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第2章 荒廃した異世界
第44話:一仕事終えて~過大能力談義
しおりを挟む過大能力──その力は神にも悪魔にもなれる。
アルマゲドン運営は本当のことを言っていたらしい。たった一晩で枯れ果てた大地をここまで蘇らせるなど、神か悪魔でなければ成し得ないだろう。
朝日に照らし出されるのは──見渡す限り緑化された大地。
まだ地平線の彼方は干涸らびているが、地脈もできるだけ遠くまで伸ばしたので、いずれ緑も広がっていくはずだ。
地脈、霊脈、龍脈、呼び方はどれでもいい。
要は大地の奥底に流れる超自然的なエネルギーの流れだ。
あらゆる生命力の素となるもの。その根源となれる過大能力を覚醒したツバサがここにいる限り、枝葉を広げるように世界は瑞々しい再生を促されるだろう。
「よし……みんな、よく頑張ったな」
ツバサが笑顔でそう告げると、みんな恐縮していた。
「ワタシたち、あんまり大したことしてないです……」
「やっぱアニキがナンバーワンぜよ!」
「そッスよ。ツバサ兄さんが一番働き者だったじゃないスか」
「いや、俺は過大能力のおかげで自己回復もできるからな。労力こそ掛かったもののヘトヘトになるほど疲れてはいないよ」
とは言ったものの、さすがにツバサも疲れた。
子供たちの前でへばりたくないからちょっとやせ我慢している。
いくら過大能力といえでも、全力で使うのは負担が大きい。いいや、途方もない力だからこそ消耗が激しいのかも知れない。
──今後はもっと慎重なるべきだろう。
「ミロ、おまえは大丈夫か?」
その肩に手を乗せると、グラリと倒れそうになった。
昨日のこともあって心臓が止まりそうになるツバサだが、反射的にミロの脇に手を差し込んで抱え、思いっきり抱き寄せた。
「ミロ、おいミロ! しっかりしろ、大丈夫か!?」
「あ……うん、平気ヘーキ、ちょい疲れだけ……前よりは全然いいよ」
以前、覚醒前に【大君】を使っていた時より顔色はいい。
それでも疲労の色は濃かった。
「アニキ、ミロ嬢ちゃん、乗るといいぜよ」
ダインが気を利かしてダイダラスの両手を広げてくれたので、ツバサはミロを抱き上げると遠慮せずに乗せてもらった。
ダイダラスの大きな手に、マリナとフミカも降りてくる。
疲れたツバサがあぐらで腰を下ろせば、ミロは膝の上に座り込んでツバサを座椅子代わりにした。「おっぱい枕~♪」ともたれ掛かってくる。
普段なら叱るところだが、今日はよく働いたので不問にしよう。
「それにしても……ミロちゃんの【真なる世界に覇を唱える大君】ッスか? あれはスゴイ能力ッスよね。ぶっちゃけ何でもアリでしょ?」
詳細を知りたいフミカが眼鏡を輝かせているのに、当のミロはツバサの胸に甘えてゴロゴロと猫みたいに喉を鳴らすばかり。
それでもミロは気怠げに答えた。
「何でもアリってわけじゃないみたいだよ~? 例えば『世界なんて木っ端微塵になっちゃえー!』って命令すると、世界から『マジやめて!?』って悲鳴が聞こえてきて着信拒否みたいな真似されるしさ~……」
世界の悲鳴が聞こえて着信拒否される?
それは世界と通じることができるという意味なのでは?
ミロの言葉が真実だとすれば(アホの子なので嘘をつくほどの知恵もないが)、ツバサのように世界の根幹へと働きかける過大能力なのだろう。
なにせ、次元に開いた穴すら塞げるのだから……。
それにね、とミロは重たそうに神剣を掲げる。
「ツバサさんのおっぱいがZカップになれ~♪」
「おい、ふざけんな!? そんなのキャンセルだ! ノーカンノーカン!」
神剣は黄金色の光を発したが、すぐに散ってしまった。
ほらね、とミロは神剣を下ろす。
「アタシより強い人を変えようとしても、本人に嫌がられたら発動しないみたいなのよさ。アタシがその人より強くなれば強制執行できそうだけどねー」
「なるほど、色々と制約があるんスね……」
「制約というより、単にLVや強さによって抵抗されてるんだろうな」
ミロ自身、まだまだ未熟者だ。
だから世界やツバサといった上位者に能力を使っても、抵抗されて効果が現れないのだろう。ゲームでもよくあることだ。
逆に言えば、こうも受け取れた。
この過大能力──ミロが強くなれば真の意味で万能となる。
……ろくなことにならん、と悪寒が走った。
「でも、良かったですねミロさん。ちゃんと過大能力が覚醒して」
マリナもツバサに寄り添うようと、ミロの覚醒を一緒に喜んでくれた。
本当、可愛げのある妹だ。
「まーねー♪ これでやっとマリナちゃんに姉貴風吹かせられるしー♪」
「あ、ミロさん……気にしてたんですね……?」
マリナはツバサ同様、過大能力がすんなり覚醒している。
それが「妹に先を越されたー!?」とミロに劣等感を抱かせたようだが、「おまえそういうキャラじゃないだろ」と声を大にして言いたい。
ミロは劇画タッチな表情になり、歯を剥いて大声を上げる。
「姉より優れた妹なぞ存在しねぇ!」
「……さてはそれが言いたかっただけだな?」
「……いるッスよ全然」
どこかで聞いた迷言を口遊むミロに、フミカは囁くような反論をした。
姉という存在に対して思うところがあるのだろうか?
「妹っていうのは……お姉ちゃんに可愛がられてればいいのだ!」
「ちょ、ミロさんやめて……くすぐったいですってば♪」
ミロは抱き寄せるようにマリナを捕まえて、自分の膝の上に乗せる。
本当の姉妹みたいにイチャイチャ遊んでいた。
親亀の上に子亀を乗せて、その上に孫亀を乗せて……ってみたいな状況になってしまうが、口が裂けても「重い!」と言えないツバサだった。
「それにしても……どーやって覚醒したんだろうねー? アタシ自身、なんかやったって気がしないし、何回も【大君】使ってただけだしねー」
「繰り返し使えば覚醒するとかあるんじゃろか?」
ダインがダイダラスとして話に入ってくる。
心を持つ巨大ロボットと会話するアニメキャラは、こういう気分になるのかも知れない。でかい顔で話し掛けられると威圧感がすごい。
ダインからの問いにツバサは答える。
「いや、そんな単純なものではないみたいだぞ。恐らく、ミロは気付かないうちに何かを“達成”したんだ。それが覚醒に繋がったんだろう」
ツバサは過大能力の覚醒条件に気付きつつあった。
だが、その発言内容をアホは曲解する。
「覚醒する前にアタシが達成したこと……ツバサさんとの連続キスだ!」
「アホ、そんな限定的な覚醒条件があるわけ……」
ツバサが否定するよりも早く、場が騒然とした。
マリナ、フミカ、ダイン(ダイダラス)、その3人が緊張した面持ちで、ゴクリと固唾を呑んでいた。頬には一筋の冷や汗が伝う。
「ツバサ兄さんとキス……あ、でも、女の子同士ならノーカンッスよね」
「おい、フミカ……?」
「アニキと、キ、キキ、キス……い、今のアニキなら全然アリ……」
「ダイン、おいこら!?」
「センセイとキス……ワ、ワタシの年齢ならママとしてもおかしくないし……」
「マリナ! ……は、まあいいか」
マリナはともかく、他の2人はアウトである。
その2人を叱りつける前に、フミカがダインに駄目出しをした。
「ダイちゃんだけはツバサ兄さんとキスしちゃダメッス! か、代わりに……その、あの、ウ、ウチが……し、してあげるッスから……」
「わしだけハブ!? それにフミとキスして何の意味が……すげぇ痛ぇ!?」
ダインの発言でフミカが無表情になった瞬間。
突然、超巨大な【魔導書】が現れると、ダイダラスの後頭部にめり込ませる勢いで落ちてきた。しかも、当然のように固そうな角でだ。
──フミカの【魔導書】。
出現させる場所とサイズは自由が利くのかフリーダムだった。
「何するがじゃフミィ!?」
さすがに半ギレするダイダラスに、フミカはふて腐れてそっぽを向く。
「蚊ッス! ダイダロスの頭に蚊が止まってたッス!」
「マジか!? この世界の蚊はメカのオイル吸うんかのぉ!?」
もうおまえら──さっさと結婚しろよ。
ツバサとマリナは、生温かい目で見守るしかなかった。
そして、ミロは静かに怒りを募らせていた。
「ハッハッハッ、みんなー? ツバサさんにキスすれば覚醒できると思ってるみたいだけどさぁ……それをアタシが許すと思ってんの?」
右手に掲げた神剣からエネルギーブレードを滾らせたミロは、鬼気迫る形相で笑っていた。ツバサとキスしたら叩き斬るつもりだ。
「おまえ、自分で話を振っといてそれはないだろ……」
ミロは嫉妬に燃える瞳でツバサを睨め上げる。
「え、なになに? ツバサさん、アタシという最愛の嫁にして娘がいながら浮気しまくりなの? 他の子とチュッチュッすんの? マリナちゃんは許すけど」
「ワタシもセンセイの娘だから許された!」
マリナは大喜びでバンザイをする。
「おまえら落ち着け──キスが覚醒条件なわけないだろ」
だったら、ツバサやマリナがすんなり覚醒した理由に説明がつかない。
むしろアルマゲドンという“ゲーム”の続きとして考えるべきだ。
「これは推測だが、恐らく過大能力には正しく覚醒させるための条件が隠されているんだ。俺やマリナは自然とそれを“達成”していて、おまえたちはそれを“達成”できてないだけなんだよ」
ゲームでもよくある設定だ。
『この能力を解放したければ、これらの条件をクリアすること』
『この敵キャラを倒すと、この隠しステージが開放される』
『このアイテムが欲しければ、このルートを踏破しておけ』
──これらと似たようなものである。
ミロは触手の王との戦いにおいて、知らず知らずの内に覚醒条件を満たしていたのだろう……まさか本当にツバサとのキスじゃあるまいな?
「じゃあ、ウチらにも覚醒条件があると?」
フミカは自分とダイダラスを交互に指差した。
「そう考えるのが妥当だな。でなきゃ、真っ当な君らが覚醒できてないのに、アホで引きこもりでニートなウチのミロが先に覚醒するわけがない」
「ミロ嬢ちゃん、現実だとそうなんか……」
ちくっと幻滅したわ、とダインがボソリと呟いた。
そう急くな──ツバサはダインとフミカを柔らかく諭す。
「おまえたちはウチのアホ娘よりずっとマシだ。過大能力が使えないのも“まだ”ってだけで、いずれ使えるようになるはずさ」
ツバサの言葉にフミカとダインは穏やかな笑顔で「はい」と頷いてくれた。
前向きに捉えてくれたようでホッとする。
「でも……その“達成”すべき条件って何なんでしょうね?」
当然の如く浮かぶ疑問を、マリナが口にした。
何らかの達成条件をクリアして覚醒した(と思われる)、ミロに向かって訊いたのだが、そのミロは腕を組んで唸るばかりだった。
「う~ん……触手大魔王戦のラストには覚醒してたんだから、その前にやったことっていうと、ツバサさんを襲うようにキスしたぐらいしか……」
「おい、人聞きの悪い言い方はやめろ」
あとは──死ぬほど疲れるまで自分を追い込んだことか?
これをダインとフミカはちょっと真に受ける。
「死ぬほど自分を追い込む……特訓でもすりゃいいんじゃろか?」
「練習すれば使えるようになるならやぶさかでもないッスよ」
特訓──その2文字にツバサの眼がキラーンと輝いた。
「おっ、したいのか特訓? 俺が監修してやるぞ」
そのためのアイテムをツバサはいそいそと道具箱から取り出した。
「な、なんじゃいアニキ! その拷問道具と変わらないようなトレーニング機具の山は!? それもう殺しに来てるぜよ!?」
「竹刀に重いタイヤに重そうなコンダラ……昭和のスポ根アニメッスか!?」
ツバサの好きなこと──特訓、修行、鍛錬。
自称・仙人に鍛えられた頃に自分を強くすることにハマったのだが、最近では自分よりも弟子を育てることに喜びを見出していた。
アルマゲドン内で育てたのは、ミロ、マリナ、ミサキの3人。
最後まで修行についてこられたのはミサキのみ──。
被害者であるミロとマリナは、死んだ魚の目で微笑んでいた。
「あー、大丈夫大丈夫、死にはしないから……死んだ方がマシだけど」
「3日目過ぎた頃からハイになってきてお花畑が見えますよー」
「「全然大丈夫じゃない!?」」
ダイダロスが顔を引き、それにフミカが抱きついて逃げ出そうとする。
ツバサは微笑みながら「冗談だ」とトレーニング機具を仕舞う。
「ま、無理にとは言わないさ。特訓や修行がしたいなら、いつでも俺に言ってくれればいい。今より最低5倍は強くしてやるからな」
ダインもフミカも「考えておきます」と苦笑するだけに留めていた。
「……よし、じゃあそろそろ地上に戻るか」
神様としての初仕事も終えたことだし、いつまでも空中でお喋りしているわけにもいかない。むしろ、神様の仕事は始まったばかりだ。
猫たちも待ってるしな──眼下を見下ろす。
見れば、岩山の大空洞から飛び出してきたケット・シーたちが緑と戯れており、空に浮かぶこちらに手を振りながら歓声を送っていた。
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