同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

文字の大きさ
上 下
6 / 85

第5話 まさか、こんな

しおりを挟む
 僕の名前は小宮山 桐生(こみやま きりゅう)。
 「私立アヤザワ高等学校」に勤める現国と古典の教師。


 そして、僕は。
 突然変異で生まれる稀有な存在「ヴァンパイア体質」だ。
 僕は人間から生まれ、人間として育った。
 今も人間として暮らしているし、これからもそうやって生きたいと願う。


 心のどこかで油断があった。ばれないだろう、大丈夫だろうと。
 僕は誰より知られたくなかった相手に、決定的瞬間を見られてしまった。


 朝霧令一先生。
 ぶっきらぼうで冷たく見られやすいけれど、実はお節介焼きで、人情にあふれていると僕は知っている。
 厳しいときは厳しく、生徒との距離感は適度に。業務はいつも生真面目で完璧主義。
 努力家でまっすぐで、ちょっと素直になれないところも好感が持てる、同い年の同僚。


 そんな彼が今、腕まくりをして僕に迫っている。
 なんでこうなったの……!?


「吸えと言っているだろう。
 お前が吸血するところを直に体験したいんだ」


 朝霧は好奇心が旺盛だ。
 僕の体質について聞いてくれたのも、生物学的興味からだろう。
 けど。さすがに。自分で人体実験はやりすぎじゃないかな!?


「朝霧……。
 吸えません。無理です。
 腕は血管がよく見えない。どこから吸っていいのかわからない。
 正直に言ってます。だから勘弁して」


 許して、なのかどうどう、なのか正気に戻って、なのか、僕自身混乱しながら両手を挙げ、拒否のジェスチャーをする。
 朝霧は「ふむ」と一言唸り、


 いきなりネクタイを外してシャツを脱いだ。


「なんでぬぐんですかあああ!?」

「お前の言い分はもっともだと思ってな。
 テンプレート的ヴァンパイアは首を噛んで吸血するだろう?
 頸動脈を噛まれるのは困るが、血管のわかりやすさ、肉の柔らかさ、噛みやすさからいって首が適している。
 血が垂れて汚れたら困るから脱いだ」

「なんでそんなにれいせいなんですかあああ!?」

「オレは、お前が動揺している理由がわからん。
 全面的に協力してるんだぞ。お前も人間から血を得る体験を試すといい」


 この!
 この、研究馬鹿!! 好奇心馬鹿!!!
 自分の体に危険があったらどうするの!?
 僕が本当に怪物みたいな存在で、襲われる可能を微塵も考えてないその顔が、今はちょっと腹が立つ。
 もっと自分を大切にして。こんな危険なことをやろうとしないで、朝霧の馬鹿!


「……わかった。やってみる」


 僕は腹をくくった。
 人間から血を吸えるチャンスは、これが最初で最後かもしれない。
 朝霧は協力してくれるだけだ。僕の気も知らずに。好奇心だけで。
 だから、やってみよう。
 目の前にいるのは、誰でもない朝霧なのだから。


 僕はとりあえず朝霧を椅子に座らせた。
 少量といえ血を採るのだから、貧血でぐらついたら危険だ。


「ええと……。朝霧。
 た、体調は安定していますか。
 服薬はしていませんか。
 発熱等はありませんか」

「確かに献血のイメージといったが、献血前の問診をしてどうする」

「不安だから……! 一応答えて……!」


「発熱なし。服薬なし。
 出血を伴う歯科治療なし。
 ここ数ヶ月の予防接種なし。
 一年以内の海外渡航なし。
 心臓病・悪性腫瘍・けいれん性疾患・血液疾患・ぜんそく・脳卒中なし、だ。
 ほかは?」

「あなたは妊娠または授乳中ですか」

「お前相当混乱してるな!?」

「もちろんだよ!?」


 緊張と動悸で、何が何だかわからなくなってきた。
 目の前には半裸の朝霧。
 それだけで僕にはどれだけ刺激が強いか、何もわかっていない朝霧が憎い。


「それでは。
 い……頂きます」

「どーぞ」


 軽い返事の朝霧がさらに憎い。にやにやしてるのは、これからどうなるか楽しみで仕方がないからだろう。
 ああ、なるようになれ!
 僕は朝霧に覆いかぶさるようにして、首筋に唇を近づけた。
 本能なのか、ヴァンパイア体質の感覚なのか、どこが吸血に適しているのか自然とわかる。


「桐生、お前、目が」

「?」

「瞳が、赤く変わってる」


 一瞬しまったと思ったが、もう隠す必要はないから、朝霧に返事もしなかった。
 僕の瞳は、たまに真紅に色を変える。
 吸血衝動が高まったときや、強い怒り、興奮などがきっかけらしい。
 感情が静まれば色は戻るから、僕は吸血衝動が来そうな時期には黒のカラコンをつけている。普段から、感情抑制も訓練している。


 つまり僕は今、とても興奮しているらしい。


 隠していた犬歯を伸ばし、朝霧の首に当てる。
 朝霧が身を固くした。


「力を抜いて」


 筋肉が固くなると痛みを感じるかもしれない。
 僕は動物にやってきたように、今から噛む場所を舐めた。
 朝霧の体が震えた気がする。くすぐったかったかな。
 でも、これをしないと激痛になるから。


 尖った犬歯を朝霧の首に立てて、ゆっくりと押し込む。
 噛むというには優しすぎる行為。たとえ動物でも、傷つけたくない僕が考えた方法。
 傷を最小限にするために、牙を入れすぎないように。すぐに解放できるように。


「ん……っ」


 朝霧が小さく声をあげた。激痛から出た声ではなさそうだ。違和感がするのかな。
 僕はわずかに牙を引き、丁寧に少しずつ、漏れてくる血液を味わった。


 甘い……!!


 熟れた果実のようにみずみずしい甘さ。
 動物でこんな風に感じたことはない。こんな、とろけそうな味わいは初めてだった。


 ごくん、と喉を通す。
 染みわたる満足感。もっと飲みたいと欲望が心をよぎる。
 僕はぎゅっと目を閉じ、自制した。
 ひとくちで足りると、僕は理解できているだろう?
 今、僕は、朝霧を傷つけているんだ。
 離れるんだ。朝霧を離すんだ。


 刺す時よりもゆっくり、時間をかけて牙を抜く。
 本来なら大怪我である傷を唾液で癒し、傷を塞ぎながら抜くためだ。
 これで出血は最小限になり、傷跡もきれいに消えていく。


「終わったよ、朝霧。
 ……朝霧?」


 朝霧が、力が抜けたように僕に倒れこんできた。
 僕はとっさに抱き留めた。
 朝霧の息が荒い。顔は紅潮し、苦しそうに見える。


「朝霧、どこか苦しいの!?」

「くるしくは……、……、ぅ……
 はあ、……あ……っ、なんだ、これ、は、」

「体に異常が出たんだね!?
 待って、すぐ救急車を呼」

「ちがう」


 朝霧はろれつも怪しかった。
 朝霧は僕のシャツを掴んで、たどたどしく訴えた。


「あつ、くて、……きもち、いい」

「……え」

「どうなって、……、あつ、い、……
 あたまが、まわら、な……」


 僕は思い出した。
 僕にヴァンパイア体質がなんたるかを教えてくれた、おじいさんの言葉を。
 どうして忘れていたかって。
 中学生の僕には理解できない、遠回しな言い方だったから。


『いいかボウズ。
 惚れた相手ができたら、とりあえず血を吸ってみろ。一発でオチる。
 最初の一回は特別に効くからなあ』

『なに言ってんのさおじいさん。
 そんなことしたら、ビンタされて警察に突き出されて終わりでしょ』


 まさか、そんな。
 一発でオチるって、効くって、


 こういう意味……!!



つづく
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...