愚かな者は世界に堕ちる

マメ

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 きっかけは偶然。同僚の女の子が落とした雑誌だった。
 俺は当時、彼女に振られたばかりでメンタルが参っていた。いや、それ以前からおかしかった。
 彼女がいなかったわけじゃない。今まで付き合った女の子には、自分なりに尽くしてきたつもりだった。金もかけた。でも、なぜか浮気されたり、振られたりが続き、一年以上続いた事がなかった。
 別れる時や浮気された時、理由を尋ねてみても、俺に原因があるわけではなく、自分が悪いと歴代の彼女たちは謝ってくれた。遠回しに友人らに聞いてみても、俺が悪いわけでもなく、完全に彼女の心変わりだった。今までずっとだ。ずっと同じ理由で振られている。
 でも、俺は結婚したかった。両親はいつも仲が良くて、俺もある程度の年齢になったら自然に付き合っている子と結婚するものだと思っていた。でも、全くその予定がない。付き合っては振られを繰り返し、気づけば、俺はもう三十五歳になっていた。男としては若い方だけれど、結婚の適齢期はとっくに過ぎていた。
 その雑誌に出会ったのは、立て続けに浮気で別れて疲れていた時だった。雑誌を拾った時に、偶然占いのページが開かれていたのだ。そこに書かれていたのはこんな内容だった。

『恋愛運・あんまり消極的すぎると相手も疲れちゃうかも。たまには積極的に誘ってみて。彼はあなたに対して何か物足りなくなっているみたい。ラッキーアイテムは雑誌。雑誌からヒントをもらえるかも☆』

 それは女性に対しての物だったが、俺にも当てはまっていた。彼女に振られた理由が「何か物足りなくて浮気してしまった」だったのだ。今まで振られ続けたせいで憶病になっていた俺は、彼女に対して積極的になれずにいた。普段なら気にも留めないようなありきたりの言葉だが、その時の俺はあまりにも疲れていた。しかも、ラッキーアイテムも雑誌で、まさに雑誌を手にした時にそれを目にした。だから、俺はその占いを信じてしまった。
「占いかあ……男でも大丈夫かな」
 そんな不安が頭をよぎったが、気になるならスッキリしたい。占いで心が楽になるなら良いじゃないか。最初はそんな感じで人気の占いの店を調べた。



 最初に訪れたのは、会社近くの占いの店だった。中は清潔感があり、受付の人の感じもいい。わりとすぐに個室に呼ばれて現れたのは、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた、見た目は普通の綺麗な女性だった。服装も一般の人と変わらない。
「こんにちは。キーナと申します。初めての方ですね?」
「はい」
「では、お名前と年齢をお願いします」
「花村修、三十五歳です」
「では、花村様、今日のお悩みを教えていただけますか?」
「実は、恋愛なんですけど……結婚したいんですけど、いつも振られるんです」
 俺は今までの恋愛と振られたエピソードを全部話した。占い師はうんうんとにこやかな笑顔で相づちを打ち、俺の事を否定せずに聞いてくれた。
 一通り話すと、彼女は机に敷いてある布の上で、トランプのような絵柄の書かれたカードを出して広げ始めた。初めて見る物だ。
「これは何ですか?」
「これはタロットカードと言いまして、多くの占い師が使用している物なんですよ」
「へえ……」
 星占いとか霊視とか、そういう占いじゃないんだな……。
 そんな事を思いながら待っていると、彼女はカードを揃えて順番にめくっていった。そして、結果を見るなり明るい笑顔でこう告げた。
「ああ……そうですね、積極性が足りないので、積極的に動くようにすれば彼女さんも満足してくれたかもしれませんね……」
「俺の行動に満足してなかったって事ですか?」
「いえ、そうではなくて、彼女さんがあなたに言った事は全て真実なのですが、何か物足りなさを感じていたようですね……」
「では、これから良い人に出会うにはどうしたらいいですか? 彼女が欲しいんです!」
「少々お待ちくださいね……」
 彼女は再びカードを広げ、もう一度揃えた後、一枚一枚広げていった。
「ああ、ご友人や知人の紹介で知り合えるようですね!」
「彼女はできますか?」
「あなたの行動次第ですね」
「はあ……」
 なんだかはっきりしなくてモヤモヤが晴れない。占いってこんな物なのか?
 俺がそんな事を思っているのも知らず、彼女は満面の笑みを浮かべながら「また何かございましたらお越しくださいね」と、規定通りと言ったような挨拶をした。


 数日後。
 俺は何だか納得がいかず、ネットで人気の占い師や、口コミで人気の占い師を調べ上げ、同じ事を聞いてみた。でも、返ってくるのは同じ事で、積極性が足りない、もっと愛情表現を、などと言ったような言葉だった。
 占いは安い物ではない。占い師によって差はあるが、大抵が数千円から万を越える物だ。だが、俺は気づけば結構な額を占いに投入していた。なのに、占い師に言われた事を実行してみても結果は同じだった。どうしても振られるのだ。
 何だ、何が悪いんだ。俺が悪いのか? 
 もうどうしていいか分からなくなった頃、同僚でもあり、友人の辻井から、「話がある」と呼び出された。
「なあ、お前……占いにハマってるって本当か?」
「ハマってない。真実を求めているだけだ」
「でもさ、かなりの金使ってるんだろ?」
「……誰に聞いた?」
「うちの奥さん。まだ社内に仲がいい子がいるからさ……女子は情報速いから」
「何を聞いたんだ?」
「お前が怪しい店に入っていく所を見た子がいるんだってさ。その店、あんまり評判良くないっていうか、ぼったくりって噂があるから心配って、女子の間で情報回ってるらしいぞ?」
「は? マジかよ」
「お前、モテるんだから占いなんかに頼らなくてもいいんじゃないか?」
 辻井はそう言ったが、俺はモテたい訳じゃない。結婚したいんだ。だから、思わず反論してしまった。
「モテたい訳じゃない。結婚したいんだ。でも、何でか浮気される。俺は浮気しない子と付き合いたい。そのためにアドバイスをもらってる」
 俺は本音を言ってみたが、辻井はやれやれと言った表情を浮かべたあと、じゃあ………と、一枚の名刺を渡してきた。
「そこに行ってみな。お前の占いジプシー、終わらせてくれると思うぞ?」
 渡された名刺を見てみると、そこには『占い師 ルイ』と書かれていた。どこかの占い師の名刺らしい。ルイという名前から察するに女性だろうか。名前の下には所属しているお店の名前が書かれていて、その住所は俺の家から近かった。
「……この人、凄いのか?」
「うちの奥さんが唯一信じてる占い師。凄く優しく背中を押してくれるらしいぞ? 一度行ってみな。人気な人らしいから予約しといたって言ってたぞ? 明日」
「は? 勝手に予約って……」
「どうせ明日も占い行くか、ネットで申し込むつもりだったんだろ?」
「うっ……」
「ほらな、なら、正確に詳しく占ってくれる人に見てもらいたいだろ?」
「ま、まあ、そうだけど……ってか、占いジプシーってなんだよ?」
「同じ内容を納得するまでっていうか、自分の思うような結果が出るまで何度も占ってもらう人の事を言うらしい。つまり、お前の事だ」
「なっ……失礼だな」
「実際そうだろ?」
「うっ……」
 俺は何も言えなかった。その通りだったから。ってか、占いジプシーって言葉も初めて聞いた。まだまだ俺の知らない専門用語があるらしい。
 でも、こいつの奥さんは俺も知っているが、かなり現実的で、スピリチュアルなんてほとんど信じないような女性だった。そんな女性が唯一信じている……その言葉に俺は心を掴まれた。
「じゃ、じゃあ……行ってみる……」
「おう、終わったらうちに来な。奥さんがどんな鑑定だったか知りたいって」
「分かった……」
 どうやら俺は辻井も辻井の奥さんも、会社の女の子からも心配されていたらしい。どこで占いの事を知られたのかは知らないが、紹介されたなら行ってみるか。家から近いし。そんな軽い気持ちで、紹介された店に行く事を決めた。
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