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第一章 大樹の森

第三十八話 竜

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「アンジェッ、ヌィッ、そ、そこに居るの?」
 暗闇の中、俺たちを安心させる声が届いた。

「ヌィ、この声って」
「えっ」

「「ティノの声だ」っ!」
 暗闇に閉じ込められて数分、こんなに早く救助が来るなんて思ってなかった。
 だけど何かすごく嫌な予感がする……なんだろうこの感じ……

「ティノォー!!待って!!動かないで!!」
 俺は大きな声で叫ぶ。

「あっそうだ」
「待ってアンジェ!……どうにかして広い範囲を照らせないかな?」

「うーん……うん、やってみる」
『Fakel/松明/トーチ』

 高く浮かび上がる炎を見上げる、それでも天井は見えない。
 暗闇に灯った明かりが周囲を照らし、遠くにティノの姿が見えた。


「あっ……」
 ティノの前方、地面に伸びる黒い何か……その先が静かに揺れた。


「あ…あああ………」
「ヌィ?どうしたの?ヌ…ィ………ぁ……」

 俺の脚は固まってしまったかのようにまったく動かない……

 黒い何か……いや巨大な尾、その主の気配が動く。

 朝日が昇るように少しずつ周囲が明るみ始め、主の姿が浮かび上がる。

 生物とは思えないほどの巨体、鱗と羽毛で覆われた漆黒の躰が揺れる。
 長く伸びた尾、太い脚、地に食い込む爪。
 山の尾根のような背には羽毛を持つ翼が畳まれている。
 長く伸びた首、角の生えた頭部、鋭い牙。

 静かに開いた瞼から鋭い眼光が俺へと向けられた。


「くっ、黒い竜」
 アンジェの声は震え、俺のシャツを掴む指も震える。
 俺はその手を握ろうとするがうまく握れない……俺の指も震えているようだ。


 巨大な頭部、その嘴の様な鼻先が俺へと近づくが動けない。
 見えない何かに押さえつけられてるよう、それに躰の震えさえ止められた。

 目前で黒い竜の瞼が閉じられる。
 黒い竜の鼻先が俺の鼻先に触れた……優しく指先で触れるように。

 思案しているかのような黒い竜……何故そう感じたのかはわからない。
 押さえつけるような感覚は消え、やさしく包むような感覚に変わった。

 ゆっくり俺から離れた黒い竜、その鼻先がアンジェに、ティノに当てられる。
 そして頭部を元あった場所に横たえると、黒い竜は眠りについた。


 俺は無言のままアンジェの顔を見つめて無事を確かめ、
 無言のままその手を握りティノの元へと足を踏み出した。

 俺とアンジェは両側から無言でティノに抱き着き、
 しばらくの抱擁の後、黒い竜から離れるように移動した。



「ティノ無事で、無事でよかった……」
 俺の口から言葉が零れる。

「あ、ありがとうヌィ、アンジェ……こ、怖かった……すごく怖かったんだ」
 ティノから以外と思われるような言葉が零れる、
 だがあの黒い竜が相手なら誰もが同じ気持ちになるだろう。

「柱が光って真っ暗になって、みんないなくなって、私だけここに居たの」


「ぇ……」
 ティノの言葉にアンジェの表情が固まった。

 俺は状況を整理する為にティノにゆっくり質問と確認をとる。
「ティノは北東から月の神殿を調査していた?」
「うん」

「そこで柱のある部屋を見つけたの?」
「うん、右端の柱には……黒い竜の像が置かれてて、私は左端の柱に入って」

「柱から出られなくなって真っ暗なこの場所にいた」
「うん、一人になっちゃって怖くて……」

「そっか……」
「でも助けに来てくれた2人の声と気配を感じて、真っ暗だけど歩いたのっ」

「ごめんティノ、俺たちも助けに来たんじゃなくて柱に閉じ込められたんだ」
「ぇ……」

 お互いに相手が助けに来てくれたものだと思っていた。
 望みが閉ざされ気を落とすアンジェとティノ。

 俺もそうだけど……でも落ち込んではいられない。


「大丈夫、ひとりじゃないんだ、3人も一緒にいるんだよ」
 二人が俺を見つめる。
「他にも誰かいるかもしれないし、迎えがすぐ来るかもしれないし、
 すぐに帰り道が見つかるかもしれない」
 俺は二人の手を握った。
「一緒にここから生きて出よう」
「「うん」」
 俺たちは手を取り歩き出した。




「明かりを灯すね」
『Fakel/松明/トーチ』
 アンジェの魔法の炎で暗闇を照らす、先ほどより低く前方に灯る炎。

「じゃぁ出来るだけ黒い竜から距離をとって探索を始めよう」
 あれから黒い竜は動かない、危険は今のところは無さそうだ。





 少し歩くと前方に白い壁が姿を現した。

「ここも月の神殿の中なのかな」
 アンジェが手を伸ばし壁を確認する。
「そうかも、でもここは森の香がしないんだ……神殿の中では漂ってたのに」
 俺も壁に手を触れ確認する。
「なんか少し重くて湿った空気……」

「うん、ダンジョンの空気みたい、何度か潜ったことがあるけど似てるよ」
 ティノの言葉が続く。
「月の神殿の地下迷宮なのかもしれない」



「見てっヌィ、柱だよ」
 アンジェが向けた魔法の明かりが照らす、それは天井まで伸びる柱。
「入口もある、地上の柱と繋がってるのかな……どうする?ヌィ、アンジェ」
 俺たちをここへと連れて来た柱と同じに見える、2人の瞳が俺を見つめる。

「いきなり飛び込むのは危険かも、まずはこの階層全体の探索を先に進めよう」
「「わかった」」

 アンジェの灯す炎で床を焼き、煤で印をつける。
「よし、じゃぁ壁に沿って探索を続けよう」


 ▶▶|


「えっと柱が全部で12本?」
「うん、あったのはそれだけ」
 ティノが指を折って数え、アンジェが頷く。

 俺たちは最初に煤で印をつけた柱まで戻って来ていた。
 この空間はほぼ円形の部屋、中央付近に黒い竜が鎮座している。
 広さは地上に出ている月の神殿よりも大分広い。
 いや広いどころではない、星降りの街と同じくらの広さがありそうだ。

「柱を調べてみるしかなさそうだけど……どこか気になった場所はある?」
「「6番目の柱」」
 2人から同じ答えが返ってきた。
「そこからすこしだけどマナが零れてたの」
「何かの気配を感じた、魔獣かもしれないけど、どこかには通じていると思う」
 皆違う理由だが同じ柱を差していた。
「よし、じゃぁ6番目の柱から調べよう」


 ▶▶|


「ここだね」
「うん、やっぱりマナが零れてる」
「気配もするよ」
 俺は柱に刻まれた印、それが黒い竜を表しているようで気になっていた。

「じゃぁ、2人とも」
「「うん」」
「ここでしばらく休憩しよう」
「「え?」」
 緊張していた2人の顔が少し緩んだ。

「アンジェはいっぱい歩いて疲れてるでしょ」
「うん、でも……」
「ティノはお腹空いてるでしょ」
「うん、ぺこぺこだけど……」
「一旦ここで食事と睡眠を獲ろう、この先何があるかわからないから」
 そう言って、俺は背中に担いでいたリュックを降ろした。



「ブレンダのお陰かな、食べたり使った分は後で多めに返そう」
 広げたシートに腰を下ろし、ランタンに火を灯す。

 干し肉に乾燥野菜に乾麺まで、リュックの半分以上は食料が占めていた。
 鍋に放り込み湯を注ぐと良い香りが漂う。
 鍋はレイチェルおススメの肉が柔らかくなる新商品だ。

「ティノにはちょっと足りないかもしれないけど」
「ううん、あるだけありがたいよ、でもスープは薄味でいいから多めにして」

「アンジェばかりに負担かけてごめんね、食べたら先に休んでね」
「ありがとヌィ、これくらい平気だよ」
 火も水も魔法頼り、アンジェがいなかったら暗闇の時点で詰んでたな……


 マナ回復の為にアンジェに十分睡眠をとってもらい、
 ティノと交代で見張りを行う。

 黒い竜と同じフロアにいるのになぜか今は恐怖を感じない、
 初めは死を覚悟するほどだったのに不思議だ。

 きっと救助が来るという望みを抱き、
 俺たちは暗闇の中で時間の知れぬ夜を過ごした。


 ▶▶|

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