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第一章 大樹の森

第十四話 ボア2

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「ヌィ、戦闘中の指揮を執ってみてくれないか?」
 フレアがそんなことを言ったのは小テストに無事合格した翌日。

 活動を許可される森の狩りエリアが広がりこれからは大きめの獲物も増える。
 ガレット班を参考に俺たちも猪狩りをしてみようとのことなのだが…
…俺が指揮を任されるのは一番戦力にならないからとかじゃないよね…?

「昨日はヌィのお陰で助かった…その状況判断力に期待したい」

 急に褒められると…なんか照れるな…
「……まぁ…やってみるよ」


 広がったエリアでは草花の種類も変わり獣の痕跡が増えたのを感じる。
 だが一番の変化は藪や倒木、大きな岩等が増え視界が狭まっていることだろう。
 森の一層深いところに入り込んだという印象だ。



「近くにいると思う…」
 その言葉にフレアは剣を、アンジェとレイチェルは弓を構える。


 二つの風切り音が鳴り猪の悲鳴があがる。
 Gyhhhhhhhh

 アンジェとレイチェルが放った矢が猪の目を射抜き…左の視界を奪う。
 のんびりしている暇はない、俺たちの先制攻撃で戦闘を開始した。


「フレア、イーサンと同じように動いて猪を惹きつけて」
「ああ」
「レイチェルは投石で、アンジェは魔法も撃てるように備えておいてっ」
「わ、わかった」
「うんっ」

 俺はナイフで死角から獲物を攻める、昨日のクラリッサと同じ立ち位置だ。



「いいぞ、猪の足元がふらついてきた、フレアはそろそろ留めの準備を……」
 次第に攻撃の速度が上がり連携がスムーズになって来た。

…いい調子だったのだがここで想定外の事態が起きた。

「!!……別の気配が来る……フレア、コイツは任せていい?」
「新しい獲物か?……わかった、皆行ってくれ」


「ありがとう、アンジェ、レイチェルついて来て…」
 戦闘中の猪への留めをフレアに任せ、俺たちは近づく気配へと向かった。


「アンジェ、何か魔法で足止めできる?」

「…うん、やってみる」
 新たに現れた獲物は猪が二頭、こちらに気づき…敵と認識し猛進してくる。
 出来ればその勢いを削ぎ、2頭の攻撃を分断させたい。


「いっくよぉ」
『Povysheniye /隆起/ライズ』

 重低音が轟き地面が揺れた…ゴロゴロと低い唸りと振動が続く。
 アンジェが唱えたその魔法は地面を起伏させ近くの大岩転がし、
 猪の進路を塞いで突進の勢いを削いだ。


「レイチェル、1頭来るよさっきと同様に目を狙って!」
「は、はいっ!」
 先に飛び出して来た1頭、放たれたレイチェルの矢が見事に射抜く。

「待たせたっ!」 
 フレアが駆けつけ斬りかかる。


「一頭はおれが引き離すっ、その間にソイツを仕留めて!」
「「「わかったっ」」」
 先の猪を任せ、俺はもう一頭の猪の突進を誘い戦闘の場から引き離した。

 先の猪を弱らせ…いや仕留めるまで引き付けておきたい。
 他の皆に矛先が向かないように猪を俺に引き付ける、
 広い場所だったらぐるぐると猪に追われながら駆け回るのがいいのだろうが…
…この地形ではそうはいかない。


 木の根や倒木に邪魔され俺のスピードは落ち、逃げ場を失い…追い詰められた。

 鈍い音が森の中に響く…なすすべもなく地面に倒れ意識が途絶える……猪。

「ふぅ、なんとかぎりぎりで躱すことが出来た」
 俺が追い詰められたのはアンジェが転がした大岩の前、
 背にした岩へ猪の突進を向けることに成功した。

 猪は激突して昏倒、俺はすかさず留めを突き刺し皆の元へと向かった。


「ふう…戦闘中に二頭も獲物が増えるとは…運が悪かったのか良かったのか…」
 こちらも戦闘は終わったようだ、フレアが安堵の息を吐き緊張が解ける。

 ▶▶|

 最初の猪が大物なこともあり買い取りは1600マナ!
 懐は一気にホクホクで明日からの狩りにも期待が増す…
…が…それもすべて講習の支払いに消える……



「あらぁ? そんなに早く私と訓練したかったんですかぁ仕方ないですねぇ…
…昨日はコットンキャンディを御馳走になったし、特別ですよぉ?」
「え…いやそういう訳では……はい…お願いします……」
 ギルド裏で休憩しているとユーリカがニコニコしながらやって来た。
 あの綿菓子が裏目に出るとは……

 ユーリカとの訓練ではナイフ代わりの短い木剣を使用しているのだが、
 ボーパルバニー戦で右手をやられ左手で急遽戦ったことを思い出し、
 武器を左手に持ち替えての訓練も加えた。

 サウスポーという響きが恰好良くて左手で箸を持ったり、
 字を書く練習をした少し恥ずかしい過去を思い出すが今回はそうではない…
 あくまで実用・いざという時の為だ。


「ふむふむ……水獄…へぇぇ……」
 アンジェは俺が特別訓練を受けている間は魔導書を読んでいることが多い。
 普段の休憩時間や就寝前もだいたいそんな感じだ。
 それは魔導書が数少ない両親からの遺産だということもあるのだろう。
 その知識はここでの訓練と森での狩りを通して使える魔法へと変化している。


 ▶▶| ▶▶| ▶▶|


 講習は順調に進み、皆はぐんぐんハンターとしての力を身に着けて行った。

 狩りの成果もかなりのモノでこの調子ならば期間中に講習費用を祓い終え、
 終了と同時に正式ハンターになることも夢ではない。


「みなさぁん、明日は星降りの街を離れます」
「「「えっ…」」」

 講習を終えた夕方、笑顔のユーリカより突然それは言い渡された。


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