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第一章・1

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 ネオンの絶えない夜の街。
 倉庫と化した建物の中には、十代後半と思われる若者達が数十人集まっていた。この街の不良を統べる二大勢力のうちの一つ「BLUE」の面々である。
 これだけ人数がいれば、騒いでいてもおかしくはないが、不思議と皆静まり返っていた。
「総長……またです。舞とか言う族潰しの野郎が西区のチームを襲撃したようです」
「これで五件目です。奴はBLUEの傘下ばかりを狙っています」
 BLUEの総長である望月蒼(もちづき そう)に向かい、チームの幹部達が報告する。
 このところ、BLUEの傘下にあるいくつかのチームが族潰しによって襲撃され、壊滅させられるという事件が勃発していた。族潰しの名前は舞。狙うのはBLUEの傘下ばかりだ。今のところ、それしか情報は無く、単独なのか複数なのかも分からない。いつ訪れるかも分からない、神出鬼没の族潰しにチームのメンバーは神経をすり減らしていた。
「舞、か。他に情報は?」
「ありません。分かっているのは金髪という事と、身長百七十センチ以下、あとは舞という名前だけです。足が速く、追いかけてもすぐ撒かれるらしく……」
「くそっ!」

 ガンッ!

「ひ……っ!」
 怒りに任せて壁を殴れば、周りにいたメンバーが身を竦ませるのが分かった。
「それだけじゃ何も進まねえ。なんとかして情報を集めろ」
「は、はい!」
 蒼に睨まれた幹部は、顔を青ざめさせて下がっていった。
「皆も情報が少しでも耳に入ったらすぐ知らせてくれ。いいな?」
「分かりました!必ず!」
皆がバタバタと散って行き、幹部達だけが残った。
 副総長の上原、NO.三の速水、それに続く斉藤、大津、橋本の五人。みんな信頼できる仲間である。
「……まったく、うちのチームも舐められたものですね」
 上原が眼鏡を押し上げ、ため息を吐いていた。眼鏡を掛けたインテリ風のこの男は、蒼達が通う西高校の生徒会長でもある。
 西高にはBLUEのメンバーも数多く通っているため、三年に上がった際、権力を示すために蒼を生徒会長にと言われていた。だが、そんな面倒な事はやってられないと辞退した。表に出るのが嫌いという理由もあるが、目立つ事が最善の策とは思えなかったからだ。
  蒼と上原の強さは互角だが、チームをまとめるカリスマ性は蒼の方が上だった。それに上原は学校の行事で忙しい時はチームに顔を出せないし、学校外の人間までは面倒を見きれない。そして、蒼はカリスマ性はあるが目立つのが嫌い。このポジションは、互いの利害が一致した結果だった。前総長もそれを見越して蒼を次の総長にと選んだのかもしれない。
「舞……お前らは見た事ねえのか?」
 皆に問いかけると、全員が首を振った。すると、金髪の少年……速水が口を開く。
「まだうちの奴らは見た事はありません。傘下のチームを全て潰してから来るかも……」
「応援を呼ばせないつもりか……」 
「それもありますが……ああ、そういえば! 西区で乱闘があった際、BLACKの名前を出していたと聞いたような……」
 速水が思い出したように呟いた。
「BLACK? 舞はBLACKの一員なのか?」
「分かりません。ですが、BLACKに関係があるにしろ無いにしろ、探ってみる必要はあると思います」
「BLACKか……」
 BLACKというのは、BLUEと対を成す、この街の二大勢力の一つである。BLUEよりも以前にチームが作られ、その歴史は古い。現在は街の西をBLUE、東をBLACKが統率していた。今はこれで均衡を保っているが、当たり前のように二つのチームはぶつかってばかりいる。相手の出方次第ではどうなるか分からなかった。
「浮かない顔ですね? しかし、BLACKが関係しているなら仕方がないかと」
 渋い顔をした蒼を上原がたしなめる。
「ああ……まあ、な。そうなんだが……BLACKか……」
 BLUEとBLACKの力の差はほとんど無い。総長とも何度かやり合った事はあるが、全て引き分けに終わっていた。
 この総長が、蒼にとって頭痛のタネだった。
「総長乗り気じゃないっスねえ……ああ! そういえば、総長ってばBLACKの総長に気に入られてるって聞きました。それに関係あるんスか?」
 ポンと手を叩き、速水が茶化すように言ってきた。
「気に入られてねえよ」
「あれえ? 総長がBLACKの総長を虜にしてるって聞いたんスけど……やっぱ冗談スよね! アイツが誰かを口説くなんて有り得ませんよね!」
「虜って……気持ちわりぃ事言うんじゃねえ」
「す、すんません!」
 ギロリと睨むと、速水は大人しくなった。
 こうは言ったものの、蒼はなぜかBLACKの総長に気に入られてしまい、顔を合わせる度に口説かれていた。
 だが、蒼は認めていない。きっとからかっているだけだろう。気に入られるような事はした覚えが無いのだから。
「ったく、虜だなんて誰がそんな事言っ……」
 そう言いかけた時、入り口の方で大きな物音がした。
「なんだ?」
「俺、ちょっと見て来ます」
「一人じゃ危ない。俺も行こう」
 そう言って幹部の斉藤と大津が走って行った。何も無ければいいのだが。





「そ、総長! 大変です! 舞が現れたと……!」
「なんだと!?」
 しばらくすると、斉藤と大津に支えられ、一人の少年が担ぎ込まれてきた。身体中殴られた跡があり、意識はあるものの、自力で動けないようだった。
「五十嵐!?」
 その少年を見るなり、幹部の一人、橋本が駆け寄った。
「橋本、知り合いか?」
 どうやら顔見知りらしい。橋本は頷いた。
「うん、俺の友人……チームの傘下の一員なんだ……どうしてこんな事に……」
 悔しそうに唇を噛みしめた橋本に、五十嵐と呼ばれた少年は微かに笑いかけた。
「すまん、橋本……心配すんな」
「何言ってるんだこんな身体で……! 総長! 早くこいつを病院に……」
 泣きそうな顔で叫ぶ橋本に驚き、慌てて上原に指示をする。
「上原、病院に……」
「はい、ただいま」
「待ってください!」
「あ?」
 声のする方を見ると、五十嵐と呼ばれた少年が荒い呼吸をしながらこっちを見ていた。
「あなたに話さなければいけない事があります……舞の事です」

「「!」」
 五十嵐は痛みをこらえているのか、顔を歪めながら話し続ける。
「チームのみんなを襲ったのは舞です。この怪我を負わせたのも。俺はあなたに伝えなければならない」
 その目つきは力強く、伝えるまではこちらが何を言っても聞かない事を意味していた。
 二人の視線が交差する。
 ……負けたのは蒼の方だった。
「……話してみろ。話が終わったらすぐ病院に行け。いいな?」
「望月!」
 橋本が悲痛な顔で叫ぶが構わない。今は五十嵐の話が先だ。早く終わらせないと身体に響くだろう。
「こいつの気持ちも考えろ。こんな身体になっても必死にここまで来たんだ。それほど伝えたい事があるんだろう? さあ、早く話せ」
「……はい!」
 橋本に支えられながらゆっくりと五十嵐が話し出した。
「俺たちはいつものように溜まり場に集まっていました。そしたら突然、金髪の少年が来て“お前らオレの仲間にならないか”と言いました」
「……やはり金髪か」
 上原が呟くと、五十嵐は軽く頷いた。
「はい、そして噂通りの女顔でした。パッと見、女と間違えそうなくらいの……」
「それで?」
「もちろん俺たちは総長に忠誠を誓っていますから断りました。当然です。見ず知らずの奴に付いて行くほど馬鹿ではない。するとヤツは“オレはBLACKの総長と関係を持っている。オレに逆らう奴はBLACKの敵だ”と言って襲いかかってきたのです」
「!」
 やはりBLACKが関わっている……?
「見た目が女のように華奢だったので、油断しました。奴はそれなりに強く、動きも速かった。それに、仲間が隠れていたらしく……あっという間にみんなやられてしまいました。みんなが潰された後、奴は“お前らが悪いんだ。オレがせっかく仲間にしてやるって言ったのに……後悔しても知らない”と、仲間になるなら許してやると吐き捨てて去っていきました」
「なんて自己中な……」
「有り得ないな」
 斉藤と大津が口々に呟いている。確かにいきなり出てきて仲間になれだなど、頷く方が難しい。ましてや仲間にならないなら敵だなんて、小学生レベルもいいとこだ。
「とにかく、BLACKが関わっているのは間違いありません。奴ははっきりと“BLACKの総長と関係を持っている”と言いましたから。う……っ」
「五十嵐!」
 言い終わってほっとしたのか、五十嵐が崩れ落ちてしまった。慌てて橋本が抱え直している。
「……話は終わったようだな。上原、救急車は目立つからタクシーを」
「はい、すぐに」
「捕まえられなくて、すみません……」
 五十嵐が痛みに顔をしかめながら謝ってくるが、蒼は気にしてはいなかった。むしろ、情報をくれた事に感謝していた。
「いや、気にするな。お前達は被害者だ。こちらこそ良い情報を聞いた……ありがとう。ゆっくり傷を治してくれ」
「……はい!」
 しばらくすると、表にタクシーが着いたようだ。車のエンジンの音がした。
「望月、俺が連れて行くよ。五十嵐、行こう」
 橋本に支えられ、五十嵐はこの場を後にした。
「……やっぱり、BLACKは避けて通れないか」
 橋本達が去った方向を見ながら思わず呟いた。
 頭が痛い。ただでさえ対立しているのに、これ以上の揉め事は勘弁して欲しかった。
 蒼は元々、争いは嫌いなタイプだ。チームだって入れば強くなれると言われたから入ったようなもので、それがここまで大きくなり、しかも自分が総長になるだなんて想像もしていなかった。
「あそこまではっきりと名前を出されては仕方がないでしょう。舞がBLACKを盾にしている以上、いつかはぶつかる運命です。覚悟を決めてください」
 上原がピシャリと言い放ち、もう逃げ場は無くなっていた。
「う……分かった。BLACKと話をしよう。舞の事はチームのみんなにも警戒するように言っておいてくれ」
「穏便にお願いしますよ? 向こうを逆上させて肝心な話を聞けなかった、なんて事にならないように。これでも心配なんですから」
「逆上はしないんじゃないスか? 向こうは総長の虜だしー。総長、あっちの総長に美味しく頂かれないようにね? 」
「……」
 速水が楽しそうにからかってきたが、相手をする気にもなれなかった。それほど蒼にとってBLACKの総長は鬼門なのだ。
「大丈夫だろ。アイツには恋人ができたみたいだし」
 それまで静かに聞いていた大津が口を開いた。すると速水が不思議そうな顔をする。
「そうなの?」
「そうだなあ……関係を持っているっていうのは“身体の”って意味だろうなあ。良くて恋人、悪くてセフレ……」
 続けて斉藤も口を挟む。速水以外は舞の言葉の意味を理解しているらしい。
「身体の……セフレ……」
 何かを考え込んでいた速水の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「お、やっと気づいたか。美味しく頂かれないようになんて言いながら、意味は分かってなかったんだなあ」
「速水クンはお子ちゃまですね~?」
「うるさいっ!」
 大笑いする斉藤と大津にからかわれ、涙目になる速水はかなり面白かった。それを見ながら上原が蒼に念を押す。
「……ま、あちらを虜にしてるならそれを武器に頑張ってください。舞が捕まるなら身体ぐらい差し出しなさい?あ、もちろん性的な意味で」
「お前までそれを言うのか……」
 上原に肩を叩きながら言われ、がっくりと肩が落ちてしまう。
 なんかもうこいつら信用できない。俺は誰を頼ればいいんだ?
 みんなの言葉で、一気に疲れが溜まった蒼だった。
  
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