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マメ

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「黒夜、こいつと言い合う為に来たんじゃないだろ。聞きたい事もあるんだし、一回落ち着け」
 蒼ちゃんが泣くぞ? と静かに脅せば、黒夜は「チッ」と舌打ちをしておとなしくなった。うん、蒼ちゃん効果は絶大なようだ。これからはこの作戦で行こう。
 向こうを見ると、神影も他の幹部から宥められていた。やはりトップがこの調子じゃまずいよな。
「……本題に入ってもいいか?」
「……ああ」
 かろうじて声を絞り出した二人は、眉間にしわが寄っていた。不本意なんだろう。でも、話を進めるためには仕方がない。
 神影ははあ……と深いため息を吐くと、俺達に言い聞かせるように口を開いた。
「どういった経緯なのかは聞いているか?」
「ああ……こいつらがお前らの幹部を襲ったって言う……」
 黒夜が確認するように呟くと、神影は後ろに視線を送った。
「そうだ。それでそいつは骨折するような重症を負った……芹沢、前へ」
「はい」
 神影が声を掛けると、芹沢と呼ばれた男が俺達の前に来た。ショートウルフの髪を茶色に染め、目つきは悪いが格好いい部類に入るであろうその男は、腕に包帯を巻き、顔に痛々しい痣を残していた。
 神影はそいつを見ながら俺達に言う。
「こいつが被害者だ。腕の骨折に全身打撲。全治一ヶ月」
「「……」」
「芹沢、お前を襲ったのはそいつらで間違いないか?」
 芹沢と呼ばれた男は、俺達の後ろで身をすくませている連中をじっと見ると、「はい」とだけ静かに答えた。
 それを見た黒夜は後ろの奴らに命令する。
「おい、お前ら前に出ろ。こいつにちゃんと詫びを入れるんだ」
「「「は、はい!!!」」」
 慌てて前へと出てきた五人は、芹沢の前に立つと「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「「……」」
 神影と芹沢は黙っている。謝るだけでは不満なんだろうか。
「そいつの治療費はこいつらに出させる。それでいいか?」
 黒夜が確認するように問うと、神影は意味深な笑みを浮かべた。
「足りないな」
「あ?」
「ただ謝るだけでは誠意が見えない。土下座させろ」
「……」
 神影は淡々と土下座と口にした。やっぱりな。ただ謝るだけでこいつが納得するはずがない。
「見た所……お前達からすでに罰を受けているようだが、まさかそれだけで俺達が納得するとは思ってないだろう?」
「……まあな」
「早くしろ」
 神影の命令に対し、黒夜はなんとかこらえて五人に命令した。
「SHINE側の要望だ。言うとおりにしろ」
「は、はい……」
 五人は顔色を無くしながらなんとかその場に座ると、再び謝りながら地面に額をこすりつけた。 
「「す、すみませんでした……」」
「「……」」
 五人は芹沢の前にひれ伏している。神影達はそれを見下ろし、静かに眺めたままだ。
 しばらくの沈黙の後、神影が口を開いた。
「……芹沢、どうだ?」
「はあ、まあ……いいんじゃないっすかね。でも、一発ずつ殴っていいですか?」
「……という事だが、阿知波」
 芹沢の提案に神影が視線を寄越すと、黒夜も「ああ」と頷いた。
 芹沢は一人一人を渾身の力で殴った後、スッキリしたと笑っていた。まあ、そうなるよな。
「この件はこれで終わりでいいか? ちょっと聞きたい事が……」
 芹沢が下がったのを確認して、黒夜が舞の話をしようと口を開くと、神影が首を振った。
「まだだ」
「何だと? 芹沢もいいって言ったじゃねえか」
 神影はうっすらと笑っている。ああ、何か嫌な予感がする。
「阿知波、お前の謝罪がまだだ」
「は? 何言って……」
「チームのメンバーの過失はトップの過失。ちゃんと躾ておけばこういった事は防げたはずだ。つまりはお前の責任……違うか?」
「くっ……」
「確か、チームに迷惑を掛けた奴は制裁……がBLACKの信条だったな。それでも言う事を聞けない奴が出てくるのは……お前、舐められてるんじゃないか? ずいぶんと信用されてないんだな」
 神影は黒夜を嘲笑うように責め立てている。心底楽しいのだと言わんばかりに。
「……」
「なんだ、何も言えないのか……自覚があったんだな」
「てめえ……」
 あははと笑う神影を睨みつけ、歯を食いしばっている黒夜からは殺気が漂っていた。
 今回の件は明らかにこっちが悪い。下手に出ると決めた以上、黒夜は我慢すると決めているようだが、この調子ではいつキレるか分からない。
 おいおい、頼むからこれ以上刺激しないでくれ神影さんよ。
 心の中でそう祈っていると、神影がさらに煽る事を言ってきた。
「カリスマと呼ばれた男も地に落ちたようだな。女ができるとこうも変わるのか?」
「あ? 意味が……」
「お前、恋人ができたらしいな。ソウちゃん……だっけ?」
「「!?」」
 神影が発した「蒼ちゃん」の名前。まさか、望月の存在を知っているのか?
黒夜もその言葉に衝撃を受けているようだ。顔つきが変わった。
「ああ、二人とも顔色が変わったな。まさかと思ったが……やっぱり本当だったのか」
「「……」」
「それとも……砂原舞」
「「な……」」
「どっちがお前の本命だ?」
 俺達を挑発するように問い掛けた神影は、本当に嬉しそうに笑っていた。
 くそ、だから腹黒は嫌いなんだよ。



 黒夜は黙っていた。何を考えているのか全く分からない。逆ギレするかと思ったが思いのほか冷静なようだ。
 そして、ぽつりと呟いた。

「……謝ればいいんだな?」
「……ああ」
「……」
 黒夜は静かに膝をついた。
「おい……嘘だろ……」
「あの阿知波が……」
 SHINEの連中は、みんなして信じられないと言った表情を浮かべ、ありえないと口にしている。俺だってそうだ。こいつが兄貴以外に膝を折るのを初めて見た。
「蒼ちゃんの為か……」
 相手は望月の存在を知っている。ここで抵抗すれば、黒夜の弱点でもある望月に被害が及ぶかもしれない。
 そう簡単にあいつが負けるとは思わないが、今の望月は不安定だ。これ以上迷惑を掛けたくないんだろう。
「黒夜……」
「構わない。お前は黙って見ててくれ」
 黒夜は静かに頭を下げると、両手を地面につき、神影に向かって土下座した。
「……悪かった。これは全て俺の責任だ。俺がこいつらの管理をできていなかっただけの事……許して欲しい」
 神影はゴクリと息を飲み込み、しばらく眺めていた。他の幹部達も同様だ。
 そして、驚愕した表情のまま、やっとの事で口を開いた。
「は……はは……凄いな……ここまで効果があるとは。そんなに自分の女に手を出して欲しくないか」
「……」
「お前が自分の意思を曲げてまで土下座した……ずいぶんとその女に惚れ込んでいるようだな……笑わせる。調教でもされたか?」
「……うるせえ……どこまで知ってやがる」
 黒夜は唸るような声で問うが、神影はひらりと躱した。
「さあな。まあ、不特定多数の人間がいる場所で気軽に電話なんかしない事だな。ソウちゃんとの会話、聞かれてたみたいだぞ?」
「……」
 神影は黒夜の目の前に来たかと思うと、突然黒夜の髪を掴み、グイッと引っ張り顔を上げさせた。
「なあ阿知波」
「……なんだよ」
「俺は嬉しいんだ。お前に初めて弱点ができたんだからな……」
「は……死ねばいいのに」

 ゴッ……!

「!」
 神影は黒夜の顔を遠慮なく殴りつけた。力を全く抑えなかったのか、酷く鈍い音が俺の耳にも聞こえてくる。
 神影は鬱憤を晴らすように、何度も黒夜を殴った後、吐き捨てるように告げた。
「お前も落ちたもんだな……たかが女一人でここまで無抵抗になるとは……」
「……」
「BLUEと決着がつかないのもそのせいか? ずいぶんと対立が長引いているようだが……女ができて慎重になったか?」
「……」
 ん? どういう事だ?
 神影は「ソウちゃん=BLUEの総長」という事を知らないのか?
 そういえば、さっきから望月の事を「女」と言っている。確かに蒼ちゃんという呼び方だけでは男だと分かりづらい。黒夜も疑問に感じたのか、さっきまで険しかった顔が少し穏やかになっていた。
 だが、男だとバレていない可能性があるとは言え、黒夜の態度は「ソウちゃんという人物」が大切なのだと神影に知らしめるには充分だった。SHINEに狙われるのも時間の問題かもしれない。
「黒夜」
「分かってる」
 ボロを出すなよという意味で名前を呼ぶと、黒夜はしっかりと頷いた。その顔は殴られて赤くなり、口の端が切れて血が滲んでいた。
 少し頭の中を整理したらしい黒夜は、神影をじっと睨みつけると口を開いた。
「で、これでお前の気は済んだのか?」
「はは、やっぱりお前は食えない奴だな……」
「そりゃどーも」
 神影は黒夜の変わらない態度に飽きてきたのか、あっさりと手を離した。黒夜は顔をしかめながらゆっくり立ち上がると、改めて神影に向き直る。
「……気が済んだならこっちも聞きたい事がある」
「……何だ?」
「砂原舞の事だ」
「……ちょっと待て」
 神影は他の幹部達に目配せすると、自分のそばに来るよう促した。
 芹沢と、名前は忘れたが金髪の男はこちらを卑下するような視線を向けていたが、ただ一人、黒夜が昨日会ったという男は所在なさげに目を逸らしていた。店で会ったという事をまだ言ってないのかもしれない。見るからに顔色が悪くなっていた。
 どうしよう。いじりたい。
 だが、今は話を聞くのが先だ。その思いを胸に閉じ込め、二人が話し始めるのを待つ事にした。
「何ですか影さん……終わったんじゃないの~?」
 金髪の男が神影に聞くと、神影は困ったような顔をした。
「聞きたい事があるそうだ」
「はあ? 何なの? もういいじゃん用は済んだんだからさ~」
「うっせーぞ黙ってろこのカス」
 黒夜はイライラしたのか金髪に向かってすぐさま暴言を吐いた。金髪は絶句している。まあ、確かに何かウザいよなこいつ。 
「な……」
「てめえに聞いてねえんだよ。俺に勝った事もねえクセに、調子ん乗ってんじゃねえよこの馬鹿が!」
 黒夜はまだ金髪に怒鳴っている。
 あーあー……ただでさえ機嫌悪かったのに……火に油を注いじゃってまあ……本当に金髪は馬鹿だな。空気読めない奴なのか。
 すると、神影が金髪を庇うように前に出た。
「阿知波、こいつを責めるのはよせ。これでもうちの幹部なんだ」
「はあ? そんな馬鹿が幹部だなんてSHINEの方こそ落ちたんじゃねえの?」
「……………まあ、ちょっと思い込みは激しいがデキる奴だ」
 神影はしばらく間を空けた後、庇ったのか庇ってないのかよく分からないコメントをした。どうやら、神影も金髪の性格に手を焼いているらしい。
「ちょ、影さん酷い……今、間が空いたよね? しかも、これでもって……」
 「藤、お前はちょっと静かにしてな。お前の性格はこいつに遊ばれるだけだ」
「……はい」
 自覚があるのか無いのか、しょんぼりしながら返事をした金髪が面白かった。黒夜はそれを見ながら鼻で笑った。
「はっ! お前の方こそ部下の躾がなってねーじゃねえか。笑わせんな」
「……なんだと? 影さんを貶すんじゃねえ!」
「藤、やめとけ」
 再び黒夜に食ってかかった金髪だが、神影の制止を受けると素直に従った。だがその顔は不満そうだ。
「何で止めんの……」
「こいつに何を言っても無駄だ。これ以上事を荒立てたくないだろ?」
「……」
「先輩、落ち着きましょう」
 金髪は神影と黒夜の知り合いらしい幹部二人に宥められ、渋々引き下がった。
なるほど。金髪はすぐに血が上るタイプだが、あいつは冷静な奴らしい。いまだに顔色悪いけど。
 改めて向き直った神影は、鋭い視線をこちらに寄越した。
「で? 質問の続きは?」
「答えてくれんのか?」
「内容次第だな」
 神影は黒夜の問いかけに曖昧な返事をした。まさか、言うだけ言わせて答えないつもりじゃないだろうな。こいつの事だからあり得るぞ。
「……じゃあ聞くけど」
「ああ」
「望月蒼って知ってる?」
 黒夜は突然望月の名前を口にした。おいおい、いきなりフルネーム教えてどうすんだ。また弱味を握られるぞ。
「おい黒夜、何考えてんだ」
「いいから黙ってろ」
 黒夜の目は真剣だ。何か考えがあるのかもしれない。 
「望月蒼……? さあ……知らないな。ソウって事は、お前の女の名前か?」
 神影はすぐに否定した。どうやらフルネームまでは知らなかったらしい。
「……ならいい」
 黒夜は少しほっとしたようだが、何かを考える素振りをしながら一息つくと、静かにこう言った。
「じゃあ、アオ君て知ってる?」
「!」
「……?」
 黒夜が「アオ君」という言葉を口にすると、神影の顔つきが急に変わった。なんだ? 知り合いか? 
「お前……なぜ、その名前を……」
 神影は震える声で黒夜に問いかけるが、黒夜は意味深な笑みを浮かべているだけで答えようとはしない。
「……なるほどな」
「阿知波、なぜその名前を知っている?」
「お前に教える義務はない。お前だって蒼ちゃんの事知ってただろ?」
「くっ……」
「もう一度聞く。質問に答えてくれるよな?」
「……分かった」
 神影は忌々しそうに黒夜を睨みつけながらも素直に頷いた。
「形勢逆転……だな」
 黒夜は見下すように睨みつけると、あははと嫌みたっぷりに笑った。相変わらずドSだな……すげえ楽しそうだ。
 つーか、アオ君て誰なんだろ。
「なあ黒夜、アオ君て誰?」
「ん? ああ……」
「阿知波、早く質問を」
 俺が聞くと、すかさず神影が遮った。そんなに知られたくない人物なんだろうか。
「アオ君てのはな……まあ、帰ったら教えるわ」
「あっそ」
 どうやら黒夜もここで言うつもりはないらしい。後で教えてくれるならまあいいか。
「阿知波」
「分かった分かった。そんなに焦るなよ」
 神影は苛つきながら黒夜を促している。よほど早くこの場を終わらせたいんだろう。さっきとは打って変わって焦りだした神影の様子が面白かった。
「じゃあ質問だけどよ」
 黒夜は髪をかき上げながらため息を吐いた後、今日の目的を口にした。
「砂原舞を知っているか?」
「……ああ」
 神影は眉間にしわを寄せながら、苦しそうに呟いた。続けて黒夜が問う。
「もう一つ聞く。砂原はBLUEの傘下を潰し、それは俺が指示した事になっているそうだ。もちろん俺は指示してない。これはお前らの差し金か?」
「……違う。砂原と俺達はもう何の関係もない」
「もう……って事は、昔はあったのか?」
 黒夜がもう一度聞くと、神影は再び苦しそうな顔をしながら話し始めた。 
「砂原は確かにSHINEにいた。だが、ある事がきっかけで追い出した」
「ある事?」
「……SHINEの後ろ盾のおかげで自由に過ごしていながら、お前に媚びを売り、チームの人間を見放した」
「前の抗争の時か?」
「ああ、そうだ。あいつは溜まり場に帰ってからもBLACKに入りたいとぬかしやがった。しかも、怪我をしたチームの人間を置いて帰ってきてな」
「……」
「それで、そこの芹沢に言ったそうだ。“BLACKに入りたいんだ。どうすればいい?”ってね」
「「……」」
 思わぬ言葉に黒夜と二人で絶句していると、神影はうんざりしながらため息を吐いた。
「チームの幹部に、他のチームに入るための相談をするような馬鹿がいると思うか?」
「いや……普通は……」
「いないよな……」
 普通の神経ではなかなか言えないだろう。仮にも今まで世話になったチームだ。本当に感謝しているなら隠しておくはず。舞には感謝の気持ちがないんだろうか。
「普通じゃ考えられない事だ。砂原には恩を仇で返された。すぐに追い出したさ」
「じゃあ、なんでうちの奴と繋がってんだよ」
 黒夜がそう質すと、神影はちらりと芹沢を見た。
「……芹沢がな、紹介したそうだ」
「なんだと?」
「芹沢、説明を」
「……はい」
 芹沢が神影の隣に立ち、気まずそうにしながらぽつぽつと話し出す。
「砂原は元々俺の友人でした。SHINEに紹介したのも俺です」
「「……」」
「砂原ですが、最初は計算でまわりを振り回してるんだと思っていました。だから俺は面白くて、そばにいた」
「……それで?」
「けど、計算ではなかった。あいつはただの世間知らずな馬鹿な人間なだけだった。全ては親の力なのに、それを……自分の力だと……自分が愛される存在なのだと勘違いをしていた」
「はっ! 砂原ってのはずいぶんとおめでたい奴なんだな」
 黒夜がからかうように笑うと、芹沢も渋い顔をした。
「はい、砂原の家はそれなりに裕福な家です。夕禅学園もそういう家柄の奴ばかり……だから、教養はあって当然だと思っていました」
「……」
「でもそれは違っていた。あいつは、自分以外の人間は全てただの駒にしか思っていなかった! あんなに尽くしてくれていた陽輝さんですら都合の良いだけの存在だった……!」
 芹沢は髪をぐしゃぐしゃに掻き回しながら辛そうな面持ちで叫び始めた。それは今までの事を後悔しているのだと言わんばかりだ。 
「で? どうしてそこからBLACKに繋がるんだ?」
「……砂原は下僕にあんたの事を調べさせていました。家族構成からチーム内における影響力まで。あんたが阿知波グループの御曹司って事も知ってる」
「うえ……気持ちわりい……」
 黒夜は気持ち悪そうに腕をさすっている。まあ、当然の反応だな。
「それで、あんたが自分に相応しいって言い始めた」
「げ……なんだそいつ……本当に気持ちわりい……」
 黒夜は途端に顔色を悪くした。改めてとんでもない奴に狙われていると悟ったらしい。黒夜には悪いが、舞が好きになったのが俺じゃなくて良かったと心から思ってしまった。いくら顔が良くても中身が最低じゃあな。
 芹沢はさらに言う。
「砂原はBLACKに入るにはどうすればいいか聞いてきました。俺はもううんざりしてた。早くあいつを追い出したかった」
「で?」
「そこで気づいたのが、報告書に書かれていたBLACKとBLUEとの関係です。そこには二つのチームが対立していると書いてあった」
「……それで?」 
「さらに、あんたがBLUEの総長と全戦引き分けで決着がついていないと書かれていた」
 黒夜は心なしかイライラしている。俺も嫌な予感がした。まさか……。
「……だから?」
「あんたとBLUEの総長は仲が悪い。BLUEの総長を潰せば、あんたに気に入られるんじゃないかと……」
「言ったのか? 砂原に?」
「……はい。いきなり幹部に行くのは難しいから、まわりの傘下から潰せばと……」
 信じたくはなかったが、芹沢は否定をせずに頷いた。
「俺は……あいつがSHINEから出て行ってくれるならなんでも良かった……だから、BLACKにいる知り合いを紹介しました。それからは知りません」
 なんて事だ。全てはこいつから始まっていた。そのまま鵜呑みにする舞も問題だが、こいつも結局は自分の事しか考えていない。自分のチームのために、BLUEを売ったようなもんだ。
「おい黒夜、どうする……げ」
「……」
 黒夜を見ると、表情が無くなっていた。拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込んでいる。
 マズい。これはマズいぞ。
 なんとか落ち着かせる方法はないかと頭の中で考えるが、出てきたのは「望月にご褒美として何かしてもらう」という事だけだった。望月のいない今、それは全く役に立たない考えだ。
「黒夜、落ち着け」
「無理」
 なんとか宥めようと声を掛けるが、黒夜の中で限界を突破したらしく、すぐにでも芹沢に襲いかかりそうな剣幕だった。 
 ああ、灰路も呼べば良かった。俺一人じゃ無理だな。
 諦めて見物にまわろうかなあ……なんて気持ちを切り替えようとしたその時、神影が驚いた様子で芹沢に食ってかかった。
「芹沢、なんだそれは。お前がBLUEを潰せと提案したのか? 聞いてないぞ……」
「……」
「BLACKに紹介しただけではないのか?俺達にしていた話と違うじゃないか」
 神影の様子から察するに、芹沢は神影達にはBLACKを紹介しただけと話していたようだ。
 紹介して舞が勝手に行動を起こしたのと、そそのかされて従ったのでは全く意味が違ってくる。後者の場合、BLUEが襲われたのは確実にSHINEが原因になる。芹沢はそれに気づかなかったのだろうか。
「芹沢、なぜ黙っていた? それではSHINEが原因でBLUEが襲われた事になるじゃないか」
「すみません……! あいつがチームから離れてくれるならなんでも良かったんです……BLUEは俺達とは繋がりも無いし、潰れた所で胸も痛まない。だから……」
「犠牲にしようとしたのか?」
「はい……BLUEとBLACKは対立してますし、BLACK側にも何の問題はないだろうと……黙っていれば勝手に潰れてくれると思いました」
「「「……」」」
 なんて事だ。全ての原因はこいつだった。舞はたぶん馬鹿だから、こいつが言わなければ「BLUEを襲えば黒夜が喜ぶ」なんて考えなかっただろう。それを思うとやりきれない。
「全ての元凶はSHINEて事か……」
「黒夜?」
 黒夜は突然ぶつぶつと何かを言い始めた。顔も無表情のままだ。
「誤解してるようだから言っておく。BLACKとBLUEはもう対立してないし、BLUEの総長と俺の仲は悪くない」
「……違うのか? 情報屋の話では確かに……。それに、お前は何度も向こうの総長とやり合ってるんじゃないのか?」
 神影が聞き返すと黒夜は「ああ……」と頷いた。
「勝手にいがみ合ってたのは下の奴らだけだ。俺達は特に意識してねえし。まあ、確かに少し前まではぶつかってたし、向こうの総長に嫌われてたけどな。今は違う」
「違う……というと?」
「物凄く仲が良いって事だ」
 「「……」」
 何言ってんだこいつ。
「おい、そんなん神影にアピールしてどうするよ」
「まあ黙ってろって」
 呆れて黒夜を責めてしまうと、黒夜は俺の肩をポンと叩いて宥めてきた。何を言うつもりなんだろう。
 神影も訝しげにこちらを窺っている。黒夜の行動が読めないのは向こうも同じらしかった。
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