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第2章 荒廃した異世界

第37話:地母神の接吻と英雄神の発憤

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 ダイン・ダイダボット──LV709 種族:神族 機械神。

 覚醒した過大能力は【要塞】フォートレス
 しかし、説明は???アンノウンのまま、まったく発動する気配がない。

 フミカ・ライブラトート──LV678 種族:神族 知識神。

 覚醒した過大能力は【魔導書】グリモワール
 しかし、説明は???のまま、大した能力を発揮しない。

 ついでにこいつ・・・も加えておこう。

 ミロ・カエサルトゥス──LV969 種族:神族 英雄神。

 覚醒した過大能力は【大君】オーバーロード
 説明は???のままだが、使おうと思えば使える。

 その効果はあらゆる技能スキルを一時的に超パワーアップさせる。ただし、本人への負荷が著しく、立てなくなるほど消耗してしまう。

「神族が5人いて、その内3人が過大能力オーバードゥーイングに不備あり……か」

 これは少々難アリ、といったところだ。

 ミロのように多少なりとも使えれば活路の見出し方もある。だが、まったく発動しないか、発動させてもろくな効果を発揮しないのはいただけなかった。

 ゲームなら不具合報告もできるが、この異世界では通用しない。

 ここは――我々プレイヤーにとって新しい現実なのだ。

「面目次第もねぇぜよ、アニキ……」
「昨日から試してるんスけど、にっちもさっちもいかないッス……」

 殊勝しゅしょうに謝るダインとフミカ、別に責めているわけではない。

「そう畏まらなくていい。ウチのミロも使えはすれど不明なところがあるし……そう考えると、俺やマリナみたいにすんなり覚醒する方が珍しいのかも知れないな。参考例が少ないから断定はできないが……」

 覚醒すればすぐに使える過大能力と、正しく使えるようになるまで時間や訓練を要する過大能力。そんな違いがある可能性も否定できない。

 検証が足りない。異世界こちらに来てまだ一日なのだから当然である。

 あれから──ツバサたちは大空洞へと戻ってきた。

 そして、ミロとフミカを加えて作戦会議を始めていた。

 議題は勿論、あの触手の王討伐についてだ。

 大空洞には拠点を召喚したままなので、その中のダイニングを会議室にしてみんなでテーブルで囲んで話を進めていく。

「ダイン君が過大能力をまったく使えないというのはわかったが、フミカちゃんのはどうなんだ? 一応、使えるのだろう?」

「ウチの【魔導書】はこれだけッスよ」

 フミカはいつも手にしている大型の本を見せてきた。

 開いた本のページは白紙である。

 そこにスラスラと文字が書き込まれ、空白のページを埋めていく。

 書かれている内容はこの作戦会議についてだ。

 拠点内の様子やリビングの内装、テーブルのどこに誰が座っているか……などの状況をつぶさに描写した上で、作戦会議での発言も一字一句まで記していた。

 勿論、発言者もちゃんとわかる。

「自動筆記能力──とでも言えばいいのか?」

「そんなところッスね。ウチの見たもの聞いたものを、ただひたすら本に書き込んでいくだけみたいッス……ああ、ウチが産まれてから今日まで見聞きした情報なら何でも引っ張り出せる、っておまけみたいな機能もあるッスよ」

 自動的に日記帳が書かれるようなものか。

 日常生活では便利だが、過大能力としては見劣りする。

 面と向かっては言いにくいが、この2人は戦力外にせざるを得ない。

「──作戦の方針を変えるか」

 ツバサはミロともう1人の攻撃力のある過大能力持ちプレイヤーを連れて、触手の群れとその王を叩くつもりだった。

 だが、現状において攻撃系の過大能力が使えるのはツバサとミロのみ。

 そのミロも不安定な要素が多い。

 ミロの【大君】を使うと激しく消耗する欠点については、ツバサなりの補助手段を用意した。これでミロは連続で【大君】を使えるはずだ。

 ……ただし、人前ではやりたくない。

 だとしても──ツバサとミロだけでは勝率が下がる。

 恐らく触手が万の大群で来ても負けることはないが、触手の王を殺し切るのは難しいだろう。女神化してから入手した技能に予兆というものがあり、それほど精度は高くないが未来を予見することができた。

「ミロ、おまえの直観はどうだ?」

 こいつはアホのくせして直感とか直観という、勘働きだけは冴え渡る技能が揃っていた。これが的中率8割を超えているので侮れない。

 ミロはテーブルに頬杖をついて、のほほんと答えた。

「んー、なんとかなんじゃない?」

「おまえに参考意見を求めた俺がバカだったよ……」

 アバウト過ぎて役に立たん!

 しかし、ミロが危機感を抱いていないのは安心材料とも言える。

「よし、では──こうしよう」

 ツバサは立ち上がると、それぞれの役割分担を決めた。

「俺とミロが触手の王に特攻を仕掛けてくる。マリナはここで防御結界を更に強固にして防衛に徹すること──ここが俺たちの本陣だからな」

 必ず守るんだ、とその小さな肩に手を乗せる。

「はい、任せてくださいです!」

 マリナは小さな胸を張り、小さな拳でトンと叩いた。

「ダイン君とフミカちゃんには、マリナのサポートを頼みたい。マリナは過大能力を使えると言っても防御専門。それにまだ小さい……頼めるか?」

 モチロン! とダインとフミカは声を揃える。

「命の恩人たるアニキの頼みなら全力で引き受けるきに!」
「ダイちゃんに同じッス、ツバサ兄さん・・・の頼みなら断れないッス!」

 フミカまでツバサに気を遣い──“兄さん”と呼んでくれた。

 それもささやかに嬉しいことだが、2人がマリナをがっちりガードしてくれたのがもっと嬉しかった。彼らぐらいの年だと小さい子を蔑ろにする奴もいるが、この2人なら安心してマリナを預けられそうだ。

 ……本当に母親みたいな心境だな、これ。

「そうか……ありがとうな」

 これでケット・シーの隠れ里の安全は保証された。

 万全の彼女たちならば、たとえ万の触手が攻め寄せたとしても、最低1日はここを死守できるだろう。

 もっとも、1時間も費やすつもりはないが──。

「でも、ツバサ兄さん……あの触手大王に勝ち目あるんスか?」

 フミカは作戦を人一倍よく聞いていたためか、心配そうな瞳でこちらを覗き込んでくる。ツバサは気を楽にするように言った。

「心配ないよ、作戦を変えただろ? 倒せたら倒してくる、無理そうなら戦略的撤退だ。無論、触手どもに大ダメージを与えてくるけどな」

 つまり──威力偵察に切り替えたのだ。

 ツバサとミロで触手の軍勢を蹴散らして突撃、触手の王と一戦交える。首尾よく倒せれば占めたもの、もしも無理なら一時撤退。

「君たちが過大能力に覚醒するのを待つか、強いプレイヤーを仲間にするか、こちらの戦力が整えばリベンジする。それまでは猫たちを連れて逃避行かな……」

 この戦いの結果次第で新たな選択肢が見えてくるはずだ。

「安心しろ、無理はしないよ」

 君たちも気をつけろよ、とフミカとダインにも言い聞かせる。

 2人が頷いたのでツバサも頷き返す。

「行くぞ、ミロ」
「待ちに待ってた出番が来たよ! んじゃ、大暴れしてくるね!」

 ミロは勢いよく立ち上がり、拠点を出るツバサについてくる。

 外に出たツバサは飛行系技能で空に舞う。ミロはこちらの肩を掴み、馴れた様子でツバサの背に乗った。

 ミロも神族なので飛行系技能を習得しているが、なにせ【大君】を使わせる公算が高いので、無駄な体力はできるだけ使わせたくない。

「俺を足場にしていいから、おまえはなるべく戦闘に専念するんだ」

 いいな、と念を押すとミロは背中で敬礼する。

「アイアイ! イエス、マム!」
「誰がマムだ!」

 宙を舞おうが空を飛ぼうが、いつものやり取りは健在だった。

 ケット・シーたちの祈りと声援を背に受けて、ツバサとミロは大空洞を飛び出していく。洞窟の入口にはマリナの防御結界があった。

 これはマリナが仲間と認識した者なら素通りできる。何重にも重ねられた光の幕をすり抜けて、ツバサたちは上空へ飛び上がる。

 目指すは──瘴気しょうきわだかまる西の海。

 眼下では触手の大軍勢がケット・シーの隠れ里へ進軍を始めていた。数え切れない大群だが、万を超えているのはわかった。

「わお、ホントに1桁ずつ戦力を増やしてきてる」
「どんな意図があるかは知らないが、ある意味わかりやすいな」

 ちょうどいい──あいつらで試したいことがある。

「ミロ、【大君】であいつらを薙ぎ払え」

 許可したのだから喜んでやると思えば、ミロは渋い顔をした。

「えー? 触手大魔王んとこ直行しないのー?」
「おまえ本当に天の邪鬼だな!?」

 やるなと釘を刺せば喜々としてやるし、やれと命じれば素直にやらない。

「いいからやれ! これはおまえのためでもあるんだぞ!」
「えーっ? まったく、しょーがないにゃー」

 やや面倒くさそうだが、ミロの神剣が吹き荒れる。

「ミロスセイバー……オーーーバーーーローーードーーーッ!」

 以前の波動砲クラスの斬撃よりも更に威力が増大している。それほどの破壊光線が枯れた大地ごと触手の軍勢を押し流すように消し去っていく。

 2千……いや、3千は片付けたはずだ。

 何度も使うことにより、ミロも馴染んできた感がある。

「ふへぇぇぇ~っ……やっぱり一発でダウンしちゃうぅ~……」

 しかし、消耗具合は相変わらずだった。

 倒れそうになるミロを抱きかかえ、ツバサは準備を整えた。

 周囲をキョロキョロと見回してチェックする。

「…………よし、誰もいないな」
「へ? ツバサさん、なんで周りを気にして…………んんんーっ!?」

 確認を終えたツバサは──ミロに口付けをした。

 予想外だったのか、驚いたミロは抱かれたまま手足をピーンと伸ばして硬直する。ムードもへったくれもありはしない。

 下では触手どもも騒いでいるし、シチュエーションも最悪だ。

 それでも愛するひととのキスなわけだし──。

 ツバサは眼を閉じて、ささやかな一時をしっかり味わった。

 あんまり悠長にしている時間はないので、名残惜しいが後味を堪能する間もなく唇を離す。ミロは半眼でトロ~ンととろけた顔で幸せそうだった。

「これでいい……疲れはどうだ?」

 ツバサは澄まし顔のつもりだが、頬はやや紅潮していた。

 恍惚の瞬間から我に返ったかのようにハッとするミロ。かと思いきや、ツバサの頭を両手で掴むと、今度はミロからキスをしてきた。

 いいや、キスなんてものじゃない。口どころか喉の奥にまで舌を入れてきて口腔内を征服するかのように蹂躙じゅうりんする。口内に性感帯があるのかツバサは寡聞かぶんにして知らないが、背筋がビリビリするほどの気持ちよさが這い上がってくる。

 ミロこいつ……やっぱり技巧派テクニシャンだ!?

 女神の身体は感じやすいのか、気を抜けばすぐ腰が砕けそうになる。

 唇に噛みつきそうな勢いをどうにか引き剥がす。

 気分は顔にガッチリ張り付いたエイリアンを力尽くで剥がす気分だ。

「んんんんーーーっ!? んー……ぷはっ、待て! なんでワンモア!?」
「え、ツバサさん……発情したんじゃないの?」

 このアホ娘、このまま空の上で“事”に及ぼうとしたらしい。

「誰が発情期だ! 俺は動物か!?」

 ただでさえ牝ライオンと呼ばれたり、最近では牝牛とか乳牛と後ろ指を指されそうなのに……そういえば、ハトホルって牝牛の女神だったか。

 一抱えでは済まない爆乳は牛と例えられても仕方なさそうだ。

 ミロは「惜しい!」とばかり呟いている。

「なーんだ、違ったのか残念……てっきり『極限状態に陥った人間は、自分の遺伝子を意地でも残そうとするから、エロエロになって近くにいる異性に興奮する』って聞いてたから、ツバサさんもそうなったのかと思ったのにー」

「吊り橋効果ってやつか……」

 このアホがよくそんな小難しいことを知っていたものだ。

「──クロコさんの受け売りだけどね」

「クロコォォォォォォォーッ!! 貴様ァァァァァァァァァァァァァーッ!?」

 ウチの娘に何を吹き込んでんだ、あのエロメイド!?

「……って、あいつに怒鳴ってる暇はない! 疲労は回復したかって聞いてるんだ! 口付けはそのためのものなんだよ!」

「あ……そういえば、疲れもダルさも吹っ飛んでる?」

 さっきまで【大君】を使った反動でヘロヘロだったのに、ツバサにもう一度キスをねだる(ほぼ強奪)するほど元気になっていた。

 ミロ自身、その回復振りが信じられないらしい。

「なにこれ!? マリナちゃんの回復魔法より効く……もしや愛の力!?」

「あながち的外れじゃないな」

 あまり認めたくないが──母の愛情とでも言うべきか。

「俺の【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】はあまねく自然の全てを操れる。そして、神族だろうが人間だろうが、この世界の──大自然の一部なんだよ」

 あの口付けでツバサの中にある大自然のエネルギーを大量にミロへ付与し、ミロの肉体を活性化させるように働きかけたのだ。

 活力付与エナジーギフト──という技能スキルを超強力にしたものである。

「【偉大なる大自然の太母】のおかげで、俺自身が純粋な自然エネルギーの無限増殖炉にもなれるから、それを応用した技なんだが……」

「ミスセッ! オバロォォォーッ!」
「話の途中だというのに必殺技でぶった斬りやがった!?」

 やたら必殺技名を端折はしょったが威力は変わらず、触手の軍勢を5~6千は減らしただろう。これで隠れ里チームの負担が更に軽くなる。

 しかし、またしても疲弊するミロ。

「ささ! ツバサさん!! 熱いチューを……チューーーッ!?」

「……おまえ、タコみたいになってんぞ」

 チューって何だよ、せめて接吻ベーゼぐらい言ってほしい。

 どうやらキス目当てでまた【大君】を使ったらしいが、必死にキスをせがむミロは唇をタコみたいに尖らせて、何というか……見苦しかった。

 タコというかひょっとこというか、可愛いというよりひょうきんだ。

 もう一度キスをする──付与を済ませてさっさと離す。

「やーだー!! もっと情熱的にぃー!! チューチューチュー!!」
「キスはおまけだ! 付与はしたんだからいいだろ!」

 とにかくだ、とツバサは先へと進みながら話す。

「これからは【大君】を使っても、俺がすぐに疲れを取ってやるから心置きなく使い放題ってことだ。だからと言って、無茶な使い方は……」

「ミスセッ!! オバロォォォォォードッ!!」

 三度放たれる神剣の斬撃──触手の軍勢はほぼ壊滅した。

「ツバサさん! チュー……付与早ふよはよ!」

「……アホの子おまえに自制を求めた俺がバカだったよ」

 ええい、こうなれば何度でもやってやる!

   ~~~~~~~~~~~~

 馬鹿馬鹿しいことをやりながらも、ツバサとミロは進撃する。

 隠れ里に向かっていた万を超える触手の大軍勢は、ミロの【大君】連発でほとんど殲滅することができた。

 そのためにツバサは何度も接吻せっぷんさせられたわけだが……。

「ううっ、おもいっきり汚された気がする……」

 幾度となくミロに唇を奪われたツバサは、両手で顔を覆ってさめざめと嘆いた。

 キスの最中、おっぱいを揉まれたり、身体のあちこちを愛撫されたり……。

 ミロから女性的受け身のキスばかりさせられたのだ。

 男の尊厳をとことん潰された気がする。

「いやー、調子いいわー♪ ミロさんずっと絶好調!!」

 一方、ミロはツバサからの活力付与で元気いっぱい。ツバサから精気まで吸い上げているかのようで、肌もツヤツヤになっている。

「さ、ツバサさん。このまま触手大魔王のとこへGOGO!」

「GOGOじゃねえよ……もう目の前だ」

 嘆くのをやめたツバサは心構えを切り替える。

 戦いに臨む武道家としてだ。

 ツバサたちが辿り着いた空──その大気は澱んでいた。

 神族だから大して影響を受けないが、普通の人間なら肺がただれて死ぬほどの瘴気に満たされている。神族でも呼吸しづらい。

 どうやら空間の裂け目から流れ込んできているらしい。

 次元の向こう──その奥から巨大な眼がこちらを見据えている。

「うわっ、グロっ……何あの眼、デッサン狂ってない?」

 ミロでさえ引き気味だった。

「デッサンというか、あんな眼球の生物は地球にいないぞ」

 その巨大な球体が“眼”だとはわかるのだが、地球上の生物でこのような眼を持っているものはいない。少なくとも、ツバサは見覚えがなかった。

 強いて上げるなら──頭足類とうそくるいの眼が近いか。

 まるで裂け目をこじ開けるかのように、触腕が何本も這い出してきた。濃密な瘴気をかき混ぜるように、その触腕を無造作に振り回している。

 ツバサたちを認めるなり、触腕の動きは見違えるように統制が取れた。

「──来るぞ、ミロッ!」

 ツバサは声を発するよりも早く、ミロが神剣を振り上げる。

「合点承知──ミロスセイバーッ!」

 オーバーロード! の掛け声とともに閃光の斬撃が解き放たれた。

 軍勢であろうと薙ぎ払う破壊光線じみた斬撃と、名も知れぬ触手の王が振るう触腕がぶつかり、瘴気を吹き散らす爆発が起きる。



 これが開戦の狼煙のろし──名も知れぬ蕃神ばんしんとの決戦が始まった。


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