上 下
3 / 28

第3話 尋問開始

しおりを挟む

「すみません、すみません、なんでもないんです、ごめんなさい」

「こいつが転びかけて、暗くてびっくりしたのか大声出しただけでして」


 駆けつけてきた守衛に、オレと桐生は二人がかりで苦しい言い訳をした。
 深夜に大声を出さないでください、と怒られたが、それ以上守衛に怪しまれることはなかった。
 あんな言い訳が通じてよかった……。


「はあああ…………」


 オレと桐生が、ほとんど同時にため息をつく。
 成り行きと勢いで、奇行の主を庇ってしまった。
 まあ、事実そのまま『こいつがウサギを襲って血を吸っていました』と守衛に言ったところで、信じてくれるとは思えない。


 桐生が噛んだウサギは、何事もなく元気に小屋を跳ねていた。
 殺していなかったことに心底安堵する。


 守衛が持ち場に戻っていくと、桐生は顔を両手で覆ってしゃがみこんでしまった。肩が震えている。
 なぜ、奇行の主がこんな反応をし、目撃した側がそれを見下ろしているのか。
 この場合、怯えて震えるのはオレ側じゃないのか?


「びっくり、した、よね」


 聞こえるか聞こえないかの小声で桐生が言って、オレは「アレを見て驚かない奴がいるのか」と淡々と返した。


「ごめん、……その、……僕、」

「その態度をやめろ。
 なぜかオレがお前を虐めているような気になるだろう。
 場所を移すぞ」


 オレは桐生の手を取って、無理やり立ち上がらせた。
 ウサギ小屋から出て、施錠する。オレはそのままずんずん給湯室まで歩いた。
 勝手知ったる同僚の好み。桐生にブラックコーヒーのマグカップを押し付け、オレは甘めのココアをスプーンでかきまぜた。


「狭い部屋のほうがいいな。生物準備室に行くぞ。
 それでも飲みながら、洗いざらい話せ。
 オレが理解できるまでだ」


 桐生はぽかんとしていたが、マグカップを大事そうに持った。
 半ば連行するようにオレの巣……もとい、生物準備室に引っ張りこみ、鍵をかけて、桐生のためにパイプ椅子を出してやった。


 飲み頃になったココアをすすると、どうやらオレも緊張していたことを自覚した。甘味が、こわばっていた体をほぐしてくれる。


「で、何をやっていたんだ桐生」


 互いに長い付き合い。プライベートでは先生呼びも敬語も抜ける。
 桐生はどう答えていいかためらっていたが、オレの眼光に負けたのか、尋問に答える気になったようだ。


「ウサギさんたちには、申し訳ないと思ってる……」

「それはお前の感情であって、行動とは無関係だ。
 何をやっていたかと聞いている」

「ええと、ちょっとだけ……」

「ちょっとだけ?」

「血を、もらってました」


 観念したように自白する桐生だが、それは目視したからわかっている。
 オレが聞きたいのはそこではない。
 なぜ、深夜にウサギ小屋に忍び込んでウサギの血を啜っていたのか。
 どうしてそんな行動をしなければいけないのか。動機は。意味は。
 血を吸われたウサギが、痛そうな様子もなく元気そうだったことも、生物学を研究するものとしては知りたいところだ。


「朝霧は……、その。
 あんな僕を見て、気持ち悪くないの?」


 恐る恐る尋ねる桐生に、オレは鼻で笑った。


「一周回って好奇心が勝った。
 ゾンビみたいにオレにまで襲ってきたなら怖かったかもしれ、……いや、ゴホン!
 お前は、理由なく小動物を虐待するような奴ではないしな」


 桐生はちょっと笑って、袖口で目をこすった。


「僕、ほんと、社会的に終わったと思った……」

「安心するのが早くないか?
 お前の動機如何では、通報するぞ」

「今更?
 守衛さんからも庇ってくれたのに」

「あの時は説明が、オレも説明ができる状態じゃなかったから仕方なくだ!」

「ありがとう、朝霧。
 見つかったのが朝霧でよかった。
 ちゃんと話すよ。
 聞いてくれる?」


 穏やかで優しげで、無駄にイケメンな国語教師。
 生徒の人気はいつもトップクラス、授業もわかりやすいと評判がいい、同い年の男。
 生徒の板書スピードを無視して黒板を消すので有名なオレとは対局な、理想の教師。
 六年も同じ職場で働いてきたんだ。
 信じたいと、理由を聞きたいと思って当然だろう、と、そこまで思って。
 B級ホラーまがいの光景を思い出し、よくこいつを信じようと思ったなと自分に苦笑した。


「僕はヴァンパイアなんだ」


 ……………。


 オレの頭の中に、オールバックで貴族服にマントの男やら、満月をバックにした洋風の城やら、棺桶やら、十字架やら、そういうものが高速で走りすぎていった。


「……桐生。
 冗談なら殴るぞ、三発くらい」

「朝霧、具体的な回数が怖い!
 正確に言えば、ヴァンパイアっぽい体質を持った人間です。
 劣性遺伝の突然変異なんだって。
 ベースは人間で、ちゃんと僕は人間です。
 社会に抹殺されそうな体質が多々あるだけで、映画や小説のように人を襲ったりしません」

「そんな体質は聞いたことないぞ」

「公表されてたら、大々的に医学界で発表されてるんじゃないかな。
 僕がそうであるように、みんな身を潜めて生きているんだと思う。易々とカミングアウトできるものじゃないからね。
 僕と同種の人には、過去、一人だけ会ったことがあって。
 僕が何者なのかは、その人に教えてもらったんだ」

「その人とは? 医者かなにかか」

「よく知らないおじいさん」

「お前……騙されてるぞ」

「証拠がたくさんあるから! そんな憐みの目で見ないで!
 ウサギさんから血を吸っても、ウサギさん平気だったでしょ。
 ヴァンパイアの唾液には、びっくりするほどすごい新陳代謝促進効果があるんだ。
 小さい傷は数秒で癒せる。
 鎮痛作用もある。部分麻酔みたいなものかな。感覚麻痺はないみたいだけど、僕は噛む側だからよくわからない。
 傷口は、飲んだ後ゆっくり舐めさせてもらえたらきれいに治せるよ。あとかたもなくなる。
 血はひとくち程度で十分だから、小動物でもほとんどダメージはないと思う」

「元気に動いていたしな。
 あのウサギはヴァンパイアに感染しないのか?」

「しません! うつりません! 体質であって病原菌やウイルスじゃないから!
 これは僕の想像だけど、僕のような体質の人をモデルにして脚色したのが、物語の吸血鬼じゃないかと思うよ。
 この体質は先天的なものだから、うつったりしません」


 桐生の話によると、ヴァンパイア体質の人間は、生殖器が安定する第二次性徴あたりから吸血衝動が起こるようになるらしい。
 周期は月に一回ほど。感覚は激しい飢餓に近い。
 生命維持に必要という訳ではなく、一週間ほど堪えれば過ぎ去るらしいが、その一週間の間にもし理性を保てなくなったらと思うと恐ろしいらしい。
 動物からわずかに血を分けてもらい、今までしのいできたそうだ。



つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

元会計には首輪がついている

笹坂寧
BL
 【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。  こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。  卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。  俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。    なのに。 「逃げられると思ったか?颯夏」 「ーーな、んで」  目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

偽物の番は溺愛に怯える

にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』 最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。 まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

処理中です...