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31話 とても小さな違和感
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「それで、アレはなんなんだ。
ヴァンパイア特有のなにかであるのはわかるんだが」
「超音波だよ」
「はあ?」
「人間には聞こえない、高い振動数をもつ弾性振動波」
「いやそれは知ってる」
屋上に人がいないと狙って来たとはいえ、注意を怠りはしない。
オレたちははひそひそ声で会話した。
「コウモリは喉から超音波を発して、反響定位で周囲の位置を確認できるよね。
僕も、たぶん他のヴァンパイアも近いことができる。
とはいえ僕は人間だからね。視覚が発達していると頼る癖がつくから、本物のコウモリほど確実な反響定位はできない。
超音波で物体の位置がわかるのは、なんとなく程度だよ。
それから、朝霧の感じ方はかなり特殊。超音波は、僕にとっては普通に耳で聞こえる音だ。
肌で感じるなんて、どうしてだろう」
「オレの体内に、お前の体液成分が残っているからじゃないか?
オレはヴァンパイアでない分、超音波というものを感じることに慣れていない。
音の刺激を脳が錯覚して、肌感覚になったのかもな」
「あっ、もしかしてこの前、ゴムが破れたから」
「言うなオレもそうかと思ったけど言うな」
オレの反応に、桐生が少しだけ笑った。
やっと桐生が笑顔になった。よかった。
ヴァンパイア体質という人間。
人間でありながら、あまりにも高性能な体液を持つ者。
学者はこぞってヴァンパイアを実験体にしたがるだろうし、裏社会に捕まれば、一生奴隷にされてもおかしくない。
ひたすらに身を潜め、隠れ住む。
ヴァンパイアが人間として生きたいなら、それしか道はない。
「前に、ヴァンパイアを見分けるコツがあるって言ったよね。
超音波のことなんだ。
僕にいろいろ教えてくれたおじいさんは、僕がヴァンパイアかどうか確認するため、僕に向かって超音波を発した。
僕はおじいさんを見た。周囲の人は無反応だった」
「なるほどな」
「見分けられるといっても、『聞こえても無視する』のが安全策だけどね。
同種だったとしても、おいそれと自分の正体を明かせないから。
僕は、人間に聞こえないいろんな音が聞こえていると思う。
近い周波数の音と間違えている可能性もあるんだ。
自分から音を出すなんてめったにないよ」
「なのにお前は、助けを求めるコウモリを誘導したわけか」
「…………。
一番安全で、無事に逃がせると思って。
言っておくけど、コウモリの言葉とかわからないからね。
迷い込んだのがコウモリでもハトでもちょうちょでも、死なせずに逃がしてあげられるなら、そうしたいって思っただけだよ。
超音波を感じられる生物は、けっこう多いから」
超音波を発することは、『自分はヴァンパイアです』と周囲に発信すること。
たった一匹の野良コウモリを誘導するために、こいつは危険を侵したのか。
馬鹿者め。
「今度は別の方法で逃がせ。オレがいたら手伝うから」
「そうだね。虫取り網を置いておくとかがよさそう。
それに、野生コウモリには衛生的に触れたくないって思ったのも事実だよ」
「コウモリは可愛い生き物だぞ?」
「まさかと思うけど、僕のことを言ってるのかな?
さっきのは日本産コウモリです。アブラコウモリ。
かなり顔が違うよ」
「(スマホで検索中)………。
桐生のほうが100倍可愛い」
「喜んでいいのか複雑……」
オレと桐生は、とりあえず安心して屋上から降りた。
エアコンが涼しい。エアコン万歳。
このクソ暑い中、エアコン無しで生徒に勉強させたら倒れる。昔の学校は、どうやって生徒の健康を保っていたんだろう。
ふと、オレは窓の外に目をやった。
なぜか気になった。
学校のフェンス脇を、べたべたしながら歩くカップル。
平日の昼間なのにどうかと思うが、とりたてて変ではない。
「朝霧、どうしたの」
「ああ、あれがちょっと気になってな。
不審者の件、まだ片が付いていないだろ」
カップルが不審者とは思えないが、一応桐生と情報共有しておく。
黒のキャップを被った男と、チャラそうな服の女。
学校付近を歩くには違和感があるふたり。
男のほうが顔を上げた。
距離が遠いから、こちらを視認はできないだろう。
なのに桐生は一瞬息を呑んで、足を止めた。
「桐生?」
「ううん、なんでもない。
さっきのことで気が立ってるのかな。
ちょっと、なんか、びっくりして。
僕を見てるように思っちゃった」
「この距離から、しかも窓越しのお前は見えんだろ」
桐生は笑って頷いたが、片手で胸元を押さえていた。
不安をごまかすように、拳で強く。
オレはそれに気づくべきだった。もっと追及するべきだったのに。
つづく
ヴァンパイア特有のなにかであるのはわかるんだが」
「超音波だよ」
「はあ?」
「人間には聞こえない、高い振動数をもつ弾性振動波」
「いやそれは知ってる」
屋上に人がいないと狙って来たとはいえ、注意を怠りはしない。
オレたちははひそひそ声で会話した。
「コウモリは喉から超音波を発して、反響定位で周囲の位置を確認できるよね。
僕も、たぶん他のヴァンパイアも近いことができる。
とはいえ僕は人間だからね。視覚が発達していると頼る癖がつくから、本物のコウモリほど確実な反響定位はできない。
超音波で物体の位置がわかるのは、なんとなく程度だよ。
それから、朝霧の感じ方はかなり特殊。超音波は、僕にとっては普通に耳で聞こえる音だ。
肌で感じるなんて、どうしてだろう」
「オレの体内に、お前の体液成分が残っているからじゃないか?
オレはヴァンパイアでない分、超音波というものを感じることに慣れていない。
音の刺激を脳が錯覚して、肌感覚になったのかもな」
「あっ、もしかしてこの前、ゴムが破れたから」
「言うなオレもそうかと思ったけど言うな」
オレの反応に、桐生が少しだけ笑った。
やっと桐生が笑顔になった。よかった。
ヴァンパイア体質という人間。
人間でありながら、あまりにも高性能な体液を持つ者。
学者はこぞってヴァンパイアを実験体にしたがるだろうし、裏社会に捕まれば、一生奴隷にされてもおかしくない。
ひたすらに身を潜め、隠れ住む。
ヴァンパイアが人間として生きたいなら、それしか道はない。
「前に、ヴァンパイアを見分けるコツがあるって言ったよね。
超音波のことなんだ。
僕にいろいろ教えてくれたおじいさんは、僕がヴァンパイアかどうか確認するため、僕に向かって超音波を発した。
僕はおじいさんを見た。周囲の人は無反応だった」
「なるほどな」
「見分けられるといっても、『聞こえても無視する』のが安全策だけどね。
同種だったとしても、おいそれと自分の正体を明かせないから。
僕は、人間に聞こえないいろんな音が聞こえていると思う。
近い周波数の音と間違えている可能性もあるんだ。
自分から音を出すなんてめったにないよ」
「なのにお前は、助けを求めるコウモリを誘導したわけか」
「…………。
一番安全で、無事に逃がせると思って。
言っておくけど、コウモリの言葉とかわからないからね。
迷い込んだのがコウモリでもハトでもちょうちょでも、死なせずに逃がしてあげられるなら、そうしたいって思っただけだよ。
超音波を感じられる生物は、けっこう多いから」
超音波を発することは、『自分はヴァンパイアです』と周囲に発信すること。
たった一匹の野良コウモリを誘導するために、こいつは危険を侵したのか。
馬鹿者め。
「今度は別の方法で逃がせ。オレがいたら手伝うから」
「そうだね。虫取り網を置いておくとかがよさそう。
それに、野生コウモリには衛生的に触れたくないって思ったのも事実だよ」
「コウモリは可愛い生き物だぞ?」
「まさかと思うけど、僕のことを言ってるのかな?
さっきのは日本産コウモリです。アブラコウモリ。
かなり顔が違うよ」
「(スマホで検索中)………。
桐生のほうが100倍可愛い」
「喜んでいいのか複雑……」
オレと桐生は、とりあえず安心して屋上から降りた。
エアコンが涼しい。エアコン万歳。
このクソ暑い中、エアコン無しで生徒に勉強させたら倒れる。昔の学校は、どうやって生徒の健康を保っていたんだろう。
ふと、オレは窓の外に目をやった。
なぜか気になった。
学校のフェンス脇を、べたべたしながら歩くカップル。
平日の昼間なのにどうかと思うが、とりたてて変ではない。
「朝霧、どうしたの」
「ああ、あれがちょっと気になってな。
不審者の件、まだ片が付いていないだろ」
カップルが不審者とは思えないが、一応桐生と情報共有しておく。
黒のキャップを被った男と、チャラそうな服の女。
学校付近を歩くには違和感があるふたり。
男のほうが顔を上げた。
距離が遠いから、こちらを視認はできないだろう。
なのに桐生は一瞬息を呑んで、足を止めた。
「桐生?」
「ううん、なんでもない。
さっきのことで気が立ってるのかな。
ちょっと、なんか、びっくりして。
僕を見てるように思っちゃった」
「この距離から、しかも窓越しのお前は見えんだろ」
桐生は笑って頷いたが、片手で胸元を押さえていた。
不安をごまかすように、拳で強く。
オレはそれに気づくべきだった。もっと追及するべきだったのに。
つづく
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