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第1章 VRMMORPG アルマゲドン
第16話:豊乳のハトホルVS轟腕のドンカイ ☆
しおりを挟むツバサ・ハトホル──LV79
ドンカイ・ソウカイ──LV82
両者の間に極端なLVの開きはない。
だが、LV91のヴァルハイムが雑魚だったように、いくらLVが高くとも習得してきた技能が少なかったり、その習熟度が未熟だったり、アバターの基本能力とも言えるパラメーターが低ければ弱いままなのだ。
もっと言えば、プレイヤースキルという実力が物を言う。
LVとはある種の格付けに過ぎない。
体力、技術、精神力……こういった基礎となるすべてのパラメーターが実質的な強さの基盤となる。これらは地道に経験を積み重ねなければ成長しない。
アバターのみならず、それを操作するプレイヤーの経験値もだ。
格を上げるだけではまったく足りない。
地力を底上げしなければ強くはなれない。更に言えば、自分の強さや力を収める“器”を大きくすることが肝要なのだ。そうツバサはインチキ仙人に教わった。
もっとも、この“器”の許容量を大きくするのが難しいのだが……。
アルマゲドンで強さを求めるならば、現実と変わらない苦難を求めてくる。
学問に王道なし――クロコの言葉は真理を物語っていた。
~~~~~~~~~~~~
ドンカイという男、風体だけならお相撲さんだ。
だが、取った構えは重心や足運びからして空手……もしくはボクシングなどの拳による攻撃に重点を置いている。どういう流儀なのだろう?
わずかに悩んでいるとドンカイが動いた。
ツバサは即応し、その轟腕から繰り出される攻撃を迎え撃つ。
瞬間──攻撃の接触点が爆ぜた。
ドンカイの轟腕がその巨体らしからぬ俊敏性を発揮し、幾度となく拳打を打ち込んできた。張り手ではない、百烈拳みたいな密度の乱打だ。
それをツバサは──すべて弾いた。
いつものように受け流さず、肉体強化などの魔術を自分にかけて身体強度を上げ、ドンカイの拳を殴り返して逸らすように弾いたのだ。
この威力の拳打は受け流しにくい、と判断してのこと。
ドンカイの拳はどれも衝撃波を伴い、直撃せずとも軽量なツバサの女性アバターを吹き飛ばすくらいの威力を持っていた。
ツバサは風の魔術を使って衝撃波を相殺する。
ドンカイの衝撃波とツバサの風魔術が、大爆発を引き起こしたのだ。
当人たちは何処吹く風だが、爆心地から遠巻きに見ていた観客たちは堪ったものではない。自分たちの方が吹き飛ばされそうなのだから──。
「ふむ……合気だけかと思いきや打撃もいけるか」
芸達者だな、とドンカイは牙を剥いてこちらを褒めてくる。
「単能でやっていけるほど甘くないだろ──俺たちのレベルになるとな」
違いない、とドンカイは間合いを詰めてきた。
言葉を交わしつつも攻撃の手は止まない。
むしろ手数や物量といった攻撃密度が加速度的に増すばかりだ。
一発一発が小山をも崩すようなパンチ、それも壁が迫るに等しい密度で押し寄せてくる。おまけに衝撃波も発生するので、避けるのも防ぐのも一苦労だ。
素早さならこちらにアドバンテージがあるか?
そう思いツバサは速度を上げて間合いを取る。風を操ってそれに乗り、従来よりも遙かに早い歩法で後退るのだが──。
「……速いっ!?」
ドンカイはそれを許さず、間合いを離すことなく詰めてきた。
仕方なく高速移動したまま応戦する
両者が目にも止まらぬ速さで動きながらぶつかり合うごとに、大気を割る衝撃波と身を切るほどの旋風が巻き起こって観客が被害に遭う。
「な……なんて傍迷惑な戦いっ!?」
「余波だけで人死にが出まくりだ……もっと下がれぇ!!」
遠巻きに観戦していたギャラリーは口々に叫びながら後退っていった。
戦いながらツバサはドンカイを分析していた。
パンチメインの打撃系──流儀としてはボクシングに近い。
だが、足の運び方が違う。すり足なのに瞬発力のある移動は、見た目通り相撲のものだ。打ってくる拳にも張り手や掌低が混じっている。
ツバサが拳や肘による手技、もしくは蹴りや膝による足技で攻撃しても、必ず轟腕に防がれる。あの鉄柱みたいな腕による攻防は完璧だった。
ドンカイの腕は鉄壁の大盾であり、高速で突き出される破城槌だ。
徒手空拳での戦いは打撃以外にも投げ技や寝技に関節技、これだけの巨体ならば蹴りでも脅威となるのに、ドンカイは頑なに腕しか使わない。
轟腕──その二つ名に遜色のない戦い振りだ。
拳を交わした際、雷撃を流し込んだが通じていない。オーガ特有の耐久力もあるだろうが、魔法耐性を上げる技能も備えていた。
おまけにこの基本能力の高さ、考えられるケースはひとつしかない。
「パラメーターMAXからのLV上げか……!」
ツバサが嬉しそうに呟くと、ドンカイも釣られたように微笑む。
「君たちの実況動画は第1回から拝見させてもらっとる。ファンとして毎週、心待ちにしとるくらいじゃ……学ぶことも多いしのう!」
パンチが来る──この腕を捉えてツバサは投げを試みる。
衝撃波に邪魔されつつも、ドンカイの轟腕を捉えて、その力を逆用して投げ飛ばしてやろうとしたが、相手に重心を変えられた。
低く重くどこまでも沈む。まるで地球の中心にまで根を張る大樹のようだ。
途端にドンカイの腕が重くなり、逆にツバサが引き込まれる。
「更に重心が低く……これは空手じゃない……っ!?」
恐ろしく重心が低い。これだけ派手に動いているのに、ツバサほどの熟練者でも投げる瞬間の見極めを誤った。いや、フェイントに近い。ドンカイにしてみればツバサが仕掛けてきた瞬間、もっとも得意とする重心に戻っただけだ。
これは──。
「やっぱり相撲か!」
そこへドンカイの腕がするりと伸びてくる。
分厚い手はツバサのジャケットを繋ぐベルトを掴む。
「廻しを取るのが第一歩……ここからの上手投げが相撲の王道!」
片手で上手投げ、ツバサとドンカイの体格差なら楽勝だ。
しかもわざわざツバサを頭上に掲げてから、全力を込めて地面に叩きつけようとしている。ドンカイの豪腕でやられたら脆弱な人間のアバターなど即死だ。
「超角力──フェンリルスペシャル!!」
「千代の富士かよ!?」
昭和の大横綱、千代の富士が得意とした上手投げ。
その切れ味の鋭さから“ウルフスペシャル”と恐れられた必殺技だ。
神をも食らう魔狼の名が付けられた──この技の威力は?
特大の衝撃波を発生させながら、ドンカイはツバサを頭から真っ逆さまに地面へと叩きつける。彼が落ちてきた爆心地に、また深くクレーターが抉られた。
災害クラスの地響きとともに、噴火のように熱い粉塵が舞い上がった。
「セ……センセェェェーイ!?」
マリナは防御結界越しに悲痛な叫びを上げる。
しかし、ミロは顔色ひとつ変えていない。
「大丈夫──ツバサさんが負けるなんてあり得ないから」
ドンカイもまた、自分が勝利していないことに気付いた。
爆心地にツバサの姿はなく、ドンカイは叩き付けたものの正体を知る。
「ぬっ!? 服だけ……ぐぉあああっ!?」
一瞬でも勝利したと思い込んだのだろう。わずかに気の緩んだドンカイのうなじに、高々度から落下してきたツバサの踵落としが炸裂する。
当然、高圧電流の雷魔術込みでだ。
ツバサが地面に着地すると、ドンカイは膝を崩しかけた。
「やっと筋肉の硬直を解いてくれたな……ったく、硬気功に拝打功、常時発動型の防御系技能も使いまくりだけど、格闘経験者だなアンタ? 筋肉の緩みを突きたいってのに隙がないから苦労したぜ……」
「空蝉の術じゃと……若い娘が破廉恥な真似を……」
ジャケットを脱いで変わり身にして、ドンカイの発生させた特大の衝撃波に乗って上空に逃れ、そこから急降下して踵落としを決めたのだ。
上着は脱いだが──ちゃんとブラジャーは付けている。
ほぼ上半身裸のツバサを見て、ミロが悲鳴を上げる。
「ツバサさん!! な……なんでブラしてるのぉぉぉぉぉぉ~!?」
「第一声がそれか! ちょっとは心配しろよ!?」
ジャケットを着ても目立たないデザインだが補正力はバッチリ。とある衣装作りの天才がサービスで特注してくれたものだ(オリハルコン繊維製)。
ちょっと恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「服を剥かれたのは痛手だが、引き替えにこのダメージなら悪くない」
「関取の頑丈さ、舐めんでもらおうか……」
ドンカイは痛そうにうなじをさすり、崩しかけた膝を叩いて立ち上がる。
「この程度でワシを沈められると思われては困るのぉ」
「……だよな、きっちりしたのを一発決めなきゃダメか」
ドンカイは再び打撃系の構えを取る。
それに対してツバサは、少し離れた間合いで左腕を揺らしていた。
「まだ試験段階だが……アンタで試してもいいかい?」
答えは聞いてない、と言わんばかりツバサの左腕が変化する。
激しい振動音を響かせながらツバサの左腕は大きな鳥の翼へと形を変え、旋風を巻き起こした。これにはドンカイ以下、ミロたちも瞠目する。
「魔法による変化!? いや、これは……ぬぉっ!?」
次の瞬間、その翼は間合いを無視してリーチを伸ばし、ドンカイに届いた。咄嗟に轟腕で防ごうとするものの、翼に触れた轟腕がビリビリと震え出す。
あまりにも激しい振動に、鉄壁の防御を誇った轟腕が乱れる。
しかも──翼はひとつではない。
いくつもの翼が轟腕を包み込んでいくと、その度に振動が激しくなった。
「こ、これは……か、数え切れないほどの手か!?」
ご名答──翼に見えるのは残像、すべてツバサの手だ。
毎秒何万回かは自分でも数えてないのでわからないが、凄まじい速度で手を繰り出すことで敵を翻弄する技だ。その際、速さに緩急を付けて鳥の翼を幻視するようにしているだけのこと。
その何万もの手がドンカイの轟腕を包み込む。
一度の手なら防がれても、一瞬で何十何百何千……それこそ何万もの手で引かれたり押されたりしたら、いかな攻防一体の轟腕とて揺らぐだろう。
「くぅぅっ……けあああああっ!」
ドンカイは廻し受けで、無理をしてでも多くの翼を払い除けた。
そう無理をして──重心を整えていた体勢を崩してまで。
「これを待っていた」
こじ開けた隙間は一瞬もなく、刹那にも短いが充分すぎる。
ツバサは何十枚もの翼を繰り出すと、それらの翼でドンカイを包み込んで空へと投げ上げる。3m近いオーガの巨体が脳天を逆さにして宙に舞う。
「浮かされた関取が──空中で踏ん張れるか?」
「これが狙いか……っ!?」
ツバサが特攻をかければ、ドンカイは対応しようと身構える。
しかし、宙に浮かされた状態では巨体を支える足を踏ん張ることもできず、自慢の轟腕も満足に振り回せない。
そんなドンカイの下腹部──筋肉の一番薄いところにツバサの拳が深々とめり込んだ。発勁、当波、ワンインチパンチ、呼び方は何でもいい。
数多くの技能を連動させて、体内にダメージが浸透するように打ち込む。
そして、雷魔術で何万Vもの電流も上乗せする。
「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!?」
ドンカイは稲光を放ちながら絶叫を上げ、やがて全身からブスブスと黒煙を上げながら地面に落下する。そのまま大の字の仰向けになって動かない。
光の泡にならないということは、デスペナルティを受けていない。
つまり、まだ息がある。
ツバサは今度こそ息の根を止めようとするが──。
「参った、ワシの負けじゃ」
ドンカイが片手を上げて負けを認めたのでトドメは止めた。
「この勝負、ツバサさんの大勝利~~~ッッッ!!」
いつの間にか駆け寄ってきていたミロがツバサの手を取り、無理やり持ち上げると、メギド大平原から拍手喝采が湧き起こる。
なかなかの名勝負だったのだろう。いつしか観客たちも沸いていた。
マリナが拾ってきてくれた愛用のジャケット羽織りながら、ツバサは倒れたままのドンカイへ近付いていき、彼に向けておもむろに回復魔法を使った。
「ちょ、ツバサさん! なんで敵を回復すんの!?」
「敵じゃないよ。この人は……知り合いさ」
へ!? とミロとマリナが間抜けな声を出す。
あの激闘の最中、拳を交わしていたツバサとドンカイは、互いに何者かを見抜いていた。そもそも、ドンカイはミロの動画を見て、ツバサを知り合いだと確信したからこそ、こうしてわざわざ会いに来てくれたのだ。
回復魔法を終えた後、ツバサは姿勢を正してドンカイにお辞儀をした。
「お久し振りです──オヤカタさん」
治ったドンカイは上半身を起こすと、人懐っこい顔で笑った。
「久しいのぉ、ウィング君」
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