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第一章 大樹の森

第四十八話 をわり

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「アンジェ、足元に気を付けてね」
「うんっ」
 手を取り階段を上ると、
 森の木々の香が鼻腔を通過し、肺がきれいな空気で満たされる。

「やっぱり私が抱っこしようか?」
「もうティノったら平気だって」
 心配そうに何度も振り返るティノにアンジェは微笑を返す。



「……よかった……無事に戻ってくれたんですね」
 出迎えてくれた彼女は金色の瞳を潤ませ、
 膝を地面に着き俺とアンジェを抱きしめる。
 抱きしめる彼女から早い鼓動と震えが伝わって来た。
「「ただいまユーリカ」」
 俺とアンジェは同時に答えた。
 彼女のシャツに残る魔獣の返り血。
 ユーリカは神殿の外で溢れ出した魔獣と戦っていたようだ。


「うわぁぁぁぁあっアン!ヌィ!!」

「「ただいまキャス」」
 続いて号泣しながらアンジェに飛びついたのはキャス。
 その目は真っ赤に腫れている。
 俺たちが神殿で消えたと聞いてからずっと泣き続けていたという。

「うぅ、わたし……アンとヌィを助けられようなハンターになる……ぅぅ」
「ありがと、キャス」
 アンジェは自分も瞳を潤ませながら、零れるキャスの涙を優しく拭いた。





「……無事でよかった……」
”きゅぅ……”

「「ただいまハンナ、パレット」」
 村まで戻るとふたりが出迎えてくれた。
 ハンナは俯き加減で涙をこぼし、
 パレットは吹き飛ばされるんじゃないかという勢いで飛び込んで来た。

「聞いたよ、助けを呼んでくれて、何度も街と往復してくれたって」
 ハンナとパレットがギルドや街の皆との連絡役を勤めてくれていたらしい。
 今日の事件でも街まで走りユーリカとソフィアを連れて来てくれたそうだ。

「あとごめん、ハンナの採掘用爆裂弾使っちゃった、助かったのはそれのお陰だよ」
 俺はハンナに謝りながら感謝の気持ちを伝える。
 岩亀退治の時にハンナが使おうとしてアンジェが取り上げた爆裂弾。
 それがなければ俺は守護者にとどめを刺すことは出来なかっただろう。


「「ただいまソフィア」皆の様態は?」
「よかった……無事戻ったんだね」
 村の家で並んで寝かされている調査隊の様態を見ていたソフィアが振り向く。
 彼女も村を守ってくれていた一人だ。


「みんなは?ねぇどうなの?」
 ティノが心配そうに声をあげる。

「大丈夫、皆命の危険はもうないよ」
「はぁぁぁ……」
 その言葉を聞きティノはその場でへたりこんだ。


「ブレンダは?ブレンダも大丈夫なの?」
 俺は再会してからずっと目を閉じたままの少女を見つめる。
「あぁ、意識を失っているが生命の危険はない」
「「「よかった………」」」


「彼女が目覚めないのは疲労の所為が大きいだろう、
 君達の姿が消えてからずっとワイルドガーデンと共に捜索をしていたからな」
 ブレンダは俺たちが姿を消したことに責任を感じ、
 ずっと思いつめた様子で救助のための捜索に加わっていたそうだ。

「すまなかった……そして良く生きて戻ってくれた……ありがとう……」
 ブレンダの傍に付き添っていた彼女の兄、ガレットが深く頭を下げた。
「ブレンダの所為じゃないですっ」
 アンジェは大きく首を振る。
「うんっ俺たちをあの場所に誘い込んだのは別の人だよ……」
 そう言って俺はあの横長の四角い瞳を思い浮かべる。
 すべての元凶……アイザック……ヤツはどこへ姿を消したのだろうか。
 生還した今も、ヤツの目的が何で、何をしたのかすらわかっていない。

 ただ、月の神殿の女神像は破壊され、
 ダンジョンへの入口が大きく口を開けたままになっていると言う。

 こうして……多くの謎を残したまま、俺たちの冒険は一旦幕を閉じた。


 ▶▶|


「んふふふ……今の攻撃はいいですよぉ」
 ユーリカの首筋、脇腹へと連続して放った攻撃はどちらも防がれた。
 だが彼女は見ての通りご機嫌だ。

「これわぁ、講習に月の神殿攻略を組み込んでもいいかもしれませんねぇ」
 彼女の短剣と長剣が交互に俺の耳をかすめる、今のは冗談だと信じたい……

 神殿からの脱出の末、星降りの街に戻って数日後、
 体力も回復して怪我も治ったことを伝えると、こんな状況になっていた。

「はぁっ!」
「わゎっ」
 俺の放った攻撃を受けた長剣が音を立てて折れる、
 まぁ長剣といっても訓練用の木剣だ。

「んふふ御見事、合格です」
「はぁぁぁぁ……ありがとうございました」
 攻撃事態は重ねて待ち構えていた短剣で防がれたのだが、
 無事に合格は貰えたようだ。



「「え?これは??」」
 アンジェと俺は揃って間抜けな声をあげていた。

「今日から二人はシルバーランクですよぉ」
 ユーリカから戻されたハンターホルダー、それは銀色に輝いていた。


 アンジェの手に握られている銀色のホルダーには沢山の星が輝いている。
 近接戦闘に銅5つ、遠距離にも銅5つ、魔法に銀2つ!
 そしてギルド評価に銀1つ。
 銀星は1つで銅星5つ以上の評価、銅星20でシルバーランクに昇格。
 確かにアンジェの星を銅星に換算すると25以上はある。


 そして俺は恐々自分の手に握られている銀色のホルダーを見つめる。
 近接に銀3つ!?、遠距離は相変わらず0、
 そして驚くことに魔法にいきなり銀1つ!?
 最後にギルド評価に銀1つ、合計でアンジェと同じく銅25以上か……


「ギルド評価わぁ元々銅星が1つ、それに調査隊のお仕事で銅1つ加算」
 ユーリカは指を折って数えながら言葉を続けた。
「ワイルドガーデンの救出と守護者の脅威を防いだことでさらに星2つ加算」
 ユーリカの指は4を示しており、さらに言葉は続いた。
「そして持って帰ったお芋は星3つ!」

「「え!?」」
「あぁ最後のはユーリカがお芋を食べた感想、ただの冗談だよ」
 ソフィアがクスクスと笑う。

「でもあの芋を持ち帰ったのは確かに評価に値するよ、
 栄養価もそうだし頑丈な芋茎の利用価値もね、
 それらすべての功績の合計で銀星1つは真っ当な評価だよ」
 と言うように補足してくれた。


「はぁ、でもおれの魔法はどうして?」
 その言葉にソフィアの目が輝く。

「wo……Woooof…………」
 俺は相も変わらず唸り声をあげ、アンジェは咄嗟に庇うように前にでた。

「あぁ効果範囲が狭くとも他ない氷と雷を効果的に使っているようだからね」
 おぉ今度こそ本当に努力の成果が評価されたという訳か。
「試験の成績だけではなく、実戦や普段の生活で使いこなしてこその魔法だよ」
 そう語るソフィアはすごく立派に見えた。


「でも私としては少し信じがたいが……
 ティノ君が言っていた回復魔法と死者蘇生魔法について知りたい……
 できる事なら持ち帰ってずっと付きっ切りで研究させてほしいんだが」

「wooo……そ、そんなの使えないよ!」
「だめです!!」
 俺は後ずさりし、アンジェは再び庇う。
 ティノを回復したのは彼女自身のマナと肉体強化の能力だし、
 アンジェだって心肺停止状態だったけど死んでいた訳ではない。



「でも本当にいいのかな?、ほらまだハンターになったばっかりの子供だし」
 遠慮がちにユーリカとソフィアを見つめると二人は微笑んだ。

「あなた達の力も成した事も事実です、評価した私たちを疑うんですかぁ?」
「い、いいえ、そんなことは」
「それに年齢も関係ない、同年齢のティノ君も立派なシルバーランクだろ?」
「え?」
 ティノのことは10代半ばくらいかと思っていた。
 あの躰で同年齢なんだ……でも確かに言動を思い返すと納得ともいえる……
 ランクアップとティノの年齢という2つの驚きを胸に、
 俺たちはハンターギルドを後にした。


「んふふ……ヌィ嬉しそうだね」
「うん、魔法の評価を貰えたし、それにシルバーランクだよ?」
「だね……ぇへへ」

 その銀色の輝きを見ると思わず笑みも零れる。
 ホルダーと言えばそこに固定される魔結晶にも目が留まる。
 機獣との闘いで溜まっていたマナを全て使いきり、無一文になった俺だが……

 その魔結晶は再び赤い色を取り戻していた。
 まぁ無一文になった原因でもある機獣から回収できたお陰だ。

 機獣の尾には複数の甲魔結晶が取り付けられていた。
 魔結晶自体は爆発でダメージを受けた為に価値が無くなってしまったが、
 そこに溜まっていたマナは回収することが出来た。
 奴自身の動作や光の柱の魔法で量は減っていたが、それでも十分な回収量だ。

 機獣から回収されたマナは俺とアンジェとティノで山分け、
 先に戦っていたリード達とも分けるべきだといったのだけれど、
 リード達はアイザックと戦ってあの傷を受けており、
 機獣とは戦っていないからと断られた。

 手持ちのお金が多すぎるのは怖いので持っていた分くらいを魔結晶に残し、
 残りは銀行に預けてある、贅沢をしなければ数年は過ごせる蓄えが出来た。


 初めは不安でいっぱいだった見知らぬ異世界でのハンター生活。
 これからも危険な冒険が待ち構えているかもしれない。
 だけど、今は支えてくれた皆のお陰で確かな自信と希望が胸で輝いている。


「アンジェ、久しぶりに森に狩りに行こう!」
「うんっ!」
 きっとこれからもうまくいくはずだ。


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