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「蒼ちゃん? 具合悪くなっちゃった?」
「え?」
「さっきからずっと黙ってたから……説明は終わったよ」
阿知波に言われてまわりを見ると、皆は元いた場所に戻っていた。それぞれが好きな事をしている。
「あ……終わったのか……」
「やっぱ調子悪いんだよね? 早く座って!」
「あっ……」
阿知波は蒼を無理矢理そばに置かれた椅子に座らせた。それでも、さっき聞いた事が頭の中でぐるぐる回る。
『向こうの総長……神影は…』
もしかしたら聞き間違いかもしれないし、他人かもしれない。ちゃんと聞いてみた方がいいよな。
「阿知波」
「ん? やっぱり横になる? ベッドあるよ?」
阿知波は具合が悪いと思っているのか、心配そうに顔を覗き込んでくる。
それを申し訳ないと思いながら、神影の事を聞いた。
「あの……SHINEの総長って神影って言うのか?」
「そうだよ。神影……なんだっけ?」
「瑛貴ですよ。神影瑛貴。夕禅学園の三年生です」
「あー、そうそう、神影瑛貴」
「……っ、」
阿知波はフルネームを忘れたらしく、上原が補足してくれた。
神影瑛貴。確かに二人はそう言った。そこまで同じ名前の人間はいないだろう。間違いない。神影がSHINEの総長なのだ。
もし、また病院付近で会ったらどうしよう。チームの問題で顔を会わせる機会もあるかもしれないし、いざ会うとなったら向こうも驚くだろう。こっちも黙っていた罪悪感もあるし、どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
「蒼ちゃん?」
「ちょっと、びっくりして……」
「何で?」
すると、白坂が声を上げた。
「あ、やべ」
「なんだよ」
「いや~……黒夜、お前に黙ってた事あんだわ」
「何を?」
「んー、SHINEの石蕗って奴に聞いた事」
阿知波が尋ねると、白坂は飄々と答えていた。皆は不思議そうに聞いている。
しかもSHINEの石蕗と言った。やはり彼もチームの人間なのだ。そして、きっと藤倉も。
「白坂、それは俺に関する事か?」
きっと白坂が聞いたのは、神影が蒼の知り合いだと言う事だ。それしか浮かばない。石蕗がどこまで言ったのかは分からない。もし告白の事まで言ったとしたら、それは自分の口から説明したかった。特に阿知波にだけは。そうじゃないと後々面倒な事になりそうだ。
「うん、まあ、そうだな。こいつに言ってもいい?」
「自分で言うから大丈夫」
「分かった」
やはり蒼の事だったようだ。白坂は蒼と神影の関係を知っていた。面白い事が好きなこいつが黙っててくれたという事は、これを知れば阿知波がどう出るか想像ついていたという事だ。修羅場にならない為に黙っていてくれたのかもしれない。
「黙っててくれてありがとな」
「どーいたしまして」
「蒼ちゃん、何なの?」
阿知波は少し不機嫌そうに聞いてきた。二人の間に秘密があるのが、それも白坂は知っているのが気に食わないらしい。詳しく言えば、阿知波は何で黙ってたのかと怒るかもしれない。それでも、じっくり話して理解して欲しかった。蒼は何も知らなかったのだと。
「阿知波、実は黙ってた事があるんだ」
「何を?」
「俺はさっきまで何も知らなかったって理解してくれるか? 怒らないって約束してくれるか?」
「いいけど……蒼ちゃん、早く言って」
阿知波は蒼の前にしゃがみ込み、手を握りながら見上げてきた。この様子なら大丈夫かもしれない。白坂や上原達も静かに見守ってくれていた。
「実はさ……」
「うん」
「さっき言ってたSHINEの総長だけど……」
ガタンッ!!
蒼が話そうとしたら、突然辺りに物音が響いた。音源は蒼達から少し離れた場所だ。
「何だ?」
阿知波が立ち上がり、音がした方へ顔を向けた。蒼は目の前に阿知波がいるのでよく見えない。
「またあいつか……」
阿知波はそう呟いた。どういう事だろう。気になる。
「どうした?」
「ん~? さっきさあ、変な事聞いてきた奴いてさ、今の音もそいつだったから。椅子倒したみたい」
「変な事?」
「その指輪どこで買ったんですかって」
「指輪?」
「蒼ちゃんに貰った指輪」
「へえ……」
こんな安物の指輪を気にするなんて、不思議な奴もいるものだ。特に変わったデザインでもないし、阿知波の信者だろうか。同じ物を着けたい的な。
「お前の信者じゃねえの? 同じの着けたいとか」
「やめてよキモいー」
「ありえるだろ」
そう言って笑ってやったが、阿知波の顔が真剣になった。
「あ……でもこっち見てんな……何だろ」
「どいつだ?」
やはりそいつは阿知波が気になるのだろうか。ちょっと気になってきた。
「ほら、あそこの三人組の中の茶髪の奴」
阿知波はその人物がいる方を指差して教えてくれた。蒼もそちらに視線を向ける。
「……っ!?」
そして、そいつを見た瞬間、息を飲んでしまった。そこには予想もしなかった奴がいたから。
「あいつね、日高って言うんだって」
阿知波はそいつの名前を教えてくれたが、蒼はその名前と顔を知っていた。
「あ……」
そいつは蒼の方を真っ直ぐに見つめている。
彼は、中学時代の蒼の親友で、蒼を最悪な形で裏切った男だった。
もう二度と会いたくない、思い出したくもなかった男が、そこにいた。
「なんであいつがBLACKに……」
あいつは不良じゃなかったはずだ。どちらかと言えば、頭が良くて、成績が良かった。チームに入っている上原達には絶対に近づこうとせず、遠巻きに見ていた印象だった。だからこそ、蒼が上原と一緒にいるようになって完全に離れられたのに。
でも、指輪の事なら納得がいく。日高は蒼が指輪を買った事を知っていたから。
「あいつ……BLACKにいたのか……」
上原も日高を確認して驚いている。やはり蒼と同じ事を思ったようだ。
「あいつ知ってんの?」
阿知波は二人の様子に眉を寄せ、すぐに聞いてきた。
「上原……」
「言った方がいいですよ。阿知波は全部知ってるんでしょう?」
「うん……」
「なら心配ないですよ」
縋るように上原を見ると、優しく言ってくれた。確かに、自分を守るためにもその方がいいだろう。何かあれば阿知波が盾になってくれるはず。
「阿知波、あのさ」
「うん」
阿知波は大人しく蒼の言葉を待っている。何かあると気づいたようだ。
「……あの日高って奴、中学ん時俺の親友だった奴だ」
蒼が言うと、阿知波の顔が真剣になった。
「それって……まさか……」
「ああ……俺を裏切っていじめてた奴」
「……」
阿知波はすぐに日高の方へ向かおうとした。慌てて制服を掴み、それを阻止する。
「阿知波、いいから」
「でも……蒼ちゃんが苦しむ原因になった奴なんだろ? あんなに泣いてたじゃん」
「……それでも、関わりたくない」
あいつとは二度と関わりたくない。阿知波が何かすれば嫌でも関わらなければいけなくなる。それだけは避けたかった。
「でも、」
「ねえクロ君、あいつこっち来るよ」
「え……」
橘の声に顔を向けると、本当に日高がこちらへ向かってきていた。
なんで。なんで。
あいつは蒼を嫌悪しているはずだし、なぜ来るのか分からない。あいつとの関係はもう何も無くなったはずなのに、心の中がざわざわと騒ぎ出す。なぜか手が震え、身体が冷えていく。
そんな蒼の様子などお構いなしに、日高はこちらに着いてしまった。彼は蒼の顔を確認し、笑顔を浮かべた。
「やっぱり望月だよな? 久しぶり」
そして、何事もなかったような顔で声を掛けてきた。
「さっき見てびっくりしたよ。まさか総長になってるなんて」
「……」
「さっきの説明の時は似てる人かなって思ってたんだけど、阿知波さんが望月って紹介してたからさ……背が伸びて顔つきも変わってたから分からなかったよ」
日高は蒼の返事を待たずに話している。それは数年会っていないとか、昔いじめていたなど感じさせないような雰囲気だった。
こいつは何を考えているんだろう。
何が、目的だ?
考えれば考えるほど分からなくなって、頭がくらくらする。それでも日高は話し続ける。
「阿知波さんの指輪もお前のだよな? もしかして無理矢理取られたんじゃないかって心配しちゃって……」
「……」
「……って、そのブレスレット……阿知波さんの?」
「……っ、」
日高はいきなり蒼の手を取り、阿知波のブレスレットを眺めてきた。その途端に全身に鳥肌が立ち、日高の手を振り払ってしまう。
「やめろっ!」
「望月?」
「俺に触るな」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。まわりもその様子に息を飲んでいるのが分かる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
心も身体も、蒼の全てが彼を拒否している。なのに、彼は諦めなかった。
「望月? どうしたんだよ。俺の事忘れたのか?」
「……」
「日高だよ。中学の時仲良かっただろ?」
確かに仲は良かった。でもそれは事件の前までだ。まさか本当に、自分のした事を忘れたのか。蒼はあんなに苦しんだというのに。
そう思ったら怒りが込み上げて来て、自然と声が出てしまった。
「知らない」
「え?」
「お前なんか知らない。二度と話しかけるな」
冷たい視線と拒絶の言葉を遠慮なく日高に浴びせる。彼は一瞬固まったが、すぐに焦ったように捲し立ててきた。
「望月……どうしたんだよ……!」
そして、再び蒼の腕を掴んで身体を揺すってきた。
「……」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
頭に浮かんだのはそれだった。すぐにめまいと吐き気が込み上げてきて、身体が傾くのが分かった。
「う……」
「蒼ちゃん!」
とっさに阿知波が支えてくれたが、気持ち悪さは消えないどころかますます酷くなっていく。
「ごめ、吐きそ……」
「部屋に洗面所あるからそこまで我慢できる?」
「う……、たぶん……」
「ちょっと我慢して。白坂、橘、そいつつまみ出しとけ!」
阿知波は蒼を脇に抱えたまま白坂と橘に命令した。二人は顔を見合わせ、分かったと頷いている。
「ってかさ~、触られて吐くって凄い嫌われようだよね~」
「俺、蒼ちゃんがこんなに拒絶してんの初めて見たわ……こいつ何したんだ?」
「蒼ちゃんがこうなるってよっぽどだよね~」
二人ののんびりとした声が聞こえたが、それに構う余裕はなかった。とにかく吐きたい。蒼は吐き気と戦いながらそれだけを考えていた。
「蒼ちゃん、もう少し我慢してね」
「……」
阿知波が声を掛けてきたが、返事をする余裕もなかった。
だから気づかなかった。阿知波と蒼が部屋に向かう背後で、上原が日高に掴みかかっていた事に。
知らない間に、第二の修羅場が生まれていた。
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