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第1章 VRMMORPG アルマゲドン
第22話:ツバサ・ハトホル(J)VSミサキ・イシュタル(G)
しおりを挟むドパァン! と爆音が鳴り響いた。
まるで大玉花火が地上で爆発したような衝撃は、ツバサとミサキの初手がぶつかり合って生じたものだ。両者とも二の腕までビリビリと振るわせており、その手は大きく後方へとはね返されている。
ツバサは魔術系──ミサキは気功系。
技能は違えど、極限まで強化を乗せて殴り合った結果だ。
どちらも神族さえ殴り殺せる威力を込めている。
両者の激突が大爆発になるのも当然だ。
本来ツバサの主流は合気。相手の力を利用して投げる格闘スタイルなのだが、ここは敢えてミサキの打撃系に合わせてみた。
その方が──面白そうだから。
同じ土俵に上がった方が、よりミサキを味わえると思ったからだ。
すぐさま体勢を整え直し、連打の応酬へ突入する。
「うわっ、砲弾でも撃ったみたいな音がする」
マリナの防御結界内から、戦いを見守るミロの正直な感想。
「じゅ、10枚重ねの防御結界が震えてます……!」
人間同士の戦いじゃない──神族級のバトルだ。
傍観しているプレイヤーの誰かがそうぼやいたのが聞こえる。冗談じゃない、人間種でもパラメーターと技能を上げればこれくらいできる。
そういえば、ミサキのパラメーターも高いようだ。
単純にLVを上げただけでは、これほどの上昇を望めないだろう。
連打の応酬を続けながら互いの腕をぶつけ合わせる。組み打ちというよりは鍔迫り合いみたいな状態に持ち込むと、ツバサはミサキの瞳を覗き込んだ。
「パラメーターMAXからのLV上げか……?」
ミサキは微かに唇を緩めた。
「先に始めていたジンから聞きました……考案したのはツバサさんだとか」
「そうか、実況動画とかは見ないんだな」
ミロの投稿した実況動画から得た知識だが、友達を経由したらしい。
「ええ、見ませんね……自分でやる方が楽しいんで!」
ミサキは軸足を捻り、全身の力を螺旋に束ねた回し蹴りを放ってくる。防御してもお構いなしの力を込めて、ツバサを身体ごと蹴り飛ばすつもりだ。
ツバサはそれを防御で受け止めず──するりと受け流す。
「なっ!?」
自分に合わせて打撃系で戦っていたから、ツバサがこれにも打撃で応じてくると思っていたのだろうが甘い。ツバサはこちらが本業だ。
何事も機に臨み変に応ず、武術の道とて変わらない。
全力を込めた蹴りはツバサに逆用され、ミサキは全身に負荷をかけられて遠くに投げ飛ばされる。だが、これくらいでめげるようでは困る。
「──こなくそっ!」
ミサキは両腕を伸ばして地面を掴み、勢いを殺そうとする。
両手で急ブレーキをかけるが、地面に爪痕を引いていくばかりだ。
「くぅぅぅぅぅぅっ……足場発見!」
投げられた先、2人の戦いを傍観しているプレイヤーの一団を見つけたミサキは、空中で反転するとその1人に蹴りを入れる形で体勢を直す。
「おごぉ!? お、おれを踏み台にぃ!?」
「安心しろ! 友達も一緒だから寂しくない!」
彼1人を踏み台にしただけではツバサの投げの勢いを相殺できず、ミサキはそこらへんにいたプレイヤーを次々と横薙ぎに踏んづけていく。
群衆を利用した一風変わった壁走りだ。
「あぶねえぞおまえら! デスペナが嫌ならどいてろーっ!」
「おげぇ!?」「ぐえぇ!?」「ご褒美ですぅ!」「がはぁ!?」「もっと強くふんでぇ!?」「ありがとぉ!?」といった悲喜交々な悲鳴が鳴り響いた。
薙ぎ倒されていくモブ一同。
感謝を述べる連中はジンみたいに訓練されているようだ。
その勢いのままミサキは脚力強化の技能を用い、超高速移動で横合いから間合いを詰めようとする。
ツバサはそれに真っ向から応じた。ミサキ同様、こちらは魔術で脚力強化を行い、更に風魔術で移動速度を嵩上げする。
互いの足下が後方に向けて大爆発を起こす。
各々の瞬発力は弾けた証だ。
双方の動きは大気を摩耗させ、地上戦だというのに音速に近い速度で飛ぶ航空機がたなびかせるような雲まで引いていた。
そんな超々高速移動で動きながら戦えば──。
「ソ、衝撃波がこっちに……ひぎゃああああっ!?」
「逃げろぉ! 巻き添え食うぞぉ!!」
「アダマントは諦めろーっ!? 巻き込まれて死ぬぞぉぉぉーっ!」
周囲への被害は甚大である。
ミサキの気功波とツバサの風と雷の魔術。この2つのぶつかる余波だけで何人ものプレイヤーが消し飛んだ。
「おー、VSオッチャン戦みたいだねー」
「のんきに観戦してる場合じゃないですよミロさん! センセイたちの激戦のエネルギーがこっちにも……ひぃ! また防御結界が破れたぁ!?」
防御結界──残り7枚。
ミサキは気の力を拳に溜め、直接叩き込んでくる。
だが、弾力のある何かに阻まれてツバサに届かない。その弾力に思うところがあるのか、ミサキは自分の手とツバサのある部分を見比べていた。
「まさか……おっぱい?」
ツバサの胸を凝視するミサキ──やっぱり中身は男の子か。
「残念ながら違う……圧縮空気の壁だ」
ツバサは風魔術を操作して、両手に大量の空気を集めてクッション製の盾みたいなものを作り、それでミサキの拳を跳ね返したのだ。
「こういう使い方もできるぞ」
ミサキに掌打を打ち込んだ瞬間、圧縮空気を解放する。
それは爆発的な衝撃となってミサキに炸裂した。
「ぐっは……っ!?」
防御が揺らいだところにもう一発食らわせると、間合いが空くほどミサキは後ろに跳んでいた。だが、まだ膝をつくことはない。
小休憩を兼ねて、ツバサはミサキを採点する。
「あれだけ高速移動しながら俺の動きについてくる。先読みもなかなか……こちらの些細な動きからも行動を予測して対応、尚かつ自分の攻撃を読まれないように初動の兆しを隠す……いいぞ、よく精進している」
さすが獅子翁の弟子──ツバサはミサキの努力を褒め称えた。
衝撃波の痛みに耐えながら、ミサキは嬉しそうに苦笑する。
だからこそ駄目出しをしておく。更なる精進を期待しての叱咤だ。
「だが、まだまだだな……未熟なところが多い!」
今度はツバサから仕掛ける。勿論、超々高速移動でだ。
ミサキにこちらの初動の兆しをわざと読ませた上で、異なる変則的な攻撃を仕掛けていく。真正面からと見せかけて、上下左右から掌打を伸ばした。
そして、圧縮空気による連続衝撃。
「先読みに頼りすぎると化かされる、覚えておくんだな」
「べ……勉強になります……」
ミサキはまだ倒れない。かなりの衝撃を浴びせているのだが──。
「それと技能の連動をもっと考えるんだ。アルマゲドンの技能は意識することで連動させることができる。普通なら一度に5くらいが限度だが、最低でも10以上。技能を複合させることで自分なりの固有技能を編み出せ」
ツバサの場合、圧縮空気がそれに当たる──これは初歩だが。
「技能の連動と……複合……っ!」
衝撃を浴びすぎて虚ろになりかけたミサキの瞳がギラリと輝く。
やはり、この子は追い込むと光るタイプだ。
ミサキは両手に再び気の力を溜め込む。
そして、さっきまでと同じように拳に乗せて打ち込んできた。
「それはバカのひとつ覚え…………ッ!?」
圧縮空気の盾で防ぐ瞬間──ツバサは目を見張った。
気の力がミサキの手を覆う。それがグルグルと渦巻き、先端を尖らせて螺旋の形を取り、更には鎧のように硬質化しつつ高速回転を始めた。
ドリルと化した硬質な気は、圧縮空気の壁を穿つ。
ツバサの構えていた圧縮空気の壁は破られ、爆発により生じた衝撃はツバサ自らが浴びることになってしまった。その威力に逆らわず後退る。
ミサキは両手に螺旋状の気をまとわせたままだ。
「これで……いいですか?」
あれだけ攻撃を受けて意識が朦朧としていたのに、ツバサのアドバイスを聞いただけであっという間に物にしやがった。
螺旋状に渦巻く硬質な気。
穿孔機のように防御も防壁も区別なく抉る。
即興ながらも、十五個以上の技能を組み合わせた高等技能だ。
ツバサは背筋をゾクゾクさせて、獅子翁の言葉を思い出す。
一を聞いて十を知り──百を閃いて千を得る。
獅子翁がミサキの才能を讃えた言葉だが、そこには何の誇張もなかったことを思い知らされる。それも我が身を持って──。
「あいつが惚れ込むわけだ……」
この子の才能は極上の原石──是非とも磨きたくなる!
「まだ、全然やれるよな?」
衝撃で痛んだ首をコキコキとツバサは鳴らす。
「勿論です! もう一手、お願いします!」
ミサキは螺旋の気を構え直すと、再びファイティングポーズを取った。
上等──ツバサは我が子を鍛える牝ライオンの笑顔で迎えた。
~~~~~~~~~~~~
「はぁ~大漁大漁♪ ホントにありましたよアダマント鉱石!」
洞窟から出てきたジンは、唐草模様の風呂敷にアダマント鉱石を詰め込んだものを背負って出てきた。首尾は上々のようである。
「お、マスクの変態さんお帰り~。アダマントどうだった?」
「モチのロンよ! 御覧の通り大豊作でございま~す♪ これでお嬢ちゃんの剣も、おチビちゃんのドレスもアダマントに早変わりって寸法でさぁ!」
「だーかーら……誰がおチビちゃんですか!」
また子供扱いされてマリナが吠えた。微妙なお年頃なのだ。
そんなマリナを煽るように、ジンは彼女の頭をナデナデしてあげる。
「さっきはごめんね~おチビちゃん。でも俺ちゃん、自分より年下はアウトオブ眼中なの。変態で紳士だけど、ロリコンでもショタコンでもないわけ」
ドゥーユーアンダスタン? とジンは理解を求める。
「フーンだ、変態の言葉なんか信じませーん」
マリナは頬を膨らませると、プイッとそっぽを向いてしまった。
「あらら、嫌われちゃったみたいねー……ま、変態の宿命さね。さてさて、ところでウチのミサキちゃんとおたくのお姉さまの超絶バトルはどない案配?」
「どないもこないも──」
ミロはマリナの防御結界(残り4枚)の中から現状を示した。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーッ!!」
「オラララララララララララララララララララララララララーッ!!」
超々高速移動を続けながら高らかに吠え、激しくぶつかり合うツバサとミサキ。
稲妻と気功波と旋風と螺旋がぶつかる度に爆発を起こす。
その度に世界を揺るがす激震が起きた。
「オンナノコたちの限界バトルは絶賛進行中です」
「うん──俺ちゃんこれ、ドラゴ○ボールでよく見たわ」
「ハァッハァーッ!!」
雷、風、水、火、土、石──あらゆる攻撃魔術を混ぜ合わせ、プラズマ状態へと相転移させたエネルギー球をツバサは両手に掲げる。
「オラァァァーッ!!」
ミサキは極限まで圧縮した気功弾を練り上げ、そこからいくつもの螺旋を突き出させて破壊力を上げたものを両手にひとつずつ構える。
両者の最大攻撃が──激突する。
都市破壊クラスの大爆発が起こり、周囲一帯が灰燼に帰す。
爆発が収束した後、とある山の中腹にあった洞窟と広場は吹き飛んでおり、山が抉られたように形を変えていた。
「ぼ、防御結界がなければ死んでました……」
マリナは瀬戸際で防御結界を更に上掛けすることで、今の大爆発をなんとか凌いでいた。しかし、少しばかり防御力が足りなかったようだ。
──そこはミロがどうにか補っていた。
「ふぅ……危ない危ない、手近なところに変態がいて助かったー♪」
「俺ちゃん的には美味しいけど……痛いの」
ジンを肉の盾にすることで、ミロは自分とマリナを守っていた。
爆風を受けたジンは程良くズタボロになっている。
そして、大爆発の元凶2人はどうしたかと言えば──。
「……おや、小休止みたいだね」
煤だらけのジンが目を遣った爆心地の中心。
そこで二人は間合いを取ったまま、しばし足を止めていた。
さすがのツバサも疲れたし、ミサキもバテている。お互い全力を出し切った感があるので肩で息をし、どちらの胸も大きく揺れていた。
それを眺めていたアホと変態が──突然叫び出す。
「アタシのツバサさんはJカップ!!」
「ウチのミサキちゃんはGカップ!!」
ミロがガッツポーズで吠え、ジンが四つん這いになって嘆く。
「よっしゃぁぁぁっ! ツバサさんの勝ちぃ!」
「うわぁぁぁぁんっ! ミサキちゃんが負けちゃったぁ!」
「「なんの勝負しとるかそこぉ!?」」
思わず異口同音で自分たちの相棒にツッコんでいた。
「まったく……だが、俺の勝ちってのは間違いじゃないな」
ツバサは両手をわずかに動かした。
どちらの腕も微弱な振動を始め、次第にそれは大きくなっていく。
「悪いけど先輩面させてもらうぜ……これで勝ち逃げだ」
そして──ツバサの両腕が天を覆うほどの大翼となった。
以前、ドンカイを倒した時に使用した、様々な技能を動員して秒間数万回以上も手を繰り出す技。ようやくそれの完成系をお披露目できる。
名付けて大鵬翼──命名ドンカイ・ソウカイ。
巨大な翼は何枚にも増え、リーチを無視してミサキを包むように襲いかかる。
抵抗する間もなく彼は飲み込まれていった。
あとは大鵬の翼の中で、ひたすら蹂躙されるのみだ。
この翼の中で無数の手により行われるのは、投げ、極め、殴打……それこそ大蛇の巣に放り込まれ、体中をあらぬ方向へとひん曲げられながら、締め上げられ続けるな攻撃を延々と加えられるのだ。
全身の関節という関節を砕くことで再起不能に追い込む。
試験段階で片手でも、ドンカイの巨体を易々と投げ飛ばした秘技。完成したこれをまともに食らえば、ミサキくらいの体格ならひとたまりも──。
「──なっ!?」
大鵬の翼の中からミサキが弾き出されてくる。
そのまま受け身も取れずに地面をゴロゴロ転がっていく。激痛に耐える呻き声を漏らすも、ミサキは懸命に身体を起こす。
右手で押さえている左腕は、メチャクチャに折れ曲がっていた。
左腕を犠牲にして──大鵬翼から逃れただと!?
しかもあの左腕、ツバサの放った大鵬翼に対抗するため、見様見真似で同じことをしようとして失敗した結果である。
だが、それゆえツバサにも隙が生じ、ミサキはそこから脱出できたのだ。
「これは……たまげたな……」
新必殺技が早々に破られた、なんてことはどうでもいい。
ただただ、ミサキの才能に魅入られる。
獅子翁から奪い、自分の弟子にしたい欲求に駆られてしまう。
そして、ミサキはその場で両膝をつくと、無事な右手だけを地面につけて深々と頭を下げてきた。土下座ではない、武道家としての礼だ。
「参りました……オレの負けです」
こういう潔くて素直なところもまた可愛い。どこかのアホで生意気で事あるごとにお母さんネタでツバサをいじめる少女と幼女より全然いい。
「やっぱりオレはまだまだです……ですが、この一戦は何よりも得難い経験となりました。ツバサさん……ありがとうございます!!」
自分と獅子翁は似た者同士──そう感じたことは多々ある。
だが、今日ほどそれを実感したことはない。
ツバサはミサキに惚れ込み、手元に置きたくて堪らなくなった。
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