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マメ

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 男の腕の中は心地が良くて、このまま眠ってしまいそうになる。
男も何も言わず、あやすように蒼の背中をさすっていた。
 この時間が続けばいいのに。
 ぼんやりとそう思いながら、男の胸に身を預けたままにしていると、突然身体を揺すられ、名前を呼ばれて意識がはっきりとしてきた。
「……ちゃん……蒼ちゃん?」
「あ……?」
 そっと目を開けて見上げれば、心配そうに覗き込む阿知波の顔が目に入った。
「良かった……動かないから心配で……」
「俺……?」
 ぱちぱちと瞬きをする蒼を見て、男が安心したように微笑んだ。
「落ち着いた?」
「ああ……」
「顔、すごい事になってるよ」
 顔に手を添えられ、涙の跡をなぞられたかと思うと、いきなり目尻にキスされた。
「……っ、」
 浮かんでいた涙を舐め取られ、もう一度まぶたにキスされる。すると、言い表せないような不思議な気持ちが心に浮かび、思わず男の肩を軽く押していた。
 距離を取った蒼を見つめ、男が問う。
「……まだ、怖い?」
「え?」
「さっき蒼ちゃん、すごく怯えてたから。やり過ぎたって反省してる」
 ばつが悪そうに頭を掻く男は、本当に反省しているようだった。珍しい事もあるものだ。
「いきなり襲ってごめんね?」
「お、襲っ……」
 そうだ、俺はこいつに襲われたんだ。
 阿知波の言葉で何をされたか思い出した蒼は、更に距離を取ろうと後ずさる。
が、男は蒼の肩を掴み、顔を寄せてこう囁いた。
「震えてる蒼ちゃん、可愛かった」
「なっ……」
 男を見ると、あの時の蒼の姿を思い出したのかニヤニヤと締まりのない顔をしていた。
「可愛すぎて……見てるだけでイきそうだった……」
「やめろっ」
 聞いているのが耐えられない。男の口を塞ごうと胸倉を掴めば、急に男が真剣な顔つきに変わった。
 そして、掴んでいる蒼の手を包み込み、ぐっと力を入れた。
「痛っ……」
 突然の痛みに手を離すと、すかさず男は手を握ってくる。そして、再び自分の胸の中へと蒼を引き込んだ。もがく蒼を楽しむかのように、がっしりと身体を掴まれ、逃げる事が出来なくなると、そのまま顎を持ち上げられ、男の視線と蒼の視線がぶつかった。
「……ねえ蒼ちゃん。昔、何かあったの?」
「……っ、」
 ピクリと身体を震わせれば、蒼を拘束する男の力が強くなった。
「さっきの蒼ちゃん、いつもと違ってた。いきなり襲った俺も悪いけど……前はあそこまで泣いたり怯えたりしなかったよね?」
「……」
「覚えてる? ずっとごめんなさいって謝ってたんだよ?」
「あ……」
「なんか喋り方も幼かったし……」
 男がどんどん追い詰めていく。
 あの事を知ったら、こいつは……阿知波は、どんな反応をするのだろう。
 この男の事だから、そんな些細な事と言って笑うだろうか。それとも、拒絶? 
 どちらにせよ、これ以上傷を抉られたくはなかった。蒼にとっては恐怖の源でしかないのだから。
「も、もういいだろ……俺に構うな」
「嫌だ。俺は蒼ちゃんが好きなんだよ?  キス以上の事もしたい」
「ふ、ふざけんなっ」
 男の腕を掴んで睨みつけるが、男は気にならないといった表情で言葉を続けていく。
「そういえばさ、街で会った時も震えてたよね……えーと、確かあの時は後ろから抱きついて……あ」
「……!」
 男は何かに気づいたようで、俯いた蒼の顔を優しく撫でた。
「蒼ちゃん、後ろから来られるのが嫌なの?」
「……」
「そうでしょ? あの時も……さっきも後ろからだった」
 ドクドクと心臓の音が激しくなり、額から汗が流れていく。落ち着かせようと自分を抱きしめるが、身体の震えは止まらなかった。
「あ……ぅ……」
 震える身体を抑えながら、何とか声を絞り出す。
「し、知って、どうするんだ……?」
「蒼ちゃん?」
「知って、弱みを握って、どうするつもりだ? 俺を、脅すのか?」
「蒼ちゃん、俺はそんなつもりじゃ……」
 そうだ。きっとこいつは、俺をからかうネタが欲しいだけだ。そして、散々弄んで飽きたら捨てる。そうに違いない。
 そう思ったら、溜め込んでいたものを吐き出していた。
「俺はただ、普通に暮らしたいだけなのに……チームだって、みんなと集まって騒げればそれで良かった……BLACKと対立するつもりもなかったんだ」
「……」
「なのにどうして、放っておいてくれないんだ……お前も…舞も……お前に抱かれたい奴なんかいくらでもいるだろう? どうして俺なんだ……頼むから……俺に構わないでくれ……!」
 一気にまくし立てると、全てがどうでも良くなってくる。
 このまま言ってしまおうか。そうすればこいつも幻滅して、蒼に構って来なくなるかもしれない。
 男は困った顔をしながらも口を開いた。
「蒼ちゃん……何度も言ったけど、俺は蒼ちゃんが好きなんだよ? 俺は蒼ちゃんしか欲しくない。なんで信じてくれないの?」
 苦しそうに眉を寄せる男は、蒼を抱く腕に力を込めた。
「だって……お前はいつも違う女を連れていたじゃないか。男に走るなんて信じられるか。俺の事もからかって楽しんでるだけだろう? すぐ手に入らないから執着しているだけだ。一度ヤればそれで終わり……違うのか?」
 男に視線を合わせてそう告げると、男の目つきが鋭くなり、そのまま力任せに押し倒された。男が馬乗りになり、蒼の腕を拘束する。
 男の顔には表情が無くなっていた。
「……蒼ちゃん……それ、本気で言ってんのか」
 息がかかるほど近くまで顔を寄せた男は、蒼の目をじっと見つめてくる。
「……本気だと言ったら?」
「……てめぇ……いい加減にしねえと……」
 眉を寄せ、唸るような低い声が男から漏れる。

 ほら、やっぱり。
 思い通りにならなければ、本性が出る。

「ヤりたいだけなら他を当たれ。BLACKの中にもお前に掘られたい奴いるんじゃないか?」
「黙れ!」

 パンッ!

「く……っ、」
 乾いた音と共に、左頬に鋭い痛みが走る。男の手に打たれたのだと分かった。
ジンジンと痺れるような痛みが続き、口の中も多少切れたらしい。血の味が口内に広がっていく。
「あ……ごめ……蒼ちゃ、」
 男が自分の右手と蒼を交互に見ながらうろたえている。それが酷くおかしかった。この男がそんな顔をするなんてありえない。
 そうだ。《あの時》もあの男は、蒼が逆らえば暴力で黙らせようとした。お仕置きと称して。
 やはり、弱い者は暴力に屈しなければならないのか。
 そう思ったら自然に涙が流れていた。
「蒼ちゃん!?」
 拘束する手の力が緩まり、蒼の腕は自由になった。だが、動く気力は残っていない。そのまま力を抜いて涙を流し続けると、男は黙ってしまった。
「みんな……そうなんだな……みんな、暴力でねじ伏せようとする」
「え?」
 突然話し出した蒼に、男は意味が分からないと言った表情を向けた。
「……俺が昔、何をされたか知りたいって言ったな?」
「それは……うん……」
 もう、全部言ってしまおう。
 そうすれば、この男も諦めるに違いないから。
「……四年前に、この街で起きた誘拐事件を知ってるか? 男子生徒ばかりを狙った…」
「ああ……俺はその時期この街にいなかったけど、けっこう何人も被害に会ったとか聞いたな。それがどうした?」
「……れ、は……」
「蒼ちゃん?」
「……俺は、その事件の被害者だ」
「な……!」
 さすがの男も驚いているらしい。目を見開き、何も言わずにこちらを見つめている。
「当時俺は……まだ背も低くて、ケンカも出来ないくらい弱かった。顔も女と間違われたくらいだ」
「……」
「ある日、学校帰りに歩いていたら、突然後ろから羽交い締めにされて……口を塞がれて……気づいたら知らない場所にいた。手足を縛られてな。後ろからが嫌なのはそのせいだ」
「……」
「それから何をされたと思う?」
 男は黙って蒼の話を聞いている。どう反応していいのか分からないのかもしれない。
「犯人は……そいつは俺に、性的虐待をした。少年嗜好の男だったんだ」
「な……」
「俺はそれまで、男にそういう対象にされるなんて思いもしなかった。身体中触られて舐められて、気持ち悪くて。逃げようとすれば殴られた。助けが来るまで、毎日毎日、ずっとだ。ずっと……男の言いなりになって……嫌だと泣き叫んでもやめてくれなかった」
「……っ、蒼ちゃん……ごめ……」
 男が止めようと言葉をかけるが、一度吐き出してしまえばもう戻れない。堰を切ったように言葉が溢れてきてしまう。
「一番嫌だったのは……嫌なのに、怖くてたまらないのに……気づいたら身体が反応していた事だ。信じられるか? 無理やりされていたのにだ」
「……」
「だから、男にそういう目で見られるのが怖いんだ。また反応したらどうしよう、自分が自分でなくなってしまうかもって……それに、後ろから急に触られると、拉致された時を思い出して……震えが止まらない」
「蒼ちゃん、分かったから……もう……」
 男は辛そうな表情を浮かべている。自分が煽った事とは言え、思いも寄らぬ告白に聞いた事を後悔しているのだろうか。
「分かっただろ? 俺は汚れてる……お前に好かれる資格なんてない。チームだって……こんな弱点がある総長なんて最悪だろ? 辞めるべきだってずっと思ってた。いざという時、俺は役に立たないかもしれない」
「蒼ちゃん、俺は……」
「幻滅したか? なら帰ってくれ……、っ!?」
 男の身体を押し返して起き上がろうとすると、再び腕を押さえられ、床に身体を縫い付けられてしまった。
「幻滅なんかしねえよ。蒼ちゃんは汚れてなんかいない」
「阿知波……?」
「バカにすんな。俺の想いは、そんな事聞かされたくらいで終わるような軽いもんじゃねえ。俺だって最初は戸惑ったさ。男相手に気持ち悪い、こんなの嘘だって。だから、男に惚れた時点で覚悟はできてんだ、絶対離れないし、離れるつもりもねえよ」
 今まで見たこともないくらいの真摯な瞳に見つめられ、思わず息を飲んでしまう。
「……」
「今まで女なんてヤれれば良かったし、いなくなったら次がすぐ見つかった。勝手に寄ってくるからな。女なんて消耗品だ。会えない誰かに会いたいなんて考えた事もない」
「……最低だな」
 分かってはいたが、やはりこいつは最低な男だ。女が消耗品だなんて、今まで抱かれた女達が聞いたらどう思うだろう。
「でも、蒼ちゃんが俺を変えたんだ……」
「……」
「会えない日は辛いし、会いたくなる。蒼ちゃんの為ならなんだってしてやりたい。ヤれなくても我慢出来る。誰かの為に何かをしてやりたいなんて、こんな気持ち初めてなんだ。本気で蒼ちゃんが…お前が好きでたまらない。こんな風に誰かに好きだなんて言ったこともない。お前に助けられたあの日から、俺はずっと……お前に捕らわれたままだ」
「……」
 男は蒼を抱きしめ、首すじに顔を埋めた。
「絶対に、何があっても離れてなんかやらない。お前が嫌だって言っても、追いかけて、追いかけて、逃がしてやるつもりもない。俺にはお前が必要だから。だから、汚れてるなんて言うな……役に立たないなんて言うなよ……」
「阿知波……」
 何があろうと離れない。男の想いの深さに心がざわめくのを感じた。
 この気持ちはなんなのだろう。よく分からなかった。ただ一つ分かるのは、男に必要とされて嫌な気分になっていないという事だけだ。
 今まで付き合った女はいたが、ここまで自分を想ってくれる相手はいただろうか。これからそんな相手に出会えるだろうか。
……自分はそこまで、誰かを想う事ができるだろうか。
「……」
 どうしていいか分からなくて、解放されていた手を男の背中に回してみる。男の背中は温かかった。
 手が触れた瞬間、男がピクリと反応し、顔を上げて蒼の顔を窺ってくる。なぜだか目尻に涙が見えた。
「……バカだな。なんでお前が泣いてんだ」
 男の頭に手を伸ばし、髪を撫でるように梳くと、男がくしゃりと顔を歪ませた。
「だって、蒼ちゃんが分かってくれねえから……」
 もう一度蒼を抱きしめ、男が拗ねてくる。以前ならば、鬱陶しいだけだった男の行動を、今は不思議と受け入れてしまう自分がいた。男の本音を聞いたからだろうか。
 男は抵抗しない蒼を確認して、静かに言葉を紡いでいく。
「まさかそんな目に会ってるなんて思わねえし……俺、蒼ちゃんの傷を抉るようなことばっかしてた……最悪だ……ごめん……」
 自分のしてきたことを反省しているらしい。苦しそうな声がそれを物語っていた。
 ここまで打ちのめされている男は初めて見る。酷いことをされたのは蒼だというのに、なぜだか男が可哀想になってしまった。
 許す言葉の代わりに男の頭を撫でてみる。すると、男が再び謝ってきた。
「蒼ちゃん、酷いことしてごめん」
「……うん」
「でも、好きになったことは後悔してない。諦めるのも無理」
「……うん」
 男が蒼の身体ごと身を起こし、少し腫れてしまった頬を両手でそっと包んでくる。
「……俺が怖い?」
「……少し、でも」
「でも?」
 男の右手に自分の左手を重ね、うつむきながら呟いた。
「……こうされるのは、嫌じゃない……かも」
 男の手は少しひやりとしていて気持ちがいい。あんな事をされたというのに、不思議と嫌悪は感じなかった。
「……」
「……どうしたらいい?」
 男を見上げると、蒼を見つめたまま固まっていた。少し顔も赤いような気がする。
「阿知波?」
「……蒼ちゃん、だからそれ、分かっててやってんの? 可愛すぎ」
「へ?」
「はー……もう、自覚ないのがタチ悪い」
「えっと……」
 男は笑顔を浮かべると、蒼の頬を撫でてくる。
「少しは俺を受け入れてくれたって事じゃない? 本気で嫌ならこんな事されても気持ち悪いだけでしょ?」
「……そう、なのかな」
「そうだよ。蒼ちゃんだったら……嫌なら殴ってでも抵抗するだろうし」
「……」
 そうなのだろうか。ただ弱っているから、優しくされて流されているだけかもしれない。
 しかし、この男が嫌ではなくなっている自分がいるのは確かだ。好きなのかと聞かれれば違うような気もするが。
 自分で自分がよく分からない。悩む蒼を前にして、男は嬉しそうな顔を浮かべていた。
「蒼ちゃん」
「ん……!?」
 男の顔が近づいたと思ったら、すかさずキスをされてしまった。チュッと音を立てて唇を離すと、男は蒼に質問をしてくる。
「どう? 気持ち悪かった?」
「いや……大丈夫……」
 さっきのような恐怖も無いし、気持ち悪さも特になかった。慣れてしまったのだろうか。
「じゃあさ、練習しよ?」
「練習?」
 意味が分からず聞き返すと、男はニッと笑った。
「さっきみたいに怖がらせたくないから、少しずつ練習。最初はキスだけでいいから」
「は……? 俺はお前を……」
「好きじゃないのは分かってる。でも、嫌いでもない。分からないんでしょ? どうしていいのか」
「う、うん……」
 素直に頷くと、男は蒼の手を握ってきた。
「今、蒼ちゃんに好きな奴はいる?」
「いない……けど」
「なら、俺にチャンスをちょうだい。分からないなら、好きになる可能性もあるだろ? 触れ合ってるうちに自覚するかもしれないし。本気で嫌がられたら抑えるから」
「でも、お前はそれでいいのか? 俺だって、こんな気持ちのままじゃ……」
 言わば、心が伴わない関係だ。好きかどうか分からないまま誰かと触れ合うのは複雑すぎる。虚しくならないのだろうか。
「俺は蒼ちゃんが好きだから、蒼ちゃんに触れるなら構わない。いつか好きにさせてみせるし」
「……」
「それに、手を握られても嫌がってないみたいだし。前の蒼ちゃんだったら絶対振りほどいて殴ってたよね?」
「う……」
「ね? 俺、ちょっとは期待してもいいと思わない?」
「……」
 男にまくし立てられ、断るつもりだった蒼の思考が鈍くなっていく。
 このまま流されてみたらどうなるだろう。男の思いのままになるだけではないのか。やっぱり違うと気づいた時、後悔しても遅いのに。
 そう思うのに、なぜか男の思うようにしてやりたいという気持ちが湧いてしまった。先ほどの告白を思い出したからだろうか。
 蒼だけを求める悲痛な叫びは、思いのほか心に響いていたらしい。
「……心は、やれない。お前は本当にそれでいいのか?」
 もう一度確かめると、男は素直に頷いた。
「うん、蒼ちゃんに触れるならそれでいい。人前ではやらないし、嫌がったらすぐにやめる」
「……」
「蒼ちゃん、お願い……」
「……わかった」
 以前と違い、この男を完全に否定する事のできない自分に負けた。
「……ありがとう蒼ちゃん!」
「うわっ」
 テンションが上がった男に急に抱きつかれ、バランスを崩してしまう。
倒れそうになる身体を腕で支えて顔を上げると、男の顔が近くなった。
「蒼ちゃん……血が出てる」
「……っ、」
 唇を指でなぞられ、ピリッとした痛みが走る。さっき唇を噛みしめたせいで傷ができていたらしい。
「キスしていい?」
「……」
 男の顔が近づいてくる。同時に頬を指でくすぐられて、とっさに目を閉じてしまった。男の吐息を身近に感じる。
 はじめはそっと、労るような優しいキスだった。啄むように何度も唇に触れ、蒼の反応を窺っているかのようなキス。 
 しばらくそれを続けていたが、男が突如滲んでいた血液を舐め取った。その刺激に震えが走ってしまう。
「ん……」
 じわりと感じた甘い痺れ。それをやりすごそうと男の腕を掴めば、ねだっていると勘違いしたらしい。男は舌を入れてこようとした。
「蒼ちゃん、口開けて」
「……」
 言うがままになるのがなんだか悔しくて、ぎゅっと唇を結んでしまう。すると、すかさず舌で舐められ、歯列をノックされた。 
 だが、それだけではやはり満足してくれないらしい。男の右手が蒼の顎を掴み、口を開けさせようと力を入れる。
「……ほんと、頑固だよねえ」
「あ……っ、んぅ……」
 力のせいでわずかに開いた隙を、男は見逃さなかった。待ってましたとばかりに噛みつき、唇をこじ開け侵入してくる。即座に舌を吸われ、絡み取られてしまった。
「んー……!」
 男の胸を叩いて抗議するが、蒼の身体と頭をがっちりと押さえた腕の力は緩まない。
「は……っ、蒼ちゃん……蒼ちゃん……」
 蒼の名前を呼びながら、男は蒼の口内を掻き回す。叩かれた時にできた傷も舐められた。痛みと痺れが蒼の中に広がっていき、どんどん抵抗できなくなった。
 蒼の力が抜けたのと同時に、男の攻めが激しくなっていく。舌に思い切り吸いつき、味わうように粘膜を舐めている。
「んぁ……やめ……」
「蒼ちゃん……好き……」
 顎を押さえられているために口を閉じる事ができず、唾液が端から零れていった。男はそれも逃すまいと舐め取っていく。
 あまりに濃厚な口づけに、食べられてしまうのではないかと不安になってしまった。



「ん……ふぁ……」
 ひとしきり貪られ、最後に唇を吸われると、男は蒼を抱きしめてきた。
「蒼ちゃん、好きだよ」
「……」
「いつか俺を好きになってね……」
「……」
 どうしていいか分からなくて、黙ったまま男の肩に頭を乗せると、頭上から微かな含み笑いが聞こえた。
「ま、今日はこうして触らせてくれただけでも良しとするか」
「……」
「蒼ちゃんは俺が守るからね」
「……」
 髪を撫でられて、心が落ち着いていく。けど、この気持ちに慣れてはいけないような気がして、男の身体を押し返した。
「……お前、もう帰れ」
「……酷い」
「うるさい。もう夜だし、帰れ」
 時計を見れば午後八時を越えていた。このままだと泊まりたいとか言い出しかねない。
「え? 俺、泊まるつもりだったんだけど。明日土曜だし」
「ふざけんな」
「でも……こんな顔の蒼ちゃん残して帰るなんて無理」
「こんな顔?」
「目が真っ赤で泣きそうな顔してる。色っぽいけど、そばにいないと心配でどうにかなりそう」
 そうして男は、蒼の目元に残った涙を指で拭った。色っぽいとか意味が分からない。
「……」
「ね? 今日は一人じゃ危ないよ。泊まらせて? また昔の事思い出したらどうするの?」
「う……思い出すような事をしたのはお前じゃないか」
「それはそうだけど……そばに居たいんだ。お願い!」
 どうしても譲らないとばかりに頭を下げ、両手を合わせて頼み込んでくる男。
今までの経験からするに、蒼がうんと言わなければずっとこのままだろう。
 はあ……と深いため息をつき、男に答える。もう諦めている自分がいた。
「……ったく、お前は……この部屋で寝ろよ?」
「……一緒に寝ちゃダメ?」
「帰れ」
「……分かりました」
 駄々をこねれば蒼の機嫌を損ねる事に気づいたらしい。男は渋い顔をしながらも納得したようだった。

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