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12話 裏倉庫 その1

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 オレの中で、答えのようなものは自覚できたものの。
 それをいつ、どこで、どうやって伝えるか悩み続けて一週間ほど経過した。


 恋愛は難解で、非論理的で、明確な答えがなくて、だから明確な解決方法もない。
 生徒はこれを高校時代からクリアしているのか!?
 未成年だからといって馬鹿に出来ない。オレよりはるかに凄い奴らだった、生徒たちめ……。


 ホームルームも終わり、あとは明日の業務を確認して帰宅するだけだ。
 部活顧問がないアヤザワ、本当にありがたい。
 名前だけはオレも生物部顧問だが、生徒が何か許可を得たいときに相談に乗る程度しか顧問らしいことはしていない。


「小宮山先生、これからあがりですか?」


 職員室の入り口付近で、誰かが桐生を呼んでいて、オレはびくっとした。
 まずい、桐生が席に戻ってくる。
 向こう側の出入り口から、こっそり抜けて帰ろう。


 ……と思ったら、桐生はまるでオレの動きを読んだように、遠いほうの出入り口から入ってきた。
 あわやぶつかりそうになり、オレは数歩下がって、そのまま自分の席に戻ってしまった。
 桐生が小さく笑っていたような気がする。
 わざとか? わざとだよな!? お前余裕だな!?
 オレに断られるとは思っていないのか??


 …………。
 思っていそうだ。
 桐生は、自分の恋を隠さない今を満喫しているだけな気がする。
 今しかない瞬間、今の幸せをかみしめているだけで。
 いつでも友人に戻れるよう、心の中で準備が終わっている気がする。
 オレの答えはそっちじゃないのに……!
 勝手に桐生の心を想像して勝手に腹を立てるオレ自身が、馬鹿らしくなってきた。
 仮眠のふりをして、机に突っ伏してやりすごして帰ろう。


「えっ、裏倉庫に入ったんですか!?」

「そうなんです。
 倉庫、って言えばみんな倉庫に行きますから。
 まさか裏倉庫に行くとは思わなくて」


 桐生と話しているのは、美人でしとやかで、生徒に人気のある養護教諭(保健室の先生)の白鳥先生だ。
 スクールカウンセラーの資格もあり、生徒に優しく寄り添う姿は多くの男子生徒の初恋を奪ったと聞く。
 理事長と校長の持つ正規資料には記載されているはずだが、白鳥先生が何歳か、誰も知らない。
 本人に聞いた人は行方不明になるという、七不思議があるとかないとか……。


 ハーフアップの髪をゆるく下ろし、桐生と会話する白鳥先生は、オレの目から見てもお似合いだった。
 穏やかでイケメン男性教師と、しとやかで美人の女性養護教諭。
 胸の中がごにょごにょして、ちょっと気分が悪くなった。


「びっくりしてすぐに引き返してくれたのはいいんですが、彼女、中にロッカーのカギを落としてしまったんです。
 彼女にはスペアを渡して、今日は帰宅させました。
 とはいえ、あそこにもう一度行かせるわけにはいかないので、私が取りに行こうかと思いまして。
 小宮山先生、お時間があるなら同行をお願いしても?」


 なんとなく聞き耳を立てて、概要はわかった。
 今年度から、新卒の女性教員が一名赴任した。
 まだ周囲がフォローしている段階だが、それなりにガッツがあるから急に退職はしないだろう。
 倉庫と裏倉庫を間違えるとは。裏倉庫を見つけること自体難しいのに、校内を迷いに迷ったと思われる。


「白鳥先生、白鳥先生。いらっしゃいますか。
 保護者の方からお電話です」

「あら」


 事務員の声に、白鳥先生は困った返事をした。
 オレはちらっと目だけで様子を確認した。
 電話を優先するため謝り、待っていてほしいと言う白鳥先生に、桐生は優しく微笑んで、


「ゆっくり電話対応してください。
 僕と朝霧先生で行ってきます」


 と、いけしゃあしゃあと返した。


 安心して出ていく白鳥先生。
 待ってくれ。電話が長引いてもいいから、了承しないでくれ。


 ぽん、と桐生の大きな手が、オレの背中に触れた。


「いつまで寝たふりしてるの?
 裏倉庫までつきあって、朝霧。
 15分もかからないから」


 断る理由がない。
 オレは深呼吸をして、「いいぞ」と、なるたけ平静を装って立ち上がった。


 『裏倉庫』。
 基本的に口外してはならないとされる、私立アヤザワ高校の負の遺産である。
 事の起こりは、6年ほど前のことだ。


『いざという時の備えがないなんて、学校はなっとらんな!』


 という理事長の鶴の一声で、『災害時緊急避難用シェルター計画』が始まった。
 理事長は普段ケチである。しかし、いざ金を使うとなると、桁が違う。
 理事長の中で何のスイッチが入ったのか、売り込みに来た業者がよほど言葉巧みだったのか。
 敷地内の隅にシェルターが建築されることになったと聞いて、当時の俺は度肝を抜かれた。


 当然といえば当然、皆がなんとなく結果を予想していた。
 いくら理事長が勢いづいたといえ、計画書の段階で途方もない経費をはじき出したシェルターは、理事長が現実的金額に訂正すればするほどこじんまり小さくなっていき、最終的に、20人が入るのがやっとの大きさの物体が完成した。


 教師だってそれ以上の数がいるのに、いったい誰を優先して中に入れるのか。
 ぎゅうぎゅうに詰め込んでも、40人は絶対に入りそうにない。
 生活スペースを確保するなら10人が限界だろう。
 理事長のポケットマネーで行われたから、誰も文句は言えなかった。 


 換気などの設備は常時作動させていないと、もしもの時に使い物にならないとあとから発覚した。
 電気代が馬鹿にならないという理由で、シェルターへの通電も1年でストップした。


 無用の長物。夏炉冬扇。月夜に提灯。
 はっきり言ってあるだけ無駄。


 理事長は、莫大な無駄遣いを少しでも埋め合わせるために、廃棄する電化製品やら大型の体育用具やら椅子やら机やらを、「保管」と言い張ってシェルター内に詰め込んだ。
 大型廃棄物の処理費用なんて、シェルターに比べたら微々たるものなのに、少しでも損を取り戻したかったらしい。
 そうして頑丈なだけの倉庫が生まれ、通常使う倉庫と分けるため『裏倉庫』という名称が与えられて今に至っている。


 『裏倉庫』。
 それは、理事長が勢いだけでやってしまった、マイナス投資の夢の跡である。


 一般家庭に存在しない類の巨大物体を隠しているから、いろいろな意味でかなり危険な場所だ。
 どうしても入る必要がある時は、必ず二名以上で向かうのが原則になっている。
 入り口はどこにでもありそうな南京錠とチェーンで施錠されている。
 職員室のキーボックスに鍵があり、誰でも入れてしまうから、危機管理はガバガバだ。
 通電されていないと電子ロックがかからないなんて、本当に無駄の無駄の無駄。


 いい加減、腹をくくって処理して欲しい。存在自体が粗大ごみだ。
 理事長の重い腰は、あと何年したら持ち上がるのだろうか。


「鍵、開いたよ」


 懐中電灯で手元を照らしながら、桐生が南京錠を開けた。


「付き合わせちゃってごめんね」


 口では謝りながらも、桐生の顔は少しだけ微笑んでいた。
 二人でいられて嬉しい。声にならない声が聞こえる気がする。


「……とっとと見つけて戻るぞ」

「うん。僕が入るから、入り口をお願いね」



つづく
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