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14話 密室からの脱出

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「朝霧はどう?」

「だめだな。圏外だ」


 閉じ込められてまず最初に行ったのは、スマホの確認だった。
 しかし、ここは腐ってもシェルターだった。電波は遮断されている。
 安全そうな場所を歩いたり、壁際に寄ったりしてみたが、スマホの圏外表示は変わらなかった。


「ここもだめだね……」


 扉付近を調べていた桐生が肩を落とす。


「こちら側に引ける隙間はゼロ。この机、扉をこすりながら倒れたんだね。
 こんな感じの閉じ込め被害、最近マンションとかで多いって聞いたなあ」

「場所がシェルターで、塞いでるのが化学実験用の長机というのは希有だろう」

「確かにね。
 ここを出たら、真っ先に理事長に文句言おう」


 桐生は軽く笑った。緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。
 オレも緊張していた。だからこそ桐生に笑って返した。


 外部と連絡が取れない。
 食料や水はゼロ。
 自力脱出は絶望的。
 無駄な壁の厚さと防音機能で、大きな音を出しても外には聞こえない。
 この広さなら密室でも酸素は問題ないが、今の季節は五月。


「冷えるね……」


 昼と夜の気温差が大きい時期だ。施工途中で放り出されたむき出しのコンクリートの壁と床は、立っているだけで体温が奪われた。
 このまま放置され、陽が照り始めたら、今度は熱中症のおそれがある。
 オレたちに誰も気づかなければ、24時間を待たずに危険な状態に陥るかもしれない。


 この時期は皆、軽装だ。オレと桐生も例外ではない。
 普段感じることがない寒さに腕をこすった。
 誰もが、教員は帰宅したと考えるだろう。今夜中の救助は来ないと思ったほうがいい。
 肉体疲労より、精神疲労を強く感じてきた。オレは床に座った。床は冷たく体に染みたが、立っているよりは休憩できる。


「朝霧、こっち」


 暗闇の中で呼ばれたかと思うと、オレはひょいと抱え上げられ、暖かくてしっかりした感触の上に座らされた。
 ここは、……もしかしなくても桐生のあぐらの上!!


「何をしている」

「体力温存と、互いの暖をとるため」

「雪山じゃないんだぞ?」

「遭難しているのは事実だと思うよ。
 とりあえず30分はこのまま待機しよう。
 誰かが気づいてくれる可能性にかけて、じっと動かないで、エネルギーの消費は最低限に」

「お前、床にじかに座って寒くないのか」

「ヴァンパイアは普通の人間より頑丈だから大丈夫。
 特に夜は強いんだ」


 これは事実か、それとも強がりか。
 懐中電灯の光で、桐生が微笑む顔が間近に見えた。
 しばらくの沈黙は、触れあう部分から流れる体温を感じるだけの時間だった。
 桐生の腕は、強くもなく弱くもなく、オレの背を抱いている。


 まだオレは、お前に返事を告げていなかったな。
 オレは、お前に答える言葉を決めている。腹をくくったし、覚悟したし、自分に正直でいようと決めた。
 もう、言えるのに。お前のことが好きだと。
 こんな状態では言うに言えない。
 ここを出たら言おう。ちゃんと伝えよう。
 ………………。


 今のなし!! 却下!!
 死亡フラグを立ててどうする!!
 こんなところで間抜けに死んでたまるか!!


「そろそろ外は真っ暗だね。
 朝霧の判断は正しかったよ。
 外に、懐中電灯ひとつ置いてきてくれたでしょ。
 誰かが外の光に気づいたら、様子を見に来てくれるかもしれないよ」

「え、あ。それは……ああ」


 違う、パニックになって捨てただけだ。
 どこに置いたか記憶にない。もし植え込みの中に落ちていたら、光がほとんど遮断されてしまう。
 あの時はただ、桐生が危ないと、それしか考えられなくて。
 オレはどこまで馬鹿なんだ。
 オレが中に飛び込まず、冷静に扉をキープしていたら、遭難なんてしなかったのに。


 ……いや、待てよ。
 もし、オレがあのまま中開きの扉をキープしていたら、実験机はオレの頭上に倒れてきていたのでは?
 今更、ぞっとした。
 あの長机は、カタログの記載によると120kg。シェルター内にミンチが転がっていたに違いない。


 そういえばあの時、オレが飛び込むとほとんど同時に、桐生もオレに向かって走っていた。
 桐生は見えていたのかも知れない。オレのすぐ脇にある物体が、今にも倒れそうだったことが。
 オレが桐生を助けようとした時、桐生もオレを助けようとして、オレを抱きすくめて、体で庇って……。


 桐生。
 お前、オレのこと、ものすごく好きだろ。
 おかしいぞ、体を張って守るとか、ドラマじゃないんだぞ。
 こんな時なのに頬が熱くなる。くっついている体勢が恥ずかしい。


「誰も来ないね」


 スマホで時間を確認すると、一時間が経過していた。


「まずいな。
 このまま待っても埒があかん」

「そうだね。脱出方法を考えようか」


 お互いに声を落としているのは、緊張を鎮めるため。
 ふたりというのは心強い。
 一人で閉じ込められていたら、容易にパニックになっていたと思う。


「あの実験机、動かせると思うか?」

「左右から、棚みたいなものが倒れてきてるね。
 実験机自体も斜めになっている。
 通常の床なら、二人でなんとか移動させられたかもしれないけど、あれは無理だと思う。
 僕が人間より身体能力が高くても、限界があるからね」


 オレはピンときて、桐生を至近距離で仰ぎ見た。
 こいつはヴァンパイア体質だ。
 血を吸った後は筋力が増したと言っていた。
 なら、今それを使うべきじゃないか。


「オレから吸血するのはどうだ?
 一時的に身体能力が爆上がりするんだろう。
 オレならかまわん、脱出を優先すべきだ」


 桐生は数秒の沈黙の後、静かに首を横に振った。


「ごめんね。
 朝霧を抱えるのが楽になったと感じた程度だよ。
 あの状態の実験机を動かすなんて、……僕は、スーパーマンじゃない。
 基本的に、僕は人間だから」


 哀しげな返事。オレは失言を恥じた。
 基本的に人間。つまり、ある程度の部分は化け物じみている。
 そんな台詞を桐生自身に言わせてしまった。
 オレはヴァンパイア体質を差別する気はない。マイナスも多いがプラスも多いと考えている。
 本人は毎月の吸血衝動に苦しみ、悩んでいるというのに。軽率だった。


「すまん」

「ううん。僕こそ力不足でごめん」


 互いに謝りあう。
 また、しばらくの沈黙が流れた。
 桐生はさっきまでと違って、扉のほうを懐中電灯で何度も確認している。


「一か八か。
 ちょっとやってみる」



 つづく
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