先ほどまでの笑顔は態を潜め、少し寂しそうな表情で森に消えていった動物たちを見送ると、今度はあらぬ方角へ視線を向けていた。

 その顔はどこか悲壮であり、何らかの決意を感じさせる。

 彼女の見つめる先にはあるのは──。

   ~~~~~~~~~~~~

「この真なる世界ファンタジアを統べる大君が命じる!」

 ミロは神剣を天に掲げ、黄金色の光を解き放つ。

「この地にて命を散らした者たちよ! 今一度蘇れ!」

 渾身の叫びを上げるミロだが反応はない。

 ここは──ジャジャたちを埋葬した墓地。

 ネコ族の村から離れたところにあるのだが、ミロがダインに頼んで立派な墓石を作ってもらい、ツバサが自然を操って静かな林を植え、マリナが荒らされないようにと強力な結界を固定した、至れり尽くせりの墓地である。

 墓の前に立つミロは、何度も深呼吸を繰り返した。

 過大能力は使えば神族でも疲労を免れない。

 ローコストで強力な結界を張れるマリナや、過大能力で自己回復ができるツバサはともかく、フミカやダインは使えば使うだけ消耗が激しい(ダインの場合、自身は消耗せずとも総攻撃を使えば道具箱インベントリの素材が目減りする)。

 そしてミロの場合──疲労度が尋常ではない。

 覚醒前の【大君】からして燃費が悪かったが、覚醒して万能性を発揮すると同時に、その能力の強大さからミロへの負荷も倍増したのだ。

 我が身を持ってそれを味わいながらも、ミロは過大能力を使い続ける。

 惜しむことなく全力を注いで──。

「この真なる世界を統べる大君が告げる!」

 墓地には──何の反応もない。

「この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」

 墓地には──何も起きない。

 三度も連続で過大能力を使ったミロはヘトヘトだった。神剣を地面に突き立てて杖代わりにして、どうにか倒れまいとしている。

 汗まみれで荒い呼吸を繰り返すも、その眼はまだ死んでいない。

 より強烈な感情を燃やしていた。

「この真なる世界を……ッッッ!!」
「そこまでにしておけ」

 ツバサの声を聞いたミロは、空に掲げかけたた剣を止めた。そして、悪戯が見つかった子供のよう瞳で振り返る。

 木陰に隠れていたツバサは、普通の足取りで近寄っていく。

 おもむろにミロを抱き寄せて口吻くちづけを交わす。

 活力付与のためだが、慰めの意味も込めて──優しくいたわるように。

「ツバサさん、どうして……」

 唇を離したミロは開口一番、そこを訊いてきた。

「さすがにな、出掛ける度に疲労困憊で帰ってくれば気付くさ。おまえのこういうところ・・・・・・・に俺は惚れたわけだし……」

 ──ミロは情の深い女だ。

 自分にこの世界を変える能力があると知れば、いつかはジャジャたちを復活させるために行動を起こすと踏んでいた。

「大方、老騎士んとこでもやってるんだろう?」

 ミロは気まずそうに俯いてから頷いた。

 あちらにも猫族たっての願いで老騎士の墓標が建てられている。そこでもここでやっていたように、ミロは過大能力を使い続けていたのだ。

 ジャジャたちや老騎士を──この世へ甦らせるために。

 ミロは小走りでツバサの胸に飛び込んできた

 ツバサの乳房に縋りつき、涙声で悔しそうに呻く。

「どうして……みんな戻ってこないの……アタシの力が足りないせい?」

 違うな、とツバサはその見解を示した。

「この世界でも死は厳粛げんしゅくなルールなんだ」

 死んだ者は──決して生き返らない。

 もしも蘇らせたいというのなら、それ相応の対価を求められるはずだ。

 さもなくば、蘇生するだけに値する条件を要求される。

「きっと──そういうもの・・・・・・が足りないんだ」

 ジャジャたちは触手に自分を構成する情報を奪われた。

 老騎士は自らの命を燃やし尽くすことで空間の裂け目を封じた。

「彼らを蘇らせたくても、そのための要素が足りない……いくらおまえの能力が万能だとしても、それを補うものがないという証だ」

「……アタシが……弱いから……ッ!」

 そう受け取っても構わない──ミロが未熟だからだ。

 ミロがもっと強くなり、真の意味でこの世界に覇を唱える神として君臨することができるようになれば、あるいは…………。

 ギリッ、とミロの歯ぎしりが聞こえる。

 自分の弱さを痛感して、悔しさに歯を食いしばっていた。

 ミロは大粒の涙をこぼすも顔をキッと上げる。

 涙に濡れたままで、覚悟を決めた声で高らかに宣言する。

「アタシ──強くなる!」

 能力の名前に負けないくらいの、本当にこの世界を制覇するほどの力を持った大君として、全ての神々をねじ伏せられるほどの英雄神になって……。

「きっとみんなを復活させてあげるんだ!」

 そして、と泣き顔のまま意地を張るように笑顔を作る。

「その力でツバサさんも骨の髄までオンナノコにしてやる! アタシが神話の主神になって、ツバサさんをオカン系女神にしてやるんだから!」

 それを聞いてツバサは目を丸くした。

 いつもなら怒るところだが、今日だけは朗らかに微笑んだ。

「ああ……やれるものならやってみろ」

 ミロがやる気を出してくれるなら、それだけで喜ばしいことだ。



 いつものツッコミで野暮に返すこともなかった。


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