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しおりを挟む「あいつ、本当に疫病神だ。今度はBLUEを潰そうとしてる」
藤倉が心底忌々しそうに吐き出している。
「それは確かな情報か?」
「うん。信じたくなかったけどね~……BLUEの傘下が襲われた時、金髪の少年がBLACKの奴を従えてたって情報だよ。BLUEの奴がそう話してたらしい。舞って呼ばれてたって」
「何の為にですか? BLUEは砂原に対して何かしたんですか?」
石蕗は理由にまだピンと来ていないのか、とんちんかんな事を言った。それを藤倉は呆れたように見つめている。
「石蕗君、本気で言ってんの~?」
「え……」
「なんで砂原がSHINEから追い出されたのか忘れたの~? 陽輝さんを捨てて阿知波の女になろうとしたからじゃん」
「そうなんですか?」
石蕗はなぜかびっくりしている。幹部なら知っている話だが、耳に入っていなかったのだろうか。
「……知らないのか? みんな知っていると思ったが……」
すると、石蕗は首を振った。
「いや、砂原がBLACKに入りたがったという話は聞いていますが、阿知波の女に……というのは初めて聞きました」
「そうだっけ~?」
「はい。それに俺が幹部になったのは最近ですし、詳しい話はあまり……」
石蕗は真剣な顔だ。嘘は言っていないだろう。肝心な部分を言い忘れていたという事か。
「すまない。肝心な部分を教えていなかったな……悪かった」
「そうなの? ごめんね~石蕗君」
「いえ……」
石蕗は気にしていないようだが、教えておいた方がいいだろう。
「砂原は陽輝を捨て、その場で阿知波にBLACKに入りたいと……女にしてくれと媚びを売ったそうだ。ま、あっさり拒否られたらしいけどな」
「そうだったんですか……でも、砂原がBLUEを襲った時、BLACKの奴と一緒だったんですよね? 阿知波は受け入れたって事ですか?」
石蕗が疑問を口にするが確かにそうだ。阿知波は砂原を拒否したと聞いた。だが、砂原はBLACKの連中と共にいた。そこが繋がらない。
「そこなんだよ石蕗君!」
すると、藤倉が身を乗り出した。まだ何かあるらしい。
「情報屋がうちの奴をBLACKの奴に接触させたらしくてね、そしたら何て言ってたと思う?」
藤倉は楽しんでいる様子を隠そうともしていない。たぶん阿知波やBLACKが困るような内容なんだろう
「さあ……」
「藤、もったいぶってないで早く言え。時間の無駄だ」
「影さんは堅すぎ~もっと楽しもうよ~」
藤倉はつまらなそうにため息を吐くと、仕方ないなあと教えてくれた。
「BLUEの傘下を潰しているのは阿知波さんの命令だ。砂原は阿知波さんの恋人だって言ってたんだってさ」
「……」
「本当ですか?」
石蕗も信じられないらしい。まさかという表情を浮かべている。
「本当だよお! しかもね、阿知波の命令ってのは砂原が言ったらしいよ~。阿知波さんがBLUEの総長が邪魔だから潰して欲しいって言ったって。BLACKの奴も最初は疑ったみたいだけど、勝手に阿知波の女を騙れば自分の身が危うくなるし、嘘じゃないだろうって砂原を信じてるって……」
「……」
話を聞いた限りは納得のいく内容だが、果たして阿知波がそんな事頼むだろうか。
あいつは面倒くさがりな性格だ。誰かに頼んで手間を掛けるくらいなら自分で堂々と乗り込むはず。ましてや、BLUEの総長は自分と対等に闘えるような相手だ。それより弱い部下を向かわせる筈がない。
「ちょっとまて藤。それは信用できないな。BLUEの総長は阿知波と互角なんだろう? そんな相手の所へ自分より弱い奴を向かわせるとは思えない」
「ですよね……しかも噂が本当なら、阿知波にはソウちゃんとやらがいるんでしょう? まさか、砂原がソウちゃんと呼ばれてる……とは思えないのですが……砂原の名前はソウではなかった気がしますし」
やはり石蕗も違和感を感じたようだ。ソウちゃんとやらの関係まで考えている。
「うん。おかしいよね。BLACKの奴の証言と事実とが全く噛み合わないんだ。ソウちゃんの話にしても、砂原の名前は舞だ。どこにもソウなんて文字は入ってない」
ガシャン!
「「ん?」」
また石蕗が大きな音を立てた。今度はお冷やの入ったグラスを倒してわたわたしている。
「何やってんの石蕗君……」
「大丈夫か?」
「は、はい、すみません……」
カウンターからタオルを借りて拭いていると、石蕗は小さな声で何かを言っていた。
「舞……確かあの時……でも……まさか……」
「石蕗、何だ?」
「い、いえ……そういえば砂原の名前って舞だったなって……」
「石蕗君そこまで忘れてたの~?」
「はあ……すみません……」
石蕗は焦るように謝っているが、なんだか怪しい。やはり何かを隠していそうだ。
「石蕗、後でちゃんと言えよ?」
「はい……」
「じゃあ続きね~」
再び顔色が悪くなった石蕗を置いて、藤倉が先を続ける。
「だからね、BLACKの連中は砂原に騙されてんじゃないかなって思うんだよね~」
「騙されてる?」
「うん。阿知波が男に走るとは考えられないし、白坂や橘の話の方が信用できる。だから本命はソウちゃんだとする。さらに、BLACKみたいなデカいチームの幹部に新人同様の砂原が簡単に近づけるとは考えにくい」
「確かにそうだな……」
「ええ……」
「どんな手を使ったのかは知らないけど、まずは下っ端から懐柔して、徐々にチーム全体に認めさせようとしてんじゃないかなって」
「なぜBLUEを潰す? しかも阿知波に知られたらアウトだろ」
BLACKはどのチームよりも躾が行き届いていて、総長に逆らえば制裁が待っていると聞く。そんな危険を犯してまで砂原につく理由が分からない。
「ええ、デメリットしか思い浮かびません」
石蕗も複雑な面もちで俺に同意している。すると、藤倉が困ったように肩をすくめた。
「それがさ、BLACKの連中は砂原をかなり褒めてたらしいんだよね。心酔してるというか……だから都合のいい事を言って信じさせたんだと思う」
確かに、あいつは口だけは達者だった。幹部は無理でも、下っ端の奴らを取り込むくらいは簡単にできるだろう。
「それで?」
「簡単に考えるとさ、BLACKはBLUEと対立してる。って事は、阿知波はBLUEの総長と仲が悪いわけだ。影さんが阿知波の立場ならどう思う?」
「まあ、BLUEの総長が潰れればいいと思……あ?」
「ね?」
「まさか……代わりに潰してやろうって事ですか?」
石蕗もようやく気づいたのか驚いている。
「阿知波の敵はBLACKの敵……BLUEの総長を潰して自分を認めさせようって事か……?」
「たぶんね。BLUEを潰せば阿知波が自分を認めて女にしてくれるとでも思ったんじゃないかな~? 単細胞すぎるけど」
「陽輝の時と一緒だな……最低な奴……」
「BLUEと総長はとんだとばっちりですね……可哀想に」
石蕗の言う通り、BLUEは何もしていない。ただ、BLACKと対立していただけだ。それだけで被害を受ける事になった。それはおそらく、砂原の勝手な思い込みによるもの。
砂原は元々、SHINEに在籍していた人間だ。追い出した時にそれで関わりはなくなると思った。だが、奴は今になってまた目の前にちらつき始めた。今度は新しいターゲットを携えて。
このタイミングでBLACKと揉めたのは何かの偶然だろうか。偶然と言うには出来すぎている気もするし、運命と言われても従いたくはない状況だ。それほど砂原の存在はSHINEにとってタブーであった。
SHINEとBLACK。さらにBLUE。
三つのチームの歯車が、徐々に噛み合おうとしていた。
「……」
「影さん? どうしたの?」
「いや、砂原はまだ懲りてないのかと思ってな……追い出す前に確実に潰しておけば良かった」
BLACKだけならまだいい。まさか、何の関係もない他のチームにまで手を出すとは思わなかった。しかも、まわりとの争いを避けているチームだ。
BLACKと渡り合えるほどの連中が抗いもせず、きちんと総長の考えに従っている。という事は、皆が総長の考えを認めている証拠。それだけの器量のある人物なんだろう。
「BLUEの総長……か」
「影さん? BLUEがどうかしたんですか?」
「……BLUEの総長に会いたい。どうにかして話せないだろうか?」
「え!?」
「何言ってんの影さん!」
二人が口々にまさかと呟いているが、俺の心は決まっていた。
「BLUEの総長に会いたい。彼らは巻き込まれただけだ。砂原を野放しにしたのは俺達の責任でもあるし、彼らに砂原の情報を伝えたい」
「そんな無茶な~……」
「藤倉、分かってくれ。ここでまた現れたのも何かの縁だ。今度こそ砂原を確実に潰したい。それにはBLUEの協力が必要だ」
「まあ……確かにそうですね。砂原の情報を伝えて早く解決するならそれに越した事はない」
「え~? 石蕗君まで…」
藤倉はまだ実感が湧かないようだが、石蕗は理解してくれたようだ。
だが、それにはもうひとつ問題があった。
「実はな、BLUEの総長に興味があるのはそれだけの理由じゃない」
「他に何かあるんですか?」
「……BLUEには上原がいるだろ」
「あ……!」
「上原? 凄い人なんですか?」
藤倉は忘れていたのか顔色を青くし、石蕗はよく分からないのか首を傾げていた。
BLUEの幹部には上原綾都という人物がいる。彼は俺達と同じ上流階級の人間で、幼等部と初等部を夕禅学園で過ごしていた。小さな頃から何事にも動じないクールな奴で、学園の校風に染まる事はなく、権力のある奴に媚びる者や自分に近づいてくる者を馬鹿らしいと見下し、冷ややかな目で見ていた。
結局「校風が合わない」との理由で、中学からは普通の公立に通う事にしたようだ。元々未練はなかったのだろう。あっさりと学園からいなくなった。
学園の校風に染まらず、学園の連中を馬鹿にしている。そう……上原は、俺と同じタイプの人間だった。
その上原が、BLUEに在籍していると知ったのは中学の時。何度目かのBLUEとの抗争の時だった。奴の性格は昔のままで、人を見下すような態度は変わっていなかった。そして、現在は副総長を務めている。
上原は目的の為なら手段を選ばないような人間だ。もちろんカリスマ性もあり、誰かの下につくという事など考えられない。
その上原が総長にならず、あくまで二番手に甘んじている。それは、奴が総長を務める人物を受け入れ、その下につく事を認めている証拠だ。
上原を従わせるほどの人物……そこに興味があった。
「上原は……誰かの下につくなど考えられないような奴だ。その上原が総長にならず、副総長でいる事を認めている。つまり誰かの下につく事を認めたという事だ。その人物に興味が湧かないか?」
「まあ……確かにそうだけどさ~……なんか複雑~あいつ苦手だし……」
藤倉は拗ねたように口を尖らせている。こいつは昔、上原に馬鹿にされていたから思い出しているんだろう。
よせばいいのにわざわざ口を出し、「余計なお世話です」とあしらわれていたのを見た事がある。
陽輝も上原の性格をなぜか気に入っていた。仲間に入れようとしていたが「興味がない」の一言であっさり撃沈していたのを覚えている。だが、陽輝はしばらく諦めていなかった。もし上原がこのまま学園にいたら、SHINEに入れようとしていたかもしれない。
「その上原って人は聞けば聞くほどクセのある人物のようですが……ちょっと気になりますね。それほどの人物が認めた相手……」
石蕗は興味を示したのか頷いていた。まだ会った事がないから気になるんだろう。
「ああ……しかも、上原はアオ君の友人だった」
「え!?」
「影さん本当~?」
二人は驚いたのか動きが止まっていた。無理もない。俺だって信じたくはなかったのだから。
「ああ、俺が生徒会長をやっていると聞いて……自分の友人も生徒会長なんだと言っていた。上原って奴だと。金持ちって言ってたからたぶん本人で間違いない」
「アオちゃんと上原か……想像できない……アオちゃん利用されてんじゃないの~……?」
「俺もそう思ったけどな……アオ君は上原をいい奴だって言ってた。利用されてるような感じではなかったぞ?」
利用されていたならもっと苦しそうな顔をするだろう。認めたくはないが、アオ君が上原の事を話していた時の顔は穏やかで、心から信頼しているような口振りだった。
すると、石蕗が閃いたように口を挟んだ。
「あ、じゃあアオ君もBLUEの総長を知っている可能性がありますね」
「「なんで?」」
「え……なんでって……」
「アオちゃんは不良じゃないでしょ石蕗君!」
「アオ君からチームの話は一度も聞いた事がないぞ?」
「でも……アオ君も上原さんもBLUEの総長も西高でしょう? しかも同級生ですし……いくら不良じゃないとは言え、話くらいは聞いてると思いますけど……」
「……」
そこまで聞いて思い出した。アオ君にBLUEの事を聞いた時、彼は驚きもせずに「よく知ってますね」と言わなかったか。
しかも、俺の友人にチームの人間がいる事には驚いていたが、上原がチームに在籍している事には驚いていなかった。
という事は、すでに話を聞いている可能性が高い。そして、BLUEの総長は上原が信頼している人間だ。親しい友人ならば、アオ君にも紹介しているかもしれない。
「そうだな……アオ君も知っているかもしれない。確かBLUEの事を聞いた時、よく知ってますねって言ってたような……」
「そうなの? アオちゃんまさかBLACKに狙われたりしないよね? 上原って敵が多そうだし~……」
「BLACKの事はあまり知らないような感じだったぞ? 反応してなかったし」
BLUEの時とは裏腹に、BLACKの事を話した時の反応は薄かった。ならば、それ以上の事は聞いていないという事だ。
できればアオ君を巻き込みたくはない。ただでさえ優しい子なのだ。チームのいざこざに巻き込まれれば、あっという間に精神がやられてしまうだろう。それだけは避けたい。
「ま、とにかく……BLUEの総長とどうにかして話をしたい。なんとか連絡は取れないか?」
「うーん……情報屋に聞いてみようか~? ネットワーク凄そうだし、BLUEの情報担当に繋がるかもしれないし」
「そうだな……この件はお前に任せた。ま、とりあえずは明日だな。BLACKがどう出るか……」
そこまで言って石蕗を見ると、なぜか眉間にしわを寄せて唸っていた。さっきからまた黙っていたが、やはり今日の石蕗はおかしい。
「石蕗? どうした?」
声を掛けると、石蕗はハッとしながら姿勢を正した。
「いえ、アオ君ていろんな人に愛されてるなと思って……影さんやマスター達もそうですし、その上原さんていう難しそうな人まで凄いなって。みんなが繋がってた事もびっくりしましたけど……」
「まあ……あの子はいい子だからな。当たり前だ」
素直な気持ちをそのまま言うと、なぜか二人が吹き出した。
「影さんてば盲目すぎ~!」
「恋はここまで人を変えるんですね……」
「うるせえな……さっさと帰るぞ!」
恋は盲目。まさにそうかもしれない。
俺はアオ君を好きになって、人を気遣い、人に優しくするという事を学んでいた。
アオ君が初恋なわけじゃない。けど、それまで恋なんて馬鹿らしいとさえ思っていた俺が、恋が楽しいと思うようになった。
これからもアオ君は、俺の新しい一面を見つけてくれるだろう。そう思うと、アオ君に感謝せずにはいられなかった。
だが、まずは目の前の事から片付けなければ。
明日のBLACKとの対面。できれば穏便に事を進めたい所だが、阿知波がどう出るかは分からない。優しさの仮面を剥ぎ取り、しばらくは総長としての自分に専念しよう。でなければあっという間に敗北してしまう。それほど阿知波という男は厄介な人間だった。
「……まずは、明日、だな」
「「はい」」
それを他の二人も感じたのか、気づけば険しい顔つきになっていた。
決戦の時まで、あと1日。
時は、刻々と迫っていた。
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