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第一章
深淵の出逢い1
しおりを挟むそれは、見えない意思に操られた必然だったのか。
視線が交錯したその刹那、誰が予想し得ただろう。
互いが、互いの凍った時を動かす存在となるなどと──
第一話 深淵の出逢い
闇夜に沈む、城下町アルフト。
子どもらは健やかに眠り、大人たちは気の合う同士で酒を酌み交わす。宵の口の賑やさは治まり、今はただひっそりと、幼い天使たちの眠りを妨げぬように。
それを象徴するかのように、この国の風は穏やかに吹く。強過ぎもせず、弱過ぎもしない。風は子ども達にとって、なによりも優しい揺りカゴだった。
だが、元来静かであるはずのこの町の宵の中。かすかに張りつめた空気が、風に乗って流れてきていた。
足音を出来得る限り抑えて、複数の人間が町中を走りまわっている。木の棒の先端に布を巻き付け炎を灯した松明が、パチパチと火の粉を散らしながら赤く燃えていた。
一人の若者が、広場の中央に建てられた噴水の前で泰然と構える老年の男性へと駆け寄っていく。それに気付いた男性が、すかさず声をかけた。
「見つかったか」
「いいえ、まだですっ。懸命に捜索しているのですが、一向に見つかる気配はありません!」
息切れしているのか、少々上気した口調で青年は告げた。
男性は内心の焦りを強くした。予想はしていたものの、そうはっきり告げられるとなかなかに落ち込んでくる。
「隊長、どうしましょう。このままでは……」
青年が不安気に尋ねてくる。男性とて胸中は同じであった。
だがそんな素振りを微塵も見せず、男性は毅然とした口調で青年を叱咤した。
「情けないことは言わんでよろしい。早く見付けねば、この国にとって大きな損失になる。早急に事を済まさねば。住民には気付かれんよう、慎重にだ。情報が漏れて不当な輩に利用されでもしたら、それこそ我ら、極刑如きでは済まされん」
「……、は!」
若い隊員が敬礼をして、また静かに走り去っていく。それを見届けてから、この部隊の隊長は、心身ともの疲労のため人知れず溜息を吐いた。
若い部隊員の前では決して見せられぬ姿だ。
特に、今のような状況では。
「まったく……。どうしてこんなことになってしまったのか」
捜索に駆り出されたのは警羅隊ではなく、軍隊。それも、王族直属の近衛隊であった。
それだけ事態が深刻なのだ。早く見つけ出さなければ、本当に手遅れになってしまうかもしれないと、男性は危機感を募らせる。
ここ最近、この国は頻繁に野盗の被害に見舞われている。しかも悪名高いと有名な、とある盗賊団に眼を付けられてしまった。豊かだが小さい国だからか。神をも恐れぬ所業だと憤慨する。
そのような時勢もあり、捜索している者達の緊張は、意図せずとも高まっていた。
(早く……見付けなければならん……)
今、「かれ」を失うわけにはいかない。
王が傍若無人な振る舞いを見せるようになってからというもの、この国の貴族達は毎晩のように宴に溺れ、堕落し切ってしまった。
性の乱れ、麻薬、人身売買。見えないところで繰り広げられる、腐敗した惨状。
国の頂点に在るべき者達が乱れてしまえば、いずれ民の元にもその波が及ぶだろう。そうなったが最後、この国は、内部からたちまち崩壊する。
そんなことになってはいけない。だが、神の加護たる「結界」や「竜」に守られているとはいえ、神聖なる「竜族」が穢れ切ってしまったのでは、神々も力を貸しては下さらないだろう。
そんな状況だからこそ、あの方だけは、是が非でも捜し出さなければならないのだ。
この国の未来のために、なんとしてでも護り抜く。
崇高なる神の加護と「白竜の血継」を持ち、純粋な心と哀しい笑顔を浮かべる、あの幼き少年を。
その時、この季節には珍しく強い風が吹いた。道端に根を張る木々が、まだ青い葉を一斉に揺らす。葉のこすりあう音が、やけに不安を掻き立てた。
「王子……どうかご無事で」
砂埃を巻き上げながら流れる風の感触が激しく、また叩くように、露出した男性の頬を撫でていった。
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