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夏休み旅行編 その3
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桐生に言われたとおり配置したデコレーション(半分くらいオレが作ったようなものだ)は、もこもこの白い物体が点在していて、真ん中に黒猫と白猫が寄り添っている。
微妙に間抜けな顔の猫、その周囲はお菓子モチーフがいっぱいだ。
意味がわからんが、桐生はこれでよかったらしい。
「令一は、猫みたいだなって思うことがあって。
僕も隣にいたいから、猫をもう一匹。
令一の好きな甘いものをいっぱい置いて、白いのはね、霧のイメージ」
説明されてやっとわかった。
桐生は桐生なりに、オレと二人で過ごす夢のような空間を作りたかったようだ。
なんだか顔が熱くなる。オレはしっかり受け取って、デコレーションが痛まないよう側面を撫でた。
ふと、オルゴールの曲がオレと同じだと気付いた。
「お前もこの曲にしたのか?」
「え、令一も?」
曲のリストはそれなりにたくさんあった。
まさか、同じものを選んでいるなんて。
オレたちは微笑み合った。
このオルゴール、どこへ置こうか。職員室の机に飾ろうか。
いや、桐生もしそうな気がする。生物準備室に飾ることにしよう。
時折、鳴らそう。
この音色で、今日を思い出せるように。
京都には、合格祈願の神社仏閣は多い。
嵐山エリアで立ち寄りやすいという理由で、オレたちは虚空蔵法輪寺を訪れた。
「思ったより人が少ないね?」
「混んでるよりよほどいい。あそこから景色を見渡せそうだぞ」
やはりオレたちは教師だ。生徒が望むところに進学し、合格してくれることを願う。
特にオレは三年生の担任だ。できることなら全員、よき未来を掴んでほしい。
オレも桐生も、五分くらい頭を下げて願い続けていたと思う。
社務所で、オレと桐生は、別々のお守りを指さして意図せずハモった。
「「これ40個ください」」
社務所の若い巫女が仰け反る。
同じお守りでなくてよかった。巫女は在庫を調べに行き、オレたちは苦笑した。
「僕と彼は、同じ学校で教師をしているんです。
クラスの子にお土産をあげたくて」
「そうなんですね」
事務員はうすうす教師だと気づいていたらしく、にこにこしながら、奥からヘルプを呼んで個別包装してくれた。
あまり褒められたことではないかもしれないが、クラスの生徒にこっそり渡すくらい許されるだろう。
ちゃんと口止めしておかないと。他のクラスからずるいと言われては困る。
「あっ、令一。
帰りは振り返っちゃだめだよ」
「なんだその黄泉比良坂じみた言い草は」
「聞いたことがあるような気がしてね。うろ覚えでごめん。
渡月橋を渡り終えるまでに振り返ったら、法輪寺で得た知恵が消えちゃうんだって」
「マジか」
「うろ覚えです」
「うろ覚えでもなんでも、このお守りに託した加護は絶対に持ち帰るぞ」
オレも桐生も無言になった。
周囲を見る余裕はない。ひたすら歩いてバス停につく。
それでもまだ緊張は解けず、到着したバスに乗り込んで、はああと息を吐き出した。
「たぶん、持ち帰れたね」
「ああ。効果を無くしてたまるか」
周りから見たら、無言で無表情、早足で歩く二人連れ。
滑稽だっただろうが、旅の恥は掻き捨てだ。
本当かどうかわからない言い伝えでも、桐生と二人で乗り切ったという達成感があった。
旅行というのは面白いんだな。
駅に預けていた荷物をロッカーから取り出し、桐生が予約した旅館に向かった。
……でかい。
どう見てもお高い。
現代的しっかりした作りながら、各所に和風のデザインを取り入れ、京都のイメージを損なわない配慮、高級感。
入ってすぐの、ホテルマンの紳士的対応のなめらかさ。
「桐生、おま」
「ホテルは僕に任せるって言ったよね。
大丈夫、ここは僕の奢り。
旅の疲れはゆっくり癒さなきゃね」
民泊でいいと言ったのに!
なぜこんな高級ホテルを!!
奢られていい金額じゃない!!
ロビーだから怒りを飲み込んでいるオレに、桐生はそっと小さく、後ろから囁いた。
「民泊じゃ、令一の声が聞こえちゃう」
オレは思わず動きを止めてしまい、後ろの桐生がぶつかりそうになった。
「旅の疲れを癒すんじゃないのか。
余計疲れてどうする」
「……駄目?」
捨て犬みたいな目をするな!
オレも、少しは期待していたというか、なにもないと寂しいとは思っていたが、だからこそ自制のために民泊を提案したのにこの馬鹿者が!
理性が残っていたから二回で我慢した、と、桐生は翌朝、目覚めたオレに言った。
オレは桐生を蹴飛ばした。
ぐしゃぐしゃになって汚れた浴衣が生々しくて、オレは速攻で着替えた。
朝食ビュッフェに間に合ったので、オレは桐生の皿を大盛りにして仕返ししてやった。
「僕は食べなくていいんだってば……」
「ビュッフェで皿にとったものを残すのはマナー違反。
全部平らげろよ!」
「令一の仕返し、可愛いなあ」
くそ、効果があまりない。悔しい!
二日目に回る場所は二ヶ所だけ。
新幹線の時間も考え、ゆったりした行程にした。
「ここが太秦映画村かあ」
「うおお、すごい。
なんだこの町並み。裏側とかがない。どっちから見ても江戸っぽい民家だ。
内部まで作り込まれているぞ。囲炉裏まである」
時代劇のセットは、片面だけのイメージがあったオレだが、認識を変えざるを得なかった。
広大な敷地をすべて江戸っぽく、古めいた建物を作り土の道を作り、ひとつの町をしっかりと再現している。
なるほど。だから多くの時代劇は、ここで撮影するんだな。
ここに立っているだけでタイムスリップしたような感覚になる。映像作品の背景として最高だろう。
つづく
微妙に間抜けな顔の猫、その周囲はお菓子モチーフがいっぱいだ。
意味がわからんが、桐生はこれでよかったらしい。
「令一は、猫みたいだなって思うことがあって。
僕も隣にいたいから、猫をもう一匹。
令一の好きな甘いものをいっぱい置いて、白いのはね、霧のイメージ」
説明されてやっとわかった。
桐生は桐生なりに、オレと二人で過ごす夢のような空間を作りたかったようだ。
なんだか顔が熱くなる。オレはしっかり受け取って、デコレーションが痛まないよう側面を撫でた。
ふと、オルゴールの曲がオレと同じだと気付いた。
「お前もこの曲にしたのか?」
「え、令一も?」
曲のリストはそれなりにたくさんあった。
まさか、同じものを選んでいるなんて。
オレたちは微笑み合った。
このオルゴール、どこへ置こうか。職員室の机に飾ろうか。
いや、桐生もしそうな気がする。生物準備室に飾ることにしよう。
時折、鳴らそう。
この音色で、今日を思い出せるように。
京都には、合格祈願の神社仏閣は多い。
嵐山エリアで立ち寄りやすいという理由で、オレたちは虚空蔵法輪寺を訪れた。
「思ったより人が少ないね?」
「混んでるよりよほどいい。あそこから景色を見渡せそうだぞ」
やはりオレたちは教師だ。生徒が望むところに進学し、合格してくれることを願う。
特にオレは三年生の担任だ。できることなら全員、よき未来を掴んでほしい。
オレも桐生も、五分くらい頭を下げて願い続けていたと思う。
社務所で、オレと桐生は、別々のお守りを指さして意図せずハモった。
「「これ40個ください」」
社務所の若い巫女が仰け反る。
同じお守りでなくてよかった。巫女は在庫を調べに行き、オレたちは苦笑した。
「僕と彼は、同じ学校で教師をしているんです。
クラスの子にお土産をあげたくて」
「そうなんですね」
事務員はうすうす教師だと気づいていたらしく、にこにこしながら、奥からヘルプを呼んで個別包装してくれた。
あまり褒められたことではないかもしれないが、クラスの生徒にこっそり渡すくらい許されるだろう。
ちゃんと口止めしておかないと。他のクラスからずるいと言われては困る。
「あっ、令一。
帰りは振り返っちゃだめだよ」
「なんだその黄泉比良坂じみた言い草は」
「聞いたことがあるような気がしてね。うろ覚えでごめん。
渡月橋を渡り終えるまでに振り返ったら、法輪寺で得た知恵が消えちゃうんだって」
「マジか」
「うろ覚えです」
「うろ覚えでもなんでも、このお守りに託した加護は絶対に持ち帰るぞ」
オレも桐生も無言になった。
周囲を見る余裕はない。ひたすら歩いてバス停につく。
それでもまだ緊張は解けず、到着したバスに乗り込んで、はああと息を吐き出した。
「たぶん、持ち帰れたね」
「ああ。効果を無くしてたまるか」
周りから見たら、無言で無表情、早足で歩く二人連れ。
滑稽だっただろうが、旅の恥は掻き捨てだ。
本当かどうかわからない言い伝えでも、桐生と二人で乗り切ったという達成感があった。
旅行というのは面白いんだな。
駅に預けていた荷物をロッカーから取り出し、桐生が予約した旅館に向かった。
……でかい。
どう見てもお高い。
現代的しっかりした作りながら、各所に和風のデザインを取り入れ、京都のイメージを損なわない配慮、高級感。
入ってすぐの、ホテルマンの紳士的対応のなめらかさ。
「桐生、おま」
「ホテルは僕に任せるって言ったよね。
大丈夫、ここは僕の奢り。
旅の疲れはゆっくり癒さなきゃね」
民泊でいいと言ったのに!
なぜこんな高級ホテルを!!
奢られていい金額じゃない!!
ロビーだから怒りを飲み込んでいるオレに、桐生はそっと小さく、後ろから囁いた。
「民泊じゃ、令一の声が聞こえちゃう」
オレは思わず動きを止めてしまい、後ろの桐生がぶつかりそうになった。
「旅の疲れを癒すんじゃないのか。
余計疲れてどうする」
「……駄目?」
捨て犬みたいな目をするな!
オレも、少しは期待していたというか、なにもないと寂しいとは思っていたが、だからこそ自制のために民泊を提案したのにこの馬鹿者が!
理性が残っていたから二回で我慢した、と、桐生は翌朝、目覚めたオレに言った。
オレは桐生を蹴飛ばした。
ぐしゃぐしゃになって汚れた浴衣が生々しくて、オレは速攻で着替えた。
朝食ビュッフェに間に合ったので、オレは桐生の皿を大盛りにして仕返ししてやった。
「僕は食べなくていいんだってば……」
「ビュッフェで皿にとったものを残すのはマナー違反。
全部平らげろよ!」
「令一の仕返し、可愛いなあ」
くそ、効果があまりない。悔しい!
二日目に回る場所は二ヶ所だけ。
新幹線の時間も考え、ゆったりした行程にした。
「ここが太秦映画村かあ」
「うおお、すごい。
なんだこの町並み。裏側とかがない。どっちから見ても江戸っぽい民家だ。
内部まで作り込まれているぞ。囲炉裏まである」
時代劇のセットは、片面だけのイメージがあったオレだが、認識を変えざるを得なかった。
広大な敷地をすべて江戸っぽく、古めいた建物を作り土の道を作り、ひとつの町をしっかりと再現している。
なるほど。だから多くの時代劇は、ここで撮影するんだな。
ここに立っているだけでタイムスリップしたような感覚になる。映像作品の背景として最高だろう。
つづく
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