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第1章 VRMMORPG アルマゲドン
第5話:RPGというのは序盤の手探り感が堪りません
しおりを挟む「視聴者のみなさん、こんにちはー」
「こ、こんにちわぁ……」
VR空間でも的確なアングルから撮影してくれる録画アプリがあるので、ミロは適当な方向へ愛想よく手を振って挨拶をする。
ツバサも一緒にやるのだが、作り笑顔すらままならない。
愛想笑いならできるかも知れないが、営業スマイルなんてやったことがない。
無理をすればボロが出て、きっと酷い笑顔になってることだろう。
「や、やっぱり無理だってミロ! 媚びなんて売れないよ俺!」
ツバサは真っ赤になった顔を両手で覆い隠すと、恥ずかしさのあまりその場にしゃがみ込んでしまった。もう無理、女の子っぽくなんて振る舞えない。
一応、これはミロのゲーム実況動画でもある。
後であれこれ編集するにしても、動画の最初に視聴者への挨拶は必須ということで始めたのだが……既にツバサの心は折れていた。
生まれてこの方、女の子の振りなんてしたことはない。この女顔のせいで殊更に男らしく生きてきたのだ。今更、女の子の真似なんてできやしない。
演技さえも精神的に拒んでしまう。
最初の挨拶で挫折しているのだから重症だ。
ちなみに、挨拶だけでリテイク7回目に突入である。
「……すまない、ミロ……不甲斐ない兄貴分で本当にすまない……」
ツバサが涙ながらに謝罪すると──。
「ツバサさん、別に女の子の振りしなくてもいいんだよ?」
思い掛けない言葉を投げかけられた。
「っていうか、ツバサさんはいつも通りでいいんだよ。女の子なんて意識しなくていいの、いつものオカンなツバサさんでいてくれればそれでOK!」
「誰がオカンだ! せめてお姉さんだろ!?」
いつも通りに反論するも、このアバターでは説得力が薄い。
高い身長にグラマラスなスタイル。そして、この巨大すぎる胸のために女の子というよりも年上のお姉さんだ。女の子というには無理があった。
下手をしたらマジでオカンかも……なんて考えまで過る。
「ま、別にオカンじゃなくてもいいけどね。そのボインボインのアバターでツバサさんが素で振る舞えば、視聴者のみんなはきっと『オッパイのついたイケメン』とか『男前な彼女』ってタグを付けてくれるだろうし」
「なんだ、その矛盾したタグ」
イケメンにオッパイはついてないし、彼女が男前なわけもない。
「……じゃあ、普段通りでいいのか?」
いいかげん泣き止んだツバサは立ち上がって再確認する。
「うん、そのままのツバサさんでいてね♪」
ミロは笑顔で頷くと、こっそり小声でなにやら呟いた。
「どうせオカン属性なツバサさんのこと……何をやってもお母さんっぽくなるから、視聴者もオカン呼ばわりするのは目に見えてるもんね」
「おい、なんか言ったか?」
いいえ別にぃ~、とミロは口笛を吹いてそっぽを向いた。
「そんじゃあRPGらしく冒険の旅にしゅっぱーつ!」
「その前にLV上げと金稼ぎだろ」
こればかりはRPGにおける序盤の通例だろう。
始まりの砦を出たツバサたちは、近場にあった森の中を適当に歩いている。まずは手頃なモンスターを狩ってみることにした。
「やっぱ最初はスライムかな?」
「どうだろうな。本格的なRPGだとスライムって、かなり厄介なモンスターだぞ。リアリティ重視なら序盤に出てきそうなのは……」
話していると、森の奥から何かが近付いてくる。
四つ足で地を蹴る音が聞こえるので、スライムではなさそうだ。
「ほら、こういうのがリアルだ」
現れたのは──1頭の狼だった。
それほど大きくなく痩せている。中型犬くらいなので迫力には欠けるが、それでも吠えかかってくるとミロはちょっとビビっていた。
「うおっと、痩せた狼が1匹か。こんなのアタシの剣でズバッと……」
ミロが剣を抜くと、木陰からもう1頭現れる。
「あらら2匹目? まあ1匹じゃ物足りないと……」
3頭目、4頭目が現れる。
あれよあれよという間に狼は群れを成し、その頭数は8頭になっていた。
「なっ、なっ……一匹狼じゃないの!?」
「狼が1頭でいること自体、まずないんだけどな」
基本、狼は数頭の群れで行動する。集団行動を基本とする生態を持つ。狼が一匹でいるとしたら、それは何らかの理由で群れを追い出されたはぐれ者だ。
孤独を愛する人を指す「一匹狼」という単語とは意味合いが違う。
先鋒役の狼がミロに飛びかかってくる。
狼に先んじて──ツバサが動いた。
後ろ回し蹴りで狼の鼻を弾いて威勢を削ぎ、蹴りに使った左脚が地面を踏むと同時に右足を振り上げ、今度は顔をしかめている狼の右頬を蹴り飛ばす。
刹那のうちにこれを終わらせれば、狼は「ギャン!」と鳴いて横に倒れる。
「ミロ、トドメ」
鋭い声で言いつけると、ミロは反射的に動いた。
ツバサに蹴られた狼に剣で斬りかかり、確実に仕留めていく。
もう1頭、今度は背後からツバサに襲いかかってきた。
牙を剥いて頭から突っ込んでくる狼、ツバサはその鼻先に素早く手を添えると、狼の飛び込んでくる勢いを利用して首を180度ねじ曲げる。
現実で習得した技術だが、このアバターなら完全再現できるようだ。
合気の技も使えるのか──そこが意外だった。
首をねじ曲げられた狼は泡を吹くが、まだ息があるため藻掻きながらも立ち上がろうとする。すかさず後始末をミロに任せた。
「ミロ、次だ」
うん! と返事をしてミロは2頭目の狼を斬り倒す。
「俺が弱らせるから取りこぼすなよ」
そう言いながらツバサは、即座に3、4頭目の狼を半殺しにする。
これに怯んで尻込みした狼たちも戦闘不能に追い込む。
彼らを倒すツバサの隙を狙う狡猾な狼もいたが、難なく返り討ちにする。
素早い仕事で手際よく8頭の狼を処理していった。
「ま、待って待って、ツバサさん速すぎぃ! 蚊トンボ落とすみたいに狼さんマッハで殺さないでーっ!? アタシの処理能力がガガガーッ!!」
ツバサが狼を弱らせ、ミロが剣でトドメを刺すコンビネーション。
おかげで初戦闘は3分もかからず終了した。
ミロは肩で息をすると、剣を杖代わりにして休んでいた。
「はぁ、はぁ、な、なんかすっごい疲れた……緊張感ハンパない」
「戦闘もリアル感が強いな。そこいらのVR格闘ゲームより上等だし、アバターの操作性も抜群にいい。真に迫るリアリティ、ってのは嘘じゃなさそうだ」
そのリアリティゆえ、ツバサにはある弊害が生じていた。
試しに手や腕を動かして、武術家ならではの独特な歩法をしてみる。
すると、本来の自分になかったある部分が激しく揺れた。
「……何してんの、ツバサさん?」
ツバサの不自然な動きをミロが不思議そうに見つめていた。
「いやな、このアバターが現実の自分と同じ反応速度で動くもんだから密かに感心していたんだが、そうなると……胸や尻がすごく邪魔なんだよ」
手足を動かす度にブルンブルン揺れ動くのだ。
VRシステムにはまだ未実装なものがある。
肉体にかかる重力の負荷や、慣性に対する知覚がそれだ。
もしもそれらの感覚が実装されていたら、今頃ツバサは乳房や臀部が物理法則に従って暴れ回り、翻弄されていたことだろう。
触覚が制限されているのも幸いだ。これが自分の一部だという実感が薄い。
それでも──身体を動かす時は邪魔である。
「いーじゃん、おっぱいとお尻ぐらい。ハンデだよハンデ」
ミロは真正面からツバサに抱きついてきた。
身長差のため、ミロの顔がちょうど胸の谷間に挟まれる。触覚が制限されていても全くないわけではないので、こういうことをされるとこそばゆい。
パフパフゥ~♪ とミロは人の胸で遊んでいる。
「ツバサさん、リアルと同じくらい強いんだしさ。そんくらいのハンデは背負うべきだよ。てかさ、始めたばっかりなのに、どーしてそんな強いの?」
ミロに指摘されて、狼たちとの戦闘を思い出す。
「そういえば……普通に技が使えたんだよな」
現実でのツバサは武術を嗜んでいる。
先ほどの戦闘でミロを守ろうと動いた時、無意識に現実で体得している合気の技を使い、飛びかかってきた狼の首をへし折っていた。
このアバターは始めたばかりのレベル1。技能もまだ未習得のはずだから、大した戦闘能力はないと思うのだが……どういうことだろうか?
「ちょっと確認してみるか。ミロ、おまえもステータス見てみろ」
メニュー画面を開いて自分のステータスを調べてみると──。
「えっ……LV5? 技能も……いっぱいある?」
ツバサのLVは5になっており、技能欄には合気、柔術、拳法、古流武術、格闘術、体術、歩法、呼吸法……現実のツバサが叩き込まれた、様々な武術を連想させる戦闘系技能が習得済みになっていた。
それだけではない──生産系技能も盛りだくさんである。
炊事、調理、料理人、生物の解体、洗濯、掃除、裁縫……こちらも現実のツバサが身につけていそうな技能ばかりだ。
子守、母親役、保育士──などの技能は見なかったことにする。
「SPは……16、これは今の戦闘分かな? ミロ、おまえはどうだ?」
「アタシ、LV1だよー? ツバサさんみたいに5じゃなーい」
ツバサを羨みながらミロは技能欄も眺めていた。
「技能も……全然なーい。戦闘系は剣術とか槍術とかの初級があるだけで、生産系は工作がやっぱり初級。あと、よくわかんない技能がいくつかあるよ」
それらは常時発動型の技能らしい。技能の説明欄もあやふやな文章で書かれているようで、ミロの解説を聞いてもいまいちピンと来なかった。
「あ、でもSPはツバサさんよりも多いよ。72もある」
「それは多分、LV差によるものだろうな」
LV5のツバサがあの狼を倒しても、1頭あたりSPが2にしかならず、LV1のミロが倒した場合、1頭あたりSPが9になったのだろう。
LVの強弱により経験値の習得率に差が出るシステムのようだ。
「そこら辺は想像つくんだが……どうして始めたばかりなのに、こんなにLV差があるんだ? 技能にしてもそうだ。俺がやたら多くて、ミロはLV1らしくそんなに多くはない。いや、それにしたって……」
現実の自分が身につけている技術が、アルマゲドンのアバターに技能として反映されているのかも知れない。最初はそう考えた。
しかし、そう仮定すると説明のつかないこともある。
ゲームパッドより重い物を持たせたことがないミロが、初級とはいえ剣術や槍術の技能を習得しているのがおかしい。
「アバターを性転換させられた件もあるし、これも脳波の測定でいらんもんが検出されたりしているのかも……うーん、なんかそんな気がしてきた」
GMコールをしたいが、今日は繋がりにくそうだ。
そして──あのエロメイドは呼びたくない。
ツバサが悩んでいると、ミロが子供みたいに袖を引っ張ってきた。
「ところでさ、死屍累々の狼さんたちはどうするの?」
倒した狼たちの死骸は周囲に転がっていた。
ツバサが首の骨を折ったり、ミロが剣で斬ったはずだが、血や内臓が飛び出すような外傷はない。どの狼も無傷のまま横たわっている。
こういうところはやっぱりゲームだな、と安堵してしまう。
「素材が剥ぎ取れるみたいだぞ。肉とか皮とか……始まりの砦みたいな町に持っていけば、売ってお金に変えられるんじゃないか?」
試しに生産系技能である“生物解体”を使ってみる。
念のためにと道具屋で購入したナイフを使い、ツバサは狼を解体して素材に変えていく。技能を使えば自動的に剥ぎ取れるのもゲーム的だ。
ただし剥ぎ取りの待機中、狼の身体をナイフで解体していく作業のリアルな映像がカットインで差し込まれてくる。これがとてもグロい。
「……お子さまに見せられないな、これは」
「ホントホント、うわ、血がブシャアって……おえ、それってはらわた?」
「!? おまえにも解体のカットインが見えてるのか?」
解体の技能を使っているツバサにだけ見えているのかと思いきや、後ろから覗き込んでいたミロの視界にも、解体のカットインが映り込んでいるらしい。
「うん、こっちにもカットイン見えるよ……あっ!」
突然、ミロは嬉しそうな声を上げた。
「なんか知んないけど、カットイン見てたらSPが5もらえたー♪」
「見てたらSPが? どういう…………!」
閃いたツバサは、手早く2匹目の解体に取り掛かる。
「ミロ、もう一度解体するから、カットインをよく見てろ。自分で解体しなさい、と言われたら1人でもできるように、見てやり方を覚えるんだ」
「え……う、うん、わかった」
ツバサの声音に気付いたのか、ミロは真面目に頷いた。
2匹目、3匹目、4匹目……6匹目を解体した、その時だった。
「……ああっ!? 技能覚えた! “生物解体”の初級だって!」
「どうやら読みが当たったみたいだな」
ツバサの作業を見ることで、ミロは学習していたのだ。
その証拠に、2匹目の解体カットインを真面目に見ていたミロは、SPを15も得ていた。真剣味が加わると、獲得SPにも影響が出るらしい。
そして生物解体という技能を習得した途端、解体カットインを見ることで獲得していたSPが消費されたらしい。
「他人の行動を見て学習することで技能も習得できるのか」
そうやって技能を習得した場合、相応のSPを自動的に消費するらしい。
「……随分とまあ凝ってるな。変なとこにリアリティを求めすぎだろ」
この分だと技能を習得する手段は何百通りもありそうだし、SPにしても戦闘以外で獲得する方法がごまんとありそうだ。
「いや……それこそ、本当の意味での経験値ってことか?」
経験値、と聞けばゲームでは戦闘などで得られるのが常だが、現実に則せば経験を積む方法は戦いだけに留まるものではない。
物を作ること、本を読むこと、人と話すこと、仕事をすること……あらゆる行動をすることで人間は経験を重ねていき、自分を成長させられる。
そう考えれば、SPとはまさに経験値そのものだ。
「やり方次第では、色んな方法でSPを得られそうだな」
「じゃあさじゃあさ、楽してSPを大量ゲットってのもアリ?」
それはない、とツバサははっきり否定した。
「解体をただ見ていた時と、真面目に見ていた時のSPが違っただろ? どういう仕組みかわからないが、プレイヤーの注意力を判断しているみたいだな。でなければ、あんなに数値が激変するまい」
つまり──ズルしてSP稼ぎはできない。
あらゆる技能は経験なくして使えるものではないし、経験を積むには時間がいる。クロコの言っていた苦難とは、これを指しているようだ。
「学門に王道なし、って昔の人も言ってるしな」
「なんとかインチキできんのか?」
「どこかで聞いたような台詞を言っても無理だな」
裏技はないんかな? とミロはくだらないことに知恵を働かせた。
「チートって言えばさ、ツバサさんの最初っからLV5ってのもなかなかにチートじゃね? これってGMコールで苦情案件じゃね?」
「え、おいまさか……」
よほど羨ましかったのか、ミロの瞳には嫉妬の炎が揺れていた。
「メイドさーん! GMマスターのメイドさーん! 苦情案件ですよー! さっさとここにカムヒアー!! お姉さんと美少女がイチャイチャしてっぞー!」
「バ、バカ! こんなとこで大声出すな!」
森の中で叫ぶなど、モンスターを呼び寄せる自殺行為だ。
そのことでミロを叱りつつ、「さすがにあのエロメイドもこんなところまでは飛んでこないだろう」と高を括っていたのだが──。
「──お呼びでございますか?」
「「うわあああああっ! ホントに出たーッ!?」」
ツバサとミロは悲鳴を上げると、脅えるように抱き合って後退った。
GMのクロコは、またしても忽然と現れたのだ。
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