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ピロートーク 名前の由来

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「ずっと思っていたんだが、お前の名、なにか由来があるのか?
 桐生という名字は聞くが、名前なのはお前くらいしか知らん」

 
 ベッドに身を横たえ、ふたりでゆるりと会話する。
 これがピロートークというやつか。
 悪くない。こういうのはすごくいい。
 念のため言っておくが、桐生はコウモリから人間に戻っている。

 
「うん、珍しいかもね。
 子供の頃から名字と間違われて、それはそれで慣れちゃったな。
 だから朝霧、……えっと、令一も、最初のあれ、気にすることなかったんだよ」

「思い出させるな」


 出会い頭に、名字と間違えて桐生をファーストネームで呼んでしまった事件。
 何度も後悔したものだが、今になっては、人前で堂々と名前を呼べる大義名分になっている。


「僕の母さんは、心臓が悪くて。
 出産どころか妊娠そのものが危険だったんだって。
 どうしてそこまでして僕を産もうと思ったか、もう聞くことはできないけれど。
 名前の由来だけは、大山さんから教えてもらった」

「大山? あのイカレ理事長か?」

「あははは! 個性的で勢いのある人だよね、大山さん。
 僕の後見人なんだ。母さんと知り合いだったらしくて。
 今のご時世、後見人がいないと部屋ひとつ借りられないから、大山さんにはいつも感謝してる」

「あのクソジジイも人の役に立っていたんだな。
 それで、お前の名の由来とは?」

「『桐のように生きろ』」


 桐生、という名前そのままの言葉だ。
 しかし、意味がピンとこない。
 桐のように生きるとは、具体的にどういうことだ。


「桐とは、材木の桐のことか?
 桐箪笥とか、高級な材木っぽいあれか?」

「そうそう、その桐。
 桐はね。強いんだ。
 軽くて加工しやすくて、湿気や熱気を防いで、虫害も少ないんだって。
 ホントかどうかわからないけど、火事にあっても桐箪笥は燃えにくくて焼け残ったり、洪水に遭っても浮いて流れて、中身を守ったんだとか」

「万能だな。桐箪笥が高級な理由がわかる。
 最近見かけない気がするが、もったいないことだ。
 その強さが名前の意味なんだな」

「わざわざ高級材木を使わなくても、安くていいタンスはいっぱいあるからね。
 名前の意味はちょっと違う」


 桐生は天井を眺めた。
 どこか遠い目は、会ったこともない母を思っているのか。

 
「桐の木は、苗木を植えて2~3年したら、根元から切っちゃうんだ。ばっさりとね。
 切り株が残るだけの状態にする。
 『台切り』っていうんだって」

「え、何故だ? そこまで育った木はどうなる」

「捨てると思うよ。いらないからね。
 そうしたら、切り株から勢いよく新芽が出るんだ。
 強く育った新芽以外を間引くと、最初の木より、太くて強い木になるそうだよ。
 そうして桐は、立派な木に育つんだ」


 数年かけて育った木が切り倒される。
 それまで育ったものは無駄と言わんばかりに廃棄される。
 なのに、切り株は生命力に満ちて芽を吹き出す。
 生きようとする芽は、弱ければ摘み取られる。
 最後に残った芽だけが、すべてを糧にするかのように、強く、強く、育つ。


 それを人生に例えれば、なんて過酷で、残酷で、厳しくて。
 どれほどの悲痛な思いと深い愛をこめて、その名をつけたのだろう。


「母さんは覚悟してたそうだよ。
 僕が産まれても、そばにいられる時間は少ないだろうって。
 僕の未来が苦難であることを知りながら、それでも生きてほしいとつけた名前。
 だから僕は、この名前が好きだよ。
 朝霧が僕を名前で呼んでくれるの、嬉しかった」

「そうか」


 たとえ偶然で、間違いでしかなかったとしても、オレは桐生と出会って今までずっと名前で呼んでいた。
 桐生の母が残した、愛情の名を呼び続けていた。
 それが桐生にとって、心に響く何かであったのなら、これでよかったと思えた。


「あとね、朝霧って名字も好きなんだ。
 だってお揃いでしょう」

「??」


 オレがきょとんとすると、桐生は嬉しそうに微笑んだ。


「桐生というのは、霧が多い場所の地名らしくてね。
 霧が生まれる、霧生、がなまって桐生になったと言われてる。
 霧が生まれる僕。朝の霧の君。
 こっそり喜んでた。同じ意味の名前だなって」

「そう、か。うん」


 照れる。
 そうか、お揃いか。
 そういえばこいつ国語教師だったな。そういうのに詳しくて当然か。
 お揃いか……。
 名前がお揃いとか、くすぐったくて悪くない。


「あさぎ……、
 令一は、名前の由来はあるの?」


 話題をこっちに振られた。
 オレはきっと不機嫌な顔をしたのだろう。不思議そうに見ている桐生に、オレは正直に答えた。


「母親の名前が令奈(れいな)、でな。
 オレが令一。
 弟が令二。
 妹が令美。
 令奈の奈を無し、つまりゼロとすれば、0、1、2、3。
 名づけたのは親父だ。
 母親は猛反対したが、勝手に出生届を出してしまったらしい」

「へえ、すごい! お母さんの名前を、きょうだいみんなが受け継いだんだ」

「ガキの頃は、きょうだい揃って一号二号三号と呼ばれて、よく腹を立てていたものだ」


 オレはまだいい。母親から産まれた最初の子、父親がはしゃいだのはよしとしよう。
 二番目、三番目にまで適用するか!?
 もし四人目がいたら、男なら令司とか、女なら令夜とかになっただろうと推測できる。
 名前に番号札をつけるな!!


「ふふふ、可愛いな。お父さん、きっとすごくうれしかったんだね。
 令一は、お母さんの一番最初の子どもって意味なんだ」

「微妙だぞ。きょうだい揃うとロボみがすごいからな」


 実は今でも、親戚が集まると「一号、二号」と呼ばれることがある。
 令美はシャレにならないほど怒るので親戚も呼ぶのをやめたが、オレと弟はまだ被害に遭い続けている。
 父親は、素晴らしい名前じゃないか! の一点張り。
 母親は別の名前を考えていたらしく、延々と根に持っていて、今でもたまに夫婦喧嘩している。


「令一。令一。……令一」

「何故連呼する」

「幸せな名前だなあって思って」

「それは、お前こそだろう」


 ん? という顔でオレを見る桐生に、オレはもそもそと身を寄せた。


「どんなつらいことがあっても、どんな苦しみがあっても、お前は絶対に強くまっすぐ育つ。
 お前の母は、そう信じていたんだろう。
 桐生。いい名前だ。
 お前の名前がもっと好きになった」

「ありがとう」


 声だけでも、桐生が照れているのがわかる。
 

「僕、母さんの期待に応えないとね」

「もう十分、お前はまっすぐ育っているぞ。
 桐の木は、伐採時以外、育ち切った木を無暗に切りはしないだろう?」

「うん、たぶんね」

「なら、もう身を切られるような思いはするな」


 ぎゅ、と桐生を抱きしめてみた。
 引き締まった体躯は本当に木の幹のようで、雄々しかった。
 この男は、何度切られて、何度傷ついて、何度絶望から這い上がったのだろう。
 親がいないこと。差別を生む体質。
 オレはどちらもわかってやれない。オレは恵まれて育ったから。
 

「もう苦しむな。苦しいならオレにも話せ。
 これからは、お前が苦しくなったら、オレに分けろ」


 桐生がオレを抱きしめ返した。
 強くなく弱くなく、じわりと想いが沁みとおるような優しい抱擁だった。


「うまくできなかったら、怒ってね?」

「言われなくても叱り飛ばしてやる」


 ふたりでくすくすと笑いあう。
 そのうち、どちらともなく眠りについて。


 オレたちは翌朝、目覚めた時間に青ざめて、生徒とともに『切ってはいけないゴールテープ』を切りそうになった。


 日曜の夜はやめよう。
 金曜か土曜にしよう。
 オレたちは互いに、心に強く誓ったのだった。




    ピロートークおわり

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