犬も歩けば異世界幻想 ▶▶

黒麦 雷

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第一章 大樹の森

第三十四話 調査隊04 調理と調査状況

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「あっ…アンジェ待って!止まって!」
 俺は大岩へと駆けだすアンジェを慌てて止めた。

「大岩の隣の少し小さい岩……なにかいる」
 姿は見えない、動きもない、けれどそこに何かの違和感を感じた。

「どれ、俺が見て来る」
 アンジェは首を傾げて停まり、リードは逆に岩へと無防備に近づいた。

「んん?何も見当たらねぇが……まさかなぁ」
 リードは長剣を握り、こんこんと俺が気にした白い岩を叩いた。


 …Gyueeehh……

「わわっ、ヌィ何あれ!?」
「おぉぉおっと」
 突然動き出した岩に慌てるアンジェと身を反らすリード。

 Guaaahhh!

 その岩は鳴き声を上げ、ごつごつとした大きな爪を振り上げた。
 頑丈そうな爪の先が二つに分かれ威嚇して開かれる。
 いくつもの脚が姿を現してその岩のような躰を動かし、
 飛び出した目がこちらを静かに睨みつける。

「……カニだね」


 剣が振り下ろされ、本物の岩を殴ったような鈍い音が響く。
「くっそ固ってぇなコイツ、戦って剣がダメになっちまったら替えがねぇ」

 周囲に転がる太い木の枝を爪で挟み、バキリと簡単に折り放り投げ、
 ジリジリとリードに迫るカニ………ごくり……おいしそ…いやおそろしい。

 脚は俊敏ではなくリードが窮地に追い込まれたという状況ではない。
 だが強固な外殻に対し武器の損傷を恐れて攻めあぐねているようだ。

「リードおれたちに任せてっ!アンジェ頼むっ」
「うん、どうすればいい?」
 これは俺たちの腕を見せるいい機会、俺はアンジェに作戦を伝えた。



「任せていいんだな?」
「うん、ゆっくりしてて、カニ、お前はこっちだっ」 
 俺はそのわしゃわしゃ動く脚の接合部分にナイフを走らせる。
 ダメージは浅いが、カニの標的をこちらに向けることに成功した。
 リードはいざという時の為に剣を構えたまま見守る。


「いくよぉっ」
『Osedaniye /沈下/ケイブイン』
 アンジェの魔法で地面に開いた落とし穴がカニを囲う。

「んん……ん」
『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』
 水球がカニをまるごと包み込む。

「まだまだっ」
『Plamya/炎/フレイム』
 その水球ごと炎が呑み込み……水球の中で気泡があがる。


「これでどうだぁ!!」
 俺は足掻くカニ目掛て最後の仕上げを決めた。



「3属性も使いこなすのか、すげぇな」
「アンジェは風も使えるよ」
「マジか」
 テントの設置は少し遅れてしまったが、
 これで俺たちの腕前を少しは皆にアピール出来るだろう。

 ▶▶|

「ごくり……この香りが気になるんだけど……」
「んふふ……お昼の準備はできてるよ、ティノ」
 時刻は昼時、皆で昼食のテーブルへと着く。



「ん、おいしいわねこのサラダ……」
「うんうん」
「こっちのスープもうまい……」
「うんうん」
「マジかよお前ら……」
 リードは何故か中々口にしないが他の皆には大好評。
 仕上げに俺が投入した塩で、味付けもばっちりだ。

「うん確かにうまいのぉ」
「ですねぇ、これからの食事も楽しみです」
「肉料理も美味しいですが……このスープは初めて味わいました」

「わたしも初めて食べたけど、おいしいね、びっくりだよ」

「「よかったぁ……」」
 俺とアンジェはお昼に用意したカニ料理で見事に皆から高い評価を得た。

 これからしばらくはこのメンバーとこの場所での少し不便なキャンプ暮らし。
 でも、この調子ならきっと楽しく過ごせそうだ。





「それがね、月の神殿にはまだ入っていないのよ」
 昼食後、調査の進み具合について尋ねると、ローザが退屈そうに答えた。

「扉なんか抉じ開けちゃえばいいのにね」
「いやいや、冗談でもそんなことは言わないでくれよ……」
 ティノの言葉にエヴァンさんが顔を青くする。

「ぇっと……扉が開かなくて神殿に入れないの?」

「確かに月の神殿の入口には仕掛けがあるようだけど、
 その為に調査が滞っている訳ではないんだよ?」

「うむ、調査対象は月の神殿だけではないからのぉ、
 今は周囲の遺構ー他の建物跡の調査を進めておるよ」
 アンジェの問いにエヴァンさんとアイザック先生が答える。

 どうやら今までは月の神殿の周りにある建物の調査を進めていたようだ。
 俺たちは神殿に目がいってしまうが、調査はそんな単純ではないらしい。


「という訳でね、私たちの仕事はまだ森の警戒くらいなのよねぇ」
「ローザ、それが今回の仕事だ、ダンジョン攻略に来た訳じゃない」
「はいはい」
 リードが諫めるがローザはそれでも退屈そうに返事をする。

「……のんびりできていいじゃないか」
「私は神殿はどうでもいいけどねっ、それより夕食は何?」
 グレアムさんは今の状況に不満はなさそう、ティノは我関せずだ。

「すいませんエヴァンさん、こいつらときたら……」
「いやいや大丈夫ですよリードさん、役割は果たして貰えてますから、
 崩れた建物跡を見ていても退屈するのはわかります、ハハハ」

「そうじゃなぁ……2人も来てくれたし出土品でも見せてやろうかの」
「!! お宝!?」
「うん、見てみたい」
「お願いします」
 アンジェと俺が答えるよりも早く目を輝かせたローザだったが、
 アイザック先生に周囲の遺構からの出土品を見せてもらえることとなった。



「一番多く出土しているのがこの球状の石、これを月石と呼ぶことにしたんだ」
 出土品は神殿近くのテントに保管されており、エヴァンさんが木箱を開くと、
 中には野球ボール位の大きさの乳白色をした石がいくつも収められていた。

「この黒い布や鏡も祭事に使われていたと思われ多く見つかっているんだけどね、
 やはりこの月石が月信仰の象徴、重要な証拠だと考えているんだ」
「へぇぇ、お月様みたいだね」
「月信仰かぁ……」
「祭事に関する記録も発掘されてね、かなり解読は進んでいるよ」

「これ頑丈そうだし、投げやすそうだよね」
「宝石を期待していたんだけど……ただの石ね、輝きが足りないわ」
 ティノは投石武器なんじゃないかと口にして出土品から遠ざけられ、
 ローザは期待していたモノとは違ったらしく残念そうな表情を浮かべる。

「輝きか…そうじゃな……レミ、あれも出してくれんか」
「なになにこんどこそお宝!?」
 アイザック先生の言葉にレミさんが金属で出来た箱を取り出し、
 駆けられた鍵を外すとローザが身を乗り出す。
 俺とアンジェもその後ろから箱に注目する……ごくり。



「えーと……さっきの石とどこが違うのかしら?」
 首を傾げるローザ、箱から出来てたのは先ほどと同じ乳白色の月石。
 俺たちにはわからないが、学者から見ると価値のあるモノなのだろうか。

「な、光りが失われておる……」
「そんな……厳重に箱の中にしまい暗所に保管しておりましたのにっ」
 アイザック先生が小さく呟き、レミさんが慌てだした。

「この石が光っていたの?」
「あぁ、闇夜で輝いていたんじゃ、それが何故失われてしまったのか……」
 心配そうに尋ねるアンジェ、肩を落とすアイザック先生とレミさん。


「しまっていたからじゃない?日の光にあてておけば光るんじゃ」
「「何と!?」」
 俺の言葉に身を乗り出す2人、俺はのけぞるように身を引いた。

「ど、どういうことですか?」
「何か知っておるのか?」
 ぅ、2人の勢いがすごい。

「えっと、本当にそれかはわからないけど……蓄光石みたいなものかな?
 と……もしそうなら日の光に当てておけば夜には蓄えた光を放つんだけど」 「「おぉぉ!!」」

「うむ、この月石は発見した時、他のモノと違い野ざらしじゃった……」
「では、もしかして他の月石も?」
「うむ、ではそうじゃな他に2つほど一緒に日の光をあてよう……
 月は日の光を浴びてて輝くか……ありえるかもしれん……」

 それからは2人は月石を広げて選別しだし、反応が全くなくなった。
「……えっと戻りましょうか?」
「うん……」
「……そうだね」
 ローザの言葉にアンジェと俺は頷き、既にこの場を離れていたティノに続いた。


 ▶▶|


「みんなぁー夕飯だよぉ」
「まだ区切りがつかないのかな?」
 光る月石と石碑のようなモノを囲み、
 ペンを握り作業の手を止めないアイザック先生とエヴァンさん、レミさん。
 傍に付き添うローザ、彼らを囲うように立つ他のワイルドガーデンの面々、
 ティノは口を開きお腹をさすりながら何度もこちらにチラリと視線を送る。

「遅くなると虎の魔獣が暴れて遺跡を壊すかもしれませんよ?」
「そうね……」 
「な!?」
 俺の言葉にローザが頷き、エヴァンさんが慌ててティノを振り返った。


「あぁ、もうこんなに暗く……すまない、つい熱中してしまってたようだ」
「ん?……おぉすまん、待たせてしまったか」
 ようやくエヴァンさんが時間の経過に気づき、アイザック先生も顔をあげる。





「あむっ、2人がここに来てくれて あむっ うれしかったけど……
 あむっ 今はものすごく……うれしいっ 大好きだよ2人とも!!」

「んふふ、ありがとティノ」
「ぇへへ……なんか照れるね」
 本当に美味しそうに食事を食べるティノ、
 これだけの反応をしてくれると食事を作った甲斐もある。
 ワイルドガーデンと調査隊メンバーからも称賛の言葉をもらった。

 これもアンジェの料理の腕と魔法で温かい料理が出せるのと、
 レイチェルが用意した新商品のお肉がとろとろに柔らかくなる鍋のお陰だ。


「はぁ……ごちそうさまぁ……まんぞく……」
 残った分は氷で冷やして明日の朝食にと用意した大量のシチューが消えた……
 この仕事、どうやらあまり楽は出来ないようだ。


「で、昼から話しかけても返事がありませんでしたが、何があったんですか?」
 リードがエヴァンさんに問いかける。
「ええ、ヌィ君のおかげで月石のことが解かり碑文の解読が進んだんです」
「かなりの事がわかった……この調子なら2~3日中には解読が済むかもしれん」

「じゃぁ、残りが解ければ月の神殿に入れるの!?」
 アイザック先生の言葉に俺は思わず声をあげた。

「いや……」
 目をつむり首を振る先生、残念……そう簡単でもないのか。
「神殿の扉の開き方はもう解読済みじゃっ」
「「「「おぉぉおお!!」」」」
 ニヤリと笑みを零す先生と歓声を上げる俺やワイルドガーデンのメンバーだった。


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