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第2章 荒廃した異世界
第43話:なってやろうじゃないか──神様に!
しおりを挟む神と魔の混血児──灰色の御子。
神魔の末裔である彼らが地球に渡っているというのだ。
あの天井画が過去に起きた事実を描いているならば、それはツバサたちをこの世界へ転移させた現象に関係があるとしか思えなかった。
関係があるどころか──首謀者にして原因。
だとすれば、灰色の御子はアルマゲドンの……いや、運営会社であるジェネシスに関与しているに違いない。社員たちはどこまで把握しているのだろうか?
やはり幹部クラスでないと知らされていないのか?
「それとも…………あッ!」
唐突に“あいつ”の別れ際の言葉を思い出した。
『──あちらの世界でまたお会いしましょう』
クロコは確かにそう言った。
それだけじゃない。
運営最後のアナウンスもこの世界について示唆していたはずだ。
「連中は──GMたちは知っている」
全貌とまでは行かなくとも、こちらの世界に転移することは織り込み済みだったと考えられる。でなければ、あんな台詞が出てくるわけがない。
GMを吐かせれば、何かわかるかも知れない。
普通にプレイしていればGMの知り合いなんてできるものではないが、ツバサたちは幸か不幸かクロコ・バックマウンドという変態メイドの知人がいる。
会えば何か聞けそうだが、こちらの世界では音信不通だった。
「……ったく、いつもなら呼ばなくてもヒョイヒョイ顔を出しやがるのに、こっちに来てからというもの音沙汰なしってのは…………」
怪しさ倍増で腹が立ってくる。
とにかく、この世界を知るための手掛かりに目処がついた。
GMのクロコを捕まえる、まずはそれからだ。
「……どうなさいました、天の女神様?」
天井画の地球を見てから独り言を呟くようになったツバサを、フテニは心配そうに見上げていた。
足下の小猫を気遣うような眼差しで見下ろす。
「いや、何でもない……中断させて悪かった」
続けてくれ、とツバサはフテニに先を促した。
猫族の長老──フテニ・ニャントトス11世の語りは続く。
「灰色の御子たちが旅立つと、残された種族はその帰りを待ちました……我ら猫族は、白銀の騎士様に導かれてこの地へやってきたのですじゃ」
フテニは、洞窟の中央で眠る騎士を見遣る。
騎士は永遠の眠りにつくことを自らに許さず、この地を守るための剣を構えて虚空を見据えているかのようだった。
多くの獣を足下に従えて──。
「そして、騎士はあの預言を残したわけだ」
騎士の虚ろな眼窩とツバサは視線を合わせた。
『──いずれ遠き世界より新しき神々が訪れる。
猫族よ、その時までこの地にて雌伏の日々を耐え忍べ──』
「その通りですじゃ……我らネコ族はその言葉を信じて待ちました。我らが王である初代ニャントトス1世様、その後継たるシャルルブーツ1世様、始祖の御名を繰り返し受け継ぎながら、ニャゴまで何十世代もの間……」
待ち続けたのですじゃ、とフテニの持つ杖が震えていた。
老いた猫の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「そして……あなたたちが現れた」
白銀の騎士様が預言したとおりに! とフテニは感極まって叫んだ。
フテニは杖を捨て、猫らしく四つん這いになった。
違う──ツバサたちに額ずいているのだ。その後ろではターマとミーケも倣うように膝をつき、床に額を押し当て深々と頭を下げている。
「新しき神々よ!! どうか、我らネコ族を……いいえ、我らだけではありません、この世界に生きる全ての者をお救いくだされ!」
「あの怪物を倒したあなたたちなら、きっと……お願いいたします!」
「ミャアたちを……この世界をお救いくださいませ!」
猫たちの懸命なお願いに──。
「うん、いいよ」
脊髄反射みたいな速さでミロが即答した。
ツバサとマリナは「やっぱり」と諦観できたが、ダインとフミカは声を出さずに「ええ~っ!?」と戸惑いを隠さない顔で驚いていた。
まあ無理もない。
つい先日までVRゲームで遊んでいただけの少年少女に、いきなり「世界を救ってください!」と頼んでも、途方に暮れるだけである。
すんなり受け入れるミロがおかしいのだ。
「どうせ現実に帰る当てもないんだし、せっかく神様の力も手に入れたんだから、使ってみなきゃ損じゃん。それにさ……」
ミロは背中の剣に手を添えると、仄かに黄金色の光を発した。
「……騎士のおじいちゃんにも頼まれたしね」
みんなもいいでしょ? とミロは事後承諾を求めてくる。
「俺とマリナは約束したからな。再確認なんて今さらなんだが……ダインとフミカはどうする? 俺たちと一緒にこの世界を救ってみるか?」
「そんな“もののついで”みたいに言われても困るんスけど……?」
フミカはジト眼で呆れていた。
「そがい大それたこと、わしらにできるんじゃろうか……?」
同じく、ダインも困惑する素振りを見せた。
すると、マリナも猫側に回って彼らを擁護した。
「でも……猫さんたち、こんな困ってるんですよ? 神族になったワタシたちなら、きっと力になってあげられますって!」
「マリナちゃんの言う通り! 神様なアタシらに不可能はない!」
ウチの娘2人は完全に乗り気だった。「神族でも不可能なことって割とあるんだけど……」なんてツッコむのも野暮なくらいノリノリだ。
もしも不可能がないなら──ツバサは真っ先に男へ戻っている。
未習得の技能を血眼になってチェックしてみたのだが、性別を変えるような技能はどこにも見当たらなかったのだ。
魔法で変身はできるが、一時的なものでしかないのが惜しい。
だが、この世界は救えるかも知れない。
少なくとも、この渇いた大地を癒やす方法は思いついたので、ケット・シーたちに明日への希望を抱かせることはできるだろう。
「論より証拠──まずはやってみるか」
ダインやフミカにも実際にやらせた方が効果的な気がする。
神族としての能力を自覚させるのだ。
神となった自分たちの力を──。
長老、ミケ、タマ、とツバサはケット・シーたちに呼びかけた。
まずは「頭を上げなさい」と土下座をやめさせる。
そして、彼らに目線を合わせるためしゃがんでから話し掛ける。
「俺たちみたいな新参者にどこまできるかわからないが、やるだけのことはやらせてもらおう。それぐらいの力はあるからな」
実際、神族としての肉体と技能のおかげで余裕綽々だった。
おまけに──過大能力もある。
この能力は触手の王のようなバケモノをぶちのめすだけの代物ではない。ツバサは覚醒してからというもの、その使い方を試行錯誤していた。
──試すには絶好の機会だ。
「世界を救えるかどうかはまだわからないが……」
ネコ族は助けてやれる、とツバサは明言した。
これを受けてフテニは、猫の顔に人間めいた感動の表情を浮かべる。そして、滝のような涙をこぼして、再び床に額をこすりつけて感謝した。
「天の女神様……かたじけなや……かたじけなやっ!」
むせび泣くフテニを、ミロとマリナが「よしよし」と慰めていた。
……いや、あれは猫を可愛がってるだけだな。
「差し当たっては下準備が必要だな」
ツバサはあれこれ思案しつつ、もうひとつ訊いてみた。
「長老、この無数の動物を集めたのも騎士なのか?」
すべての動物が雌雄で用意されているのを見るとノアの方舟を連想したくなるが、ことごとく白骨化していては意味がない。
泣き止んだフテニは涙目のまま教えてくれた。
「はい、騎士様自らと我らの先祖が集めたと聞き及んでおります。『いつの日か新しき神が必要とするであろう、命の痕跡を遺しておくのだ』と……」
「命の痕跡、か……」
ノアの方舟を意図したわけではないらしい。
ツバサは白銀の騎士がこれらの骨を遺した意図を理解しようとした。
「フミカ、ここにある骨に関する分析は終わってるよな?」
「え、あ、はいはい! 完了してるッスよ」
ちょっと見せてくれ、とツバサは【魔導書】を催促した。
骨から得られた情報をフミカから聞きつつ、必要な情報を読んだツバサはフミカに【魔導書】を返すとニヤリと微笑んだ。
「自分を卑下するな。おまえの過大能力は十二分に使える能力だ」
「えっ!? そ、そッスか……あ、あははは……」
急に褒められたせいか、フミカは変な半笑いだけを返してきた。
ツバサはダインにも声をかける。
「ダイン、おまえのダイダロスでこんなことはできるか?」
内容を聞いたダインは不思議そうに頷いた。
「こがいなもん楽勝じゃあ。材料もよーさんあるきに……しっかし、こんなもん空に打ち上げて何が起こるぜよ?」
「起こるというより起こしやすくするのさ」
聞きかじりの拙い科学知識だが、なんとか活用することができるだろう。
次にツバサは骨の群れへと分け入り、あるものを探した。
みんなにも「探してくれ」と頼む。
「多分、草食動物の周りに落ちていると思うんだが……とにかく何でもいい、種や葉といった植物の組織片見つけてほしいんだ」
ミロとマリナ、フミカやダイン、フテニやターマやミーケも一緒になって探してくれる。するとマリナが大声でツバサを呼んだ。
「センセイ来てください! これ、騎士様にこんなのが……!」
騎士の遺骨に近付いてみれば、彼の首には数珠のようなものが巻かれていた。遠目では鎧の装飾かと思ったが違ったらしい。
それは──植物の種で作られた首飾りだった。
白銀の騎士、その遺志を改めて汲み取ることができそうだ。
「そうか、そうだよな……命の痕跡を残そうと尽力したあなたが、これを用意していないわけがない……ありがたく使わせてもらおう」
ツバサは黙礼すると、白銀の騎士から首飾りを受け取った。
~~~~~~~~~~~~
マリナとフミカが大空を舞うように飛んでいる。
その手からは植物の種がばらまかれ、乾いた大地に散らばっていく。
あれは白銀の騎士がしていた首飾りをばらしたものだ。
しかし、圧倒的に数が足りなかったので、マリナの習得した植物創成魔法で増やしてもらい、大空洞のある岩山を中心に万遍なく蒔いてもらっていた。
岩山の頂上では、ダイダラスもバズーカ砲を撃ちまくっている。
それは空砲みたいなもので、空中で破裂するとやはり種子をばらまいた。
「センセーイ、種まき終わりましたー!」
「こっちも任務完了ッスー!」
「アニキ、種入りの砲弾、全弾撃ち尽くしたぜよ!」
はいご苦労さん、とツバサは労いの言葉をかける。
ツバサは種まきに参加せず、【偉大なる大自然の太母】で大気を操作して大量の雲を作っていた。しかし、まだ雨が降る気配はない。
「それじゃあダイン、次の砲弾を雲の中に打ち込んでくれ」
「了解ぜよ──ドライアイス弾、発射!」
ダイダラスから大砲やロケットで打ち出される弾。それらにはドライアイスが詰められており、雲の中で散布されるように細工されていた。
散らばったドライアイスは雲の中の温度を下げ、ドライアイスの粒が核となって雨となるための氷の結晶を形作る。
つまり──人工的に降雨を引き起こすのだ。
ツバサの作った雲は瞬く間に暗雲となり、ポツポツと雨粒を落とした。
「頃合いだな……行くぞ、ミロ」
「あいよ! ツバサさんとアタシの共同作業の始まりだね!」
初めてではない、というのが意味深だ。
ミロは岩山の上空に浮かぶと、神剣を抜いて空に掲げた。
ツバサはその後ろに浮かび、両手を広げて全神経を能力へと集中させる。
2人の背後を護るようにダイダラスが立ち、右手にはフミカが、左手にはマリナが控える。そういう配置をツバサが指示したのだ。
岩山の麓からは、ケット・シーたちがこちらを見上げていた。
神の偉業見届けさせる──そのための演出だ。
──【偉大なる大自然の太母】
大自然を司る能力を、制限なしで全解放する。
死にかけた大地に眠る地脈、龍脈、霊脈……そういったものに蘇るよう働きかけ、空を覆う雨雲には更なる豪雨を引き起こさせる。
その雨にも活力付与を施し、大地を活性化させる慈雨とする。
まるで天の底を抜けたような大雨を降らせると、乾いた大地が豊穣な泥濘となっていく。次第に土が肥えていき、水の流れが川を作り出す。
土が滋養を取り戻すと、そこに先ほど蒔いた種が潜り込む。
「ダイン、フミカ──おまえたちのおかげで助かった」
ダインが人工降雨の手段を持っていなければ、ツバサが一から雨雲を作り出すのは時間がかかったろう。これほど効率良くできなかったはずだ。
フミカが動物の骨から生態を解析し、この地の植生を調べてなければ、どのように自然を復活させればいいかわからなかった。
「そして、マリナも……あれだけの種をよく増やしてくれた」
植物育成魔法で種子を増やしてくれたマリナも、当然のように褒める。
母親とは──愛する子供たちに分け隔てなく接するものだ。
……いや、母親じゃない。違う違う。
良い指導者には、そういう気配りも欠かせないものである。
そして、子供たちに自信を持たせることも大事。
「望む望まないとに関わらず、俺たちはこの世界に神族として来てしまった……その力を過信しろとは言わん。だが、自覚は持っておきなさい」
俺たちには──この世界を変える力がある。
「なってやろうじゃないか、神とやらに!!」
ツバサが女神にあるまじき猛々しい笑顔で吠えると、雷鳴が轟いた。
「なってあげようじゃないの、神様にね!!」
ミロも雄々しく声高らかに叫ぶと、神剣から絶大な閃光を放った。
──【真なる世界に覇を唱える大君】
その能力の神髄は──ミロの命令による世界の改変。
ミロが世界に対して『アタシの言う通りにしなさい!』と命じれば、世界がそれに服従するかの如く変わってしまうのだ。
この力によって、あの空間に生じた裂け目を封じることができた。
万能とも言える過大能力だが、相応の難点もある。
まずミロへの負荷が凄まじいので連続で使えない。あまりに規模の大きい世界改変もまだ不可能だった。無理をすればミロの身が保たない。
今回は「無茶をするな」と言い聞かせてある。
これは彼女の過大能力の運用テストも兼ねているのだ。
「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」
ミロの口上により世界改変が始まる。
「自然よ、大地よ、緑よ森よ木々よ──此処に蘇れ!!」
ミロの過大能力が発動したのを感じたツバサは、自分の【偉大なる大自然の太母】を連動させる。これで効果が何乗にも膨れ上がるはずだ。
雨に濡れる大地を──青々とした苔が覆っていく。
やがていくつもの草が芽吹き、その背を伸ばしていくと同時に、草を追い越す勢いで若木が伸び上がり、あちこちに木立を形作っていく。
「すっげえ……早送り映像を見てる気分ぜよ……」
「植物の育つ速さが時間を超越してる……植物操作系の魔法なんか目じゃない速度で……これが過大能力ッスか!」
木立の木々はグングンと生長し、競うように梢を突き上げていく。
禿げ山は見る間に植林を終え、大地は草原で生い茂り、そこかしこに樹齢数十年を数える立派な木々で満たされた森ができあがる。
豪雨は一昼夜続き──神々による“儀式”も一昼夜続いた。
~~~~~~~~~~~~
雨の一夜が明けた後、大空洞を出たケット・シーたちの目に映ったのは、言い伝えでしか聞いたことのない世界だった。
「おお、おおおっ……こ、これが……在りし日の世界!」
長老フテニは杖を取り落とし、その場に膝をついて号泣した。
「白銀の騎士様が……夢見た、世界の復活……おおおおおおっ!!」
ただでさえ見にくくなった老いた視界。止め処なくあふれる涙のせいで余計に見えないが、その眼に飛び込んでくる新鮮な緑が痛いほどだった。
触手たちにより精気を吸い取られ、枯れ果てていた大地。
その大地が今──木々の緑が生い茂り、眩しいほどの雨露に濡れていた。
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