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第2章 荒廃した異世界

第30話:泣いて叫んで喚いて──それでも、また立ち上がる

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 乾いた土は掘りにくいものだ。

 それでも──亡くなった者たちのために墓を掘る。

 土魔法を使えば楽だが、それは失礼なので道具を使う。マリナは目を腫らしてミロはわんわん泣きながら、墓を掘るのを手伝ってくれた。

 シャベルやくわを使い、ようやく13人分の墓穴を掘り終える。

 殺された死体を集めてみると、ジャジャを含めてそれだけのプレイヤーが殺されていたのだ。しかし、原形を留めている死体は1つもない。

「みんな、ミイラみたいにボロボロです……」

 マリナは死体に近付けてないが、遠目でもその異常さがわかる。

 むしろ死体とは思えない変化を遂げていた。

 ミイラ化しても残っているだけまだマシな方だ。

 力を失ったジャジャなど、肉体が風化したように崩れかけてしまっている。少しでも原形を留めてやりたいから、細心の注意を払って丁寧に扱う。

 ツバサたち同様──この世界に飛ばされたプレイヤーたち。

 わけもわからないまま右往左往しているところを、あの意味不明で理解の追いつかない異形に襲われ、命を散らしてしまった。

 ──この世界で死ねばログアウトできるのでは?

 そんな考えがぎらないわけではないが、変わり果てたジャジャたちの死体を前にすると、現実逃避じみた子供騙しの希望でしかない。

 彼らの死は本物──この肉体での死は現実である。

 真に迫るどころではない、魂に訴えかける真実を突きつけられた気分だ。

 受け入れたくはないが、事実から目を背けることは許されない。

 だからこそ、ミロは泣き止まないのだ。

「こんなの……こんなのってないよ……ッ!!」

 こんな最後あんまりだよ! とミロは死体の群れを前にして叫んだ。

 墓穴に死体とも呼べない崩れかけた身体を横たえていき、彼らの装備を一つ一つ収めていく。これらは彼らのものだ、死出の旅にも必要だろう。

 ジャジャの墓にも──2人の女神をかたどった籠手こてを収める。

 彼らのために装備を収めているときに気付いたのだが、いくつかの装備は錆び崩れたかのように朽ちかけていた。ジャジャの忍者刀もボロボロになっている。

 籠手や忍者刀は工作者ジンの特別製だ。

 どれもオリハルコンやアダマントといった、神秘的な金属で作られている。

 野晒のざらしで百年放置してもここまで駄目になるまい。

 装備の酷い劣化と、ジャジャたちの異様な死体。そして先ほど倒した異形の触手の能力が脳内で連鎖反応を起こして、最悪の予想へと結びついた。

「あの触手、まさか……?」

 ツバサはある予測を思いついたが、今は作業に集中する。

 スコップを使って彼らに土をかけていく。ほとんどの遺体が原形を留めておらず塵のようで、土をかければ見分けが付かなくなる。

 あまりにも寂しい埋葬だった。

 ミロとマリナには別のことを頼んだ。

 13人に土をかけて埋め終えた頃──ミロとマリナが戻ってくる。

 そんなに遠くには行かせていない。

「こんなのしかなかった……ちっちゃいのばっか」

 まだ泣き止まないミロが探してきたのは、墓石代わりの石。

「魔法で作ってみました……これ、お花です」

 マリナは植物操作の魔法で作った花束を持ってきてくれた。

「……十分だ。ありがとう」

 ツバサは短く答えると、それらを供えていく。

 13人の墓が完成させたツバサは、彼らの前で黙祷もくとうして合掌する。ミロやマリナもそれに習うのだが、ミロはまたすぐに大声で泣き始めた。

「うわあああぁぁぁぁぁん! あああああああぁぁっ! ああああああ……」

 恥も外聞もない。大口を開けて涙を滝のように流しての大泣きだ。

 その姿を見ていても、その声を聞いていても悲痛である。

 純真で純粋で純情な──魂からの慟哭どうこく

 そこに一切の虚飾はなく、心の底から彼らの死を嘆いていた。

 ミロの嘆きに触発されて、一度は泣き止んだマリナもまた泣きそうになっている。ツバサの太股にしがみついて我慢しているのがいじらしい。

「あの触手、想像以上にヤバいかも知れん」

 誰に言うでもなく、ツバサはそう独りごちた。

「ヤバいって……あれ、見たことのないモンスターでしたよね?」

「モンスターかどうかも怪しいけどな」

 マリナが尋ねてきたので、彼女を相手に説明を始める。

 あの触手の厄介さについて──。

「ジャジャたちを埋めている間、気になることが出てきたんでな。急ぎ走査スキャン分析アナライズといった調査系技能を習得して、彼らの死体を調べたんだ」

 すると、驚くべき事実が判明した。

「みんなSPどころか技能スキルまで失っていた」

「え……でも、それは死んじゃったからではないんですか?」

 いいや、とツバサはマリナの言葉を訂正する。

「全部じゃないんだ……個人差はあれど、技能やSPが残っている者もいた。ということは、死んでも技能やSPは肉体に宿っているはずだろう? なのに減っている者は目減りしている。ジャジャなんてほぼ失っていた」

 奪われたのだ──あの触手に根刮ぎ。

「奪われたって……」

 言葉を失うマリナに、もう1つの事実を教えてやる。

「俺もあの触手に捕まったよな? あの時、妙な脱力感があったからSPを調べてみたんだが……急いで技能を習得した分を逆算しても、何もしていないのに1000近くのSPが減っていたんだ」

 これをどう考える? とマリナに問題を出してみる。

 マリナは賢い子だからすぐに察したのだろう。

 震える唇を押さえて回答を言った。

「センセイを捕まえている間に……触手でSPを吸い取った?」

「正解──脱力感はそれだろう」

 それだけじゃない、とツバサは道具箱インベントリから苦無くないを取り出した。

 ジャジャが最後に持っていた品だ。

 これはNPCが店売りしている物で消耗品。忍者系の職能ロールが日常的に使うもので大した価値はないが、鍛えた鉄で作られた金属製品である。

「なのに……この有り様だ」

 ツバサが軽く指で押しただけで、ボロリと崩れてしまった。

「ジャジャはこれで触手の攻撃を防いでいた。その結果こうなったとしたら……あいつらは何でもかんでも奪い取れるってことだぞ」

「何でもかんでもって……なんですか?」

 奴らは──エネルギーを分別なく奪い取る。

 触手で刺す必要もない。触れただけで吸い取れるようだ。

「さっきの大砂竜ワームを覚えているか? あいつにあった傷はあの触手に刺されたものだったんだ。きっと命からがら触手を振り切ったんだろう」

 だから、普通の大砂竜より痩せていたのだ。

「プレイヤーからは生命力だけじゃない。経験値とも言えるSPを始め、それにより積み上げてきた技能スキルさえも……エネルギーとして奪ったんだ」

 蘇生系魔法が失敗した理由も判明した。

 ジャジャはアバターが習得してきた技能スキルの大半を奪われた。

 それが“魂が足りない”状態だったのだ。

 今日まで生きてきた証──積み上げてきた経験。

 それが自己を成長させて己の魂を形作っていくとしたら、それを根こそぎ奪われれば“魂が足りない”ということになるのだろう。

 ツバサのSPで補填ほてんできるはずもない。

 他でもない──ジャジャが勝ち得てきたものなのだから。

 これもそうだ、とツバサは崩れかけた苦無を握り潰した。

 後には砂のような粉しか残らない。

「石や金属に生命力はない。だが、この世界にあるものは、そこにあるというだけでエネルギーを持つ。“存在する”というエネルギーをな」

 奴らはその“存在力”さえ奪っていくらしい。

「この枯れ果てた大地も奴らの仕業と考えれば……納得できる」

 おかしいと思っていたのだ──この荒廃具合。

 いくら大地が荒れ果てようとも、ここまで何もないというのは異常すぎる。砂漠であろうと生態系はあるし、サボテンなどの乾燥に強い植生は生き残る。

 何より、オアシスのような場所が残るはず。

 なのに、この世界は文字通り──何もない。

 枯れ木や枯れ葉さえ残らない、生気を失った大地が広がるのみ。

「見かけるモンスターにしたって、大砂竜やデザート・バジリスクのような地中でも活動できる、あの触手に見つかりにくそうな奴らばかり……」

 マリナは乾いた大地を改めて見回す。

「あの触手が、この世界をこんなにしたんですか……?」

「その可能性が高いな──しかも、あいつ1匹とは限らない」

 これだけの広大な大地を、あの触手がたった1匹だけでここまで追い込めるとは考えにくい。あれと同じものが他にもいると想定するべきだろう。

 色々と考えあぐねた挙げ句、出た結論は──。

「……此処はいったいどういう世界なんだ?」

 アルマゲドンの1エリアのような可能性を示しておきながら、荒れ果てている上にすべてのエネルギーを搾取する謎の異形がうろついている。

 そして──この世界での死は本当の死だ。

 友達だったジャジャに目の前で死なれたミロは、それだけにショックが大きかったのだろう。ツバサたちが考察している間も、半狂乱のまま泣いている。

 マリナは泣き続けるミロを心配した。

「ミロさん……大丈夫でしょうか……?」

 泣いて、叫んで、喚いて──身も心も張り裂かんばかりの慟哭どうこく

 このままではミロの心が壊れてしまうのでは? と心配なのだろう。

 だが、ツバサは大して気にも留めなかった。

「心配ない──アイツは強い、俺よりもずっとな」

 その言葉を合図にしたのか、ミロはピタッと泣き止んだ。スクッと立ち上がり、何事もなかったような顔でこちらに振り返る。

「あー、よく悲しんだ」

 あまりの変身っぷりにマリナがズッコけた。

「切り替え早すぎです!?」

「うん、メンタルリセットできたしね。ああー、涙が出過ぎて目が痛いし、大声上げすぎて喉も痛いわー……こんな本気で悲しんだの久し振りだわー」

 さっきまでのが嘘のように、ミロは平常運転に戻っていた。

 まだ付き合いの浅いマリナは唖然としている。

 あれは演技でも嘘泣きでもない──ミロ渾身の慟哭どうこくである。

 だが、ミロはその悲しみに執着しない。忘れることはないけれど、いつまでも引きずりはしなかった。不屈の精神でポジティブさを取り戻す。

 そう──ツバサより遙かに強靱な精神の持ち主なのだ。

「泣きながらだったけど、話はなんとなく3割ぐらい聞いてたよ。あのゴムチューブ野郎が悪いってことでいいんでしょ?」

「うん、その理解で十分だ」

 細かい考察はミロにはいらない。要点だけ理解してくれればいい。

 そして、ミロならではの観点で尋ねてくる。

「こっちのパワーを吸い取るみたいなこと言ってたけど、あれだけ切ってもミロスセイバーはなんともないし、ツバサさんのイナヅマもドシドシ決まってたよね? そこらへんのとこ、ツバサさんわかる?」

 本当に核心的なことに気付く娘である。

 あの触手に仲間がいると考えた場合、避けては通れない問題だ。

「まだ推測の域を出ないが……」

 あの触手は触れたものからエネルギーを奪取できる。

 だが、一度に吸収できるエネルギーには限界があるようだ。

 許容量を超えた攻撃的なエネルギーには耐えられず、結果としてダメージを負わせることに繋がるらしい。ツバサの雷撃や火炎放射がそれだ。

 ミロスセイバーが無傷なのは、ミロが攻撃力を上げるため剣身をいくつもの技能で強化バフしているため、触手のエネルギーを吸収する力がミロスセイバーにまで届くことはなく、その前に断ち切ることができるのだろう。

「……こんなとこだろうな」

「なら、全然戦えるし勝ち目もあるってことだね」

 よし! とミロは胸の前で掌に拳を打ちつけた。

「どうせ現実に帰る方法はわかんないんだし、この世界をウロウロしながらアイツらをぶっちめていこう! みんなもそれでいいよね!?」

 シンプルな方針だ──しかし、そうせざるを得ない。

 現実に戻る方法がわからない今、この異世界のことを知るためにも手掛かりを求めて旅をせねばならず、そうなればまた触手に遭遇する可能性もある。

 勝てることはわかったし、戦うしかあるまい。

 どのみち出会えば襲われる──迎え撃つしかないのだ。

「……他にできることもなさそうだしな」

 ツバサは太ももに抱きついているマリナの頭を撫でた。

「おまえは後衛だぞ。前に出ないで守りに専念するんだ……いいな?」

「は、はい……すいません……」

 勘違いするなよ、とツバサは付け加える。

「足手まといって言ってるんじゃない。おまえの守りが必要だし、回復系に特化しているのはおまえだけなんだからな」

 ──年下の子供を無駄死にさせたくない。

 そんなツバサの本音は隠しておくことにした。

「よーし、そうと決まったらレッツラゴー!!」

 ミロはジャジャたちの墓に背を向け、拳を振り上げてズカズカ歩き出す。
 きっと進んでいる方角は適当だろう。

 そんなミロにマリナは不審な眼差しを投げかけている。

「ミロの背中が薄情に見えるのか?」

 目は口ほどに物を言う。

 あれほど泣き喚いていたにも関わらず、ミロはジャジャたちの死をもう振り切ったかのように、一度も振り返ることなく前へと進んでいく。

「…………はい、ちょっとだけ」

 幼いマリナには、それが冷たいように思ってしまうのだろう。

「アイツほど情の深い女もいないんけどな──」

 ツバサはマリナの視線に合わせてしゃがむと、人差し指でミロの背負っている神剣を指差した。それを見たマリナが「あっ……」と声を漏らす。

 神剣の柄に──赤い布が巻かれていた。

 柄の滑り止めのように巻かれ、余った部分が飾り布になっている。

 スカーフだったのかマフラーだったのか知らないが、あの赤い布はジャジャの首に巻かれていたもので、彼のトレードマークだ。

 おいていかないで──ジャジャは最後にそう言い残した。

「置いていかないよ……一緒に行こう」

 世界の果てまで! とミロは太陽に向かって歩き出す。



 彼女の目元から輝く涙がこぼれ落ち、乾いた大地を湿らせた。


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