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「モッチー、上原、また明日なー」
「気をつけてな」
「はい」
「またな」
何とか午後の授業もやり過ごし、気づけば放課後になっていた。昼に言った通り上原が迎えに来て、それを確認するとみんなも帰って行った。
「近くまで来ているそうです。俺達も行きましょうか。体調はどうですか?」
「ちょっと怠いけど大丈夫」
薬が効いているのか、昨日よりは体調も良い。少し怠いが、あっても微熱程度だろう。このくらいなら悪いうちに入らない。
「無理は禁物ですよ?」
「うん」
上原は蒼のそういう所に慣れているのか、特に責める事なく行こうと促した。こういう所がありがたい。
上原は朝と同じように鞄を持ってくれた。靴に履き替えて校門までの道を歩いていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「望月さーん! 上原さーん!」
「ん?」
「この声は……」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、そこには息を切らしながら走ってくる速水がいた。速水は二人のそばまで来ると、蒼の顔を見ながら顔色を変えた。
「ど、どうしたんですかその怪我……」
「ちょっとBLACKの奴にやられて……」
「もしかして、舞の手下ですか?」
「まあ、な……」
速水は頭を抱えて苦しみ始めた。
「なんでですか……阿知波がケンカ禁止って命令したって聞きましたけど……」
「全員に伝わってなかったみたいですよ。阿知波がその場で制裁してましたし」
「そうですか……すみません守れなくて」
速水はしゅん……と大人しくなり、辛そうな顔で蒼を見つめてきた。
「え、あ、いや……これは急な事だったし、上原が助けてくれたから大丈夫」
「コウにも言っときます。怪しい奴がいたらすぐ阿知波に知らせるように。俺にも何かあったら言って下さい!」
「う、うん」
あまりに凄い剣幕で言われて後ずさってしまうと、上原がクスッと笑っていた。
「相変わらず犬みたいですよね」
「上原……お前な……」
「いいじゃないですか可愛くて」
「はいっ、俺、犬にでも何でもなりますよ! 総長と上原さんは尊敬してますから」
「そうですか。ありがとう」
「はいっ」
「……」
速水は素直に自分が犬だと認めてしまった。それで良いのかと思ったが、その嬉しそうな顔を見たら何も言えなくなった。これだけ懐かれると悪い気分にはならない。
「ところで、何か用があったんですか?」
すると、上原が速水に聞いた。そういえば急いでいたようだし、何かあったのかもしれない。だが、そんな思いとは裏腹に、速水はケロリと言ってのけた。
「え? 何もないですけど」
「だって走ってきたじゃねえか」
「あ……総長が松葉杖ついてたんでびっくりして……」
「「……」」
「もしかして急いでました? すみません引き止めて!」
速水は慌てて頭を下げた。二人の邪魔をしたと思ったようだ。
「いや、別にいいけど……」
「あ、じゃあ速水も一緒に行きますか?」
すると、またしても上原はとんでもない事を言った。
「大丈夫なのか? 雅宗さんに聞いた方が……」
速水と雅宗さんは面識がないはずだ。いきなり連れていくのは二人とも気を使うだろう。なのに、上原は驚く事を口にした。
「実は……さっきはみんながいたので言えませんでしたが……チームの事で話があるらしいんです」
「チーム? 何かあったのか?」
「詳しくは会って話すって言ってました。他の信頼できる幹部も連れて来ていいからって。速水は阿知波も合格って言ってたんでしょう?」
「うん……」
「という事で、速水も行きましょう」
「え? え?」
上原は戸惑う速水の肩を掴んで歩き出した。速水は蒼に助けを求めるような視線を送ってくる。
「速水、諦めろ」
「はあ!?」
上原が決めた事なら、考えはそう簡単には変わらない。雅宗さんが言うならきっとBLACKの事だろう。向こうの状況も知っておいて損はない。
「あ、あの車です」
校門を過ぎると、少し離れた所に見覚えのある黒い車が停まっていた。
「え? 本当に行くんですか?」
「当たり前です」
上原は速水を引きずるように車に向かっていく。蒼も二人を追って足を進めていった。
みんなで車に近づいて行くと、三人の姿を確認した雅宗さんは車の中から手を振ってくれた。慣れた手つきで上原が後ろのドアを開けてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
「お、お邪魔します……」
速水も諦めたのか、素直に蒼の隣に座り、上原も助手席に乗り込んだ。それを確認した雅宗さんが手際良く車を発進させる。
最初に口を開いたのは雅宗さんだった。
「突然ごめんね三人とも。びっくりしただろ?」
「いえ……わざわざすみません。車まで出して貰っちゃって……」
蒼がお礼を言うと、雅宗は困ったように笑った。
「気にしなくていいよ。謝るのはこっちの方だから」
「はあ……」
一体どういう事だろう。雅宗さんから謝られる事に覚えがなかった。
すると、上原が険しい顔で問い詰める。
「……何かあったんですよね? チームの事って言ってましたが、BLACKの事だけじゃないでしょう? 隠してますよね?」
「……バレた?」
「バレますよ。どこに連れていくつもりですか? 蒼の家とは反対方向ですよね?」
「んー……やっぱ綾には隠せないか。まあ着いてのお楽しみって事で」
雅宗はいつもの笑顔で上原の言葉をかわしていた。こういう所がたまに自分の父親と被る時があり、ついつい気を許してしまう。人生の経験の差なのか、蒼が単純なのかもしれないが、雅宗も父親も話を逸らすのが上手いのだ。
「蒼君は今日の調子はどうだい?」
「あ、大丈夫です。微熱がある程度なんで」
「そっか。なら大丈夫かな……隣の子は速水君かな? コウ君とそっくりだね」
「え……コウを知ってるんですか?俺の名前も……」
いきなり話しかけられた速水は動揺していたが、雅宗の穏やかな笑みと話し方に気を許したようだ。普通に返事をしていた。
「うん、君の事はコウ君から聞いてるよ」
「どういう事ですか?」
「速水、この人は白坂雅宗さんと言って、白坂の兄貴だ」
「え……」
「あとBLACKの溜まり場にある喫茶店のマスターです。BLACKの初代総長で……」
「もしかして、阿知波も勝てないって言う……?」
二人で雅宗さんの事を教えてやると、速水はわずかに震えながら、コウに聞いたらしき知識を口にした。何を教えてんだあいつは。
「えー? あいつそんな事まで言ってんのかー。確かに黒夜は俺に勝った事無いけどね」
「い、いつもコウがお世話になってます! すみません挨拶が遅れて……兄の速水祐太と言いますっ」
速水は顔を真っ青にしながら雅宗さんに向かって頭を下げた。弟が世話になっている相手を知らずにいたのが申し訳なくなったらしい。
「いや、構わないよ。俺だってコウ君にはうちの売り上げに貢献して貰ってるし」
「え?」
「コウ君はよくうちの喫茶店で食べてくれるんだよねー」
「そうですか……」
「BLUEとBLACKはほとんど行き来しないからしょうがないよ。気にしないで?」
「はい……」
雅宗さんがにこやかに笑うと、速水は安心したのかホッと胸を撫で下ろしていた。怒られるとでも思ったんだろうか。
と思っていたら、速水が直球で質問してきた。
「でも、何で総長と上原さんは白坂のお兄さんと知り合いなんですか? 接点無いですよね? 阿知波達と近づいたのも最近ですし……」
「「「……」」」
どうしよう。何て説明すれば納得するだろう。明らかな嘘は見抜かれるだろうし、素直に言って敵対していたBLACKと通じてたと思われるのも良くない気がする。思わず三人して無言になってしまうと、雅宗が口を開いた。
「速水君はさ、男同士の恋愛ってどう思う?」
「ちょ、雅宗さん!?」
上原は慌てて遮ろうとするが、雅宗はいつものペースで宥めていた。
「いいから。こういうのは隠してもバレるだろうし、速水君なら大丈夫だと思うんだよな。ね、速水君、どう思う?」
「男同士、ですか……」
速水はうーんと悩みつつも自分の考えを口にする。
「特に何とも思わないです。総長と阿知波がキスしてるのも見ましたけど、別に気持ち悪くなかったですし……結局二人はどうなったんスか?」
「ゲホッ」
「あ! 総長、大丈夫ですか!?」
びっくりした。いきなりすぎてむせてしまった。まさか自分にまで飛び火するとは思わなかった。
それを見ながら雅宗さんが笑う。
「なら大丈夫かな。速水君だから言っちゃうけど……実は俺と綾都……この上原君はね、付き合ってるんだ」
「は?」
「ついでに言うと、黒夜と蒼君も付き合い始めたよ」
「は……」
速水は固まってしまった。やはり急なカミングアウトは心が追いつかないらしい。しばらく黙ったまま考えを巡らせていたようだが、蒼が身体を揺さぶると我に返ったらしい。小さな声で「マジか」と呟いていた。
「信じにくいでしょうけど、マジです」
「……同じく」
「ごめんね速水君、びっくりした? でも、まだみんなが知ってる訳じゃないからさ、内緒にしててね。吉光と橘君は知ってるけど」
三人がそれぞれ肯定する言葉を告げると、速水はゴクリと息を飲み、分かりましたとだけ答えていた。
それから約十五分。着いたのは、見覚えのない場所だった。そこには倉庫のような大きな建物があり、一階には喫茶店が入っている。
雅宗さんは隣に設置されたガレージに車を難なく停めると、三人に向かって笑いかけた。
「着いたよ」
「ここはどこです?」
「BLACKの溜まり場」
「「「はあ!?」」」
「びっくりした?」
雅宗さんは笑っている。その顔には申し訳なさとか、罪悪感は一切見えなかった。
「どういう事ですか? いきなり溜まり場だなんて……蒼は怪我をしてるんですよ?」
上原が問い詰めると、雅宗さんは困った表情を浮かべた。
「ちょっとね、問題が起きたんだ」
「問題?」
「BLUEの子がBLACKの子にケンカ吹っ掛けたんだって」
「どういう事ですか? ケンカは禁止って言ったはずです」
蒼も思わず口を開いていた。自分は確かに言ったはずだ。阿知波もちゃんと伝えたと言っていた。なのにどういう事なのか。
「だからね、これはBLACKだけの問題じゃないから、君達も一緒にその子らを問い詰めた方がいいってなったみたいでさ。とりあえず捕まえてあるって」
「……」
「もしかしたら、BLUEのメンバーじゃないかもしれないでしょ?」
「まさか、舞の手下……という事っスか?」
「その可能性もあるかもしれないね」
速水が思い当たる事を口にすると、雅宗さんは否定しなかった。もしそうならBLUEに濡れ衣を着せられる可能性がある。ならば、自分達が確認した方が早い。
「分かりました……行くだけ行ってみます。濡れ衣を着せられるよりはマシです」
「蒼……」
「あ、ちなみに俺もずっと一緒にいるから安心してね」
「本当ですか?」
「うん、念のためね。蒼君がこれ以上具合悪くなったら悪いから。黒夜達もいるし大丈夫だよ」
「はあ……」
雅宗さんはそう言ったが、自分はそんなに危なっかしいのだろうか。まるで子ども相手と同じような扱いを受けている気がする。それでも、雅宗さんがいるなら心強い。他の二人もそう思ったらしく、続いて車を降りていた。
「大丈夫ですか?」
「うん」
上原の手を借りて車を降りると、雅宗さんが喫茶店の入口を開ける所だった。
「みんなこっち来て。店の奥から溜まり場に行けるから」
「はい」
「もう黒夜達もいるみたい」
「「「……」」」
緊張で黙ってしまった三人を見た雅宗さんは、何かを思い出したのか、ポンと手を叩いた。
「そうだ。実はさ、君達を連れてくるように言われたけど……蒼君は体調悪いから連れて来れないかもって言ってあるから」
「はあ……」
「いきなりこんな問題が出てきたからさ……さっき黒夜は機嫌悪かったんだ。だから蒼君が宥めてやって?」
「俺が……ですか?」
「うん。あいつが言う事聞いたら、みんなも蒼君を認めると思うからさ」
「……」
雅宗さんはそう言うが、本当に自分は宥める事ができるだろうか。キレた阿知波は面倒くさいし、蒼にもまた手を上げるかもしれない。そう思うと不安が頭をよぎってしまう。
「……責任、持てませんよ?」
「まあ、ヤバかったら俺が止めるからさ」
「はい……」
「雅宗さん、もしかしてそれが目的ですか? 蒼をBLACKに認めさせる為の……」
「まあね。手っ取り早いだろ?」
「……蒼を心配するわりには、危険な場所に連れてくるとか、おかしいと思ってたんです」
上原の問いを、雅宗さんはあっさりと認めてしまった。どうやら最初からそのつもりだったようだ。だとしたら、もう逃げられない。
「腹をくくるしかないって事ですね……」
「うーん、そこまで重く考えなくていいよ。もし誰かが君達に何かしたら、俺も黒夜もそいつ潰すし」
「は……」
「俺、君が思ってるより君達を気に入ってるんだよ? もちろん綾は特別だけどね」
「「「……」」」
思わぬ雅宗さんの告白に三人は固まってしまった。そこまで思われていると思わなかったというか、自分は上原の友人だから構ってもらっているという意識があったから。
「あれ? どうしたの? 入るよ?」
「「「はい…」」」
雅宗さんはにこにこと笑いながら蒼達を店の中へと促している。これが大人の余裕ってヤツなんだろうか。
「なんか……ついて行きます!って言いたくなりました……」
速水が一番後ろで呟いていたが、今ならその気持ちが分かるような気がした。
雅宗さんの店は、モノトーンで統一されたお洒落な内装だった。夜にはバーになるらしく、カウンターの後ろにはワインやウイスキーなどの酒類も並んでいる。
雅宗さんの作るご飯は美味しいし、簡単な物ならレシピを教えて貰った事もある。ここがBLACKの本拠地でなければ蒼も通っていたかもしれない。
「こっちだよ」
「はい」
みんなでキョロキョロと店内を見回していると、雅宗さんが店の中からはよく見えなかった場所にある扉に手を掛け、開けてくれようとしていた。すると奥からバタバタと足音が聞こえた。その後、すぐに向こう側から扉が開き、見覚えのある顔が見えた。
「ん?」
「あ、雅宗さん!」
そこにいたのは息を切らし、焦ったような顔を浮かべた橘だった。
「橘君、どうした?」
「雅宗さんがいるって事は上原達も……あ! 蒼ちゃん! 来れたの!?」
「ああ……」
「早く来て!クロ君止めて!」
「は? あいつが何かしたのか?」
「いや~、なんつーか、タイミング悪かったっつーか……」
蒼が聞くと、橘はため息を吐きながら教えてくれた。少し疲れているような気もする。
「タイミング? ああ、機嫌悪いのか。ほっとけばいいのに」
さっき雅宗は阿知波の機嫌が悪いと言っていたはず。だからと言って何か問題を起こすのもどうかと思うが、まわりの奴も近寄らなきゃいいのにといつも思う。近寄らなければ逆鱗に触れる事も無いし、自分も嫌な思いをしないで済む。しばらくすれば相手も落ち着くだろうに、なんでそれが分からないんだろう。
「も~、それは蒼ちゃんだから言えるんだよ~……」
「は? 何でだよ」
正論を言ったつもりなのに、橘は呆れた顔をした。納得がいかない。
「うちはさ、幹部の懐に入りたい奴って言うか、クロ君に気に入られたい奴が多いわけ。だから機嫌が良かろうと悪かろうとクロ君に色々してくるのよ」
「はあ」
「今回もこれを機会にBLUEを潰しましょうとか言ってきたヤツがいてさ~、協力するって言ったの聞いてないんだよそいつ」
「……」
「そいつはまだクロ君と蒼ちゃんの仲が悪いって思ってるからさ~、言いたい放題言っちゃって……」
「それでキレたのか?」
「うーん…他にもあったんだけど……とにかくさ、クロ君に気に入られればチームで過ごしやすくなるし、クロ君に憧れて入る奴も多いんだよ。あんな奴でも超強いし」
橘はなぜか気まずそうに視線を泳がせた。まだ何かあったんだろう。けれど、今は言うつもりはないようだ。慌てて話題を逸らしている。
「へえ……確かあいつはすぐ殴るんだよな? 殴られても慕うのか。みんなマゾなのか? 変わってんな」
阿知波はチーム内での暴力は日常茶飯事だと言っていた。それでも慕うという事は、そういう性癖としか思えない。
なのに、橘は否定した。
「もう! 蒼ちゃんの分からずや! そういう問題じゃないんだよー! 憧れた人になら何されてもいいって心理が分からないかなー…」
「……憧れてても暴力が当たり前の奴はちょっとなあ……」
いくら好きでも、理由もなく平気で殴ってくるような人間だと分かれば一瞬にして冷めるだろう。そういう人間とは関わりたくない。本当に、なんで自分は阿知波を受け入れたのか疑問だ。BLACKのメンバーもそうだし、やはりあいつには何か人を支配するというか惹き付ける能力があるんだろうか。
「それを受け入れたのは蒼ちゃんでしょ!? とにかく来て!」
橘は蒼達を手招きすると、再び扉の向こうに消えてしまった。残された四人は顔を見合わせたが、速水は感心したように呟いた。
「……阿知波の事を放っておけとか言えるの総長くらいですよ」
「そうですね……恋人の余裕ってヤツですか?」
「はあ? 何言ってんだお前ら……」
まさかの上原までそんな事言うとは思わなかった。納得が行かなくて顔をしかめていたら、雅宗さんが笑っていた。
「そうだねえ。チームにいる時はあいつが絶対だからね。止められるかどうかは別として……行ってみようか?」
「……」
「ムカついたらキレていいからさ」
「はあ……」
雅宗さんはそう言いながら扉の向こうに入っていった。
本当に大丈夫なんだろうか。止められる保証はないし、止めに入って殴られたら本気でキレてしまいそうだ。
「仕方ねえか……」
「行きますか?」
「うん」
まあその時はその時か。ここまで来たなら開き直るしかない。
なんとか自分にそう言い聞かせながら、蒼達は雅宗さんの後に続いた。
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