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第1章 VRMMORPG アルマゲドン

第23話:イシュタルは東へ旅立つ

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 新緑広がる若き平原──グリーンホープ。

 手頃な安全地帯を見つけたツバサたちは、その木陰で一休みすることにした。ミサキとジンも連れてきており、諸々の作業も済ませるつもりだ。

 ツバサは──ミサキと話したいこともある。

 ミサキもミサキで、ツバサに尋ねたいことがある顔をしていた。

「ちょっと待っててくれ。拠点をぶから」

 ツバサは召喚魔法を用い、中庸の街・マイスレトンにある自分たちの拠点をこの場へ召喚した。転移魔法で帰ることもできるが、様々な魔術を習得したツバサならこういう芸当もできるようになっていた。

 ツバサたち拠点は、各々の私室もある二階建ての住宅。

 そもそもこの拠点を造ってくれたのはジンだ。既に具体的な要望は伝えてあるので、いい感じに改築してくれることだろう。

「それじゃあジン、頼めるかな」

「アラホラサッサー! お姉さまたちのために尽力する所存であります!」

 ジンは大仰に敬礼すると、何もない空間から鍛冶に使うための道具をゾロゾロと取り出した。金属を溶かすための大型炉まで出てくるとは驚きだ。

 まず何もない空間へ手を差し込むと、水面のような波紋が生じる。

 そして、波紋の向こう側から目的のものを引っ張り出す。手に取れるような道具は元より、一抱えどころではない本格的な溶鉱炉でもお構いなしだ。

「え、それも技能スキルなのか? 収納系魔術とか?」

 だとしたらツバサおれも欲しい。

「違うっすよー。俺ちゃん、一足先に神族にならせてもらったので、それのおまけみたいなもんです。これが神族の道具箱インベントリなんですよ」

 ジン曰く、神族になると亜空間に倉庫並みの収納力を誇る道具箱を設置できるようになり、そこから物の出し入れが自由になるそうだ。

 ジンは神族・鍛冶神になったという

 生産系技能でボーナスの発生する神族とのこと。物作りに精を出す彼にはピッタリと言える。アダマント鉱石の加工を任せても心配ないだろう。

「あ、そうだ! マリナちゃん、防御結界使えるんだって?」

「誰がおチビ……あ、はい、使えます、けど?」

 てっきりチビと呼ばれるかと思ったマリナは、ちゃんと名前を呼ばれたことで出鼻をくじかれたようだ。戸惑い気味だがジンに訊かれたことを答えていた。

 そりゃナイス、とジンは炉に火を起こしてから振り返る。

「拠点の外壁強化をするのに協力してくんない? 俺ちゃんが作る建材に防御結界を術式から組み込んでもらえば、拠点の耐久値が上げられるしね。他にも隠密、迷彩、隠蔽いんぺい、気配遮断なんかも組み込んでもらえたら嬉しいな~」

「一応、使えますけど……それも役立つんですか?」

「イエース♪ こんな風にお外に拠点を召喚してビバークする時、そういう魔術を組み込んでおくと、エネミーやプレイヤーに発見されなくなる確率がググン! と上がるからねー♪ ついでにお願いできちゃう?」

「そういうことならお願いされます」

 おチビ呼ばわりがなくなっただけで、マリナのジンに対する態度はちょっと軟化したらしい。ジンの拠点改築をマリナは手伝うことになった。

 ミロは手持ち無沙汰に2人の作業をポケーッと眺めている。

 その傍らで、ツバサはミサキと話すことにした。

 ツバサの回復魔術で治った右腕をさするミサキは、何か言いたそうにモジモジしている。だが、それを聞くことに躊躇しているらしい。

 察したツバサはこちらから話を切り出した。

「もしかしなくても獅子翁ししおうの件だな」

「…………はい、ツバサさんにも連絡は来てませんか?」

 ないな、と答えたらミサキは肩を落とした。

 文字通りの意気消沈、同情を禁じ得ない落ち込みようだ。

 獅子翁とは──もう1年以上も連絡が取れていない。

 アシュラ・ストリートがサービス終了する直前、「しばらく音信不通になるかも知れない」と言い残して、連絡が途絶えてしまったのだ。

 元よりネットだけの付き合いだったため現実で会う方法はなく、どこに住んでいる何者かさえわからないので訪ねようもない。

 完全ネット社会と化した昨今、珍しくないことではある。

 獅子翁と交友のあった天魔ノ王やガンゴッドも「知らない」というし、ドンカイことオヤカタなど逆に「アイツどこ行きおった?」と聞いてくる始末。

 そして、愛弟子のミサキでさえ連絡が取れなくなった。

 一番弟子として師匠の身を案じているらしい。

「あれからずっと音沙汰がなくてオレ、心配で心配で……師匠、あの通りご高齢じゃないですか? だから、もしかしたら孤独死とか……」

「……君は優しい子だな」

 こういう健気なところにも愛着を覚えてしまう。

 本気で獅子翁を心配するミサキに、ツバサは真実を教えてやる。

獅子翁アイツ、いつでも白髪白髭の仙人みたいな老人アバターを使ってたけど、年齢としは俺とあまり変わらないぞ。三十路みそじにもなってないはずだ」

「……え? 師匠、そんなに若いんですか!?」
 
 獅子翁のことを老人アバターなままの実年齢だと思っていたミサキは驚いていた。ツバサは獅子翁に「ミサキ君には内緒で」と口止めされていたのだ。

「アイツはネットの匿名性とくめいせいを利用して老人の振りをするのが好き、という変わったところがあったんだ。昔の作家に似たような人がいたとかで、それを参考にしたらしいが……だから、老人の孤独死ってことはないよ」

「そ、そうだったんですか……」

 ミサキは豊かな胸に手を当て、少し安堵したようだ。

 こうしていると女の子にしか見えない──人のことは言えないが。

 もっと安心させてやろうと、ツバサは安心材料を追加する。

 ツバサ自身、獅子翁の話から推測したことだが──。

「それと音信不通の件だが……獅子翁は2年くらい前に『大きな企業に就職した』とか『内部機密の管理が厳しい』と口を滑らせたことがある」

 重要な機密を扱う会社は社員にも徹底させる。

 SNSなどで不用意な発言をしないよう、社員にそれらを控えるように命令するところも少なくない。獅子翁の会社もその可能性がある。

「じゃあ、師匠はどこかの会社で……?」

「ああ、ネット上の関わりを断たざるを得なくなったんだろう。だとしても一時的なものだ。その仕事が終われば戻ってくるだろうさ」

 ひょっとすると──アルマゲドンここにいるかも知れない。

 これに希望が湧いたのか、ミサキの表情が明るくなった。

「……オレ、もう少し待ってみます。ツバサさん、ありがとうございます。おかげでちょっと気持ちが楽になりました。そうか、師匠は……」

 ここまで機嫌を直してくれると、ツバサからの本題を振りやすい。なるべくこちらの真意を気取られないように持ち掛けていく。

「ところでミサキ君──君は合気や柔術系の技能スキルは使わないのか?」

 内家拳ないかけんでもいいが、とツバサは武術のレパートリーを並べた。

 これらすべて、力の流れをコントロールする流派である。ミサキの流儀は打撃系ストライカー、それも空手やキックボクシング系のものばかりだ。

 ツバサの問いに、ミサキは少し悩んでいた。

「使いたい、と思うことはありますし、興味も尽きないんですが……元が空手系から入ったのもあって疎かにしているのはあります。師匠にも『まだ他の流儀を取り込むには早い。まずメインとなるものを極めるんだ』って……」

3ジメ・・・のアイツが言いそうなことだな」

 真面目、生真面目、クソ真面目──これで3ジメ。

 天魔ノ王が好んだ表現である。なんでも真面目に取り組む傾向のあるツバサもそうだが、獅子翁も実直な性格なため、よくこう揶揄やゆされていた。

 それはさておき、ツバサはミサキに勧めてみる。

 新たな領域の開拓を――。

「これは現実でもVRでも、プロのプレイヤー全般に言えることだ」

 例えば打撃系で活躍してきたプレイヤーが「たまには違うものを」みたいな感覚で投げ技系に転向すると、あっという間に最弱プレイヤーへ成り下がる。

「現実のスポーツでも昔からままある」

 名バスケットボール選手がメジャーリーガーに転向したら、まったく成績を残せなかった。名力士が立ち技メインの格闘技に転向したら負けっぱなしだった。

 この流儀で大活躍したのだから、ちょっと違う流儀に手を出してもいけるだろうと思い込み、ほぼ例外なく痛い目を見ている。

 動体視力、間合いやタイミング、筋力や体幹、反応速度や運動神経……。

 様々な差違に対応できなくなる。

 その道では極めたプロだとしても、別の道ではプロじゃない。臨機応変や応用力と他人はいうかも知れないが、プロとして染みついた癖はおいそれと消せない。

 だからこその専門家プロフェッショナルなのだ。

 あちらこちらへと道に迷えば、何者にもなれないちぐはぐな存在となる。

 それを心配した獅子翁が、ミサキに指導したのは正しいことだ。

「だが、俺たちのレベルになってくるとそれぞれの流儀のみ……つまり、単能だけじゃやっていけなくなってくる。無論、あれもこれもと他流派の技を手当たり次第に取り込もうとするのは論外だ。それは逆に身を滅ぼす」

 技術が混ざりすぎて、自分のあるべき流儀を見失ってしまう。

 だが──ツバサはミサキの肩を叩いた。

「君は見所があるし、幾多のスタイルをまとめるセンスもある。そろそろ他の流儀を取り込んでもいい頃合いだ。獅子翁も言ってたんだろう?」

 ──『まだ・・他の流儀を……』と。

「あ、はい、そういえば……」

 そこでだ、とツバサは彼の肩を掴んだまま近寄る。

「俺で良ければ合気系の技を伝授しようか?」

「……え、い、いいんですか? それはとても光栄なんですが……?」

 ツバサは更に詰め寄っていく。

「ああ、いいとも。君には底知れない才能を感じる。俺の技術をそれこそスポンジが水を吸うように覚えてくれると確信している! そうやって強くなっていく君を見てみたい! そして、是非ともまた戦ってみたいんだ!」

「あ、あの、ツバサさん……近い、近いです! それとなんだか怖い!?」

 ツバサはミサキの両肩を逃がさないようにしっかりと掴み、頬を紅潮させて息を荒らげた顔を近付けると、我を忘れる勢いで熱心に説得していた。

 爆乳と巨乳が押し合うほど近い距離だ。

「そして、俺のことも師匠と呼んでくれてい…………いっ!?」

 その時──大音声だいおんじょうが轟いた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!」

 声を上げたのはミロだった。

 癇癪かんしゃくを起こしたみたいな大声で、こちらへ駆けてくる。そして、大声を上げたままツバサとミロの間に割って入ってきた。

 もしかして……ヤキモチを焼いているのか?

 2人の間に割って入ったミロは、爆乳と巨乳の谷間に顔をすっぽりと挟み込むことでようやく大声を出すのをやめた。

 へちゃむくれに潰れたブルドックみたいな顔で呟く。

「続きをどうぞ……おっほ! おっぱいサンドの挟み撃ちすげぇー♪ おっぱいに埋もれて死ぬ~♪ あ、やべ、マジでいい気分にぃ……♪」

「あの、ツバサさん? この子はいったい……?」

「すまん、アホなんだこいつ……こういうことが大好きなんだ」

 恐らく、ヤキモチを焼いたのは間違いない。しかし、割って入っている間にこれを思い付いたので、急遽きゅうきょシフトチェンジしたのだろう。

 しばらくミロにつき合ってやってから、ミサキは恥ずかしそうに胸を押さえて下がっていく。ツバサはミロに拳骨を落としてから襟を正した。

「あの……ツバサさん、師匠の件ですが……」

 申し訳ありません、とミサキは深々と頭を下げた。

「オレにとって師匠と呼べるのは、やっぱり獅子翁だけなんです……オレ、物心ついた時から父親がいなくて、母さんと祖母ちゃんに育てられたので……兄貴っていうか、父親みたいに接してくれたのは師匠だけだったから……」

 ああ、そうか──この子はマリナと逆なんだ。

 マリナはツバサに母性を求め、センセイと慕っている。

 ミサキは獅子翁に父性を求め、師匠と慕っているのだ。

「だから……ツバサさんを師匠とは呼べません」

 フラレた──こうなると半ばわかっていたが、そんな気分である。

 ミロはツバサの胸に抱きついてドヤ顔だ。

 きっと内心「ツバサさんはアタシんだ!」と勝ち誇っているのだろう。

「あの、でも……合気系の技術を教えていただけるというのなら、是非ともお願いしたいです。自分のスタイルにも変化を加えたいので……」

 かと思いきや──ワンチャンあったらしい。

 ミサキはおずおずと、ツバサに師事したい旨を打ち明けてきた。

「師匠と呼ぶのは難しいですけど……先生・・、はいかがですか? あちらの小さい子もツバサさんのことを“センセイ”と呼んでましたし……」

「いいとも! 先生OK! 今日から君は俺の生徒だ!」

 ツバサはミサキの手を取り、大歓迎で生徒として迎え入れた。

 獅子翁だけに独占させるなど勿体ない!

 ツバサもまた、ミサキという才能の原石を磨きたいのだ。

   ~~~~~~~~~~~~

「では──長らくお世話になりました」
「楽しかったデス! 俺ちゃん、ハーレム気分を満喫できました!」

 あれから──早くも1ヶ月。

 ツバサの技術を伝授するという名目で、ミサキとジンもツバサたちのパーティーに加わり、5人でアルマゲドンを冒険していた。

 すったもんだあったが──楽しい時間だったのは間違いない。

 たった1ヶ月だがツバサはもう合気の基礎どころか、柔術独特の先読みや内家拳における力の流れのコントロールをほぼ体得してしまった。

 未熟なところは勿論あるが、後はミサキなりに精進を続ければいい。

 この子の才能なら──それができる。

「ところで皆ちゃん、新しい装備の着心地はいかがかしらん?」
 ジンは気になるように問い掛けてくる。

 ツバサたちの装備は外見こそ元のままだが、すべてアダマント繊維で織り直されたものだ。ハルカが作ってくれた極上の仕立てをそのままに、ジンがきっちり素材だけを入れ替えたものである。それだって相当の技術力がいる。

 本当、掛け値なしで褒められる名職人だ。

「ああ、いい感じだ。前より防御力も付与効果も上がっているのに、着心地はいいし軽い。アダマント様々だが、君の腕も確実に上がっているな、ジン」

「お褒めに預かり感謝の極み♪」

 ジンは大袈裟なくらいのモーションでツバサに礼をした。

「この剣もありがとね、ジンちゃん」

 ミロは背負っていた長剣を空に向けて掲げた。

 こちらもアダマントで打ち直され、豪壮な剣に生まれ変わっていた。

 神秘的なオーラも以前の比ではない。

「よし、これをミロスセイバーって名付けよう!」

「ミロちゃんの名が売れたら、神剣とか聖剣で頭につくでしょ。そしたら俺ちゃんが自慢するわ『神剣ミロスセイバーは俺ちゃん作!』ってね」

 アホと変態が皮算用で盛り上がる中、ツバサはミサキに尋ねた。

「ミサキ君たちはこれからどうするつもりだい?」

「とりあえず、東に向かうつもりです」

 ジンがまだアダマント鉱石を欲しがっているらしくて、あちらに大きな鉱脈がありそうだから行ってみるとのことだ。

 ミサキの目的としては、他のアシュラ八部衆を探す気らしい。

「ツバサさんやドンカイさん、それにオレもこうしているんですから、他にもアシュラ八部衆がいるかも知れません。もしかしたら師匠も……」

 探したいのか、とは聞かない。

 師匠を慕うミサキの気持ちはわかる。ツバサも同じ境遇なら、たとえばミロが行方知れずになったとしたら、それこそ血眼になって探すだろう。

 ミサキが師匠と再会できることを祈ってツバサは微笑んだ。

「そうか……では、達者でなミサキ君」

 鍛錬を怠るなよ、とツバサは握った拳を差し出した。

「はい……この1ヶ月、とても楽しかったですツバサさん」

 次こそ勝ちます、とミサキも握った拳を伸ばす。

 拳を打ち合わせて、2人は別れの挨拶とした。

    ~~~~~~~~~~~~

 そうして、ミサキとジンは東に向けて旅立っていた。

 2人の後ろ姿が見えなくなるまで見守る。

 消える直前、ミサキのお尻にジンの手が伸びてまさぐると、それにミサキが怒ってジンの顔面を裏拳で叩き潰したところまでは見えた。

「……………………」

 2人の姿が見えなくなると、ミロがツバサにもたれ掛かってきた。ツバサの胸に頬ずりをしながら小さな声で小猫が鳴くように唸っている。

 やがて、俯きながら囁いた。

「ツバサさん、頭かゆい……かいて……」

 ああ、これはあれだ──下の姉弟が産まれた子供の甘え方だ。

 ここ最近、ツバサがミサキを鍛えるために彼に構ってばかりいたので、自分が蔑ろにされていると感じていたのだろう。

 ずっと態度では示していたが、ここまで露骨なのは初めてだ。

「アバターが痒みを覚えるなんて早々ないぞ」

 ツバサはミロの頭を撫でた。優しく、労るように、褒めるように──。

 ミロはグスッ、としゃくり上げるような声で呟く。

「浮気は……許さない……んだから…………」
「すまん……けど、浮気じゃない。これはあれだ、何というか……」

 素質のある者を放っておけない──武道家のさがみたいなものだ。

 それほどミサキの才能は魅力的だった。

 アシュラ・ストリートの頃は獅子翁の影に隠れていたのと、まだ才能さえも成長途上のせいか見落としがちだったが、見事なまでに開花しつつあった。

 ――見過ごせないほどにだ。

 頭を撫でられたミロは、震える声で続ける。

「ミサキちゃんもジンちゃんも嫌いじゃない……けど……」
「わかってるよ、ミロおまえの気持ちは」

 ミロは人見知りをしない。誰とでも仲良くなれる。

 しかし、ジンはともかくミサキには余所余所よそよそしかった。ミサキもわかっていたのか、あまりミロを刺激しないでくれたのだが──。

 そのことにミロは悔いが残っているのだろう。

 また会えるかな……? とミロは許しを請うように聞いた。



「会えるさ──きっとな」



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