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マメ

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 商店街を抜け、住宅街の路地を曲がった静かな場所に蒼の住むアパートはあった。近くにコンビニやスーパーもあるので、住むには便利な場所だ。阿知波がそのコンビニに寄って、何かを買っていた。
 アパートの階段を上がり、二階にある部屋へと向かう。蒼の部屋は一番端の二〇五号室だ。阿知波は黙ってついてきている。
「……本当に入るのか?」
 気持ちが変わっているのを期待して、ドアを開ける前に確認すると、阿知波は困った顔をした。
「ここまで来てそれは無いんじゃない?」
「……だよな。まあ、上がれ」
 覚悟を決めてドアを開けると、今朝出てきた時と変わらない景色が広がった。
1DKのこの部屋は、両親が探してきたものだ。玄関を入るとすぐにキッチンと冷蔵庫があり、その奥のドアの向こうに一部屋、その部屋の左側に寝室がある。
手前の部屋に案内すると、阿知波はじっくりと見渡していた。
「へえ……けっこう片付いてんね……蒼ちゃんらしい」
 テーブルの側に置かれた座布団に座りながら、感心したように呟いている。
「男の一人暮らしなんてこんなもんだろ」
「ふーん……あ、これお土産」
 さっと差し出してきたのはコンビニの袋。中にはビールが数本にスナック菓子、それにチョコレートが入っていた。
「蒼ちゃん甘いもの好きなんでしょ?」
「……誰から……ああ、コウか」
 やはりコウには口止めをしなければいけないようだ。これ以上、個人情報がこいつに伝わってはたまらない。
「あ、ビールは俺のね。残りは冷蔵庫入れといて」
阿知波は一本だけ袋から取り出すと、テーブルの上で缶を開けた。
「お前……ビールって……よく買えたな」
「何も言われなかったけどな。私服だからかな?」
 今日の阿知波はいつもの制服ではなく、黒のTシャツにジーンズといったシンプルな服装だった。体格と雰囲気からして高校生には見えない。
 もうどうでもいいという思いが強くなり、蒼は残りのビールを冷蔵庫に入れると、自分の分のお茶を取り出した。
 阿知波とテーブルを挟んだ向かいに座ると、男がビールを差し出してくる。
「じゃ、乾杯」
「何に?」
「蒼ちゃんと俺の出会いに?」
「お前……もう帰れ」
「酷い!」
「そんな事言う為に来たのか?」
 じっと睨みつければ、阿知波ははあ…とため息をついた。
「蒼ちゃんは真面目だよね……分かった、話す。帰りたくないし」
 そうして阿知波は真面目な顔つきになり、あれからの事を話し始めた。





 阿知波の話から分かったのは、あの日捕まえた奴らはBLACKのメンバーだったという事、実際にはもっと人数がいるらしいという事、舞の目的は蒼を潰す事かもしれないという事だった。
「情けねえけど、BLACKのメンバーだった。ごめんな。でも安心して? ちゃんとお仕置きしといたし、チームも抜けさせたからさ」
「……お仕置きって」

「え? まあ、しばらく立ち直れないくらいにはシメといたけど。蒼ちゃん詳しく聞きたい?」
 以前チームのメンバーから聞いた話では、BLACKの規則を破った者への阿知波の制裁は酷く恐ろしいと聞いた事がある。制裁を受けた者は、しばらく入院したとか、その後見ていないとか、とにかく不穏な噂が絶えない。だからこそ、そんな奴が自分を口説いてくるのが信じられないのだ。
「……いや、いい。聞かない方がいいような気がする」
「そう? ならいいけど。あ、でも一人は残したんだ」
「一人?」
 なぜ一人だけなのかと問えば、阿知波は何かを思い出したのか「プッ」と吹き出した。
「それがさあ……舞の野郎、毎回一番活躍した奴とセックスしてたらしくて。ご褒美って奴? そんでその残した奴、平凡だからヤらせて貰えなかったんだってさ。ウケるよね」
「は? ヤらせ……?」
 いきなりの発言に思考が止まる。そんな蒼に気付かず、阿知波は「あー思い出しちゃった」と笑っている。
「そう、ヤらせてやるからBLUEの傘下を潰すの協力しろって事。でも見た目が良い奴にしかヤらせませんて」
「なんか……最悪だないろいろと」
 そういう提案をする舞も舞だが、まんまと乗せられる奴の気が知れない。
「まあ、うちの奴らは単純なの多いからな……舞は見た目も女に見えるらしいし」
「見た目は女でも男だぞ? そういうもんなのか……?」
「俺も蒼ちゃんがご褒美にセックスしてくれるって言ったら、何でも言う事聞いちゃうけど?」
「はいはい。続きは?」
「もー、蒼ちゃん本気にしてよ!」
 阿知波がブツブツと文句を言っているが、自分が狙われていると分かったのにふざけている余裕は無かった。
「うるさい。俺を潰すってどういう事だ?」
「あー……、舞が蒼ちゃんを潰すにはまずBLUEを潰せとか、蒼ちゃんを潰せば俺が喜ぶとか言ってたらしい。しかも俺が指示した事になっててさ……最悪」
「……」
「蒼ちゃん心あたりは?」
「うーん……ケンカの恨みはありそうだけど、そういう見た目なら覚えてるだろうし……。お前が手を出した奴じゃないのか?」
「俺が男に手を出すわけ無いじゃん気持ち悪い。あ、蒼ちゃんは別だけど」
「そりゃどうも。他には?」
 真面目に返すのがバカらしくなって適当に返すと、阿知波は目を細めて見つめてきた。
「……蒼ちゃん、慣れてきたね……」







 それから、互いのチームの話をしていたが、阿知波は勝手に冷蔵庫から二本目のビールを持ってきて開けていた。
「……で、速水達だけど」 
 さっき試したというのは何だったのだろうか。
「ああ……実はさ、舞の仲間にBLUEのメンバーがいるかも。しかも幹部クラス」
「は!?」
「残した一人ってのが言ってた。舞の側に西高の奴がいたって」
「西高……でも、BLUEの奴とは限らないんじゃないか?」
「いや、チームや傘下の行動パターンや幹部でしか知らないような事も知ってたらしいぜ? 警備が手薄な場所とか教えたんじゃねえの? 警戒した方がいい」
「……警戒って」
 まさか、幹部の中に舞の協力者がいるというのか。確かにどのチームも警備は怠ってはいないはずだった。なのに襲われた……。
 傘下の管理は幹部に任せている事が多い。疑いたくはないが、やはり誰かが手引きした可能性は否定できない。
「そんな……」
 黙ってしまった蒼を見て、阿知波がすかさず手を握ってくる。
「蒼ちゃん、ショックだと思うけど……もっと周りを疑った方がいい。蒼ちゃんは優しすぎる」
「……」
「蒼ちゃんは強いんだから、もっと自由にやっていいと思うけどな。俺みたいに」
「……お前は自由すぎだろ」
「まあな……だけど、BLACKはそのくらいじゃねえと。分かるだろ?」
「ああ……そうだろうな」
「俺の性格には合ってるけどさ」
 BLACKは歴史が古いせいか、いろんな奴が集まってくる。昔から上下関係に厳しく、上に行くほど自由な奴が多かった。そのせいで上を目指す奴も多いため、強いだけでは生き残れないと聞いた事がある。優しさが徒となる場合もあるのだ。
 その中で総長を務めるというのは凄い事なんだろう。目の前の男を見ていると信じられないが。
「はあ……どうすればいいんだ……疑うにしても変な奴はいないし……」
 思わずテーブルに頬を乗せて呟けば、向かいから気持ちの悪いセリフが聞こえてきた。
「悩んでる蒼ちゃん色っぽい……」
「お前……ほんと帰れマジで」
 握られた手を振り払い、より深いため息をついた。なんかもう疲れた。





 阿知波の話では、皆が蒼と一緒に帰っていたのは蒼を一人にしないためだという事だった。
「白坂が雅宗さん……ああ、白坂の兄貴な。その人に任せるって言ってたんだけど、蒼ちゃん何か言われた?」
「何も言われてねえけど。ああでも……雅宗さんか。だからか」
 うんうんと頷いていると、阿知波が眉を寄せた。
「前から思ってたけど……蒼ちゃんと雅宗さんて知り合いなの? 本人に聞いても教えてくんねーし」
「え? 知らないのか? とっくに知ってると思ってたけど」
「知らない。何なの? 白坂は面白いから教えねーとか言うし」
 こちらを見つめる視線が鋭くなった。眉間のしわも深くなっている。一人だけ知らないのが面白くないようだ。
 言わないのも面白いが、今後のためにも言っておいた方がいいかもしれない。
「ああ……実は雅宗さんは……」

 プルルル……。

 すると、言いかけた所で急に阿知波の携帯が鳴った。普段なら無視する男だが、表示された名前を見ると迷わず通話ボタンを押した。誰なんだろう。
「はい……はい、え? 今ですか? 蒼ちゃんの家です。舞の件で……はい」
 阿知波は珍しく敬語で話している。こいつが敬語で話す相手と言ったら思い当たるのは一人しかいない。雅宗さんだ。
「はい……は? 蒼ちゃんに? はい……それってどういう……はあ」
 話された内容がよく分かっていないようで、戸惑うような反応をしている。一体何の話をしてるんだろう。
 通話を切ってこちらを見ると、まだよく分からないといった表情を浮かべていた。
「誰だ?」
「雅宗さん。蒼ちゃんに伝言だって……今日蒼ちゃんとこに行くって言っといたからかな」
 やはり通話の相手は雅宗さんだった。
「伝言?」
「なんか……アヤは俺のとこにいるから心配するなとか……意味分かんねえ。何これ? アヤって誰?」
「そうか……お前、人の名前なかなか覚えねえもんな……」
 蒼の言葉にますます分からないといった表情を浮かべる男が面白かった。
「誰? アヤって」
「上原綾都」
「は?」
「アヤってのは上原の事だ。上原綾都(あやと)」
 そこまで言って阿知波を見ると、まだ分からないらしい。首を傾げている。
「なんで上原? 雅宗さんと関わりあったっけ?」
「お前ほんとに興味ねえもんはどーでもいいんだな……雅宗さんと上原は付き合ってる。恋人同士だ」
 二人の間に沈黙が訪れる。
「……蒼ちゃん、何言ってんの? 冗談きつい」
「本当だ。こんな嘘ついてたまるか。雅宗さんが上原を口説いてるのを何度も見てるし、付き合うって報告もされた」
「は……マジかよ……いつから」
「確か去年からだ。二年くらい口説かれてたぞ」
 阿知波は信じられないようで、「嘘だろ……」と何度も口にしている。自分も最初は冗談かと思ったのだから気持ちはよく分かる。
「あいつも男なんて絶対無理って言ってたけど……雅宗さんがあまりにしつこ……いや、熱心だったんで絆されたらしい。BLACKの初代総長ってのは付き合ってから知ったって」
 あの頃の上原は、いつ雅宗さんが来るかと毎日怯えていた。蒼も上原が可哀想だと思ったくらいだ。それほど雅宗さんは気持ち悪いくらいに、いや、情熱的に上原を口説いていた。
「そういえば去年……恋人が出来たって言ってたな。会わせろって言ってもうまく躱されて……上原だったのか……。確かにBLUEの奴ってのは言えねえか」
「白坂が雅宗さんに任せるって言ったのは、雅宗さんを通して上原に頼むって事だったんだな。だから上原の指示で皆が……」
「蒼ちゃんと帰ったって事か。なるほど」
 全てのつじつまが合ったようで、互いに納得して頷いた。
「だから、上原は違うと思うぞ? 舞の側にいたって奴。そしたら雅宗さんが黙ってないだろうし」
「……そんなに雅宗さんは上原にベタ惚れなのか?」
「ああ、すげえ溺愛してる」
「……想像できねえ」
 昔の雅宗さんは相当怖かったらしいと聞いたから、誰かを大切にしてるなんて想像出来ないんだろう。
「って事だから、舞の話は上原にもしていいよな?」
「ああ、近いうちに……今日は無理だろうからな」
「何で?」
「雅宗さんと一緒にいるんだろ?」
「あ」
 そうだ。たぶん上原は泣いていた。それがもし、雅宗さんのせいだったとしたら……。
「どうしよう……」
「大丈夫じゃねえの? もう子供じゃないんだし。二人の問題は二人に任せろよ」
 阿知波は立ち上がると、再びビールを取りに行った。何本買ってきたんだあいつ。
「……」
 今日言われた事を思い返すと頭が痛くなってくる。誰を信じ、誰を疑えばいいのか分からない。情報量が多すぎるのも問題だ。
 BLUEの誰かが舞に関わっているとしても、阿知波は速水達の事を合格だと言っていた。ならば速水達は違うんだろう。もちろん上原も。
 じゃあ誰が?
 よく考えてみるが、皆が昔からの知り合いなので他の誰かを疑うのが難しい。
蒼の頭は混乱していた。
「はあ……何だって俺なんだ……」
 考えるのに疲れてしまい、コトリとテーブルに頭を付けて目を閉じる。
 舞の目的は蒼だと言っていたらしい。最初から蒼の所に来ればいいのに、なぜ周りから攻撃するのか。嫌がらせにもほどがある。蒼が困る姿を見て陰で喜んでいるのだろうか。
「……?」
 しばらく目を閉じていると、物音がしない事に気が付いた。
 阿知波はどこに行った?
 キッチンの方を見ても誰もいなかった。寝室の扉を開けた気配もない。
「阿知波……?」
 立ち上がろうとテーブルに手をついた時だった。
 急に背後から腕が現れ、蒼の身体が抱きしめられた。
「……ひっ」
「蒼ちゃん、自分の家だからって油断しすぎ。俺は蒼ちゃんが好きなんだよ? 隙を見せたらダメでしょ?」
 男の唇が耳朶に触れ、柔らかい部分を口に含んだ。
「や……」
 慌てて腕を剥がそうとするが、腰の前で組まれた手は、どんなに力を入れても剥がれる事はなかった。

 まずい。

「蒼ちゃんの悩んでる姿、超可愛いんだもん。誘ってんの?」
 もがく蒼を楽しむかのように耳元で囁き、耳たぶから首にかけて舌が這っていく。そのまま首すじをきつく吸われ、チクリと痛みが走った。
「……やだっ、」
 バクバクと心臓の鼓動が激しくなり、耳鳴りがする。
 恐怖で力が入らず、男のなすがままになってしまう。
「蒼ちゃん、しよ? もう我慢の限界」
 蒼が抵抗しないのをいいことに、男は動きを進める。制服のシャツの下から男の右手が入り込み、その下のTシャツを捲ると、腹をゆっくり撫で回して蒼の胸へと忍び寄った。
 男の指が小さな突起を探し当て、摘んだままその感触を楽しんでいた。その刺激にビクンと身を震わせれば、男がくすりと笑った。
「前から思ってたけどさあ……蒼ちゃんて敏感だよねえ。まさか、男と経験あったりしないよね?」
 少し怒るようなそぶりを見せながらも、指は突起をぐりぐりとこね回している。
「だ……め… 」
 どんどん体温が下がり、力が抜けていく。絞るように声を出すが、男は動きを止める気配はない。
「そんな可愛い声を出しても逆効果だよ?」
 男の腕に力が入ったかと思うと、そのまま蒼の身体を仰向けに引き倒し、男がのしかかってくる。シャツのボタンを千切るように外し、Tシャツをたくし上げながら蒼の胸へとむしゃぶりついた。
「あ……あ……」
「蒼ちゃん……固くなってる……」
 突起を口に含み、その固さを確かめるように舌で転がされ、押し潰された。ジンジンと痺れるような感覚が胸に広がり、蒼の頭を混乱させる。
「あ、ちは……やめ……」
 やめてくれ。このままではまた……。
 かろうじて動いた手で男の髪を掴むが、男は気にならないとでも言うように胸を弄り続けている。
「蒼ちゃん……可愛い……」
 ビクビクと震えながらも、動かない蒼の反応を気に入ったらしい。そのまま胸を弄りながら器用にベルトを外してしまった。
「……やっ、」
「大丈夫、蒼ちゃんは何もしなくていいから」
 そう言った男は、手早く蒼のズボンと下着をずり下げ、現れた蒼のペニスを右手で扱き始めた。
「あ……あ……」
 突然の刺激に涙が零れ、目尻を伝っていく。それを男に舐め取られ、顔中にキスをされた。
 蒼は何も抵抗出来ない。忘れていた記憶が徐々に蘇り、身体は動けなくなっていた。

『そう……お兄ちゃん、大人しくしてれば痛い事はしないからね……』

「……ひっ、」
「ははっ、泣いちゃって可愛い……」
 そんな蒼に気付かず、男は耳元で囁いたかと思うと、下半身へと移動した。
 ゆっくりと動かしていた右手の動きが早くなり、それと同時に先端から蜜が漏れ始めた。くちゅりと水音がし、男の手を濡らしていく。
「蒼ちゃん、濡れてきたね……」
 男が目を細めながら先端に口付け、そのまま口に含んでしまった。そして、茎をなぞるように舌を滑らせ、蒼のペニスへの愛撫を続けていく。ジュブジュブと男が吸う度に身体がしなり、熱を持っていった。
 だが、そんな身体とは裏腹に、蒼の心を占めているのは恐怖だった。

『お兄ちゃんのここ、美味しいね……いっぱい出していいんだよ?』
『おじさんのも、舐めてくれるかな?』
『そう……上手だね。可愛い……』
 
 あの時言われた言葉が頭に浮かび、身体がガタガタと震え出す。涙がとめどなく溢れ、頬を濡らしていく。
「や……いや……だ……」
 懇願する蒼の言葉に気付かず、男は手を止める事なく責め立てていく。
 袋を揉まれ、早く出せと言わんばかりに吸い上げられると、その刺激に蒼の身体が跳ね上がった。
「……ひっ、」
 怖いのに、嫌なのに、身体は男の動きに翻弄されるまま快感を追っていく。蒼はもうすぐ達してしまいそうだった。
 無理やりされているのに反応している。
 そんな自分を認めたくなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、思わず唇を噛んでしまう。
 じわりと舌に、血の味が広がった。
「ぅ……」
「……蒼ちゃん、イッていいよ?」
 男の舌が尿道を刺激し、指が茎を強く扱き上げたその瞬間、蒼は我慢できずに男の口内へ吐き出してしまった。男は一滴も逃がすまいと腰を掴み、蒼のペニスを喉奥まで飲み込んだ。
「はあ……はあ……」
 息が乱れ、力が抜けたままぐったりと放心するが、身体の震えは止まらず、涙も溢れたままだ。男を見る余裕もない。顔を腕で隠すように覆い、時が過ぎるのを待つしかなかった。
 頼むからこのまま終わってくれ。
 蒼の心は限界に達していた。
「蒼ちゃん……おいしい……ん……」
 だが、ここまで来て男が終わらせるはずがない。もう一度蒼のペニスに舌を這わせ、残りの残滓を舐め取っているようだった。口に出されたものは飲み込んでしまったらしい。
「ぅあ……!」
 すると、袋を揉んでいた指が秘部を探ろうと下がっていく。そのまま双丘を割られ、指が蕾に触れた時、蒼の中で何かが弾けた。
「うわああああ……! 」
 力の限り暴れて男を蹴り上げようとするが、男はとっさに蒼の足を掴んで動きを止めてしまう。
「蒼ちゃん? いきなりどうし……蒼ちゃん……?」
 今までおとなしかった蒼の行動に驚いているらしい。掴んだ足を下ろして膝で固定すると、蒼の顔を覗き込んできた。
 涙で濡れた顔を見られたくなくて、蒼は再び顔を覆った。
「う……っ、」
「蒼ちゃん? どうしたの……?」
 男が訝しげに窺うが、蒼はその低い声を「男が怒っている」と勘違いし、どうすれば許してもらえるかで頭の中がいっぱいだった。
 心が、あの頃に戻っていた。

『……言う事聞かなかったらお仕置きだって言ったよね? 頼むから怒らせないで』

 忘れていた記憶が頭の中で再生され、身体中から血の気が引いていく。
「あ……あ……」
 どうしよう。
 どうしよう。
 お仕置きは、嫌だ。
「蒼ちゃん……?」
 青ざめて震える蒼に気づいた男が、手を伸ばすのが視界の隅に映った。
(殴られる……!)
「やだっ」
「……!?」
 バシッと音を立てて男の手を払いのけ、腕で顔を隠すようにガードする。再び涙が流れ、身体の震えが酷くなった。
「蒼ちゃん? 大丈……」
「……な……さい」
 男が何かを言っているが、よく聞こえない。きっと蒼を咎める声だろう。
 早く、謝らなければ。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「え?」
「ごめんなさい……いい子にするから許して下さい……お願い、します……」
 早く、早く。
 謝らないと、怒られちゃう。
「蒼ちゃん……?」
「ごめんなさい……お願いだから許して下さい……!」
 ぎゅっと目をつぶり、涙を流しながら謝罪の言葉を口にするが、男からは何の反応もない。
 まだ、足りないのだろうか。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っふ……」
「蒼ちゃん!」
 ぶつぶつと謝罪の言葉を呟き続けていたが、突然両腕を掴まれ、身体を起こされた。
「嫌だああああ!」
 このまま殴られ、お仕置きされるに違いない。
 心が恐怖でいっぱいになっていく。
 必死に逃れようと力を入れるが、しっかりと掴まれた腕はびくともせず、そのまま男の方へと引っ張られてしまう。
「蒼ちゃん! しっかりして!」
「嫌だ……嫌だ……助けて……!」
 男は蒼を胸の中へと迎え入れると、しっかりと抱きしめ、落ち着かせようと背中をさすった。
「ごめん! ごめん蒼ちゃん……」
「あ……たすけ……」
「蒼ちゃん……もうしないから……頼む……」
 涙を流し、うわごとの様に懇願する蒼に対して、男は何度も謝罪の言葉を繰り返している。そして、脱がした下着とズボンを穿かせて整えると、再び抱きしめた。その優しい手つきに心が揺れる。

 もうしない?
 本当に?

「……ほん、とう……?お仕置き……しない……?」
 震えながら男に問えば、「ああ」と苦しそうな声が耳に入ってきた。
「蒼ちゃんが嫌がる事はしない」
 蒼の頭を撫でながら、男がそう約束した。
「うそ…*言わない……?」
 そっと確認するように男を見上げると、男はゴクリと息を飲み、頭を振った。そして、蒼の頭を自分の胸に押し付ける。
「くそっ……その顔可愛すぎ……ってか、お仕置きって一体……」
 蒼を胸に抱いたまま、男は複雑そうな表情を浮かべた。それに気付かない蒼は、押しつけられた胸に頭を預け、静かに目を閉じる。
 この人を信じていいのだろうか。
 信じるのは怖い。
 でも、頭を撫でてくれる手はとても優しくて、気持ちがいい。
 胸に耳を預けると、トクントクンと規則正しい心音が聞こえ、先ほどまで恐怖に支配されていた心が安らいでいくのを感じた。

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