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翼無き者
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【side:ラファエル】
***
トルアガーナはレムの中でも一、二を争う大国だ。今宵はその国王の妃、リョウタロウ妃の誕生の宴に招かれていた。
リョウタロウ妃は男性だが、小柄でこの世界の女性よりも背が低い。発達不良なのかと最初は思ったが、どうやら異世界の住人だったらしく、ある日いきなりこの世界にやってきたそうだ。
幸か不幸か現れた先が城内で、そこで保護され王に謁見、自分の番だと気づいた王に見初められ、そのまま城に残ったらしい。
リョウタロウ妃の生まれ育った世界では、同性婚はほとんどなく、恋愛対象も異性というのが当たり前らしい。もちろんリョウタロウ妃本人もそうだったと聞いた。だから想いが通じるまで相当苦労したらしく、喧嘩が絶えなかったとか。
王のトウガは、国は違えど同じ王族として幼い頃より親しくしている。だから英雄として称えられる彼も、その恐ろしさもよく知っていた。
彼は、二人の子どもが生まれた今でも、自分を受け入れてくれたリョウタロウ妃に頭が上がらないそうだ。それを聞いた時は耳を疑った。誰よりも強く、恐れられ、尊敬されている男が一人の人間には弱いと言うのは面白かった。
リョウタロウ妃は美しい。社交的で優しく、とても穏やかな人物だ。相手の気持ちを汲み取るのが上手く、話していると心地よい。きっと頭も良いのだろう。
見た目が怖い王とは対照的で、バランスが取れているのかもしれない。
***
国王夫妻への挨拶を済ませて宴を楽しんでいると、テラスへと向かう二人の子どもが目に入った。あれはトルアガーナの双子の王子だ。そして、二人と一緒にいたのは我が国の元騎士団長だった。
彼--元騎士団長のジルは、私よりも百歳ほど年下だが、幼い頃から王宮に仕えていた。だからある意味幼なじみのような物だ。
そして、彼は私の番だ。本人に結婚しようとプロポーズしても、それは恐れ多いと謙虚な態度を見せるばかりで、なかなか首を縦に振ってくれない。何度言っても自分とあなたは立場が違う、もう若くないから無理ですと拒否られる。まあ、王の権力を使って無理矢理身体は繋いでいるが、彼は頑なに心は渡してくれない。彼の態度を見ていれば私に気があるのは見え見えで、なぜ受け入れないのか不思議で仕方がない。忠誠心が強すぎるのも問題だった。
今日も無理矢理同行を命じ、引退した身だからと嫌がる彼を、護衛と称して連れてきていた。私の中では婚前旅行のつもりだが、誰もそうとは思わないようだ。
私はさっそく、ジルと双子の王子の元へと歩みを進めた。
三人に近づいてみると、王子二人がジルに何かを頼んでいる所だった。ジルは首を振って困った顔をしていた。
やはりジルは困った顔も美しい。その、金の髪に透き通るような青い瞳を見るだけで心が安らいでいく。年を重ねてもジルの美しさは衰える事はなく、ますます魅力的になっている。女にも人気があるのがもどかしい。
彼をしばらく眺めていたかったが、本当に困っているようなので声を掛けた。
「サイガ様、ユウガ様、どうなされましたか?」
「あ……ラフ様……」
ジルはほっとしたような顔をしながら私を見てきた。それに気づかない王子達は私に素直に教えてくれた。
「あの、つばさをみたかったのです」
「翼……ですか?」
「はい。ゆうよくぞくのかたは、つばさがあるとききました」
「だから、ジルさまにみせてくださいとおねがいしていたのです」
二人は好奇心丸出しの輝いた顔で私に告げてきた。なるほど、トルアガーナは犬か狼の獣人だし、我々のような翼のある人間は珍しいのだろう。そういえば、以前トウガが我が国を訪れた際にも、王子二人が翼に関心を持っていると言っていたのを思い出した。
ちなみに、翼は自由に出し入れする事ができる。魔力の高い人間ほど普段は見せなかった。だが、ジルはどう足掻いても翼を見せる事ができない。
ジルは昔、我が国に起きたある事件で身に覚えのない罪を着せられ、投獄された先で翼を奪われるという刑を執行された。私が王になる以前の事だ。
有翼族にとって、翼は命の次に大事な物だ。それが無い者は生きている価値はないと考える人間もいる。ジルもその一人で、私が王になり、冤罪だと証明して助け出した当初は、早く殺してくれと毎日のように訴えていた。もちろん却下したが。
自分は罪人という意識が未だにあるのかもしれない。冤罪とはいえ、投獄された記憶は忘れられないのだろう。
「では、私が見せてあげましょう」
「ほんとうですか?」
「はい。ジルは恥ずかしがり屋なので、代わりに私が」
「「ありがとうございます!」」
二人は嬉しそうに尻尾を振った。本当に嬉しいようだ。
私は仕舞っていた翼を広げ、二人に向かってバサバサと羽ばたかせてみた。
「「わあ……!」」
二人は同じような声を上げ、同じような反応をした。さすが双子だ。そして尻尾もはち切れんばかりにブンブンと振っている。王子という身分だが、中身はまだ普通の子どもと一緒だ。可愛い。
私は何度も翼を羽ばたかせ、二人が満足するまで触らせてあげた。二人は何度も感謝の言葉を口にしていた。
しばらくすると、リョウタロウ妃の使用人のトキが二人を呼びにきたが、ユウガ様の方は彼を見るなり頬を赤く染めていた。どうやら懐いているようだ。
すると、ユウガ様が去り際に私の耳元で囁いた。
「じつは、トキはぼくのつがいだとおもうのです」
「本当ですか?」
「はい。トキといると、あたたかいきもちになって、しあわせなのです」
「……想いが通じるといいですね」
これはまたうちと似たようなケースだ。彼も忠誠心が凄く、有能な使用人という印象だった。将来苦労するのかなあと思っていると、サイガ様も一緒になって私に言ってきた。
「はいっ! へいかも、ジルさまとずっとなかよしでいてください!」
「え?」
「おふたりは、なかよしなのですよね?」
「……そう見えますか?」
「「はい!」」
二人はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「……だとさ。聞いたか?」
「お二人には敵いませんね……」
「たまには素直になってもいいんじゃないか?」
「……はい」
ジルはばつの悪そうな顔をしながらも、ちょっとだけ素直になった。子どもには勝てないと踏んだのだろう。
「「ありがとうございました!」」
二人は私達に手を振りながら使用人に付いていった。ジルはずっと二人を眺めている。その笑顔を見ていると、このくらい私にも笑顔を向けてくれたらいいのにと思ってしまう。
「二人とも素直で可愛いですね……」
「私達も子作りするか? あのトウガも子どもができたら可愛がっているんだ、私はもっと可愛がるぞ?」
「冗談はやめて下さい」
「私は本気でお前との子が欲しいと思っているが?」
「……」
ジルは黙って俯いてしまった。気を損ねたかと思ったが、よく見ると耳が赤かった。
「素直になれ、ジル」
「……」
ジルはか細い声で「はい」と呟いた。
このままこの状態が続いけばいいのにと願わずにはいられない。それと同時に、将来ユウガ様の恋も叶えばいいと願っていた。
Fin.
***
トルアガーナはレムの中でも一、二を争う大国だ。今宵はその国王の妃、リョウタロウ妃の誕生の宴に招かれていた。
リョウタロウ妃は男性だが、小柄でこの世界の女性よりも背が低い。発達不良なのかと最初は思ったが、どうやら異世界の住人だったらしく、ある日いきなりこの世界にやってきたそうだ。
幸か不幸か現れた先が城内で、そこで保護され王に謁見、自分の番だと気づいた王に見初められ、そのまま城に残ったらしい。
リョウタロウ妃の生まれ育った世界では、同性婚はほとんどなく、恋愛対象も異性というのが当たり前らしい。もちろんリョウタロウ妃本人もそうだったと聞いた。だから想いが通じるまで相当苦労したらしく、喧嘩が絶えなかったとか。
王のトウガは、国は違えど同じ王族として幼い頃より親しくしている。だから英雄として称えられる彼も、その恐ろしさもよく知っていた。
彼は、二人の子どもが生まれた今でも、自分を受け入れてくれたリョウタロウ妃に頭が上がらないそうだ。それを聞いた時は耳を疑った。誰よりも強く、恐れられ、尊敬されている男が一人の人間には弱いと言うのは面白かった。
リョウタロウ妃は美しい。社交的で優しく、とても穏やかな人物だ。相手の気持ちを汲み取るのが上手く、話していると心地よい。きっと頭も良いのだろう。
見た目が怖い王とは対照的で、バランスが取れているのかもしれない。
***
国王夫妻への挨拶を済ませて宴を楽しんでいると、テラスへと向かう二人の子どもが目に入った。あれはトルアガーナの双子の王子だ。そして、二人と一緒にいたのは我が国の元騎士団長だった。
彼--元騎士団長のジルは、私よりも百歳ほど年下だが、幼い頃から王宮に仕えていた。だからある意味幼なじみのような物だ。
そして、彼は私の番だ。本人に結婚しようとプロポーズしても、それは恐れ多いと謙虚な態度を見せるばかりで、なかなか首を縦に振ってくれない。何度言っても自分とあなたは立場が違う、もう若くないから無理ですと拒否られる。まあ、王の権力を使って無理矢理身体は繋いでいるが、彼は頑なに心は渡してくれない。彼の態度を見ていれば私に気があるのは見え見えで、なぜ受け入れないのか不思議で仕方がない。忠誠心が強すぎるのも問題だった。
今日も無理矢理同行を命じ、引退した身だからと嫌がる彼を、護衛と称して連れてきていた。私の中では婚前旅行のつもりだが、誰もそうとは思わないようだ。
私はさっそく、ジルと双子の王子の元へと歩みを進めた。
三人に近づいてみると、王子二人がジルに何かを頼んでいる所だった。ジルは首を振って困った顔をしていた。
やはりジルは困った顔も美しい。その、金の髪に透き通るような青い瞳を見るだけで心が安らいでいく。年を重ねてもジルの美しさは衰える事はなく、ますます魅力的になっている。女にも人気があるのがもどかしい。
彼をしばらく眺めていたかったが、本当に困っているようなので声を掛けた。
「サイガ様、ユウガ様、どうなされましたか?」
「あ……ラフ様……」
ジルはほっとしたような顔をしながら私を見てきた。それに気づかない王子達は私に素直に教えてくれた。
「あの、つばさをみたかったのです」
「翼……ですか?」
「はい。ゆうよくぞくのかたは、つばさがあるとききました」
「だから、ジルさまにみせてくださいとおねがいしていたのです」
二人は好奇心丸出しの輝いた顔で私に告げてきた。なるほど、トルアガーナは犬か狼の獣人だし、我々のような翼のある人間は珍しいのだろう。そういえば、以前トウガが我が国を訪れた際にも、王子二人が翼に関心を持っていると言っていたのを思い出した。
ちなみに、翼は自由に出し入れする事ができる。魔力の高い人間ほど普段は見せなかった。だが、ジルはどう足掻いても翼を見せる事ができない。
ジルは昔、我が国に起きたある事件で身に覚えのない罪を着せられ、投獄された先で翼を奪われるという刑を執行された。私が王になる以前の事だ。
有翼族にとって、翼は命の次に大事な物だ。それが無い者は生きている価値はないと考える人間もいる。ジルもその一人で、私が王になり、冤罪だと証明して助け出した当初は、早く殺してくれと毎日のように訴えていた。もちろん却下したが。
自分は罪人という意識が未だにあるのかもしれない。冤罪とはいえ、投獄された記憶は忘れられないのだろう。
「では、私が見せてあげましょう」
「ほんとうですか?」
「はい。ジルは恥ずかしがり屋なので、代わりに私が」
「「ありがとうございます!」」
二人は嬉しそうに尻尾を振った。本当に嬉しいようだ。
私は仕舞っていた翼を広げ、二人に向かってバサバサと羽ばたかせてみた。
「「わあ……!」」
二人は同じような声を上げ、同じような反応をした。さすが双子だ。そして尻尾もはち切れんばかりにブンブンと振っている。王子という身分だが、中身はまだ普通の子どもと一緒だ。可愛い。
私は何度も翼を羽ばたかせ、二人が満足するまで触らせてあげた。二人は何度も感謝の言葉を口にしていた。
しばらくすると、リョウタロウ妃の使用人のトキが二人を呼びにきたが、ユウガ様の方は彼を見るなり頬を赤く染めていた。どうやら懐いているようだ。
すると、ユウガ様が去り際に私の耳元で囁いた。
「じつは、トキはぼくのつがいだとおもうのです」
「本当ですか?」
「はい。トキといると、あたたかいきもちになって、しあわせなのです」
「……想いが通じるといいですね」
これはまたうちと似たようなケースだ。彼も忠誠心が凄く、有能な使用人という印象だった。将来苦労するのかなあと思っていると、サイガ様も一緒になって私に言ってきた。
「はいっ! へいかも、ジルさまとずっとなかよしでいてください!」
「え?」
「おふたりは、なかよしなのですよね?」
「……そう見えますか?」
「「はい!」」
二人はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「……だとさ。聞いたか?」
「お二人には敵いませんね……」
「たまには素直になってもいいんじゃないか?」
「……はい」
ジルはばつの悪そうな顔をしながらも、ちょっとだけ素直になった。子どもには勝てないと踏んだのだろう。
「「ありがとうございました!」」
二人は私達に手を振りながら使用人に付いていった。ジルはずっと二人を眺めている。その笑顔を見ていると、このくらい私にも笑顔を向けてくれたらいいのにと思ってしまう。
「二人とも素直で可愛いですね……」
「私達も子作りするか? あのトウガも子どもができたら可愛がっているんだ、私はもっと可愛がるぞ?」
「冗談はやめて下さい」
「私は本気でお前との子が欲しいと思っているが?」
「……」
ジルは黙って俯いてしまった。気を損ねたかと思ったが、よく見ると耳が赤かった。
「素直になれ、ジル」
「……」
ジルはか細い声で「はい」と呟いた。
このままこの状態が続いけばいいのにと願わずにはいられない。それと同時に、将来ユウガ様の恋も叶えばいいと願っていた。
Fin.
応援ありがとうございます!
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めちゃくちゃ好きな話の続きで、しかも日記形式じゃなくて視点があるとか素敵すぎ!!作者様の文章構成力の多彩さに脱帽でございます。
更新ありがとうございます!
本当に大好きな作品で、何回も読み返しています( ´艸`)
サイガ君とユウガ君が小さなナイトになっているようで、微笑ましかったです!
ご感想ありがとうございます!
小さなナイトぶりが分かる番外編を先ほど更新しましたので、読んでいただけますと幸いです( ´ ▽ ` )ノ