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22話 事実は冷たくて
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オレは上条と一時間ほど『情報交換』をし、相談室を出た。
互いに話したことは口外しない。互いに許可した相手以外には話さない。
それを破るメリットはない。片方の正体がバレれば道連れになってもおかしくないからだ。
自分を、大切な人を、ささやかな日常を守るための、絶対の約束。
オレは次の日曜、自室マンションに桐生を招いた。
自宅デートばかりな気がするが、重要な話を外でするわけにもいかない。
桐生の部屋はまだ掃除が行き届いていないらしく、血が乾ききったカーペットは買い換えるしかないらしい。
私服の桐生は、格好良かった。
どこにでもありそうなメンズシャツと紺のスラックス、薄手の上着という地味ファッションなのに、中身の良さが引き立つように思う。
自分の腕を見てみた。ちょっとぷにぷにしている。
くそう! デスクワーク民はこんなもんだろ? 桐生のあの細マッチョがおかしいんだ!
「お昼買ってきたよ。ハンバーガーセットでよかった?」
「お前の好きなものを買えと言ったのはオレだ。それでいい」
コンビニがメインになった食生活、チェーン店のハンバーガーなど久しぶりだ。
桐生は、放っておくと食べない。周囲の目を気にする程度しか口にものを入れない。
ヴァンパイア体質は食事がほぼ不要だ。吸血が食事の代わりかも、というのは桐生の持論。
しかし、『空腹は人並みに感じる』と上条から聞いている。
生命維持に必要ではないが、空腹感も満腹感も存在すると上条は言っていた。
「桐生。オレのクラスの、上条沙耶菜という生徒のことで相談したい」
上条は、ヴァンパイア体質の本人に自分の正体を話してもいいと許可してくれた。
オレは、それが桐生であるとは上条に明かしていない。
「上条さんって、進路調査に結婚って書いた猛者だよね。
職員室でも話題になってたよ。
どう? 変な人に騙されてない?」
思うことはみな同じか。
あの後、保護者に電話連絡し、婚約中であり結婚準備をしているのは事実だと裏を取った。
偶然居合わせた婚約者とも話ができ、誠実な男性だと感じた。
オレがそれを話すと、桐生はバーガーを頬張りながらにこにこした。
「それなら安心だね。
確かに年齢的には早いけど、家族の理解があり、お相手もしっかりしてて、本人が幸せなら素敵なことだよ。
きちんと将来を自分で選んだ上条さんは偉いな。
僕は応援してあげたい」
素直に生徒の幸せを喜ぶ姿に、そういうところだぞ、と思う。
こいつはどうして、こんなに教師として完璧なんだ。
表の顔だとか、外面ならまだいい。本心からこうで、いつもこうで。
他人にばかり優しくして、お前に何か見返りはあるのか?
「もっと重要なことがある。
ハンバーガーは全部食ってしっかり飲み込め、コーラは持つな。
正座して聞け」
「???
ふぁい」
口の中のものを吹き出すフラグを完璧にへし折ってから、オレは淡々と伝えた。
「本人の許可を得たからお前に教える。
上条は『ヴァンパイア体質』だ」
案の定、何もなくても桐生がむせた。
「劣性遺伝だから、珍しいケースに該当する。
上条沙耶菜は、母親もヴァンパイア体質だ。
家系的に出やすいのか、対策が書かれた書物が蔵にあるらしくてな。
上条はヴァンパイアの母親を見て育ち、自分もそうだと気づいた後も、それほどのショックはなかったそうだ。
伝承ではモンスター扱いされているが、そっちがフィクションであると幼いころから理解していたようだな。
コウモリは集団生活をするだろう?
ヴァンパイアもそうではないかとオレは思う。
助け合い、守り合い、身を寄せ合って生きるのが正しい在り方ではないか、というのがオレの客観的意見だ」
両親は子どもが生まれてすぐ、ヴァンパイア体質が遺伝しているかもしれないと覚悟する。
そうなってもいいように、事前に先祖の知識を得て準備をする。
そうなってもありのままに受け入れ、皆でサポートする。
ヴァンパイアは愛情に守られ、愛情に包まれて育ち、正体を隠すのだ。
「僕には、身を寄せあえる人がいなかったってことだね」
桐生はコーラをストローで啜り、何事もないように返した。
声色に微妙な違和感がすることは、長年の付き合いでわかる。
桐生は動揺している。落ち着いているように振る舞っているだけだ。
「でも僕はもう大人で、一人でも生きていける。
ヴァンパイア体質について独学でも調べてる。
未成年の上条さんは守られなければならないけれど、僕は大丈夫だよ」
「輸血ができない」
「え?」
「ヴァンパイアが人間の血液を輸血すれば、死ぬ」
上条から聞いた情報のひとつだ。
ヴァンパイアの血液を他人に輸血するのは可能。
だが、人間の血液をヴァンパイアに輸血すると、拒絶反応が起こるらしい。
現代の医学では、ヴァンパイアの血液を他のものと見分けることはできないという。
「僕は、もし大きな怪我や病気をしたら、助からないんだね」
「ヴァンパイア体質同士なら、輸血が可能だ。
上条とお前は血液型が違うが、ほかのヴァンパイアがいれば」
「正体がバレる危険を侵して、赤の他人を助けると思う?」
静かな桐生の声。オレは答えられなかった。
つづく
互いに話したことは口外しない。互いに許可した相手以外には話さない。
それを破るメリットはない。片方の正体がバレれば道連れになってもおかしくないからだ。
自分を、大切な人を、ささやかな日常を守るための、絶対の約束。
オレは次の日曜、自室マンションに桐生を招いた。
自宅デートばかりな気がするが、重要な話を外でするわけにもいかない。
桐生の部屋はまだ掃除が行き届いていないらしく、血が乾ききったカーペットは買い換えるしかないらしい。
私服の桐生は、格好良かった。
どこにでもありそうなメンズシャツと紺のスラックス、薄手の上着という地味ファッションなのに、中身の良さが引き立つように思う。
自分の腕を見てみた。ちょっとぷにぷにしている。
くそう! デスクワーク民はこんなもんだろ? 桐生のあの細マッチョがおかしいんだ!
「お昼買ってきたよ。ハンバーガーセットでよかった?」
「お前の好きなものを買えと言ったのはオレだ。それでいい」
コンビニがメインになった食生活、チェーン店のハンバーガーなど久しぶりだ。
桐生は、放っておくと食べない。周囲の目を気にする程度しか口にものを入れない。
ヴァンパイア体質は食事がほぼ不要だ。吸血が食事の代わりかも、というのは桐生の持論。
しかし、『空腹は人並みに感じる』と上条から聞いている。
生命維持に必要ではないが、空腹感も満腹感も存在すると上条は言っていた。
「桐生。オレのクラスの、上条沙耶菜という生徒のことで相談したい」
上条は、ヴァンパイア体質の本人に自分の正体を話してもいいと許可してくれた。
オレは、それが桐生であるとは上条に明かしていない。
「上条さんって、進路調査に結婚って書いた猛者だよね。
職員室でも話題になってたよ。
どう? 変な人に騙されてない?」
思うことはみな同じか。
あの後、保護者に電話連絡し、婚約中であり結婚準備をしているのは事実だと裏を取った。
偶然居合わせた婚約者とも話ができ、誠実な男性だと感じた。
オレがそれを話すと、桐生はバーガーを頬張りながらにこにこした。
「それなら安心だね。
確かに年齢的には早いけど、家族の理解があり、お相手もしっかりしてて、本人が幸せなら素敵なことだよ。
きちんと将来を自分で選んだ上条さんは偉いな。
僕は応援してあげたい」
素直に生徒の幸せを喜ぶ姿に、そういうところだぞ、と思う。
こいつはどうして、こんなに教師として完璧なんだ。
表の顔だとか、外面ならまだいい。本心からこうで、いつもこうで。
他人にばかり優しくして、お前に何か見返りはあるのか?
「もっと重要なことがある。
ハンバーガーは全部食ってしっかり飲み込め、コーラは持つな。
正座して聞け」
「???
ふぁい」
口の中のものを吹き出すフラグを完璧にへし折ってから、オレは淡々と伝えた。
「本人の許可を得たからお前に教える。
上条は『ヴァンパイア体質』だ」
案の定、何もなくても桐生がむせた。
「劣性遺伝だから、珍しいケースに該当する。
上条沙耶菜は、母親もヴァンパイア体質だ。
家系的に出やすいのか、対策が書かれた書物が蔵にあるらしくてな。
上条はヴァンパイアの母親を見て育ち、自分もそうだと気づいた後も、それほどのショックはなかったそうだ。
伝承ではモンスター扱いされているが、そっちがフィクションであると幼いころから理解していたようだな。
コウモリは集団生活をするだろう?
ヴァンパイアもそうではないかとオレは思う。
助け合い、守り合い、身を寄せ合って生きるのが正しい在り方ではないか、というのがオレの客観的意見だ」
両親は子どもが生まれてすぐ、ヴァンパイア体質が遺伝しているかもしれないと覚悟する。
そうなってもいいように、事前に先祖の知識を得て準備をする。
そうなってもありのままに受け入れ、皆でサポートする。
ヴァンパイアは愛情に守られ、愛情に包まれて育ち、正体を隠すのだ。
「僕には、身を寄せあえる人がいなかったってことだね」
桐生はコーラをストローで啜り、何事もないように返した。
声色に微妙な違和感がすることは、長年の付き合いでわかる。
桐生は動揺している。落ち着いているように振る舞っているだけだ。
「でも僕はもう大人で、一人でも生きていける。
ヴァンパイア体質について独学でも調べてる。
未成年の上条さんは守られなければならないけれど、僕は大丈夫だよ」
「輸血ができない」
「え?」
「ヴァンパイアが人間の血液を輸血すれば、死ぬ」
上条から聞いた情報のひとつだ。
ヴァンパイアの血液を他人に輸血するのは可能。
だが、人間の血液をヴァンパイアに輸血すると、拒絶反応が起こるらしい。
現代の医学では、ヴァンパイアの血液を他のものと見分けることはできないという。
「僕は、もし大きな怪我や病気をしたら、助からないんだね」
「ヴァンパイア体質同士なら、輸血が可能だ。
上条とお前は血液型が違うが、ほかのヴァンパイアがいれば」
「正体がバレる危険を侵して、赤の他人を助けると思う?」
静かな桐生の声。オレは答えられなかった。
つづく
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