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第一章 大樹の森

第三十話 ともだち

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「こんにちは、キャスさんへ[ラビットフット]からのお届け物です」
 お庭でミーナ母さんと一緒に洗濯物を干していると声が聞こえた。

「はーいっ」
 洗濯かごを抱えたまま、ミーナ母さんはお家の前へと走っていく。
 なんで私の名前を呼んだんだろう、気になる……でも人と会うのは苦手。

「あらぁ、レイチェルちゃんじゃないのね」
 かごを地面におろしてミーナ母さんが首を傾げる、知らない子みたい。


「えっと……アンジェです、それとヌィ、レイチェルのともだちです」
「レイチェルは店番なので代わりにお届けに来ました」
 もうひとりいるみたい、男の子かな?ふたりの声が聞えた。


「街からこの村までは遠かったでしょ」

「フラワー……ラプトルに乗ってきたので平気です」
「草原エリアを東に進んだこの村までそんな時間は掛からなかったよね」
 子供の声だと思うんだけど、ラプトルに乗って来たの?
 ここからはまだ声は聞こえるけど姿は見えない。
 知らない人に合うのは怖いけど……気になる、ちょっと近づいてみよう。


「ありがとね、あら?」
 ミーナ母さんの少し驚いたような声、なんだろう……気になる。
 もうちょっとだけ、近づいてみよう……私は洗濯かごの陰に隠れた。


「今日は特別な日だから、ちょうどよかったわ」
 ミーナ母さんがこっちを見た、こっそり近づいたのに気付いていたみたい。

「キャス、お誕生日のプレゼントよ、アンジェちゃんあの子に渡してくれる?」
 え?ど、どうしよう!?
 お誕生日のプレゼント?遅くなるって言ってたのに。
 アンジェちゃん?どうしよう、知らない子だよ、でもでも気になる。

 やっぱり恥ずかしい、私は洗濯カゴの後ろに隠れる。
 あ……はみ出してた、大きい帽子だから、でもこれくらいないとダメなの。

 うぅ……見つかった、近づいてきた、恥ずかしいけど……逃げられない。
 私は……思い切って立ち上がった。

 いつもの大きなキャスケット帽子、顔はあんまり見えないはず。
 膝丈のワンピースに革のサンダル、変な恰好じゃないよね。


「お届け物です、えっと、お誕生日おめでとう」
「ぁ……ぁりがとぅ……」
 その女の子は白金色のふわふわした髪の毛をしていた。
 蒼くて丸い目、優しそうな女の子、あぁよかった……

 女の子が薄桃色のバッグを差し出す。
 ぅう……がんばって私、今日で8歳だもん。
 ちょっと緊張したけど、私は手を伸ばして受け取った。

「…ゕゎぃぃ……」
 その布のバッグは大きなリボンみたい、一目でお気に入りになった。
 でもそれはラッピング?で中には欲しかった革のバッグが入っていた。


「ほら、こっちのおにいさんも一緒に届けてくれたのよ」
「ぁ…ぁり……」
 ミーナ母さんに言われて普通に顔をあげてしまう。
 え!?

 突然、風が吹いた訳でもないのにバサッとお尻からワンピースがめくれる。
 それはその子の尖った耳としっぽを見てびっくりしたから。

「ゎゎゎ……ぁ…ぁ……」
 慌ててワンピースを抑えてお尻を隠す、でも……見られたよね……

「わぁぁ……かわいい……ヌィと御揃いだね」
 見られちゃってた……私のしっぽ。

「ぅ…ぅぅ……」
 頭を抱えて帽子を深くかぶる。
 私の耳は尖っていて、お尻にはしっぽがある。

 それは嫌な訳じゃない。
 この耳は良く聞こえるから少し離れていてもミーナ母さんの声が聞こえる。
 このしっぽがあるから高いところも平気だし、抱きしめるとあったかい。

 でもね、何かが気になると耳がぴくぴく動くし、
 喜んだり、怒ったりするとしっぽも一緒に動いちゃう。

 ミーナ母さんや村の皆には尖った耳やしっぽはない。
「あの子は恥ずかしがりやで……」
 私だけ、私の気持ちだけ見られちゃうのは恥ずかしい……。


「よかったら仲良くしてあげてくれない?
「はいっ」 「う、うん」
 ふたりがミーナ母さんに返事をする。

「そうね、せっかくだからお昼一緒にどうかしら」
「……ヌィどうしよう?」
 女の子は迷ってる、優しそうな女の子、この子なら仲良くなれるかも……

 尖った耳としっぽのある男の子?
 私以外にそんな子を見たのははじめて、この子と仲良くなれるかな……

 ふたりと仲良くなりたい。


「……たべてって…」
 勇気を出して言ってみた。

「それじゃぁお言葉に甘えよっか」
 ふたりはにっこりしてくれた。



「ゎぁぁ……アン、お料理上手……ミーナ母さんと同じ」
「ぇへへ、そうかなぁ」
 女の子、アンはフライパンでふわふわの卵焼きを作る。
 私よりちょっとだけお姉ちゃん、お料理もうまいしラプトルにも乗れる。
 私もアンみたいにうまくなりたい。


「ほらお水だよ、フラワーここまでお疲れ様」
 kyeeeeee
 男の子?、ヌィはラプトルに川で汲んで来たお水をあげてる。
 ラプトルは安心してヌィの傍にいるし、よろこんでる。
 ヌィのしっぽもいっしょにうれしそうにゆれる。


「はい、お待たせぇ」 「たせぇ」
 アンの後について大きなお皿を庭のテーブルへ運んだ。

 いっしょにごはんを食べながらふたりのお話を聞く。
 街の話、お誕生日プレゼントのバッグを作ってくれたお店の女の子の話。
 ハンターの話、アンはいっぱい魔法が使えるってヌィが自慢した。
 ヌィは魔法があんまり使えないって言ったけど、
 覚えたばっかりの魔法を見せてくれた。

「冷たい!? 甘くてシャリシャリ?」
 それはオレンジの実を使ったシャーベット?っていう冷たくて甘いお菓子。
 魔法は魔獣をやっつけるためにあるんだと思ってた。
 ヌィはそれでお菓子を作るなんて変わってるのかも。

 でもお菓子はとってもおいしいし、
 私のお誕生日のために魔法を使ってくれたと思うととてもうれしかった。


 ▶▶|


 村では聞けない話をいっぱいしてくれた。
 薄桃色のバッグ……テーブルクロスの布バッグの包み方を教えてもらった。
 ラプトルのフラワーに乗って村のまわりをいっしょに走った。
 すごく楽しい時間。



「……もう帰っちゃうの?」
 でもそれが終わっちゃう。

 アンともっとお話ししたい、いっしょにお料理もしたい。
 ヌィの耳としっぽももっと見ていたい、いっしょにお外で遊びたい。


「……ぅん……でもまた遊び来るよ」
 アンは少し寂しそうに言った。




「帰っちゃった……」
 村から離れて小さくなるラプトルの姿をみつめる。

「二人はまた来るって言ってたでしょ」
「ぅん、でも……」


 遠くで話す声がする……
「アンジェ、キャスと友達になれてよかったね」
「うん、うれしい、お料理したり遊んだりすごく楽しかった……ぇへへ」

 私の尖った耳がそれを聞いて、しっぽが大きくゆっくり揺れる。

 ぇへへ……

 私はいままでで一番うれしいプレゼントをもらいました。


 ▶▶|

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