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30話 聞こえない音
しおりを挟む「朝霧先生、助けて下さい!!
事務室にコウモリが、コウモリが飛んできて!!」
「あ、ああ」
「誰かなんとかしてよ!」
「無理、嫌、気持ち悪いこわい!!」
誰も、この状態に対処できなかったらしい。
守衛はどうしたと聞くと、ちょうど休憩で食事に出てしまったらしい。
「朝霧先生、あれ、本とかで叩き落せませんか!?
コウモリって不衛生の塊ですよね。お願いします!」
「叩き落せだと!?」
女性事務員にとって、コウモリは黒光りするGと同様の気持ち悪さなのかもしれない。
しかし。あれは。あれは!
コウモリはか弱いんだ! 本なんかで叩いたら即死だってありえる!
「殺虫スプレーありました! これ、思いっきりかけてやるのはどう?」
「いいわねそれ、やっちゃいましょう!」
「ま、待て、ちょっと待て!!!!」
殺虫スプレーは、人間でも吸うと危険な毒ガスなんだ!
やめてくれ、やめてやってくれ、死んでしまうから……!!
「あのー、すごい騒ぎが聞こえるんですが、どうかしたんですか?」
ひょいとドアから顔を出した長身の男は。
桐生だった。
「…………」
混乱して固まっているオレを見て、桐生はいろいろ把握したらしい。
『いくらなんでもそれはない』的な苦笑いをされた。
いや、だって、コウモリがこんなところにいるから。
いないだろ普通、コウモリなんて!!
誤解しても仕方ないだろ!!
「小宮山先生!
コウモリが、コウモリが入ってきて、素早くて暴れて、どうしたらいいかわからなくて!
助けてくださいっ!!」
「いいですよ、任せてください。
事務員の皆さんは、ちょっと壁際に下がっていてくださいね」
桐生はにっこり、人好きのする笑顔で承諾した。
事務員の数人からハートが飛んだ幻影が見える。こんちくしょう。
「野生動物は校内に入って欲しくないですものね。すぐに外に出します。
きっと、人間が騒いじゃったから、コウモリもパニックなんだと思いますよ。
騒いだら余計に暴れるから、皆さん、しー、で」
桐生が唇に人差し指をつけた。
事務員が頷いて黙り込む。
桐生の言うことめちゃくちゃ聞くんだな、こいつらは!
静かになった事務室で、桐生は何も挟んでないバインダーを手に取った。
コウモリはバタバタと天井付近を逃げ回っている。
まさか、それで叩き殺すのか?
きいん………
どこからか、小さくて高い音がした。
これは音といえるだろうか。
とても小さい、聴力検査の時の一番小さいアレに似ていて。
それでいて、ふわりと肌にやさしく響くような。
桐生がバインダーを掲げ、天井付近を緩やかにひらひら扇いだ。
コウモリはそれと反対方向に飛んだ。
桐生がバインダーの方向を変えた。
コウモリも飛ぶ方向を変えた。
桐生がバインダーを軽く揺らした。
コウモリは窓に向かって飛び始めた。
事前に窓を大きく開けていたのだろう。コウモリはすんなり出ていって、どこか遠くに飛んでいった。
「はい、もう大丈夫です。
皆さん、声出し過ぎ。生徒に聞こえますよ?」
「は、はい、すみません……」
「小宮山先生すごいです! コウモリ使いみたいだった」
「いやいや、使えませんよ? そんな魔法みたいな、あはは。
それじゃ、コウモリが飛んでいたところの掃除をしましょうか。
野生動物はいろいろ体についていて怖いし、寄生虫や感染症も怖いですから。
お掃除の業者さん呼んだほうがいいかな。理事長に相談をお願いします。
皆さんにも生徒にも、もしもの事があったら大変ですから」
違う。
桐生はコウモリを誘導していた。
バインダーはフェイク。あの動きに意味はない。
オレの肌をそっと触れるあの音が大きくなったり小さくなったりするたび、コウモリの動きが変化した。
コウモリは音に従って窓を見つけ、逃げ出すことができたのだ。
「おい、桐生」
「あの子、無事に逃がせてよかったね」
なあに? とオレを見る桐生の袖をオレは強く引っ張った。
手のジェスチャーだけで屋上に誘導する。
桐生は小さく頷き、掃除するか業者を呼ぶか話し合っている事務室を後にした。
屋上は、照り返しもあってかなり暑かった。暦は秋でも気候は真夏のまま。
風だけが強めに前髪をさらって、多少マシではあった。
「あっつぅ……。今の時期に屋上はないんじゃない、朝霧。
なにかあった?
あれを僕と間違えたこと以外にね」
冗談交じりに笑う桐生に、オレは真顔で問い返した。
「さっきの、なんだ。
あの音みたいなやつ」
一瞬で桐生が青ざめた。
やはり、こいつが放った音で間違いなかったらしい。
桐生は血相を変え、オレの両腕を強めに掴んだ。
「あれ、感知できたの。
朝霧が?」
「落ち着け。痛いぞ桐生」
「あ、ごめん」
桐生がぱっと腕を開放する。
桐生はいつになく狼狽していて、驚くというより、怖がっているように感じた。
「他の人にも気づかれたのかな。
僕がおかしなことをしたって。
僕が、人間じゃないって」
ああ、そうか。
正体を隠して生きる桐生にとって、「自分は無意識なのに、他者に何かを感づかれた」というのは、耐えがたい恐怖なのだろう。
「感知というほどじゃない。
モスキート音のような小さい音が聞こえて、肌にもふわっと何かを感じた。
集中していなければスルーしてしまう程度だ。
オレは、お前があの音の発信源とまでは気づけなかったぞ」
「でも、人間の朝霧にわかるはずがないのに。
どうしよう。あの場にはたくさん人がいた。
他の人にもばれちゃってたら、僕は」
オレは、桐生の背中をばあん! と叩いた。
オレの手が痛い。
だが、桐生は少し落ち着いたようだった。
「断言する。
あの音を感じたのは、事務室でオレだけだった」
「どうして言い切れるの?」
「あそこにいた全員、お前のバインダーの動きとコウモリを交互に目で追っていたからな。
オレは音が聞こえたから、バインダーはフェイクだと気付いたが、他の奴らはそんな様子は全くなかった。
これを感じているのはオレだけなのかと、注意深く観察したから間違いない」
根拠と説得力あるオレの言葉に、桐生はようやく安心したのか、屋上のベンチに腰かけた。
よほど緊張していたのか、大きくため息をついている。
つづく
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