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1章
4話
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意識がふわふわと深い場所から上ってくるのを感じ、ゆっくりと慎重に瞼を開く。ぼやけて見えていた何かの輪郭を正確に認識する頃には私の意識もはっきりする。
私が眠っていたのは黒の革で出来たモダンなクイーンベッド。枕もフカフカで二度寝の誘惑に負けそうになる…。
壁紙は白で床にはかなり大きめの黒のラグマットが敷かれている。ベッドの後ろには大きな窓があり、白のレースカーテンとグレーの遮光カーテンが日の光を良い塩梅で遮ってくれる。
「おぉー、綺麗な紅葉」
窓の向こうには赤、黄、茶色に色づいた綺麗な森が広がっている。人が手を加えた形跡もなく、ありのままの姿を楽しめそうだ。絶対紅葉狩りする。
ベッドを下りて部屋の外へ向かうがそこに扉はなく、そのまま進めばそこには前の世界で持っていた数以上の服や鞄が並んでいた。初めて見たが、恐らくこれはウォークインクローゼットと言うやつだ。
広さは前に住んでいたマンションの廊下より広い。色んな服があるのかと思ったが、よく見ると私の服の趣味をよく理解した実用的かつセンスのあるものばかりだった。スカートもちらほらあるがどれもロング丈だから履けないことはない。中には一見スカートに見えるパンツもあった。あの夫婦は私の好みを恐ろしい程把握していたらしい…。
自分の恰好もよく見ると高級ホテルにありそうなシルク生地で出来た紺色のロングバスローブだった。着心地の良さから良質なのは十分理解出来たので、金額とかは考えないようにする。
「はぁー…凄い数。今は秋らしいけど、冬の服は自分で調達しろってこと?」
何も考えずに独り言を呟くと、今までそこにあった服が一瞬で壁の中に消えて別の服が出てきた。
え、何これ。今までの服が、壁に吸い込まれた!?
「はぁ!?何だこれ!?」
思わず叫ぶと、今度は壁から硝子のパネルが出てきた。最初は何も書かれていなかったのに、サラサラと知らない筈の文字が記されていく。ペンも何もないのに書かれた文章を、私はどういう原理か読めてしまった。
《初めまして、葛様。私はこの邸の管理を任された者です》
「は?管理?」
文字が読めることに驚いたが、文の内容にも驚かされる。つまりこの家には私以外のもう1人が居るという認識になってしまう。そんなの承諾した覚えはないんだけど。
《私はこの邸に与えられた自我であり、人とは異なります。どちらかと言えば精霊に近いものです》
「へぇ、そう。で、私はアンタに四六時中監視もしくは覗きみたいなことされないといけないのか。やってらんねぇな…」
《ご不快に思われるのでしたら私は自分を抹消します》
………は?今なんて言った?抹消?抹消ってあれでしょ?消えるって意味で…
《短い間でしたがありがとうございました。では失礼致しま…》
「待て待て待て!!落ち着け!!早まるな!!!」
《しかし私は葛様の為に生まれた自我です。葛様が不要と仰るのでしたら、私が存在する意味はありません。ですから直ちに抹消を…》
「やめろ、寝覚めが悪くなる!!」
《では、抹消をキャンセルさせて頂きます》
「意外とアッサリ…」
なんか、ドッと疲れた…。妙なモンが付いてるなー、この家。
ひとまずこの自我とやらの件は受け入れることにして、さっき起きた事象について尋ねる。
「…あー、服が壁に吸い込まれたんだが、これもお前が?」
《はい、秋服から冬服に衣替えさせて頂きました。他にも春、夏のそれぞれに適した服は勿論、葛様のご趣味に相応しい服も揃えております》
何、この至れり尽くせり感。軽く引くんだけど…。
まぁ、どうせあの神様夫婦が張り切って準備してくれたんだろうな。そう考えれば嬉しいプレゼントだ。
…最低限の衣食住が揃っていれば十分だったんだけど、貰っちまったし…いいか。
衣替えはまだ必要ないから元の秋服を出してもらい、私はウォークインクローゼットを出てリビングに向かう。その間ずっとパネルがついて来るのは鬱陶しいし、読むのも面倒なので声を出してくれと頼んでみた。すると…。
《あー、あ゛~、アァー…、ア~アア~》
「何で最後ター○ンなんだよ」
《お茶目です》
「唐突すぎる」
初めて声を出したと言う自我だが、発声は問題ない。問題なのは最初の印象を覆すレベルで遊び始めたこと。
楽しそうで何よりだけど。
《葛様、現在の時刻は午後16時13分49秒で御座います。ご入浴の準備を始めさせて頂いてもよろしいでしょうか?》
「え?あー…そうだな。家の中を確認して夕飯食べてから入るわ」
《かしこまりました。では僭越ながら私が邸のご案内をさせて頂きます》
「あぁ、頼む」
最初は戸惑いや不安があったが、いざ受け入れてみると思っていたのと違って大変便利なものだと理解した。
家(にしては広すぎる建物)について分かりやすく説明してくれたお蔭で間取りや機能なんかを大体把握出来た。と言っても、前世の一般家庭より画期的かつハイセンスな造りの家を案内されているだけなんだが。
リビング、トイレ、客間、風呂場、キッチン、来客用の部屋と色々な部屋とそのセンスの高さに段々場違い感をひしひしと感じていた私は、ふとあることに気がついた。
「…なぁ、お前名前はないの?」
《名は御座いません。私はまだ生まれて数時間の存在ですので。葛様が宜しければ、お好きなようにお呼びください》
「好きなように、か…」
さて、なんと呼ぼうか。
私にネーミングのセンスがあるかと聞かれると正直自信はない。ペットを飼ったこともない私に何かに名付ける機会なんて今まで1度と言っていいほど無かったんだからな。これは自慢でも開き直りでもなく、ただの事実である。
「ん~…じゃあ、エトーレ」
《"エトーレ"…。はい、私は今日からエトーレで御座います》
こうして私は、自分には勿体無いぐらい超優良物件の豪邸とハイテクな見えない同居人を手に入れた。
私が眠っていたのは黒の革で出来たモダンなクイーンベッド。枕もフカフカで二度寝の誘惑に負けそうになる…。
壁紙は白で床にはかなり大きめの黒のラグマットが敷かれている。ベッドの後ろには大きな窓があり、白のレースカーテンとグレーの遮光カーテンが日の光を良い塩梅で遮ってくれる。
「おぉー、綺麗な紅葉」
窓の向こうには赤、黄、茶色に色づいた綺麗な森が広がっている。人が手を加えた形跡もなく、ありのままの姿を楽しめそうだ。絶対紅葉狩りする。
ベッドを下りて部屋の外へ向かうがそこに扉はなく、そのまま進めばそこには前の世界で持っていた数以上の服や鞄が並んでいた。初めて見たが、恐らくこれはウォークインクローゼットと言うやつだ。
広さは前に住んでいたマンションの廊下より広い。色んな服があるのかと思ったが、よく見ると私の服の趣味をよく理解した実用的かつセンスのあるものばかりだった。スカートもちらほらあるがどれもロング丈だから履けないことはない。中には一見スカートに見えるパンツもあった。あの夫婦は私の好みを恐ろしい程把握していたらしい…。
自分の恰好もよく見ると高級ホテルにありそうなシルク生地で出来た紺色のロングバスローブだった。着心地の良さから良質なのは十分理解出来たので、金額とかは考えないようにする。
「はぁー…凄い数。今は秋らしいけど、冬の服は自分で調達しろってこと?」
何も考えずに独り言を呟くと、今までそこにあった服が一瞬で壁の中に消えて別の服が出てきた。
え、何これ。今までの服が、壁に吸い込まれた!?
「はぁ!?何だこれ!?」
思わず叫ぶと、今度は壁から硝子のパネルが出てきた。最初は何も書かれていなかったのに、サラサラと知らない筈の文字が記されていく。ペンも何もないのに書かれた文章を、私はどういう原理か読めてしまった。
《初めまして、葛様。私はこの邸の管理を任された者です》
「は?管理?」
文字が読めることに驚いたが、文の内容にも驚かされる。つまりこの家には私以外のもう1人が居るという認識になってしまう。そんなの承諾した覚えはないんだけど。
《私はこの邸に与えられた自我であり、人とは異なります。どちらかと言えば精霊に近いものです》
「へぇ、そう。で、私はアンタに四六時中監視もしくは覗きみたいなことされないといけないのか。やってらんねぇな…」
《ご不快に思われるのでしたら私は自分を抹消します》
………は?今なんて言った?抹消?抹消ってあれでしょ?消えるって意味で…
《短い間でしたがありがとうございました。では失礼致しま…》
「待て待て待て!!落ち着け!!早まるな!!!」
《しかし私は葛様の為に生まれた自我です。葛様が不要と仰るのでしたら、私が存在する意味はありません。ですから直ちに抹消を…》
「やめろ、寝覚めが悪くなる!!」
《では、抹消をキャンセルさせて頂きます》
「意外とアッサリ…」
なんか、ドッと疲れた…。妙なモンが付いてるなー、この家。
ひとまずこの自我とやらの件は受け入れることにして、さっき起きた事象について尋ねる。
「…あー、服が壁に吸い込まれたんだが、これもお前が?」
《はい、秋服から冬服に衣替えさせて頂きました。他にも春、夏のそれぞれに適した服は勿論、葛様のご趣味に相応しい服も揃えております》
何、この至れり尽くせり感。軽く引くんだけど…。
まぁ、どうせあの神様夫婦が張り切って準備してくれたんだろうな。そう考えれば嬉しいプレゼントだ。
…最低限の衣食住が揃っていれば十分だったんだけど、貰っちまったし…いいか。
衣替えはまだ必要ないから元の秋服を出してもらい、私はウォークインクローゼットを出てリビングに向かう。その間ずっとパネルがついて来るのは鬱陶しいし、読むのも面倒なので声を出してくれと頼んでみた。すると…。
《あー、あ゛~、アァー…、ア~アア~》
「何で最後ター○ンなんだよ」
《お茶目です》
「唐突すぎる」
初めて声を出したと言う自我だが、発声は問題ない。問題なのは最初の印象を覆すレベルで遊び始めたこと。
楽しそうで何よりだけど。
《葛様、現在の時刻は午後16時13分49秒で御座います。ご入浴の準備を始めさせて頂いてもよろしいでしょうか?》
「え?あー…そうだな。家の中を確認して夕飯食べてから入るわ」
《かしこまりました。では僭越ながら私が邸のご案内をさせて頂きます》
「あぁ、頼む」
最初は戸惑いや不安があったが、いざ受け入れてみると思っていたのと違って大変便利なものだと理解した。
家(にしては広すぎる建物)について分かりやすく説明してくれたお蔭で間取りや機能なんかを大体把握出来た。と言っても、前世の一般家庭より画期的かつハイセンスな造りの家を案内されているだけなんだが。
リビング、トイレ、客間、風呂場、キッチン、来客用の部屋と色々な部屋とそのセンスの高さに段々場違い感をひしひしと感じていた私は、ふとあることに気がついた。
「…なぁ、お前名前はないの?」
《名は御座いません。私はまだ生まれて数時間の存在ですので。葛様が宜しければ、お好きなようにお呼びください》
「好きなように、か…」
さて、なんと呼ぼうか。
私にネーミングのセンスがあるかと聞かれると正直自信はない。ペットを飼ったこともない私に何かに名付ける機会なんて今まで1度と言っていいほど無かったんだからな。これは自慢でも開き直りでもなく、ただの事実である。
「ん~…じゃあ、エトーレ」
《"エトーレ"…。はい、私は今日からエトーレで御座います》
こうして私は、自分には勿体無いぐらい超優良物件の豪邸とハイテクな見えない同居人を手に入れた。
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