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12 side:橘
しおりを挟む本当にびっくりした。
クロ君に彼女ができた。しかも男。
あ、男だから彼女じゃないか。まあいいや。
ミツ君に聞いた時は、また冗談を言ってからかってきたんだと思った。だけど目の前の光景が現実なのだと主張する。
話には聞いていたけど、本当にクロ君が甘かった。そして「捨てないで」と縋っていた。
明日世界が滅亡するのかな。
ふとそんな事を思ってしまった。
だって、クロ君がそこまで執着するなんてありえなかったから。
しかも、ミツ君や上原までもが蒼ちゃんを認めている。みんなが蒼ちゃんなんて呼ぶから、女の子みたいな小さな子なんだと思っていた。けど違った。
蒼ちゃんは可愛いという形容詞は似合わなかった。でもそれはブサイクとか平凡という意味じゃない。背も高いし、可愛いよりは綺麗とかかっこいいという言葉の方が似合う。しかも、BLACKと仲が悪いはずのBLUEの総長だった。
どこをどう見ても男にしか見えない蒼ちゃん。クロ君はどこに惚れたんだろう。最初は不思議に思っていたが、一緒にいると可愛い部分が見えてきた。ていうか、ちょっと天然なのかな?
そして、今がまさにそれだ。
*
突然疲れが襲ってきたらしい蒼ちゃんは、クロ君に身体の不調を訴えていた。
「なあ……ちょっとダルいかも」
「具合悪くなっちゃった?」
「分かんねえけど、頭がぼーっとする……」
そういえば、今日はクロ君が病院に付き添ったと聞いていた。体調悪いのにいきなり押しかけられて、さらに冷やかされたら疲れるよな。気ィ使うだろうし。
悪い事しちゃったなあ俺。
「すみません。病人なのに無理させました。ベッドに行きますか?」
「んー……」
上原が気遣うように声を掛けたが、蒼ちゃんはぼんやりしていた。そしたらクロ君が遮った。
「ちょっと待った。蒼ちゃんにメシ食わせねえと。今日全然食ってねえから薬飲めねえ」
「そうなんですか?」
「あまり食欲無くて……」
蒼ちゃんは眠たそうにしながらもなんとか答えていた。
「さっき買ってきたうどん食う?」
「眠い……」
「でも食べないと薬飲めないよ?」
「うん……だるい……」
クロ君が提案するが、だんだん口数が少なくなった蒼ちゃんと会話になっていなかった。ていうかクロ君の喋り方いつもと違うよな。
「おにぎりなら食べますか? 橘、さっき買ってましたよね?」
「あ? ああ……はい」
ずっと観察していたから、いきなり話しかけられてドキッとしてしまった。
昆布と鮭のおにぎりを渡すと、蒼ちゃんはじっとおにぎりを見つめたまま動かなくなった。
……気に入らなかったのかな?
「あれ? 昆布と鮭嫌いだった?」
「……」
聞いてみても、蒼ちゃんはずっと黙っている。と思ったらいきなりぐらついた。
「おっと」
とっさにクロ君が蒼ちゃんの肩を、上原が背中を支えた。凄い連携プレーだ。
「大丈夫ですか?」
「悪い……すげーだるくて……動きたくない……」
蒼ちゃんは今にもまぶたがくっつきそうだ。これで何かを食べるなんて無理なんじゃないかな。
「困りましたね……」
「じゃあこうしよう」
上原が悩んでいると、クロ君が蒼ちゃんを後ろから抱え込み、そのまま膝の上に乗せてしまった。
「「おお~!」」
思わずミツ君と二人ではしゃいでいると、上原がなぜか焦っていた。
「ちょっ、それは……蒼! 大丈夫ですか?」
「ん……」
上原が声を掛けても、蒼ちゃんは手に持ったおにぎりを見つめたまま曖昧な返事をしている。それはさっきと変わらなかった。
「あれ?」
上原は不思議そうにしている。何かあるのかな。
それを受けてクロ君が言う。
「たぶんだけどさ、意識がはっきりしてない時は平気なんじゃねえか? 俺が触るって分かってたのもあるけど」
「そういうものですか……」
「誰だか分かってなくて突然、がダメなんだろ」
「なるほど」
二人が何やら話しているが、何の事か分からなかった。
「クロ君、何?」
「黒夜、説明しろ」
説明を求めると、上原が教えてくれた。
「蒼は後ろから急に触れられるのがダメなんです。昔いろいろありまして、トラウマというか……」
「急に触るとどうなるんだ?」
ミツ君が聞くと、クロ君が苦しそうな表情を浮かべた。
「震えが止まらなくなって動けなくなる。昔を思い出すらしくて……俺も知らずに何回かやっちまって……泣かせた」
「昔って?」
そう聞いてみると、二人は顔を見合わせて悩んでいた。
「言った方がいいでしょうか……」
「軽蔑するような奴らじゃねえし、蒼ちゃんを守るためには必要かもな」
クロ君が頷くと、上原が衝撃的な事を口にした。
「蒼は中学の時に誘拐事件に遭いまして……その時後ろから襲われたので、それからダメなんだそうです。暴力や性的虐待も受けたらしくて……思い出すとか」
「な……」
「性的虐待……?」
あまりの衝撃に、ミツ君と二人で呆然としてしまった。誘拐に暴力に性的虐待……いくらなんでもヘビーすぎるだろ。蒼ちゃんを見る限り、そんな過去があるようには見えないし。
「同じ中学の奴でも詳細は知らないと思います。他言無用でお願いします」
まさかの真実に動揺してしまったが、ミツ君は冷静になったようだった。
「じゃあ黒夜のセクハラは逆効果だったって事か。よく付き合えたなお前ら」
「ああ……蒼ちゃん優しいから絆されてくれた」
クロ君は蒼ちゃんを抱えながら嬉しそうに笑った。
そして、当の本人の蒼ちゃんはというと。
……寝ていた。
「黒夜、蒼ちゃん寝てるぞ?」
「あ! 蒼ちゃんまだ寝ないで」
「……ぅ……?」
ミツ君が突っ込むと、クロ君が慌てて蒼ちゃんを起こしていた。なんとか目は開けたがあまり反応しない。そのままクロ君は蒼ちゃんが持っていたおにぎりを取りあげ、ビニールを外してから再び蒼ちゃんに渡していた。
「はい」
「……」
蒼ちゃんは目の前に差し出されたおにぎりを無言で受け取り、眠たそうにしながらもそもそと食べ始めた。ちょっと可愛いかも。
「なあ……蒼ちゃんていつもこうなの?」
さっきのしっかりした言動と違いすぎだろ。
素直な疑問を聞いてみると、クロ君と上原が頷いた。
「弱ってる時は可愛くなるんだよな……あと眠い時。寝起きとか可愛すぎて身がもたない」
「ちょっと素が出るみたいですね。昔からこうでした」
「マジ?」
上原の言葉にクロ君が目を輝かせた。
「ええ、チームに入ってすぐの頃はこんな感じでした。強くなってからはあまり見せないようにしてますけど……元々の天然な部分が出るというか……本人分かってませんけどね」
「チームに入ってすぐか……その頃の蒼ちゃんに会いたかったな」
「あの頃はまだ可愛い系でしたから、会ってもあなたは“気持ち悪い”って言ったんじゃないですか?」
「そういえばお前……女みたいな見た目の奴に迫られてボコってなかったっけ?」
「クロ君……泣いて縋られても足で払って踏んでたよね?」
「う……」
クロ君は言われて言葉に詰まっていた。心当たりがあるらしい。
ミツ君も思い出したのかからかっていた。そして俺も便乗した。だって楽しいじゃん。
「それは……好きでもねえ奴に迫られても気持ち悪いっつーか……」
「あなたがそれを言いますか。それはそのまま蒼の気持ちですよ?」
「あ?」
「嫌いな奴に迫られセクハラまでされて、どれだけ蒼が拒否しても追いかけ続けたのはあなたです。自覚ないんですか?」
「……」
上原が責めた途端にクロ君は黙ってしまった。自分のした事を思い出したらしい。そんなにしつこかったのかクロ君。
「蒼はあなたに会う度暗い顔をしていました。会いたくない。死ねばいいのに。どうすれば諦めるだろう。そうやって相談された事は一度や二度ではありません」
「……」
「分かっていますか? この関係は蒼が折れたから成り立っているんです。今でこそ、本人はあなたを頼りにしているようですし、雅宗さんもあなたを認めているのは分かります。ですが、これ以上迷惑をかけたら……分かりますね?」
「……はい」
上原が睨むと、クロ君が静かに返事をし、蒼ちゃんをきつく抱き締めていた。
怖い。怖すぎる。
あのクロ君が言い返さないで言う事を聞くなんて、相当蒼ちゃんに惚れてんだな。上原も蒼ちゃんを心配しているのが分かるし、すげー大事にされてんだな蒼ちゃん。
「……」
蒼ちゃんを見ると、まだおにぎりを食べていた。会話はあまり聞こえてないみたいだ。クロ君にだっこされてるのも気にしてないっぽい。こんだけ緊迫しているのに凄いなあ。
「なんか蒼ちゃんて……大物だよな?」
「だろ? 面白いよな。あれですげー強いんだぜ?」
こっそりミツ君に耳打ちすると、ミツ君は笑いを堪えるのに必死だったようだ。少し涙を浮かべて腹を押さえていた。
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