白骨の銀河

夏野菜

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道化と欲望

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セーヌ川の辺りを辿る様にして
彼女の事を思い出すと、
わたしの胸は必ず蜘蛛の巣の
細い糸に絡め取られた様に
がんじがらめになり、
地球の酸素を全てひっくり返した様で
息苦しくなってしまう。
けれど息絶える事もなく、
ただ祈る事しかできなかった。
生きるという事は祈る事だ。
わたしはあの日からいつも
彼女の事を祈っている。

彼女はわたしの全てを理解したつもりで、
上手く手懐けていると
勘違いしている底の浅い人間だった。
おまけにこちらがそれに
気づいていないフリをしている事に
気づけないくらいの鈍感さを
持ち合わせており、それが愛らしいと
感じる瞬間もあれば憎悪に変わる
瞬間もあった。
わたしたちは常に表裏一体だった。
光と影とも言えるだろう。
彼女が裏に回ろうとすれば
わたしは表に立った。
彼女が表に立とうとすると
わたしは裏に回った。
いつだって主軸は彼女にあったが、
そうやってバランスを見ながら、
呼吸を合わせるようにして
わたしたちは生きてきた。
しかし彼女はある日から
「表に立ち続けたい」と懇願してきた。
拒むわたしを押し退けて、
絶対にこの場所は譲らないと
駄々をこねはじめた。
「永遠に光を浴びていたい」と。
それはわたしに永遠に影の中に居ろ、と
言っているのと同義だ。
永遠に影の中にいれば、
それは闇になってしまう。
お前はわたしに永遠に闇の中で
生きろというのか。
お前がずっと影の中で生きていればいい、
その影が闇になり、
誰も探しにいけないほど濃くなるまで。
わたしは彼女にそう言い返していた。

その後の事は覚えていない。
ただわたしは気づいたら
彼女を手にかけていた。
くっきりと彼女の首についた
手形は太い赤リボンを巻き付けたようで、今まで見たどんな彼女よりも
可愛らしかった。
いっときの感情に流されてしまったが
わたしはこれまでに何度も心の中で
彼女を殺してきた。
今回はそれを実行に移しただけにすぎない。
お前がいるからわたしは報われず、
誰からの寵愛も受けられない。
死ぬまで孤独なんだと
思わずにいられなかった。
だがそんな日々からも今この瞬間に
解放されたのだ。
しかし彼女と過ごした長い年月の
記憶と感覚はわたしの心を
蝕むようで息苦しく、
本当の自由にはまだ到達できずにいた。
記憶の中の彼女はいつも笑顔だ。
そんな彼女の末路を
わたしが示してやった。
どうか彼女があの世でも
絶望している事を祈っている。
彼女が絶望し、わたしと世界を憎み
己の行動に後悔を募らせ、
あの世でも死にたいと思うほどの
絶望を神様が与えてくれる事を
祈っている。
毒の海に沈み、深い谷底で
一人のたうち回り、誰からも救いの手を
差し伸べられなければ、
きっとわたしの痛みと
孤独を理解してもらえるだろう。
その絶望がわたしにとっての
光となるのだ。
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