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◇
私は彼……ユアンに抱かれ続け、初めての「本当の快楽」そして「セックス」が何なのかを知った。衝撃的だった。これを頻繁にするとユアンは宣言していたが、私の身体は耐えられるのだろうか。そんな思いが脳裏を掠めたが、彼は私の身体を味わい続けた。
最初は……はっきりと覚えている。彼が私の中に入ってきた瞬間や、言葉も、仕草も、何もかも。だが、数日経つと、私の中のオメガの特性が頭を支配するようになった。私のフェロモンにあてられた彼は、獣のように私を求めた。私も彼を求めた。互いが互いを求め続けた日々だった。
驚いたのは、彼が宣言通り、私が動けなくてもセックスを続けた事だ。
初めて身体を繋げた次の日、私は動く事ができなかった。でも、熱は治まらず、本能が彼を求めていた。その様子を見た彼は、私が「やめてくれ」というのも聞かず、私の中に入ってきた。
『ユアン……今日は無理です、おやめください……』
『だが、お前の熱は治まってはいないだろう?』
『それは、そうなのですが……』
『なら、気にするな。俺に身体を委ねていろ』
『あああああああっ!』
前日にあれだけ出したというのに、私の熱は治まらなかった。精液は枯れ果て、ペニスもぴくぴくと震えるだけになったというのに、私の本能は彼を求め、挿れられれば心が歓喜する。不思議だった。
そして、発情期が終わらない今日も、彼に犯され続けている。
「リノ、リノ、愛している……」
「ユアン、ああっ、ああっ……」
気持ちいい。気持ちいい。もっと、もっと。
「ユアン、キスを……」
「リノ……!」
「ん…ふぅ……」
私がキスをせがむと、彼は嬉しそうな表情で私の唇を吸った。いや、吸うだけではない。舐めて、味わい、私の味を楽しむかのように夢中になった。私もされるがままに受け入れた。
これが番……そして、オメガの特性なのだと理解はしていても、頭がついていかなかった。今まで、こんなに誰かを求めた事がなかったからかもしれない。まるで自分が人間以外の何かになったような、謎の感覚が頭を占めた。
そして、彼が私を貫くたびに、ある思いが頭を占めた。
「発情期に、そばに彼以外の人物がいたら、本当にどうなってしまうのか」
考えたくはなかった。話は少し聞いたはずなのに、理解したくなかった。私はまだ、何も知らないも同然だ。
そういえば、この国の騎士団にはオメガの者がいると聞いた。リオスの騎士団にも何人かいる事はいたが、その者達はまだ幹部クラスではなかった。だから、私は話をしたことがない。
今思えば、こちらから話を聞きに行っても良かったのかもしれない。もう遅い話だが。でも、この国にもオメガの騎士はいる。その人物に会って話を聞けないだろうか。
「リノ、考え事はよせ。今は俺だけを見ろ」
「ユア……!? ああああああ!」
彼は私が彼以外の事を考えているのが気に入らないようだった。突然最奥までペニスを押し込んできて、私が戸惑うのを楽しそうに眺めながら、腰をグリグリと回してきた。
「ユアン、ダメ、もう無理です……」
「だが、他の事を考える余裕はあるのだろう?」
「ひっ……」
そう言った彼の表情は嫉妬に満ち溢れ、先ほどまでの甘いモノとは違っていた。
私は何とか彼を静めようと、彼の背中に腕を回し、力の入らない足も絡めようと必死になった。
「ユアン…愛しています……愛しています……もっと、私を犯して……」
なぜこんなセリフが自分から出たのか分からない。でも。効果は絶大だったようで、彼の表情は柔らかくなった。
「ああ…リノ…俺も愛している……!」
彼は私をきつく抱きしめ、さっきよりも激しく腰を動かし始めた。はっきり言って腰も痛いし身体は辛い。でも、それ以上に快楽の方が強く、力の抜けた手は彼の背中から離れ、ベッドにパタンと落ちてしまった。
でも、彼の責めが止まる事はなかった。彼に貫かれながら「発情期が終わって、冷静になったらオメガの騎士について聞いてみよう」そんな考えが浮かんでいた。
発情期は一週間ほど続き、私はひたすら、彼に貫かれ続けた。
◇
「発情期は終わったようだな」
「はい…ご迷惑をおかけしました」
「何が迷惑なんだ? 俺はお前を抱けて嬉しかった」
「そ、そうですか」
「ああ」
彼は発情期が終わった後、ベッドの中で名残惜しそうに私の髪を触ってきた。
「初めてのセックスはどうだった?」
「……未知の世界でした」
「あはははは」
「わ、笑い事ではございません!」
「そうだな。初めてが発情期は……刺激が強すぎたかもしれないな」
「はい……」
彼の機嫌は良かった。これなら、オメガの騎士に会いたいと言っても大丈夫そうだ。
「ユアン、お願いがあるのですが……」
「何だ?」
「この国にはオメガの騎士がいると言っていましたよね? その方に会って、話を聞きたいのですが……」
「ダメだ」
彼は即答した。そして、眉間にしわが寄っている。
「なぜですか? 同じオメガの者として、話を聞いてみたいのです」
「あいつは自由な男だと言ったのを忘れたのか? お前には毒だ」
「毒って……私は一応、リオスで騎士団の副長も務めていました。もし、私に攻撃しようとしても、自分で身を守る自信はあります」
「いや、そうではないんだ。お前の強さは分かっている」
「そうではない? と、言いますと?」
「あいつはセックスが好きなんだ。あと、綺麗なモノが好きだ。だから、お前に興味を持って、お前を襲いかねない」
「……オメガの男同士でもセックスはできるのですか?」
「あ」
「できるのですね」
「今のは聞かなかった事にしてくれ」
「無理です。もう覚えました」
「チッ……」
「私はまだまだ……性に関して知らない事が多いようです。勉強いたします」
「いや、勉強しなくていい」
「なぜですか?」
「俺が教えたい」
「……」
彼は自分が教えたいと言ったが、嫌な予感しかしなかった。もういい。彼がいない所で勝手に知識を学ぶしかない。
でも、オメガの騎士には会いたかった。どうすればいいのだろうか。騎士がいる場所……騎士団。そうだ、騎士団を見学したいと言ってみるのはどうだろうか。彼も一緒でいいと言えば、会うチャンスはある。
「では、騎士団を見学したいと言ったら、ダメでしょうか?」
「騎士団を?」
「はい。この国の騎士団は強かった。あなただけではなく、他の騎士も他国とはレベルが違いました。ですから、元騎士団に所属していた人間として、見学してみたいのです。もちろん、私が見た情報をリオスに伝えるつもりはございません。伝える手段もないのですから……」
「リノ……」
「私個人がこの国の騎士団に興味があるのです。どんな訓練をしているのか、どんな環境なのか。今まで軟禁されていたのですから、少しくらいは見せていただいてもいいのではないでしょうか?」
「う……」
彼は「軟禁」という言葉に言葉を詰まらせた。自覚はあったようだ。
「見せてくださいますか? もちろん、私一人で行くのではなく、あなたと一緒で構いません。それでもダメですか?」
「……本当に、騎士団に興味があるだけなんだな?」
「はい。夫の仕事の様子を見てみたいと思うのはおかしいでしょうか?」
「……分かった。俺がいる時に一緒に連れて行こう」
「ユアン……ありがとうございます……!」
私は嬉しくなって、彼に抱きついてキスをしていた。勝手に身体が動いてしまったが、自分でもびっくりした。驚いていたのは私だけではない。彼も目を丸くして私を見ていた。
「リノ……セックスしよう」
「は? 発情期は終わったのですよ?」
「今ので勃った」
「は?」
彼は私に自分の股間を握らせた。さっきまで大人しくなっていた彼のペニスは力強くそそり立ち、血管が浮き出るほど大きくなっていた。
「な、何でですか!?」
「お前が煽ったのが悪い」
「や、やめ、もう、お尻が……!」
「大丈夫だ。オメガは濡れる」
「そういう問題では……あっ!」
彼は身体を起こし、私の身体を組み敷いたと思ったらうつ伏せにしてしまった。そして、尻だけを持ち上げたと思ったら、いきなり尻の穴に指をあてた。
「んんっ……」
「ああ……私の子種が出てくるな。いい眺めだ」
「な、何を……!」
「穴がヒクヒクしている。早く入れて欲しいと言っているぞ?」
「や、離してください!」
「嫌だ」
彼は私の中に残っていた残滓を掻き出すために、自分の指を入れてきた。さっきまで彼を飲み込んでいた私の穴はあっさりと二本の指を飲み込み、その後、彼のペニスを受け入れた。
◇
「ユアン、約束ですよ?」
「……ああ」
それから数日後、腰の痛みが少しマシになって動けるようになった頃、私は騎士団の訓練場へと向かう事になった。彼はまだ納得していないようだったが、連日頼み込んだ私の熱意に負けてくれたようだ。
「リノ、見学するだけだ。分かっているな?」
「はい。承知しております」
「騎士団の者にはお前の事は伝えてある。お前から話しかけないように」
「ユアン」
「何だ?」
「私にはあなただけですよ? 心配なさらないでください」
「……ああ。お前を信じよう」
彼は私の言葉に少し表情を和らげた。少しは甘く見てくれるだろうか。私は彼の説明だけではなく、団員達の本音を聞き出してみたい気持ちが湧いていた。
訓練場は、城の居住区の隣のエリアに配置されていた。隣と言っても、居住区から見えないように大きな屋根のようなもので覆われているので全貌は全く分からない。歩くと時間がかかるというので馬車で向かった。それだけでも相当広い場所というのが窺えた。
ちなみに、今日の彼は黒の軍服を着ていた。私はもう軍人ではないからと、軍服ではなく、この国の者がよく着ているという民族衣装のような物を着せられた。使用人達には「お似合いです」と笑顔を向けられたが複雑だった。
いくらオメガであろうと、私は男で、着飾る趣味はない。だが、「彼の妻」という肩書から、このように着飾る機会は増えるだろうとの事だった。頭が痛い。
そんな事を考えているうちに、馬車は騎士団のエリアに着いたようだ。キィ……という音を立て、馬車のドアが開いた。
「ここが我が騎士団の本拠地だ。さあ、行こうか」
「はい」
私は覚悟を決め、彼に続いて馬車を降りた。
◇
「……」
そこには訓練場の他に、武器庫や馬たちが飼育されている厩舎、みんなが休める広い待機室、宿泊できるような施設までもが併設されていた。
はっきり言って、リオスとは桁違いの広さだった。リオスもそれなりに整ってはいたが、こことは全然違う。色々な場所を見学する度に、格の違いを見せつけられたような気がした。
全ての場所をまわり、あとは訓練場だけとなった頃、彼が話しかけてきた。途中であまり言葉を発しなくなった私に違和感を抱いたようだ。
「リノ? 具合でも悪くなったか?」
「い、いえ、あまりにもリオスと違っておりましたので、びっくりして言葉が出なくなってしまったのです……これなら優秀な騎士が沢山育つのも無理はないと……」
「……そうだな。レガラドの騎士は幼い頃から騎士になるために訓練している者も多い。設備が整っているのはそのせいだ」
「幼い頃から……?」
「ああ。親が騎士団に所属していて、その背中を見て育った者が多いな。この国では騎士団に所属できただけでも将来は安泰……そんな話もよく聞く」
「親子で騎士……そんな事もあるのですね」
「リオスは違ったのか?」
「数人はおりましたが、多くの者は試験を受けて騎士になる者がほとんどでした」
「リノ、お前は?」
「私は……早くに両親を病で亡くしましたので、習っていた剣術が役に立つかもしれないと思い、自分から志願して試験を受けました。騎士団長は私の同期ですね」
私は幼い頃に両親を亡くしている。十歳の頃だっただろうか。途方に暮れていた私に、近所で世話になっていた大人が騎士という仕事を教えてくれたのだ。
『剣術が好きなら試験を受けてみたらどうだ? 騎士になれば住む場所にも食べる物にも困らない』
あの言葉で私の未来は明るくなった。そして、オメガである私に騎士団の副長という地位までくださった陛下にも感謝してもしきれない。そんな話を淡々としてみたら、彼は私を凝視してきた。どうしたのだろうか。
「ユアン?」
「……リノ、お前は俺が必ず幸せにする」
「は、はい……?」
彼は少し声が震えていた。過去を話した事はまだなかったはずだから、びっくりしたのだろうか。
「そういえば、ユアンのご両親は……?」
「この国の騎士だった。もう隠居している」
「そ、そうですか。まだお会いしていなかったものですから……」
彼の両親にはまだ会った事がなかった。彼によれば、厳しく育てられたが剣術以外では自由な二人だったから、結婚を報告しても「お前が望んだのなら好きにしろ」と言われただけで、特に反対はされなかったらしい。そんな親が存在するのにびっくりしたが、彼はそんな両親だから自由にやれたし強くなれた。感謝はしていると言った。いつかは会わせると言われたが、私はついていけるのだろうか。
私と彼の両親の話をしながら歩いていると、ポツリ、ポツリ……と、騎士団の団員らしき人間の姿を見るようになった。中には私を凝視してくる者もいる。敵対していた国の者がここを訪れたのに驚いているのだろう。
彼はそれに関してはあまり気にしていないようだ。今までのように淡々と説明しながら歩いている。
すると突然、どこからか、激しい足音が聞こえてきた。しかも、確実に私達の方へ向かっている。
一体何が起きたのかと思い、足を止めると、後ろに背の高い、茶髪の男が息を切らしながら何かを言いたそうに視線を向けていた。
「ああ……どうしたカウイ」
「ど、どうしたもこうしたも……! リノ様を連れて来るのはまだ先だったはずでは!?」
「……リノが早くと急かすのでな。今日になった」
「今日と知っていれば、もっと警備の者を増やしました! 団員達もリノ様を見てから稽古が身に入らなくなっております! 事前にお知らせくださいませ!」
「すまなかった。リノも反省している」
「え……!?」
突然話を振られた私は戸惑う事しかできなかった。なぜこんな事を言うのだろう。
というか、このカウイと呼ばれた男は誰なんだろう。
「ユアン、この男性は……?」
「はっ! 申し遅れました! 私はレガラド騎士団の副長を務めさせていただいております、カウイ・レンダと申します!」
「あ、リノ・ラミレスと申します。よろしくお願いいたします」
「リノ、彼は俺の右腕的存在だ。本当なら戦場ではこいつがお前と戦う予定だった」
「は……そ、そうなのですか……」
そうだ。彼は私と会うためにいつも私の前に現れたと言っていた。本来なら、このカウイという男が私の相手となるはずだった……。レガラドで副長となる実力を持つなら、ユアンと同じく強いのだろう。一度は戦ってみたかったと思ってしまうのは、私がまだ今の状況に慣れていないからだろうか。
「リノ? どうした?」
「あ……副長でしたら相当お強いのでしょうね……一度は戦ってみたかったと、そう思いまして……」
「リノ、俺以外の奴がお前を傷つける事は俺が許さない。戦闘は許可できない」
「あ、べ、別に今戦いたいと思っているわけではございません! 今は筋力も落ちていますし、戦っても私は負けるでしょう……」
「そうか」
「はい」
彼はホッとしたようだった。いきなり変な事を言ったと思われただろうか。
そんな私と彼の様子を見ていたカウイは、感心したようにため息を吐いた。
「……本当にお二人は心から結ばれたのですねえ」
「心だけじゃない。身体もだ」
「はいはい、それは承知しております。なんてったって、遠征中にリノ様の具合が悪くなったと聞いて飛んで帰っていきましたからね……」
「あれは仕方がなかった。リノは苦しんでいた。お前も番がいるなら分かっているだろう?」
「まあ、それはそうですが……あなたにも人の心があるんだなあって嬉しくなりましたよ」
「どういう意味だ」
「そういう意味です」
「まあ、俺達の話はいい。お前の番は今日はここに来ていないだろうな?」
「それが……」
「……来ているのか?」
「たぶん」
「すぐにつまみ出せ。リノに会わせるな」
「それは……稽古をしたいと言っていたので、リノ様の事は知らないかと」
「本当に知らないのか?」
「朝は何も言っておりませんでした」
「……まあ、いい。とにかく稽古に集中させておけ。番の管理も夫の仕事のうちだ」
「はっ!」
カウイは敬礼をしていたが、二人の会話が気になった。番とか、会わせるなとか、とにかく怪しかった。
もしかして、このカウイという男の番がオメガなのだろうか。
「カウイさん」
「はい?」
「あなたの番はオメガの騎士なのでしょうか?」
「あっ!」
「……そうなのですね」
「リノ、忘れろ」
「いえ、忘れません。いつか、同じオメガの騎士として話をしてみたいのですが、できますか?」
「あー……、えーと……」
カウイは突然しどろもどろになった。何かまずい事でも……そういえば、ユアンはベッドの中で、オメガの騎士の事を「自由な男」と言っていた。それに関係あるのだろうか。
「……自由な男」
「「え?」」
「ユアンは私に、あなたの番の事を自由な方だと仰いました。それと何か関係が?」
「え、いや、その……」
私がカウイの目の前で詰め寄り、尋ねてみると、彼は何も言えなくなっていた。これ以上、何も言うつもりはないようだ。
やはり無理か……。
少し残念に思って肩を落としていると、ユアンが私の肩に手を置いた。
「ユアン?」
「これ以上の会話は不要だ。さあ、訓練場に行こう」
「はい……」
「オメガの騎士はいつかは会える。今はその時じゃないんだ」
「……会わせていただけるのですか?」
「機会があればな」
この調子だと、ユアンは会わせてくれる気はないようだ。そのくらい私にも分かる。今日はオメガの騎士の番に会えただけでも良しとしようか。
だが、そう思いたい気持ちとは裏腹に、酷く落ち込んでいる自分に気づいた。自分の中で、必ず会えると思っていたのだ。そう自覚したら急に具合が悪くなってきた。本当にショックだったのかもしれない。
「……ユアン」
「どうした?」
「少し、気分が優れないので……ちょっと休んでもよろしいでしょうか?」
「気分……? 大丈夫か!?」
「いえ、少し、休憩すれば大丈……」
「……今日は帰ろう。カウイ、予定変更だ。馬車の用意をしてくれ」
「え!? これから顔を出してくださるのでは!?」
「リノの体調が優先だ。早くしろ」
「で、ですが、しばらく顔を見せておりませんので、一言だけでも何か声をかけてはいただけませんか? そうすれば、団員達の士気も上がります。実は、最近は戦が終わったせいかみんなに覇気がなくなっておりまして……」
カウイはユアンに訴えていた。
しばらく顔を見せていない。
それは身に覚えがあった。ユアンは私の発情期が終わるまでほとんどそばにいてくれた。だから、騎士団に顔を出す事が少なくなっていたのだ。
これではユアンの人望もなくなってしまう。いや、すでにカリスマのような男だから影響はないのかもしれない。でも、もしかしたらという事もある。結婚したから弱くなった。おかしくなったなんて言われたら、私は耐えられない。
ここのセキュリティはしっかりしているし、少しだけなら一人になっても大丈夫だろう。
「ユアン、私の事は構わず顔を見せてあげてください」
「リノ! しかし……」
「あなたのようにカリスマ性のある方が何か言うだけで、団員達の士気は上がります。しばらく顔を出していなかったのなら、みんなは待っているのだと思います。どうか、どうか……私はここで待っていますから……」
「ラミレス様、お願いいたします!」
カウイは頭を下げて頼み込んでいる。
ユアンはかなりの間悩んでいたようだが、ようやく決心したらしい。
「では、少しだけ行ってくる。そこの二人、隠れてないで出てこい。仕事をやろう」
「「へ!?」」
ユアンは廊下の隅に隠れるように潜んでいた兵士二人に声をかけた。いつからいたんだろう。全然気がつかなかった。
ゆっくりと現れた二人は顔面蒼白のまま、私達の前で固まっている。大丈夫だろうか。
「お前たち二人にリノの……俺の妻の警護を頼んだ。そこの部屋で待機を。俺は少し訓練場に顔を出してくる」
「「はい……」」
「リノ、この二人にお前の警護を任せる。団員の中では強い。安心してくれ」
「はあ」
「お前達も、リノに何かしようとしても無駄だ。リノの方がお前達よりも強い。それを頭に入れておくように」
「「は、はい!」」
二人は大きな声で必死に返事をした。ちょっとおかしい。
「リノ、すぐに戻る。待っていてくれ。部屋に入ったら横になっていてもいいから」
「はい」
「カウイ、手短に済ませるぞ。ついてこい」
「はっ! リノ様、失礼いたします!」
こうして、ユアンとカウイは足早に訓練場へと向かっていった。
「り、リノ、様?」
「はい?」
「移動いたしましょう。そこに休憩できる部屋があります」
「はい」
二人に促されてすぐそばにあった部屋に移動すると、仮眠室のような部屋なのか、簡素なベッドが数台設置してあった。それなりに広い部屋だ。
「リノ様、横になってください」
「いえ、大丈夫です。座っていれば治りますので」
私は横になる程重症ではない。自分の身体は自分が一番分かっている。だから、設置されている椅子に座りながらそう答えてみたが、二人は必死に食らいついてきた。
「いいえ! 少しでも具合が悪いのでしたら横になってください! でないと私達がラミレス様に殺されます!」
「は?」
殺されるとは物騒な話だ。ここの騎士団は権力で支配しているのか?
「あの、レガラドの騎士団は、権力で支配されているのですか?」
「あっ、い、いいえ! た、例えばの話です!」
「はい! 普段はそうではないんです!」
「……」
普段はそうではない。そこが引っかかった。では、時には上からの圧力がかかるということか。
「……時には圧力がかかるという事でしょうか?」
「「あっ!」」
「……」
「……そうなのですね」
「「うっ……」」
「だ、大丈夫です。この事を私からユアンに伝えるつもりはないですから……」
「「リノ様……」」
「私も初めて訪れる場所で緊張していたのかもしれません。さっきよりは落ち着いておりますから、お二人も座ってください」
「「……」」
二人は黙って私をじっと見つめてきた。どうしたのだろうか。
「……? どうされました?」
私が声をかけると、二人は途端に顔を赤らめた。
「い、いえ、おそばで拝見いたしますと、本当にお綺麗な方だなって……」
「話し方も、思っていたより丁寧で優しいなって……」
「は?」
意味が分からない。何を言っているんだこの二人はと唖然としていると、二人はまたしても畳みかけるように言ってきた。
「リオスと敵対していた頃は、ラミレス様との戦闘をよく見ておりまして……その時は鎧をまとっておりましたし、口調もこんなに穏やかではなかったので……普段のリノ様がこんなに穏やかな方で、綺麗な方とは存じ上げず緊張してしまって……」
「はあ」
「おそばにいられる事が嬉しいのと、これならラミレス様も落ちるなと、そう思っていたのです」
「そ、そうですか……今までの私の印象はどのような物だったのでしょう?」
一体私はどう思われていたのか、それは同じ戦場にいたレガラドの騎士に聞いた方が早い。そう思った私は、素直に聞いてみる事にした。すると、二人は私の態度に気分を良くしたのか、すぐに教えてくれた。
「あー……ラミレス様と同じように、カリスマ性があって、男らしい方だと思っておりました」
「はい、私も、ラミレス様との戦闘の際、貴様とか、今度こそ殺してやるとか、物騒な言葉を使われていたので、そういう言葉を日常的に使っている方だとばかり……」
「……」
「リノ様?」
「いえ、お恥ずかしい……聞かれていたのですね……」
今度は私の顔が赤くなってしまった。戦場にいる時の私は普段とは別人とよく言われたものだ。「剣を持つとスイッチが入る」と同僚にも言われたが、それは仕方がないと思っている。命がかかっていたのだから。
ああ、そういえば、ユアンも私の事を「気高く美しい」などど不思議な事を言っていた気がする。幻滅されただろうか。
「……私の今のこの姿に幻滅されましたか?」
「「と、とんでもございません! 幻滅するどころか……」」
「どころか?」
「し、親しみを、持ちました」
「俺も……」
「では、私はユアンの妻として認められるでしょうか?」
「は、はい! みんなも認めると思います!」
「というか、あなたの素顔を知らない者もまだ沢山おります。今日は人数がいないから騒ぎになっておりませんが、全部隊の合同演習の日でしたらみんな気が散ってしょうがなかったと思います」
「……」
なんだか意味の分からない言葉が聞こえたような気がするが、どういう意味だろうか。
「それはどういう……?」
「あっ、バカ! それ以上言ったらラミレス様に殺されるぞ!」
「あ、ああ、でもさあ……」
二人はまたしても何か討論を始めてしまった。でも、それよりも気になったのは、「合同演習」という言葉だった。リオスでも士気を高めるために度々行っていたものだ。やはりこの国にもあるらしい。
「合同演習……それはいつ行うのですか?」
「あ、はい、各部隊は定期的に行っておりますが、全体での物は月に一度とか、大きな戦が迫っている時ですね」
「私もいつか、見る事は可能でしょうか?」
「ラミレス様のお心次第かと思いますが……今日も本当は連れて来たくはなかったようですし」
「どういうことでしょうか?」
「戦の場に私情を挟むと負ける原因になると、常日頃から仰っておりまして……」
「……」
『あなたとの逢瀬を大事にするために、戦闘を長引かせておりました』
確かそんな事を言っていたのはどこの誰だったのか。自分の事はいいのか。
思わぬ情報にびっくりして頭を抱えてしまうと、具合が悪くなったと勘違いした二人が慌て始めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「やはり横になった方が……」
「い、いえ、大丈夫です……」
「でも……」
「大丈夫ですから!」
そう強く言った瞬間、部屋のどこからか眠たそうな声が聞こえてきた。
「……うーん……うるさいなあ……せっかく寝てんのに邪魔すんな……」
「「「は?」」」
声のした方に視線を向けると、部屋の隅の光の届かないベッドに誰かいた。
「誰だ!?」
「お前……モリー! またサボっているのか!」
「サボってんじゃないよー。疲れたから寝てただけ。疲労回復」
モリーと呼ばれた青年は、声をかけられたと同時に起き上がり、大きなあくびをした。
「よいしょ……っと」
そして、ベッドを抜けて立ち上がると、その姿を現した。
「あれ? 誰その人」
不思議そうに首をかしげている青年の顔は整っていた。私と同じ金髪に緑色をした綺麗な瞳。長いまつ毛にほんのり赤く色づいた唇。そして、女には見えないが中性的なすらりとした体格。騎士団に所属している者は筋肉がしっかりついている者がほとんどだが、この青年はそうではなかった。
珍しいなと思いながら眺めていると、今度は彼の方から近寄ってきた。目の前に来た彼の身長は、私と同じくらいだった。
彼はまじまじと私を見た後、こう囁いた。
「あんた……綺麗」
「え?」
「この国にいたっけ? あんたみたいな人」
「わ、私は、先日嫁いできたばかりで……」
彼は私が誰なのか認識していないらしい。記憶を辿っているようだが、思い出せないようだった。私とユアンの結婚式には騎士団の団員が参列したと聞いたはずだが、彼は記憶力がないのだろうか。
私が「嫁いできた」と告げると、彼はさらに聞いてきた。
「ここにいるって事は、騎士団の誰かの?」
「はい。そうですが……」
「誰?」
「……それは……」
勝手に言っていいのだろうか。言ったらユアンに何か言われるだろうか。私のせいで彼に何かあったらまずい。またそんな考えが頭をよぎり、口を閉じてしまうと、彼は少し笑ったような気がした。
「……この二人と話してたって事は、結構重要なポジションの人?」
彼はさっきまで私と話していた二人に目をやった。二人はようやく今の状況がまずいと気づいたようだ。呆気に取られて眺めるだけになってしまっていたが、すぐに彼の腕を掴んで私から離そうとした。
「モリー! やめろ!」
「この方はラミレス様の……!」
「え? ラミレス様の……? もしかして、愛人?」
「「「は?」」」
「いや、だってさー、ラミレス様、結婚してから遠征ばっか行ってて奥さんの事避けてたじゃん? 政略結婚だから嫌なのかなーって、今までみたいに他に相手作って発散してんのかなって思ったんだよね。こうして騎士団に連れてくるってよっぽどお気に入りなんだね」
「は……?」
「でもさ、奥さんて敵の騎士団の人だっけ。可哀想だよね。好きでもない、負けた国の男に嫁いでさ、本当なら自分も好き勝手にやりたい放題だっただろうにさ、何にもできずに軟禁されてるなんて。この前ラミレス様が引きこもってたのって、あんたが原因なんだろ?」
「はい、そうです……」
「可哀想だと思わないの? 自分のせいで奥さんが一人でいるの」
「そうですね……」
もし、ユアンが私の他に違う者を選んでいて、私へ言った言葉が嘘だったら……そんな事はないと信じてはいるが、ユアンが私に抱いていた印象と同じように、私も彼は経験豊富だと思っているし、それは自分が体験してよく分かっている。一度身体を繋げてしまったら、また、あの一人で過ごした日々が来るのが怖いと思った。心が痛かった。
私は一人で過ごした日々を思い出し、ため息をついた。なぜか、悲しくなったのだ。
すると、モリーは私の手を握ってきた。
「だからさ、オレにしない?」
「……は?」
この人は何と言った? オレにしない? とはどういう事だ?
「だからさ、ラミレス様の愛人なんてやめてさ、オレと遊ぼうよ。オレ、あんたの顔、好みなんだ」
「……」
「あれ? 聞こえてる? オレ、あんたの事誘ってんだけど……」
「さ、誘うって、何をですか?」
「浮気」
「浮気? なぜですか?」
「だってあんた愛人なんだろ? オレを本命にしなよ。絶対気持ちいいからさ! オレ、名器なんだよね。あんたの入れて欲しいなあ……男なんだから、入れられるより入れる方が好きだろ? 本当は」
彼は私の耳にフッ……っと息を吹きかけ、さらに耳元で囁いた。
「い、入れ……?」
私は何を言われているのだろう。浮気? 誘ってる? 意味が分からない。
「あれ? 経験いっぱいあるよね? そんなに綺麗なんだから。ちなみに、あんたはアルファだよね?」
「い、いえ、オメガですが……」
「えっ! あ、ほんとだ。首輪してんね。じゃあ、オレと一緒じゃんか! 本当に運命じゃない!? オメガ同士でもセックスはできるし、あんたもオメガならオレの気持ちいいとこすぐ分かると思うんだよね。お互い発情期じゃなさそうだし、今すぐしない? ここで!」
「え……」
「え……じゃなくて、こんなにストレートに誘ってんのに分かんないわけ? それとも、抱かれる事に慣れて抱き方忘れちゃった?」
「い、いえ、そうでは、なくて」
あまりの勢いにそう返すのがやっとだった。彼は何を言い出すのか。
「じゃあ、早くしようよ! あ、お前らは出て行ってよね!」
「モリー! やめなさい! この方は愛人なんかじゃな……」
「そうだ、この方は……」
「はーい聞こえませーん! 誰も入ってこないように見張りでもしててよ」
「「ちょ……!」」
彼は見た目に反して力があるのか、止めようとした二人を無理やり外へと出してしまった。そして、バタンとドアを閉め、しっかりと鍵を閉めてしまった。
「「モリー! 開けろ! モリー!」
「そうだ。こんな事ラミレス様に知られたら……!」
「そしたら奥さんの所に戻ればいいんじゃない? オレもこの人も楽しめるし、ラミレス様も諦めがつくだろ」
「そういう問題じゃない!」
「本当にその方だけはダメだ! その方は……!」
「うるさいなあ……じゃあ、呼んで来ればいいじゃんラミレス様をさ。その間に楽しんでるし」
「クソッ、開かねえ!」
「仕方ない……呼んでくる!」
「ああ、頼む! リノ様! そいつの誘惑に乗らないでください!」
「は、はい!」
「ああ、余計な口は塞いじゃおうね」
「んん!?」
私はモリーに突然そばにあったベッドに押し倒され、勢いよく口を塞がれた。
一体何が起こっているのか? 私の頭は混乱している。
キスを、されているのか? ユアン以外に?
「やめろっ!」
私はなぜか、全力で彼を引きはがした。ユアンだけを愛すると誓ったのだ。簡単に彼の思うようにはされたくない。
「へえ……抵抗されると燃えるんですけど」
だが、彼は諦める様子はなかった。それどころか、口笛を吹きながら押し倒した私の上に跨ってしまう。
彼は自分の腰を私の股間に擦りつけた。だが、私のペニスはピクリとも反応しなかった。
「あれ、おかしいなあ……普通はこうすればみんなその気になるのに……抱かれるのに慣れすぎて、男の本能忘れちゃった?」
彼は不思議そうに呟き、今度は服の上から私の股間を撫でた。
「これでもダメ?」
「や、やめ……」
私は何をしているのだ。ユアン以外の者と、何を。
混乱する。何をされるか分からない。分からないから、手の出しようがない。どうすれば、どうすれば。
混乱している私をよそに、彼はとうとう私の下半身をまさぐり始め、服の中に手を入れてペニスを取り出そうとしていた。
これはさすがにまずい。慌てて彼の手を払いのけ、彼が怯んだ隙にガッチリと腕を掴んだ。そして、身体を起こして彼の腕を捻り上げると、今度は彼の背中に私が乗る形で押さえつけた。
「やめろと言っているのが分からないのか?」
久しぶりに出た自分の声に驚いた。酷く冷たい声だった。
「え……さっきと雰囲気違うんですけど……」
「……黙れ」
「痛っ!」
私はぎりぎりとさらに捻る力を強くした。
「何が目的だ?」
「痛い! 痛いって! どこにこんな力が……」
彼はバタバタと私の下で暴れているが、私を振りほどく事はできないようだった。態度の割には非力という事だろうか。そして、私の腕もまだ鈍っていなかった。それに安心したのと同時に、彼が私をユアンの愛人と勘違いしているのを思い出した。まずはその誤解を正さなくては。
でも、彼は力を緩めたらすぐに逃げ出すだろう。だから、この体勢のまま話を進める事にした。
「私の声は聞こえているか?」
私はさらに彼を押さえつける力を強め、聞いてみた。彼は無言でこくこくと頷いた。
「では、誤解を解こう」
「……ご、誤解って、何の……」
「私はユアンの妻だ」
「は? 何寝ぼけた事……妄想から覚めた方がいいんじゃないの?」
「本当の事を言っているだけだ。私は、ユアンの番で、妻だ。愛人ではない。証拠を見せよう」
私は片手で彼を押さえながら、もう片方の手で自分の首輪を外した。当たり前だが私の首の後ろには、ユアンが刻んだ嚙み痕が残っている。それを見た彼は絶句した。
「……え」
「私とユアンは番になった。ユアンが私の発情期に付き合ってくれたのは知っているな?」
「それは……知っている、け、ど……」
「愛人のために引きこもったのではない。私の……正式な伴侶のために来てくれたのだ」
「……」
「……ユアンの、伴侶の名は知っているか?」
「た、確か、リオスの騎士団の、リノ……アル、ム……?」
「私はさっきの二人に何と呼ばれていた?」
「……リ、ノ、様……? あっ!」
彼はようやく全てが繋がったらしい。さっきの様子とは裏腹に、顔色が悪くなっていた。
「ようやく気づいたか」
「あんたが、ラミレス様の……リオスの、騎士……」
「そうだ」
「じゃあ……なんで、愛人て言われて否定しなかった?」
「……ユアンは私がいなくても生きていける。愛人がいてもおかしくはないと思ったのだ」
「でも、その嚙み痕……普通じゃないよ……」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味。普通、番になる時の嚙み痕って一つなんだ。あんたのは、二つもついてるし、深い。相当な執着か、激しいセックスで理性が飛んでないとここまでは……」
「激しい……セっ……!」
私はユアンとのセックスを思い出してしまった。確かにあれは激しいものだった。思い出せば出すほど顔が熱くなり、恥ずかしくなってくる。
「あれ、顔赤いよ? どうしちゃった?」
「い、いえ、何でもな……」
「隙あり!」
「あ!?」
彼は私の力が緩んだ隙に手を振りほどき、今度は私の腕を掴んで押し倒してきた。呆気に取られて彼を眺めていると、彼は思いついたように呟いた。
「ねえ、もしかして、あんたって……あんまりセックスの経験ないの?」
「……っ」
「あはは……正解か! じゃあ、もしかして、童貞?」
「……」
「……ラミレス様に抱かれたのが初めてのセックスだった、とか?」
「わ、悪いか!」
私は思わず叫んでしまった。ああ、まずい。敵に弱みを握らせるなんて、何て事を……。
さらに混乱している私をよそに、彼は何かを考えているようだった。
「ふーん……天下の騎士団副長様が童貞かあ……綺麗なのにもったいない……ちょっと見せてもらおうかな」
「何を……」
「ラミレス様がどんなセックスするのか気になってたんだよね。どんだけ誘っても無視されてたし。あ、大丈夫、痛い事はしないからさ」
彼はそう言いながら、私の首に顔を近づけ、嚙み痕に指を這わせた。
「うわ、すご……くっきりついてる……じゃあ、こっちは……? え……」
彼は私の服のボタンを外し、今度は胸元まではだけさせた。が、さっきの様子とは違い、凄いとは言わずに見るなり絶句していた。何か変な場所でもあったのだろうか。あんなに積極的だった彼の反応が気になって、逃げる事を忘れてされるがままになっていた私に、彼は気の毒そうな表情で聞いてきた。
「ねえ、あんた、大丈夫?」
「な、何が、でしょうか?」
「ラミレス様にこんなに執着されて、大丈夫? 束縛激しいんじゃない?」
「どういう事でしょうか?」
「これ、まともな思考の人間がつけるような痕じゃないよ。激しすぎ」
「激しすぎ……?」
「自分の身体にどんな痕つけられてるか気づいてる? 今日は自分で着替えた? 鏡は見た?」
「今日は、ユアンが着替えを手伝ってくださって……鏡は、服を着てからは見ましたが……」
「……ああ、そうか。だからか……ほら、自分の身体、よく見てみなよ」
彼はそう言ったあと、私の手を引いて身体を起こした。私が彼を抱きかかえているような体勢になってしまったが、彼はこの方が説明しやすいと、どいてはくれなかった。
「ほら、こんなに痕つけられてる。よっぽどあんたに熱心ていうか……マーキング? 他の誰かがあんたを襲ったとしても、あんたにはこんな痕をつけるヤバい相手がいますよって、見れば分かるように痕つけてるね」
「痕……? あ!?」
私は自分の胸元……はだけられた部分だけでもよく分かるほどの、大量の鬱血した痕と嚙み痕に困惑した。
「キスマークと嚙み痕、凄いね」
「キスマーク?」
「こうやってつけるの、知ってる?」
彼は私の胸のあたりに顔を埋め、チュウ……と、肌を強く吸ってきた。すると、さっきまで何もなかった場所に、ほんのりピンクの痕がついていた。
「こうやって肌を吸うとつくのがキスマークなんだけど、オレもけっこう強く吸ったのにこのくらいだろ? これなら大体次の日には消えたり薄くなるんだけど、あんたについてんのは濃い色だし、全然消えてない。一体いつつけられた?」
「え……いつ……は、初めて身体を繋げてから、数日は発情期でしたから、その時につけられたのでは……」
「発情期っていつ終わった?」
「一週間くらい前でしょうか?」
「一週間でこんなに残んないよ。昨日はセックスしたの?」
「昨日は、していない、のですが……」
「ですが?」
「私が寝ている時に、ユアンが帰ってきて、キスは、したような気がします……」
何でこんな事を言わされているんだろう。顔が熱い。
それなのに、彼はどんどん質問してくる。
「キスの後は?」
「何か、身体を触られているような気はしましたが、眠かったので、あまり覚えてない、です……」
確か昨日は、騎士団に向かうのだからと早めに就寝した気がするが、真夜中に帰ってきたユアンにキスをされて起こされた記憶はあった。
『リノ……』
『ユアン、眠いので、すみません……』
『ああ、お前は寝ていればいい。好きにする』
『はい……?』
あまりの眠さにされるがままになっていたが、そういえば身体中が熱くなったり、何かチクリとした感覚があったような……。
あれは、身体中に痕をつけていたのだろうか。そう思ったら、まるで情事の後を見られたような気分になって、羞恥心が私を襲ってきた。
「あ、思い出した? 心当たりあったんだ?」
「はい……きっと、私が眠っている間につけたのかと……」
恥ずかしい。私は、初めて会う人に情事の後を見られてしまったのだ。慌てて服のボタンを止めてユアンの残した痕を隠すと、彼は残念そうに呟いた。
「ああ…もっと見たかったなあ」
「こ、これは、見世物ではございません!」
「……ねえ、どっちが素なの?」
「何がですか?」
「さっきの冷たい口調と、今の恥ずかしがってるの、どっちが素? ラミレス様の前だとどうなの? ラミレス様は知ってるの?」
「え……あ、はい、どちらが素……と言われましても、どちらも私なので……ユアンとは戦場でよく戦っておりましたので、私の戦場での姿も知っております」
「じゃあ、どっちのあんたも知ってるって事?」
「はい」
「じゃあ、あんたが童貞ってのも知ってんの?」
「う……はい……」
「どんな反応だった?」
「……喜んでおられましたが……」
「じゃあ、もっと喜ぶ方法教えてあげようか?」
「喜ぶ?」
「そう。セックスの時にもっと喜ぶ方法、知りたくない?」
「まあ……知りたいといえば、知りたいですが、私にできるかどうか……」
「できるよ。簡単だから」
そう言って、彼はまたしても私の股間に手を触れた。すぐに手を叩いて離したが、彼はニヤリと笑った。
「そこ、舐めてあげるんだよ」
「舐め……?」
「そう、ペニスを舐めてあげんの」
「……私は恥ずかしかっただけですが……?」
「え? ラミレス様、あんたのペニス舐めたの?」
「はい……」
彼は酷く驚いた表情をしていた。何か変な事を言っただろうか。
「へえ……じゃあ、本当にラミレス様が望んだ結婚だったんだね」
「どういう意味ですか?」
「んー……ラミレス様ってあの地位にあのルックスだからさ、怖いけど、彼に抱かれたいオメガっていうか、妊娠したいオメガっていっぱいいるんだよね。でも、ラミレス様は絶対にオメガに手を出さなかったんだ。けっこう噂はあったけど、抱いたとしても妊娠の可能性のないベータかアルファでさ」
「そう、なのですか……」
「そう。だから、オメガと結婚したのが信じられなかったし、あんたの事も愛人でアルファだと思ったんだよね」
「はあ……というか、手を出すな」
再び私の股間に手が伸びてきたので叩いてやると、彼は不満そうに頬を膨らませた。
「あーなんでだよ! いいじゃん! せっかくのオメガ同士、仲良くしようよ!」
「これは仲良くというレベルではございません。浮気です。自分の想い人以外と触れ合うなど……」
「……あんためちゃくちゃ固くない!?」
「私はユアンだけと誓いましたから。あなたにはいないのですか? 大事な人は」
これだけ自由奔放なのだから、決まった相手はいないだろう。そう思っての発言だったが、彼の口からは、予想外の言葉が飛び出した。
「あ、いるよ。オレ、結婚してるし!」
「は!?」
「結婚してんだ、俺。カウイって知らない?」
カウイ。その名前はついさっき聞いた名だ。ユアンの右腕で、副長……。
「……私の記憶が正しければ、副長のカウイさんでしょうか?」
「そうそう。カウイ・レンダ」
「罪悪感はないのですか?」
「うーん……ないかな! 結婚前からオレってこうだったし、それでもいいって言うから結婚したんだよね。ほら、惚れさせた方が勝ち? みたいな……あんたんとこもそうじゃん?」
彼はあっけらかんと言い放った。本当に悪いと思ってはいないようだ。
「カウイ様も相当な腕をお持ちのようですし、いつかバチが当たっても知りませんよ……」
「大丈夫だって! 今まで何も言われなかったもん!」
「……発情期の時はどうされているのですか?」
「発情期は番とじゃないと気持ち悪くなるからさ、カウイに付き合ってもらってる」
「カウイさんの事はお好きなのですか?」
「好きだよ?」
「じゃあ、なんで浮気など……」
「……人肌がねー……恋しくなっちゃうんだよね」
「人肌が? なぜですか?」
「……何でもない! 純粋な人に言っても分かんないと思うし!」
「そうですか」
「今のは忘れて! カウイにもラミレス様にも言わなくていいから!」
「はい」
「……何か物分かり良すぎない?」
「人が嫌がる事をするのは好きではないのです。お伝えして欲しいのならお伝えしますが?」
「……」
彼は私の顔を見つめてきた。何か変な事を言っただろうか。
「……やっぱあんたの事気に入った! ねえ、セックスしようよ! オレがあんたの童貞奪ってあげるからさあ」
「お断りします」
「えー? 冷たすぎ!」
「冷たくて結構です」
彼はこんな風に明るくしてはいるが、さっきの「人肌恋しい」という言葉が気になった。何か嫌な過去でもあったのだろうか。
でも、今は聞く時じゃない。何となくだが、そう感じていた。彼も聞かれたくないからこうして私をからかっているのかもしれない。
しばらくそうして二人で言い合いをしていたが、部屋の外からバタバタと足音と怒鳴る声が聞こえてきた。この声は……ユアンとカウイだ。
「……」
彼が私の上に乗っている。この状況を見たらどうなるか。それは聞かれなくても分かる。しかも、彼はユアンと一緒にいるはずのカウイの番なのだ。目の前の彼だけではなく、何の罪もないカウイまでもがユアンに怒られる可能性は十分にあった。
私は近づいてくる足音に耳を澄ませながら、頭をフル回転させた。どうすれば穏便に事が進むのか。
やはり、一時的に彼に犠牲になってもらおう。今はそれしか浮かばない。
「モリーと言ったか? ちょっと我慢してくれ」
「何? はあ!?」
私は上に乗っている彼を突き飛ばし、ベッドに倒れ込んだ彼の腕を掴んで再び背中に乗って押さえつけた。
「すまないが、あなたに触られそうになったから返り討ちにした……という事にさせていただく」
「え、ちょ、ふざけんな!」
「最初にふざけてきたのはそっちだ。誘ってきたのもそっちだ。ここは犠牲になってもらう」
「詐欺だ詐欺だーー! この二重人格!」
「大丈夫。さっきキスをされた事やペニスを触ってきた事は黙っていてやろう。言ってしまえばユアンがどんな事をお前とカウイにするのか分からない」
「へ?」
「ユアンは私が昔、他人と軽いキスをしたと話しただけで態度が変わった。お前としたと知れば何をするか分からない」
「……う、はい」
彼はユアンの様子を聞いて急に大人しくなった。ユアンの私に対する執着を再び思い出したのかもしれない。
「とにかく私は、お前に手を出される前に取り押さえたと伝える。いいな?」
「……分かった」
そこまで打ち合わせた瞬間、部屋の扉がバンッ! と勢いよく開いた。
「リノ! 大丈夫か!?」
「リノ様、申し訳ございません……え!?」
ユアンは本気で心配をしていて、カウイは私達の状況に驚いていた。無理もない。見張りの二人が最後に見た状況は、私が押されまくっていた。きっとそれをユアン達に伝えたはず。なのに、今は私が押さえつけている。すぐには理解しがたいだろう。
「ユアン、私は大丈夫です。こうして手を出される前に押さえましたから……」
「そうか。だが、その体勢は良くないな。すぐに離れてくれ」
「え?」
「お前が他人に触れているのが不愉快だ。離れてくれ。ベッドから降りて俺のそばに来い」
「あ、はい」
私はユアンに言われるままに彼から手を離し、ベッドから離れてユアンのそばに行くと、ユアンはすぐに抱きしめてきた。耳元で「大丈夫か?」と囁かれてくすぐったい。
モリーを見ると、ベッドに座って膝を抱えてむくれていた。あまり反省はしていないようだ。私が機転を利かせたから大事にはならなかったと分かっているのだろうか。まあ、そういう性格なのかもしれないが。
「……いいとこだったのに……」
モリーはそう呟いた。
「貴様……」
その呟きに反応したユアンが何かを言いかけ、彼の方へと足を進めようとすると、ユアンよりも素早く、誰かがモリーの元へと駆け寄った。
「モリー!」
「ん? なんだよカウイ」
「バカヤローーーーー!」
バシッ! という強い音と共に、カウイの怒号が部屋中に響き渡った。
「え……?」
「モリー……お前は、お前は、何をしたか分かっているのか?」
「え? 好みの人がいたから手を出そ……」
バシッ!
もう一度さっきと同じ音が鳴り響いた。カウイがモリーを叩いたのだ。モリーは頬を押さえたまま固まっている。その表情は信じられないといったようなものだった。
突然の修羅場にただただ呆然とその様子を眺めていると、カウイはわなわなと声を震わせながら話し始めた。
「……ラミレス様の番に、なんて事を……一番手を出してはいけなかった。手を出してはいけないと、あれほど言ったのに、お前は分かってなかったんだな……」
「カウイ……?」
「俺がお前の求めるままに付き合ってやれないのは申し訳ないと思っている。お前が自由な人間なのを承知で番にして、結婚して……だから、お前が他の奴の子を妊娠しなければ、それならいいかと許していた。でも、今回はダメだと、あれほど言ったのになぜ手を出した? リノ様はラミレス様が心から望んで手に入れたお方……お前はラミレス様に殺されてもおかしくはない事をした。俺はこれ以上、お前を庇えない」
「か、カウイ」
「ラミレス様! うちの者が申し訳ない事を……リノ様がこの国に来た際、きちんと説明したはずなのですが、聞いてはいなかったようで……」
「ああ、そのようだな」
カウイはモリーの呼びかけには応えず、ユアンに謝罪をした。その声は震えていて、本当に覚悟をしているようだった。
ユアンはカウイの言葉を聞くと、今度は私に聞いてきた。
「リノ、こいつに何かされたか?」
「え? いいえ……何かされる前に押さえましたから、大丈夫です」
「本当か?」
「はい。さっきの様子をご覧になったでしょう?」
「……」
ユアンは私をじろじろと穴が開きそうなほど眺めてきた。でも、キスマークというモノは隠れているし、もし見られてもモリーがつけたモノとは判別しにくい。だから安心していたが、ユアンは思いもよらない所に目をつけた。
「リノ、なぜ、首輪が外れている?」
「首輪? ああ……これは、モリー殿が私をあなたの愛人と勘違いをしておりましたので、結婚して正式な番になったのだとお見せいたしました。きちんと納得されたようですが……」
「……そうか。詳しくは帰ってから聞こう。馬車の準備は済ませてある」
「え、待っ……!」
「カウイ、モリーの教育はお前に頼んだ」
「はっ!」
カウイは直立不動で敬礼をしていた。その隣では、仕方がないとばかりにモリーも敬礼している。一応上司だからという事だろうか。
「リノ、行くぞ」
「は、はい」
私はユアンにぐいぐい手を引かれ、気づいたら馬車の中にいた。馬車に揺られながら、ユアンはしつこく何をされたか聞いてきたが、他の護衛の人間も同席しているのに言えるはずがなかった。私はひたすら、居住区に着くまで話をかわし続けた。
◇
自分達の部屋に着いて行われたのは、確認という名の詳しい尋問だった。どうしても心配らしい。
「リノ、モリーと何を話したのか詳しく聞かせてくれないか」
「ですから、大した話もしておりませんとさっきから言っております」
「大した話でなくともいい。聞かせてくれ」
「……ですから……」
といったようなやり取りを何回すればいいのだろうか。疲れてきた。
「ユアン、私は浮気のような真似事などはしておりませんし、確かに声はかけられましたけど、さっきのように、何かが起こる前に私が押さえました。それでは満足いただけないのでしょうか?」
「……心配だったのだ」
「それは承知しておりますが……」
「初夜の時にお前にオメガの騎士について聞かれた時、いると言ってしまったが……同時に自由な男と言ったのを覚えているな?」
「はい」
「モリーは自由すぎる。性に関して奔放で、色んな者に手を出している。番であるカウイの顔を立てて罰など与えていないが、カウイがいなければ、俺はとっくの昔に殺している」
ユアンはモリーの事をそう語った。自由というのは、性に関する事らしい。私もいきなり「セックスしよう」なんて誘われた。そうやって気になった人間に片っ端から声をかけていたのかもしれない。
……カウイが可哀想になった。もっときつく拒否しておけば良かったかなとも思ったが、あの様子だと反省しそうにないし、無駄に体力を使っただけかもしれない。オメガの特性や互いの番について、性に関する事……色々聞きたかった気持ちもあるが、あの様子では「実践しよ!」などと言われて襲われそうで正直怖い。複雑すぎる。
私が何かを考えているのに気づいたユアンは、いきなり私の腕を掴んでズンズンと寝室に向かっていった。
「ユアン?」
「確かめる」
「何をですか?」
「……」
ユアンは無言になってしまった。手を引かれるままに寝室に入ると、ベッドに押し倒された。
「ユアン!?」
「……」
ユアンはひたすら無言で私の身体を見つめていた。そして、突然私の胸に顔を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「……な、何、を、」
ユアンは何をしているのか。時間が経っているから匂いなどついているはずはない。彼の行動が理解できなかった。
ユアンはその後、私の服のボタンを外し始めた。そして、勢いよく脱がせた後、再び見つめてきた。
「……」
モリーにつけられたキスマークは、ユアンのモノに隠れて分からないだろう。そう思っていたのに、ユアンはモリーのつけた痕のあたりに指を這わせた。
「……何だこれは」
「え?」
「俺がつけたモノじゃない。モリーか?」
「なぜそれを……!?」
「やはり……手を出されていたか」
「い、いえ、これは不意打ちで……」
「……不意打ちとは?」
「……そのままの意味です。あの方が私をあなたの愛人と勘違いされていたので、首輪を外して誤解を解きました。その際に、き、キスマークも見られて、それは普通ではないと、胸元も……」
「チッ……」
「ユアン?」
「いや、何でもない。じゃあ、それ以上は何もされていないな? 本当に?」
「は、はい」
「……では、お仕置きをしよう」
「な、なぜですか!?」
「お前が他の者に触れられたのが許せない」
「そ、そんな理由で……」
「十分な理由だ」
ユアンは私の胸に吸いつき、モリーがつけた痕の上から上書きするようにキスマークをつけた。くっきりとした赤い痕は、その執着を物語っているような気がした。
私は、ユアンに執着されているのだろうか。
「ユアンは……」
「……どうした?」
私が思った事をそのまま呟いてしまうと、彼は私の肌を舐めながら聞き返してきた。
「ユアンは、私に執着しているのですか?」
「なぜそう思った?」
「……なんとなく、そう思ったのです」
「……そうだな。俺はお前に会うために戦で何度も戦ったし、こうして妻にと望んだ。執着しているかもしれない」
「……」
「俺が怖くなったか?」
「……いえ、愛というものは難しいと、そう思ったのです。私は、誰かを好きになってもここまでにはなりませんでしたので……」
「じゃあ、俺に対してはこうなってくれ。俺が嬉しい」
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
「き、キスマークを、私もあなたにつけた方がよろしいのでしょうか?」
「つけてくれるのか?」
「つ、つけ方が、よく分かっておりませんが、あなたが望むなら……」
私がそう言うと、彼は下を向いてククッと笑った。モリーにつけ方を教えてもらった事は誤魔化せたようだ。
「そうだった。お前は何も知らないのだったな」
「は、はい」
「では、つけ方を教えよう」
彼はそう言うと、私の肌の……胸付近の痕のついていない部分をベロリと舐め、その後、モリーと同じように強く吸った。
「……んっ」
彼が口を離すと、吸いついていた場所にはくっきりと真っ赤な痕がついていた。やはり、モリーより吸う力が強いようだ。
彼は私がじっとその痕を見つめているのに気づくと、詳しく説明してくれた。
「つけたい場所を舐めた後、強く吸うんだ。そうすればこうして痕がつく」
「……え? 舐め……?」
「そうだ」
モリーは吸う前に舐めてはいなかったような気がするが、記憶が間違っているのだろうか。でも、ここでそれを言ったらユアンにモリーとの会話までバレそうな気がして聞けない。
彼はまっすぐに私を見ている。その表情は真剣だ。嘘を言っているようには見えない。
……舐めるのか。私が。
そう思ったら、不安と恥ずかしさで顔が熱くなってきた。自分から責めた事がないからだ。
「わ、笑わないでくださいね……」
「大丈夫だ。ここにつけてくれ」
彼は自分の首筋をトントンと叩いた。そこは服を着ていても見えてしまう場所だ。いいのだろうか。
「……そこは、隠れない場所なのでは?」
「構わない」
「わ、分かりました」
彼の意図が理解できないまま、私は身体を起こした。すると、彼は私の身体を抱え込み、自分は胡坐をかいて私をその上に乗せてしまった。
「あっ!」
「この方がつけやすいだろう?」
「う……」
至近距離で囁かれ、突然キスをされた。彼は私に触れるのが好きなようだ。
「では、ここに」
彼は自分の服のボタンを外し、痕をつけやすいように首筋を見せてきた。ここまできたらやるしかない。私は覚悟を決めた。
「で、では……」
私は彼の肩に両手を置いて、自分の身体を支えた。彼の首筋に顔を近づけ、ゴクリと息を飲む。
確か、舐めると言っていたな……。
私は彼の言ったように、彼の首筋を舌で舐めた。一瞬彼がビクッとなった気がしたが、そっと彼を見ても無表情だった。
もう一度、今度は舌を強く押しつけ、ベロリと舐めてみる。すると、彼に変化が現れた。彼の上に座っている私の尻に、何か固いモノが当たっているのだ。
「……ユアン? 何か当たって……」
「……気にするな。続けてくれ」
「はい……?」
彼は早く早くとでも言うように、私に促してきた。私は次に、舐めた場所にキスをして、吸いついた。少しの力では痕はつかないと学んでいるから、強めに。
唇を離して見てみると、彼の首にはくっきりと痕がついていた。
「こ、これでいいでしょうか……?」
「……」
「ユアン?」
「……もっとだ」
「え?」
「もっとつけてくれ。ここと、ここにもだ」
「は、はい」
彼はもっとつけろと言ってきた。しかも、場所まで指定している。私は訳が分からないまま、彼の言うとおりにした。彼の首の周辺には、私のつけたキスマークが複数ついた。
「……まあ、いいだろう」
彼は満足したようだ。フフッと笑っていた。
「では、今度は俺の番だな」
「へ? あっ!」
彼は私を抱きしめ、首筋に吸いついた。モリーにつけられた痕のあたりを執拗に舐め、ジュル……と音を出しながら何度も何度も吸っている。彼の唇が離れた後、モリーのつけた痕は消え去り、彼がつけた真っ赤なキスマークが私の肌についていた。少し痛い。
「……これで、俺の痕だけになったな。もう他の者には触れさせないように」
「……」
「リノ?」
「いえ、私は力が弱いのだと実感いたしました。あなたがつけたように真っ赤にはできませんでした……」
「あはははは」
「しょ、初心者だと思ってバカにしているのですか!?」
「いや、可愛いと思っただけだ。そのような姿を見せるのは俺の前だけにしてくれ」
「……」
「リノ?」
「……誤魔化されたような気がいたします」
「気にするな。これからに集中してくれ」
「あっ!」
彼は私を押し倒し、私の身体を撫でまわした。くすぐったさに身をよじると、すぐに乳首をつまんできた。
「ん……」
私の身体は連日の責めのおかげで敏感になっていたようだ。彼が乳首を触っているうちに、固くなってきた。
恥ずかしい。もう何度も身体を重ねているというのに、私は自分の失態を見られるのが恥ずかしかった。なのに、彼は責める手を止めようとはしてくれない。あまりの恥ずかしさに唇を噛んで耐えていると、彼の指が私の唇に触れた。
「リノ、そんなに噛んだら傷になるぞ?」
「は、恥ずかしい、のです……」
「……そう、か……」
「ユアン……んんっ」
彼は噛みつくようにキスをしてきた。私が噛んでいた唇の場所を、優しく労わるように舐めたかと思えば、舌を入れる深いキスもしてくる。彼の熱が私にも伝わり、呼応するかのように私まで熱くなってくる。発情期でもないのに不思議な事だ。
彼は私の下半身にまとっていた服もすべて脱がせた後、私の身体をうつ伏せにした。そして、以前は触れるだけだった私の尻の穴に、今度は舌を這わせてきた。
「ひっ! な、何を……」
「ただの愛撫だ。気にするな」
「で、でも、そこは……汚い……」
「お前の中に汚い場所などない」
「ああっ!!」
彼は私の声を聞かず、自分の舌を私の穴に入れてきた。
信じられない。これもセックスなのだろうか。
彼の舌が私の中を舐め、指も中に入れてくる。恥ずかしいという気持ちと同時に腹の奥からジクジクと不思議な感覚が現れ、私は混乱したまま彼のされるがままになっていた。
「ああ……ああ……」
「リノ……俺の……女神……」
ピチャピチャと音を立てながら、彼は私を責め立てる。彼が私を比喩する時、決まって「女神」という言葉を使う。私は人間で、女神なんてものではない。何でそんな事を言うのか不思議で仕方なかった。
「ゆ、ユアン……女神、とは……」
「お前が初めて俺の前に現れた時、女神が現れたと思った。それから、戦が終わっても忘れる事などできなかった。こんなのは初めてだった。お前を手に入れるにはどうしたらいいのかずっと考えていた。リオスが戦に負け、陛下が俺に何でも褒美をやると仰った時、ついにその時が来たと思った。だから、お前を妻にと望んだ」
「……」
「まあ、この話はあとでな」
「あっ!」
彼は私の尻を思う存分味わった後、私をうつ伏せにしたままピタリとペニスを私の穴にあてがった。私の穴は記憶にある大きさを受け入れるのに緊張しているのか、キュウキュウと収縮を繰り返している。
「リノ、力を抜いて……」
「は、はい……」
私が返事をするのを待たずに、彼はペニスをズブリと突き刺してきた。すると、私のペニスはプシュッと精を吐き出した。
「ああっ!?」
「リノ……入れただけでこんなに喜んで……」
「ち、違……」
「何が違うんだ? ここはこんなに締めつけて離さないというのに……」
彼は自分のペニスを包んでいる私の穴の縁を指でなぞった。その途端に全身にぞくりとした感覚が呼び覚まされ、余計に彼が入っている場所を締めつけてしまう。
「くっ……リノ、これは……くそっ!」
「ユアン!? あああああっ!」
彼は急にすべてのペニスをねじ込んできた。急な圧迫感に言葉が出ず、息をするのを忘れてしまう。
「は……」
「リノ、リノ!」
「ユアン、待って、待っ……」
ガツガツと獣のように中を抉られ、息ができない。ハアハアと互いの息遣いだけが部屋に響いていた。
発情期じゃなくてもこんなに激しいセックスをするのか。これが普通の夫婦なのか?
そんな疑問が浮かんだが、私の身体は彼の責めに何とか耐えるのに精いっぱいだった。こんな状態で聞けるわけがない。彼がグリグリと私の奥深くまでペニスをねじ込んできたからだ。
「んんんっ」
「リノ、いいか……?」
「な、なに、が……」
そう言われた瞬間、私の中に大量の彼の精が注ぎこまれた。腹の中が熱くなり、彼を受け入れている場所も締めつけを強くしてしまった。
彼を見ると渋い顔をしていた。そして、ペニスを入れたまま私を仰向けにした。すぐにキスをされたが、私は疲れて反応する事ができなかった。
「……」
「リノ、まだ終わりではないぞ?」
「……」
反応しない私を見ても、彼は手を止めなかった。私の足を大きく開き、抱え込み、自分がより奥へ奥へと入れるように体位を調節している。
そして、すぐにピストンが再開された。
「あっ、あっ、あっ、あっ……!」
「リノ、さっきのと今の、どっちが気持ちいい……?」
「わ、分からな……」
「……そうか」
「あーーーーーー!」
私が上手く答えられずにいると、彼の責めはより強くなる。狙ってやっているわけではない。本当に頭が働かないのだ。
彼は何度も私にキスをして、私を貫きながらいろんな場所へキスを落とす。モリーが見たらまた驚かれるだろう。パチュ……パチュ……という、水音なのか肌と肌がぶつかる音なのか理解しないまま、私はひたすら貫かれ続けた。
でも、気づいた事がある。働かない頭でボーッと彼の顔を見ていると、いつものような余裕のある表情をしていなかった。何かを堪え、何かに心酔でもしているかのような不思議な表情をしている。
これが執着というものなのだろうか。よく分からないけど、弱点など無さそうな彼の、こんな姿を見れるのは自分だけなのかもしれない。そう思ったら、何だか嬉しくなった。この感情は何なのだろう。
「ユアン……キス、して……」
私が彼に手を伸ばして懇願すると、彼の動きが止まった。
「……っ、リノ……!」
彼は感極まった表情で深いキスをしてくれた。
ああ……私はこの男に、心から愛されている……。
私は心の奥深くでそう感じた。多少執着されていても構わない。単純すぎるような気もしたが、そう思ってしまったのだ。
「ユアン、愛しています。もっと、私を……」
「ああ、ああ……好きなだけ抱いてやる」
彼は私をぎゅっと抱きしめると、もう一度ピストンを再開した。私も彼にしがみつき、何度も何度も彼の名前を呼んだ。
その行為は朝まで続き、私は疲れ果てて気絶してしまった。
◇
朝起きると、ユアンは私の隣にいたが、身体を起こしてタバコを吸っていた。初めて見る姿だった。
「ユアン…吸うのですね……」
「……ああ、起きたのか」
「私も吸ってもいいですか?」
「……」
リオスにいた頃は私も普通に吸っていた。だから聞いてみただけなのだが、彼は私を見ながら固まってしまった。
「ユアン?」
「リノ、お前……タバコを吸うのか?」
「え? リオスにいた頃は吸っておりましたが……男子の嗜みのようなモノでしたので」
「これからは吸うな。身体に悪いし、今後妊娠した時に身体に障る」
「……納得いきません」
「ダメだ」
「……」
彼は私に幻想のようなものを抱いているのだろうか。私もオメガとはいえ、普通の男なんだが。
でも、この国では彼に従わなければいけないような気がした。今日は大人しくして、後で入手する方法でも探してみようか。なんならモリーに聞いてみてもいい。
そこで私は気づいてしまった。自分がモリーを嫌ってはいない事に。ユアンにバレたらまたお仕置きされそうな予感がするから、これは忘れた頃に言おう。また騎士団に行く事があればモリーにも会えるだろうから。
私は話を変える事にした。
「ユアン…聞きたいことがあるのですが」
「どうした?」
「あなたが私をその、好きになったのはいつからだったかというお話、もっと詳しく聞かせていただけませんか?」
「……初めて出会った時からだと言っただろう」
「……え、と」
「だから、初めて出会った時にはお前を好いていた」
「そ、そうですか」
「……何か言いたい事があるようだな」
「……い、いえ、改めて聞いても驚いてしまって……」
彼と初めて会ったのは戦闘中だ。しかも、敵だから互いに手加減はしていないつもりだった。彼は手加減していたようだが。
いつ好きになる要素があったのだろう。不思議だった。
「どうして好きになったか聞きたいか?」
「はい」
「少しは手加減したとはいえ、今まで俺と戦って、あそこまで耐える者は出会った事がなかった。だから、最初はそこに驚いた」
「はい」
「そこから好奇心でどんな奴か顔を見たくなった。初めて戦った時、お前のヘルムが外れたのを覚えているか?」
「ヘルム……はい、確か、何かの隙に剣が当たって……」
確か、初めて戦った時は……戦っている最中に彼の剣が当たって私のヘルムが外れたのを覚えている。その時に何かしたのだろうか。
「あれは、俺がわざと当ててヘルムを外した。顔が見たかったから」
「そ、そうなのですか!?」
「ああ。だから驚いた。想像していた者とは別人が現れたから」
「どういう事ですか?」
「俺の攻撃に耐える奴だ。かなり体格のいい奴だろう。そう思っていた。なのに、現れたのは予想より一回りも華奢な男で、しかも、綺麗だった。どこからあんな力が出ているんだと思ったのと同時に、お前の強く気高い姿に心を奪われた」
「そ、そうですか……」
「いつか絶対手に入れると決心したのもこの時だ。お前がアルファでもベータでも気にしないつもりだったが、オメガと知った時は……天が俺に味方をしたと思った」
「……」
「そして……お前は今、こうして俺の腕の中にいる。正式な妻として、俺の、腕の中にいる」
「はい……」
「俺はずっとお前を手に入れたかった。そして、お前が真っ白な状態で手に入れた。夢のようだ」
「……」
彼は私の腹に手を当て、耳元で囁いた。
「そのうち……ここに俺達の子を宿す。俺の執着を知っても、産んでくれるか?」
彼を見ると真剣な表情をしていた。私が逃げると思っているのだろうか。
「……はい、産みます。だって、逃がしてくれる気はないのでしょう?」
「……まあ、そうなんだが……」
「なら、聞くだけ無駄ではないですか。私は覚悟を決めて嫁いできました。これからもその気持ちが変わる事はございません。ですが……、私は、あなたが私を好きだと、愛していると仰ってくださるのが、その、嬉しいと、思っている事に気づいたのです。これは、わたしもあなたを愛しているという事だと思うのです」
「リノ……」
「だから、私はあなたの執着や、新しい表情を知っても、きっと嫌いにはならないと思うのです。だから、これからも、私を愛し、愛というものを教えてくださいますか?」
「リノッ!!」
私がそう言った瞬間、彼は物凄い勢いで私を抱きしめ、感極まった声で「ありがとう、ありがとう」と口にした。私が引いていると思ったのかもしれない。
だが、政略結婚という時点で始めからリスクはあった。嫁いだ最初の頃のように、一生放置という可能性もあったのだ。それを思えば、今のこの、愛されすぎているという状態は幸運なのではないだろうか。リオスのみんなが聞いたら「洗脳された」そう思うかもしれない。
でも、今の私は幸せで、多少、夜は手加減して欲しいとは思うが、不満はなくなった。彼の子を宿してもいいと思うまでになったのだ。それほどまでに、彼との距離は近づいたと思う。
だから、それでいい。
私が幸せだと思っているのだから、それでいいのだ。
私は、私を抱きしめる彼が愛おしくなって、私からも何か喜ばせたくなって、思わず耳元で囁いてみた。
「ユアン……」
「……リノ?」
彼は不思議そうに私を見ている。私は彼の手を私の腹に当て、こう囁いた。
「ユアン……愛しています。赤ちゃんを作る時は……何人欲しいですか?」
Fin.
私は彼……ユアンに抱かれ続け、初めての「本当の快楽」そして「セックス」が何なのかを知った。衝撃的だった。これを頻繁にするとユアンは宣言していたが、私の身体は耐えられるのだろうか。そんな思いが脳裏を掠めたが、彼は私の身体を味わい続けた。
最初は……はっきりと覚えている。彼が私の中に入ってきた瞬間や、言葉も、仕草も、何もかも。だが、数日経つと、私の中のオメガの特性が頭を支配するようになった。私のフェロモンにあてられた彼は、獣のように私を求めた。私も彼を求めた。互いが互いを求め続けた日々だった。
驚いたのは、彼が宣言通り、私が動けなくてもセックスを続けた事だ。
初めて身体を繋げた次の日、私は動く事ができなかった。でも、熱は治まらず、本能が彼を求めていた。その様子を見た彼は、私が「やめてくれ」というのも聞かず、私の中に入ってきた。
『ユアン……今日は無理です、おやめください……』
『だが、お前の熱は治まってはいないだろう?』
『それは、そうなのですが……』
『なら、気にするな。俺に身体を委ねていろ』
『あああああああっ!』
前日にあれだけ出したというのに、私の熱は治まらなかった。精液は枯れ果て、ペニスもぴくぴくと震えるだけになったというのに、私の本能は彼を求め、挿れられれば心が歓喜する。不思議だった。
そして、発情期が終わらない今日も、彼に犯され続けている。
「リノ、リノ、愛している……」
「ユアン、ああっ、ああっ……」
気持ちいい。気持ちいい。もっと、もっと。
「ユアン、キスを……」
「リノ……!」
「ん…ふぅ……」
私がキスをせがむと、彼は嬉しそうな表情で私の唇を吸った。いや、吸うだけではない。舐めて、味わい、私の味を楽しむかのように夢中になった。私もされるがままに受け入れた。
これが番……そして、オメガの特性なのだと理解はしていても、頭がついていかなかった。今まで、こんなに誰かを求めた事がなかったからかもしれない。まるで自分が人間以外の何かになったような、謎の感覚が頭を占めた。
そして、彼が私を貫くたびに、ある思いが頭を占めた。
「発情期に、そばに彼以外の人物がいたら、本当にどうなってしまうのか」
考えたくはなかった。話は少し聞いたはずなのに、理解したくなかった。私はまだ、何も知らないも同然だ。
そういえば、この国の騎士団にはオメガの者がいると聞いた。リオスの騎士団にも何人かいる事はいたが、その者達はまだ幹部クラスではなかった。だから、私は話をしたことがない。
今思えば、こちらから話を聞きに行っても良かったのかもしれない。もう遅い話だが。でも、この国にもオメガの騎士はいる。その人物に会って話を聞けないだろうか。
「リノ、考え事はよせ。今は俺だけを見ろ」
「ユア……!? ああああああ!」
彼は私が彼以外の事を考えているのが気に入らないようだった。突然最奥までペニスを押し込んできて、私が戸惑うのを楽しそうに眺めながら、腰をグリグリと回してきた。
「ユアン、ダメ、もう無理です……」
「だが、他の事を考える余裕はあるのだろう?」
「ひっ……」
そう言った彼の表情は嫉妬に満ち溢れ、先ほどまでの甘いモノとは違っていた。
私は何とか彼を静めようと、彼の背中に腕を回し、力の入らない足も絡めようと必死になった。
「ユアン…愛しています……愛しています……もっと、私を犯して……」
なぜこんなセリフが自分から出たのか分からない。でも。効果は絶大だったようで、彼の表情は柔らかくなった。
「ああ…リノ…俺も愛している……!」
彼は私をきつく抱きしめ、さっきよりも激しく腰を動かし始めた。はっきり言って腰も痛いし身体は辛い。でも、それ以上に快楽の方が強く、力の抜けた手は彼の背中から離れ、ベッドにパタンと落ちてしまった。
でも、彼の責めが止まる事はなかった。彼に貫かれながら「発情期が終わって、冷静になったらオメガの騎士について聞いてみよう」そんな考えが浮かんでいた。
発情期は一週間ほど続き、私はひたすら、彼に貫かれ続けた。
◇
「発情期は終わったようだな」
「はい…ご迷惑をおかけしました」
「何が迷惑なんだ? 俺はお前を抱けて嬉しかった」
「そ、そうですか」
「ああ」
彼は発情期が終わった後、ベッドの中で名残惜しそうに私の髪を触ってきた。
「初めてのセックスはどうだった?」
「……未知の世界でした」
「あはははは」
「わ、笑い事ではございません!」
「そうだな。初めてが発情期は……刺激が強すぎたかもしれないな」
「はい……」
彼の機嫌は良かった。これなら、オメガの騎士に会いたいと言っても大丈夫そうだ。
「ユアン、お願いがあるのですが……」
「何だ?」
「この国にはオメガの騎士がいると言っていましたよね? その方に会って、話を聞きたいのですが……」
「ダメだ」
彼は即答した。そして、眉間にしわが寄っている。
「なぜですか? 同じオメガの者として、話を聞いてみたいのです」
「あいつは自由な男だと言ったのを忘れたのか? お前には毒だ」
「毒って……私は一応、リオスで騎士団の副長も務めていました。もし、私に攻撃しようとしても、自分で身を守る自信はあります」
「いや、そうではないんだ。お前の強さは分かっている」
「そうではない? と、言いますと?」
「あいつはセックスが好きなんだ。あと、綺麗なモノが好きだ。だから、お前に興味を持って、お前を襲いかねない」
「……オメガの男同士でもセックスはできるのですか?」
「あ」
「できるのですね」
「今のは聞かなかった事にしてくれ」
「無理です。もう覚えました」
「チッ……」
「私はまだまだ……性に関して知らない事が多いようです。勉強いたします」
「いや、勉強しなくていい」
「なぜですか?」
「俺が教えたい」
「……」
彼は自分が教えたいと言ったが、嫌な予感しかしなかった。もういい。彼がいない所で勝手に知識を学ぶしかない。
でも、オメガの騎士には会いたかった。どうすればいいのだろうか。騎士がいる場所……騎士団。そうだ、騎士団を見学したいと言ってみるのはどうだろうか。彼も一緒でいいと言えば、会うチャンスはある。
「では、騎士団を見学したいと言ったら、ダメでしょうか?」
「騎士団を?」
「はい。この国の騎士団は強かった。あなただけではなく、他の騎士も他国とはレベルが違いました。ですから、元騎士団に所属していた人間として、見学してみたいのです。もちろん、私が見た情報をリオスに伝えるつもりはございません。伝える手段もないのですから……」
「リノ……」
「私個人がこの国の騎士団に興味があるのです。どんな訓練をしているのか、どんな環境なのか。今まで軟禁されていたのですから、少しくらいは見せていただいてもいいのではないでしょうか?」
「う……」
彼は「軟禁」という言葉に言葉を詰まらせた。自覚はあったようだ。
「見せてくださいますか? もちろん、私一人で行くのではなく、あなたと一緒で構いません。それでもダメですか?」
「……本当に、騎士団に興味があるだけなんだな?」
「はい。夫の仕事の様子を見てみたいと思うのはおかしいでしょうか?」
「……分かった。俺がいる時に一緒に連れて行こう」
「ユアン……ありがとうございます……!」
私は嬉しくなって、彼に抱きついてキスをしていた。勝手に身体が動いてしまったが、自分でもびっくりした。驚いていたのは私だけではない。彼も目を丸くして私を見ていた。
「リノ……セックスしよう」
「は? 発情期は終わったのですよ?」
「今ので勃った」
「は?」
彼は私に自分の股間を握らせた。さっきまで大人しくなっていた彼のペニスは力強くそそり立ち、血管が浮き出るほど大きくなっていた。
「な、何でですか!?」
「お前が煽ったのが悪い」
「や、やめ、もう、お尻が……!」
「大丈夫だ。オメガは濡れる」
「そういう問題では……あっ!」
彼は身体を起こし、私の身体を組み敷いたと思ったらうつ伏せにしてしまった。そして、尻だけを持ち上げたと思ったら、いきなり尻の穴に指をあてた。
「んんっ……」
「ああ……私の子種が出てくるな。いい眺めだ」
「な、何を……!」
「穴がヒクヒクしている。早く入れて欲しいと言っているぞ?」
「や、離してください!」
「嫌だ」
彼は私の中に残っていた残滓を掻き出すために、自分の指を入れてきた。さっきまで彼を飲み込んでいた私の穴はあっさりと二本の指を飲み込み、その後、彼のペニスを受け入れた。
◇
「ユアン、約束ですよ?」
「……ああ」
それから数日後、腰の痛みが少しマシになって動けるようになった頃、私は騎士団の訓練場へと向かう事になった。彼はまだ納得していないようだったが、連日頼み込んだ私の熱意に負けてくれたようだ。
「リノ、見学するだけだ。分かっているな?」
「はい。承知しております」
「騎士団の者にはお前の事は伝えてある。お前から話しかけないように」
「ユアン」
「何だ?」
「私にはあなただけですよ? 心配なさらないでください」
「……ああ。お前を信じよう」
彼は私の言葉に少し表情を和らげた。少しは甘く見てくれるだろうか。私は彼の説明だけではなく、団員達の本音を聞き出してみたい気持ちが湧いていた。
訓練場は、城の居住区の隣のエリアに配置されていた。隣と言っても、居住区から見えないように大きな屋根のようなもので覆われているので全貌は全く分からない。歩くと時間がかかるというので馬車で向かった。それだけでも相当広い場所というのが窺えた。
ちなみに、今日の彼は黒の軍服を着ていた。私はもう軍人ではないからと、軍服ではなく、この国の者がよく着ているという民族衣装のような物を着せられた。使用人達には「お似合いです」と笑顔を向けられたが複雑だった。
いくらオメガであろうと、私は男で、着飾る趣味はない。だが、「彼の妻」という肩書から、このように着飾る機会は増えるだろうとの事だった。頭が痛い。
そんな事を考えているうちに、馬車は騎士団のエリアに着いたようだ。キィ……という音を立て、馬車のドアが開いた。
「ここが我が騎士団の本拠地だ。さあ、行こうか」
「はい」
私は覚悟を決め、彼に続いて馬車を降りた。
◇
「……」
そこには訓練場の他に、武器庫や馬たちが飼育されている厩舎、みんなが休める広い待機室、宿泊できるような施設までもが併設されていた。
はっきり言って、リオスとは桁違いの広さだった。リオスもそれなりに整ってはいたが、こことは全然違う。色々な場所を見学する度に、格の違いを見せつけられたような気がした。
全ての場所をまわり、あとは訓練場だけとなった頃、彼が話しかけてきた。途中であまり言葉を発しなくなった私に違和感を抱いたようだ。
「リノ? 具合でも悪くなったか?」
「い、いえ、あまりにもリオスと違っておりましたので、びっくりして言葉が出なくなってしまったのです……これなら優秀な騎士が沢山育つのも無理はないと……」
「……そうだな。レガラドの騎士は幼い頃から騎士になるために訓練している者も多い。設備が整っているのはそのせいだ」
「幼い頃から……?」
「ああ。親が騎士団に所属していて、その背中を見て育った者が多いな。この国では騎士団に所属できただけでも将来は安泰……そんな話もよく聞く」
「親子で騎士……そんな事もあるのですね」
「リオスは違ったのか?」
「数人はおりましたが、多くの者は試験を受けて騎士になる者がほとんどでした」
「リノ、お前は?」
「私は……早くに両親を病で亡くしましたので、習っていた剣術が役に立つかもしれないと思い、自分から志願して試験を受けました。騎士団長は私の同期ですね」
私は幼い頃に両親を亡くしている。十歳の頃だっただろうか。途方に暮れていた私に、近所で世話になっていた大人が騎士という仕事を教えてくれたのだ。
『剣術が好きなら試験を受けてみたらどうだ? 騎士になれば住む場所にも食べる物にも困らない』
あの言葉で私の未来は明るくなった。そして、オメガである私に騎士団の副長という地位までくださった陛下にも感謝してもしきれない。そんな話を淡々としてみたら、彼は私を凝視してきた。どうしたのだろうか。
「ユアン?」
「……リノ、お前は俺が必ず幸せにする」
「は、はい……?」
彼は少し声が震えていた。過去を話した事はまだなかったはずだから、びっくりしたのだろうか。
「そういえば、ユアンのご両親は……?」
「この国の騎士だった。もう隠居している」
「そ、そうですか。まだお会いしていなかったものですから……」
彼の両親にはまだ会った事がなかった。彼によれば、厳しく育てられたが剣術以外では自由な二人だったから、結婚を報告しても「お前が望んだのなら好きにしろ」と言われただけで、特に反対はされなかったらしい。そんな親が存在するのにびっくりしたが、彼はそんな両親だから自由にやれたし強くなれた。感謝はしていると言った。いつかは会わせると言われたが、私はついていけるのだろうか。
私と彼の両親の話をしながら歩いていると、ポツリ、ポツリ……と、騎士団の団員らしき人間の姿を見るようになった。中には私を凝視してくる者もいる。敵対していた国の者がここを訪れたのに驚いているのだろう。
彼はそれに関してはあまり気にしていないようだ。今までのように淡々と説明しながら歩いている。
すると突然、どこからか、激しい足音が聞こえてきた。しかも、確実に私達の方へ向かっている。
一体何が起きたのかと思い、足を止めると、後ろに背の高い、茶髪の男が息を切らしながら何かを言いたそうに視線を向けていた。
「ああ……どうしたカウイ」
「ど、どうしたもこうしたも……! リノ様を連れて来るのはまだ先だったはずでは!?」
「……リノが早くと急かすのでな。今日になった」
「今日と知っていれば、もっと警備の者を増やしました! 団員達もリノ様を見てから稽古が身に入らなくなっております! 事前にお知らせくださいませ!」
「すまなかった。リノも反省している」
「え……!?」
突然話を振られた私は戸惑う事しかできなかった。なぜこんな事を言うのだろう。
というか、このカウイと呼ばれた男は誰なんだろう。
「ユアン、この男性は……?」
「はっ! 申し遅れました! 私はレガラド騎士団の副長を務めさせていただいております、カウイ・レンダと申します!」
「あ、リノ・ラミレスと申します。よろしくお願いいたします」
「リノ、彼は俺の右腕的存在だ。本当なら戦場ではこいつがお前と戦う予定だった」
「は……そ、そうなのですか……」
そうだ。彼は私と会うためにいつも私の前に現れたと言っていた。本来なら、このカウイという男が私の相手となるはずだった……。レガラドで副長となる実力を持つなら、ユアンと同じく強いのだろう。一度は戦ってみたかったと思ってしまうのは、私がまだ今の状況に慣れていないからだろうか。
「リノ? どうした?」
「あ……副長でしたら相当お強いのでしょうね……一度は戦ってみたかったと、そう思いまして……」
「リノ、俺以外の奴がお前を傷つける事は俺が許さない。戦闘は許可できない」
「あ、べ、別に今戦いたいと思っているわけではございません! 今は筋力も落ちていますし、戦っても私は負けるでしょう……」
「そうか」
「はい」
彼はホッとしたようだった。いきなり変な事を言ったと思われただろうか。
そんな私と彼の様子を見ていたカウイは、感心したようにため息を吐いた。
「……本当にお二人は心から結ばれたのですねえ」
「心だけじゃない。身体もだ」
「はいはい、それは承知しております。なんてったって、遠征中にリノ様の具合が悪くなったと聞いて飛んで帰っていきましたからね……」
「あれは仕方がなかった。リノは苦しんでいた。お前も番がいるなら分かっているだろう?」
「まあ、それはそうですが……あなたにも人の心があるんだなあって嬉しくなりましたよ」
「どういう意味だ」
「そういう意味です」
「まあ、俺達の話はいい。お前の番は今日はここに来ていないだろうな?」
「それが……」
「……来ているのか?」
「たぶん」
「すぐにつまみ出せ。リノに会わせるな」
「それは……稽古をしたいと言っていたので、リノ様の事は知らないかと」
「本当に知らないのか?」
「朝は何も言っておりませんでした」
「……まあ、いい。とにかく稽古に集中させておけ。番の管理も夫の仕事のうちだ」
「はっ!」
カウイは敬礼をしていたが、二人の会話が気になった。番とか、会わせるなとか、とにかく怪しかった。
もしかして、このカウイという男の番がオメガなのだろうか。
「カウイさん」
「はい?」
「あなたの番はオメガの騎士なのでしょうか?」
「あっ!」
「……そうなのですね」
「リノ、忘れろ」
「いえ、忘れません。いつか、同じオメガの騎士として話をしてみたいのですが、できますか?」
「あー……、えーと……」
カウイは突然しどろもどろになった。何かまずい事でも……そういえば、ユアンはベッドの中で、オメガの騎士の事を「自由な男」と言っていた。それに関係あるのだろうか。
「……自由な男」
「「え?」」
「ユアンは私に、あなたの番の事を自由な方だと仰いました。それと何か関係が?」
「え、いや、その……」
私がカウイの目の前で詰め寄り、尋ねてみると、彼は何も言えなくなっていた。これ以上、何も言うつもりはないようだ。
やはり無理か……。
少し残念に思って肩を落としていると、ユアンが私の肩に手を置いた。
「ユアン?」
「これ以上の会話は不要だ。さあ、訓練場に行こう」
「はい……」
「オメガの騎士はいつかは会える。今はその時じゃないんだ」
「……会わせていただけるのですか?」
「機会があればな」
この調子だと、ユアンは会わせてくれる気はないようだ。そのくらい私にも分かる。今日はオメガの騎士の番に会えただけでも良しとしようか。
だが、そう思いたい気持ちとは裏腹に、酷く落ち込んでいる自分に気づいた。自分の中で、必ず会えると思っていたのだ。そう自覚したら急に具合が悪くなってきた。本当にショックだったのかもしれない。
「……ユアン」
「どうした?」
「少し、気分が優れないので……ちょっと休んでもよろしいでしょうか?」
「気分……? 大丈夫か!?」
「いえ、少し、休憩すれば大丈……」
「……今日は帰ろう。カウイ、予定変更だ。馬車の用意をしてくれ」
「え!? これから顔を出してくださるのでは!?」
「リノの体調が優先だ。早くしろ」
「で、ですが、しばらく顔を見せておりませんので、一言だけでも何か声をかけてはいただけませんか? そうすれば、団員達の士気も上がります。実は、最近は戦が終わったせいかみんなに覇気がなくなっておりまして……」
カウイはユアンに訴えていた。
しばらく顔を見せていない。
それは身に覚えがあった。ユアンは私の発情期が終わるまでほとんどそばにいてくれた。だから、騎士団に顔を出す事が少なくなっていたのだ。
これではユアンの人望もなくなってしまう。いや、すでにカリスマのような男だから影響はないのかもしれない。でも、もしかしたらという事もある。結婚したから弱くなった。おかしくなったなんて言われたら、私は耐えられない。
ここのセキュリティはしっかりしているし、少しだけなら一人になっても大丈夫だろう。
「ユアン、私の事は構わず顔を見せてあげてください」
「リノ! しかし……」
「あなたのようにカリスマ性のある方が何か言うだけで、団員達の士気は上がります。しばらく顔を出していなかったのなら、みんなは待っているのだと思います。どうか、どうか……私はここで待っていますから……」
「ラミレス様、お願いいたします!」
カウイは頭を下げて頼み込んでいる。
ユアンはかなりの間悩んでいたようだが、ようやく決心したらしい。
「では、少しだけ行ってくる。そこの二人、隠れてないで出てこい。仕事をやろう」
「「へ!?」」
ユアンは廊下の隅に隠れるように潜んでいた兵士二人に声をかけた。いつからいたんだろう。全然気がつかなかった。
ゆっくりと現れた二人は顔面蒼白のまま、私達の前で固まっている。大丈夫だろうか。
「お前たち二人にリノの……俺の妻の警護を頼んだ。そこの部屋で待機を。俺は少し訓練場に顔を出してくる」
「「はい……」」
「リノ、この二人にお前の警護を任せる。団員の中では強い。安心してくれ」
「はあ」
「お前達も、リノに何かしようとしても無駄だ。リノの方がお前達よりも強い。それを頭に入れておくように」
「「は、はい!」」
二人は大きな声で必死に返事をした。ちょっとおかしい。
「リノ、すぐに戻る。待っていてくれ。部屋に入ったら横になっていてもいいから」
「はい」
「カウイ、手短に済ませるぞ。ついてこい」
「はっ! リノ様、失礼いたします!」
こうして、ユアンとカウイは足早に訓練場へと向かっていった。
「り、リノ、様?」
「はい?」
「移動いたしましょう。そこに休憩できる部屋があります」
「はい」
二人に促されてすぐそばにあった部屋に移動すると、仮眠室のような部屋なのか、簡素なベッドが数台設置してあった。それなりに広い部屋だ。
「リノ様、横になってください」
「いえ、大丈夫です。座っていれば治りますので」
私は横になる程重症ではない。自分の身体は自分が一番分かっている。だから、設置されている椅子に座りながらそう答えてみたが、二人は必死に食らいついてきた。
「いいえ! 少しでも具合が悪いのでしたら横になってください! でないと私達がラミレス様に殺されます!」
「は?」
殺されるとは物騒な話だ。ここの騎士団は権力で支配しているのか?
「あの、レガラドの騎士団は、権力で支配されているのですか?」
「あっ、い、いいえ! た、例えばの話です!」
「はい! 普段はそうではないんです!」
「……」
普段はそうではない。そこが引っかかった。では、時には上からの圧力がかかるということか。
「……時には圧力がかかるという事でしょうか?」
「「あっ!」」
「……」
「……そうなのですね」
「「うっ……」」
「だ、大丈夫です。この事を私からユアンに伝えるつもりはないですから……」
「「リノ様……」」
「私も初めて訪れる場所で緊張していたのかもしれません。さっきよりは落ち着いておりますから、お二人も座ってください」
「「……」」
二人は黙って私をじっと見つめてきた。どうしたのだろうか。
「……? どうされました?」
私が声をかけると、二人は途端に顔を赤らめた。
「い、いえ、おそばで拝見いたしますと、本当にお綺麗な方だなって……」
「話し方も、思っていたより丁寧で優しいなって……」
「は?」
意味が分からない。何を言っているんだこの二人はと唖然としていると、二人はまたしても畳みかけるように言ってきた。
「リオスと敵対していた頃は、ラミレス様との戦闘をよく見ておりまして……その時は鎧をまとっておりましたし、口調もこんなに穏やかではなかったので……普段のリノ様がこんなに穏やかな方で、綺麗な方とは存じ上げず緊張してしまって……」
「はあ」
「おそばにいられる事が嬉しいのと、これならラミレス様も落ちるなと、そう思っていたのです」
「そ、そうですか……今までの私の印象はどのような物だったのでしょう?」
一体私はどう思われていたのか、それは同じ戦場にいたレガラドの騎士に聞いた方が早い。そう思った私は、素直に聞いてみる事にした。すると、二人は私の態度に気分を良くしたのか、すぐに教えてくれた。
「あー……ラミレス様と同じように、カリスマ性があって、男らしい方だと思っておりました」
「はい、私も、ラミレス様との戦闘の際、貴様とか、今度こそ殺してやるとか、物騒な言葉を使われていたので、そういう言葉を日常的に使っている方だとばかり……」
「……」
「リノ様?」
「いえ、お恥ずかしい……聞かれていたのですね……」
今度は私の顔が赤くなってしまった。戦場にいる時の私は普段とは別人とよく言われたものだ。「剣を持つとスイッチが入る」と同僚にも言われたが、それは仕方がないと思っている。命がかかっていたのだから。
ああ、そういえば、ユアンも私の事を「気高く美しい」などど不思議な事を言っていた気がする。幻滅されただろうか。
「……私の今のこの姿に幻滅されましたか?」
「「と、とんでもございません! 幻滅するどころか……」」
「どころか?」
「し、親しみを、持ちました」
「俺も……」
「では、私はユアンの妻として認められるでしょうか?」
「は、はい! みんなも認めると思います!」
「というか、あなたの素顔を知らない者もまだ沢山おります。今日は人数がいないから騒ぎになっておりませんが、全部隊の合同演習の日でしたらみんな気が散ってしょうがなかったと思います」
「……」
なんだか意味の分からない言葉が聞こえたような気がするが、どういう意味だろうか。
「それはどういう……?」
「あっ、バカ! それ以上言ったらラミレス様に殺されるぞ!」
「あ、ああ、でもさあ……」
二人はまたしても何か討論を始めてしまった。でも、それよりも気になったのは、「合同演習」という言葉だった。リオスでも士気を高めるために度々行っていたものだ。やはりこの国にもあるらしい。
「合同演習……それはいつ行うのですか?」
「あ、はい、各部隊は定期的に行っておりますが、全体での物は月に一度とか、大きな戦が迫っている時ですね」
「私もいつか、見る事は可能でしょうか?」
「ラミレス様のお心次第かと思いますが……今日も本当は連れて来たくはなかったようですし」
「どういうことでしょうか?」
「戦の場に私情を挟むと負ける原因になると、常日頃から仰っておりまして……」
「……」
『あなたとの逢瀬を大事にするために、戦闘を長引かせておりました』
確かそんな事を言っていたのはどこの誰だったのか。自分の事はいいのか。
思わぬ情報にびっくりして頭を抱えてしまうと、具合が悪くなったと勘違いした二人が慌て始めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「やはり横になった方が……」
「い、いえ、大丈夫です……」
「でも……」
「大丈夫ですから!」
そう強く言った瞬間、部屋のどこからか眠たそうな声が聞こえてきた。
「……うーん……うるさいなあ……せっかく寝てんのに邪魔すんな……」
「「「は?」」」
声のした方に視線を向けると、部屋の隅の光の届かないベッドに誰かいた。
「誰だ!?」
「お前……モリー! またサボっているのか!」
「サボってんじゃないよー。疲れたから寝てただけ。疲労回復」
モリーと呼ばれた青年は、声をかけられたと同時に起き上がり、大きなあくびをした。
「よいしょ……っと」
そして、ベッドを抜けて立ち上がると、その姿を現した。
「あれ? 誰その人」
不思議そうに首をかしげている青年の顔は整っていた。私と同じ金髪に緑色をした綺麗な瞳。長いまつ毛にほんのり赤く色づいた唇。そして、女には見えないが中性的なすらりとした体格。騎士団に所属している者は筋肉がしっかりついている者がほとんどだが、この青年はそうではなかった。
珍しいなと思いながら眺めていると、今度は彼の方から近寄ってきた。目の前に来た彼の身長は、私と同じくらいだった。
彼はまじまじと私を見た後、こう囁いた。
「あんた……綺麗」
「え?」
「この国にいたっけ? あんたみたいな人」
「わ、私は、先日嫁いできたばかりで……」
彼は私が誰なのか認識していないらしい。記憶を辿っているようだが、思い出せないようだった。私とユアンの結婚式には騎士団の団員が参列したと聞いたはずだが、彼は記憶力がないのだろうか。
私が「嫁いできた」と告げると、彼はさらに聞いてきた。
「ここにいるって事は、騎士団の誰かの?」
「はい。そうですが……」
「誰?」
「……それは……」
勝手に言っていいのだろうか。言ったらユアンに何か言われるだろうか。私のせいで彼に何かあったらまずい。またそんな考えが頭をよぎり、口を閉じてしまうと、彼は少し笑ったような気がした。
「……この二人と話してたって事は、結構重要なポジションの人?」
彼はさっきまで私と話していた二人に目をやった。二人はようやく今の状況がまずいと気づいたようだ。呆気に取られて眺めるだけになってしまっていたが、すぐに彼の腕を掴んで私から離そうとした。
「モリー! やめろ!」
「この方はラミレス様の……!」
「え? ラミレス様の……? もしかして、愛人?」
「「「は?」」」
「いや、だってさー、ラミレス様、結婚してから遠征ばっか行ってて奥さんの事避けてたじゃん? 政略結婚だから嫌なのかなーって、今までみたいに他に相手作って発散してんのかなって思ったんだよね。こうして騎士団に連れてくるってよっぽどお気に入りなんだね」
「は……?」
「でもさ、奥さんて敵の騎士団の人だっけ。可哀想だよね。好きでもない、負けた国の男に嫁いでさ、本当なら自分も好き勝手にやりたい放題だっただろうにさ、何にもできずに軟禁されてるなんて。この前ラミレス様が引きこもってたのって、あんたが原因なんだろ?」
「はい、そうです……」
「可哀想だと思わないの? 自分のせいで奥さんが一人でいるの」
「そうですね……」
もし、ユアンが私の他に違う者を選んでいて、私へ言った言葉が嘘だったら……そんな事はないと信じてはいるが、ユアンが私に抱いていた印象と同じように、私も彼は経験豊富だと思っているし、それは自分が体験してよく分かっている。一度身体を繋げてしまったら、また、あの一人で過ごした日々が来るのが怖いと思った。心が痛かった。
私は一人で過ごした日々を思い出し、ため息をついた。なぜか、悲しくなったのだ。
すると、モリーは私の手を握ってきた。
「だからさ、オレにしない?」
「……は?」
この人は何と言った? オレにしない? とはどういう事だ?
「だからさ、ラミレス様の愛人なんてやめてさ、オレと遊ぼうよ。オレ、あんたの顔、好みなんだ」
「……」
「あれ? 聞こえてる? オレ、あんたの事誘ってんだけど……」
「さ、誘うって、何をですか?」
「浮気」
「浮気? なぜですか?」
「だってあんた愛人なんだろ? オレを本命にしなよ。絶対気持ちいいからさ! オレ、名器なんだよね。あんたの入れて欲しいなあ……男なんだから、入れられるより入れる方が好きだろ? 本当は」
彼は私の耳にフッ……っと息を吹きかけ、さらに耳元で囁いた。
「い、入れ……?」
私は何を言われているのだろう。浮気? 誘ってる? 意味が分からない。
「あれ? 経験いっぱいあるよね? そんなに綺麗なんだから。ちなみに、あんたはアルファだよね?」
「い、いえ、オメガですが……」
「えっ! あ、ほんとだ。首輪してんね。じゃあ、オレと一緒じゃんか! 本当に運命じゃない!? オメガ同士でもセックスはできるし、あんたもオメガならオレの気持ちいいとこすぐ分かると思うんだよね。お互い発情期じゃなさそうだし、今すぐしない? ここで!」
「え……」
「え……じゃなくて、こんなにストレートに誘ってんのに分かんないわけ? それとも、抱かれる事に慣れて抱き方忘れちゃった?」
「い、いえ、そうでは、なくて」
あまりの勢いにそう返すのがやっとだった。彼は何を言い出すのか。
「じゃあ、早くしようよ! あ、お前らは出て行ってよね!」
「モリー! やめなさい! この方は愛人なんかじゃな……」
「そうだ、この方は……」
「はーい聞こえませーん! 誰も入ってこないように見張りでもしててよ」
「「ちょ……!」」
彼は見た目に反して力があるのか、止めようとした二人を無理やり外へと出してしまった。そして、バタンとドアを閉め、しっかりと鍵を閉めてしまった。
「「モリー! 開けろ! モリー!」
「そうだ。こんな事ラミレス様に知られたら……!」
「そしたら奥さんの所に戻ればいいんじゃない? オレもこの人も楽しめるし、ラミレス様も諦めがつくだろ」
「そういう問題じゃない!」
「本当にその方だけはダメだ! その方は……!」
「うるさいなあ……じゃあ、呼んで来ればいいじゃんラミレス様をさ。その間に楽しんでるし」
「クソッ、開かねえ!」
「仕方ない……呼んでくる!」
「ああ、頼む! リノ様! そいつの誘惑に乗らないでください!」
「は、はい!」
「ああ、余計な口は塞いじゃおうね」
「んん!?」
私はモリーに突然そばにあったベッドに押し倒され、勢いよく口を塞がれた。
一体何が起こっているのか? 私の頭は混乱している。
キスを、されているのか? ユアン以外に?
「やめろっ!」
私はなぜか、全力で彼を引きはがした。ユアンだけを愛すると誓ったのだ。簡単に彼の思うようにはされたくない。
「へえ……抵抗されると燃えるんですけど」
だが、彼は諦める様子はなかった。それどころか、口笛を吹きながら押し倒した私の上に跨ってしまう。
彼は自分の腰を私の股間に擦りつけた。だが、私のペニスはピクリとも反応しなかった。
「あれ、おかしいなあ……普通はこうすればみんなその気になるのに……抱かれるのに慣れすぎて、男の本能忘れちゃった?」
彼は不思議そうに呟き、今度は服の上から私の股間を撫でた。
「これでもダメ?」
「や、やめ……」
私は何をしているのだ。ユアン以外の者と、何を。
混乱する。何をされるか分からない。分からないから、手の出しようがない。どうすれば、どうすれば。
混乱している私をよそに、彼はとうとう私の下半身をまさぐり始め、服の中に手を入れてペニスを取り出そうとしていた。
これはさすがにまずい。慌てて彼の手を払いのけ、彼が怯んだ隙にガッチリと腕を掴んだ。そして、身体を起こして彼の腕を捻り上げると、今度は彼の背中に私が乗る形で押さえつけた。
「やめろと言っているのが分からないのか?」
久しぶりに出た自分の声に驚いた。酷く冷たい声だった。
「え……さっきと雰囲気違うんですけど……」
「……黙れ」
「痛っ!」
私はぎりぎりとさらに捻る力を強くした。
「何が目的だ?」
「痛い! 痛いって! どこにこんな力が……」
彼はバタバタと私の下で暴れているが、私を振りほどく事はできないようだった。態度の割には非力という事だろうか。そして、私の腕もまだ鈍っていなかった。それに安心したのと同時に、彼が私をユアンの愛人と勘違いしているのを思い出した。まずはその誤解を正さなくては。
でも、彼は力を緩めたらすぐに逃げ出すだろう。だから、この体勢のまま話を進める事にした。
「私の声は聞こえているか?」
私はさらに彼を押さえつける力を強め、聞いてみた。彼は無言でこくこくと頷いた。
「では、誤解を解こう」
「……ご、誤解って、何の……」
「私はユアンの妻だ」
「は? 何寝ぼけた事……妄想から覚めた方がいいんじゃないの?」
「本当の事を言っているだけだ。私は、ユアンの番で、妻だ。愛人ではない。証拠を見せよう」
私は片手で彼を押さえながら、もう片方の手で自分の首輪を外した。当たり前だが私の首の後ろには、ユアンが刻んだ嚙み痕が残っている。それを見た彼は絶句した。
「……え」
「私とユアンは番になった。ユアンが私の発情期に付き合ってくれたのは知っているな?」
「それは……知っている、け、ど……」
「愛人のために引きこもったのではない。私の……正式な伴侶のために来てくれたのだ」
「……」
「……ユアンの、伴侶の名は知っているか?」
「た、確か、リオスの騎士団の、リノ……アル、ム……?」
「私はさっきの二人に何と呼ばれていた?」
「……リ、ノ、様……? あっ!」
彼はようやく全てが繋がったらしい。さっきの様子とは裏腹に、顔色が悪くなっていた。
「ようやく気づいたか」
「あんたが、ラミレス様の……リオスの、騎士……」
「そうだ」
「じゃあ……なんで、愛人て言われて否定しなかった?」
「……ユアンは私がいなくても生きていける。愛人がいてもおかしくはないと思ったのだ」
「でも、その嚙み痕……普通じゃないよ……」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味。普通、番になる時の嚙み痕って一つなんだ。あんたのは、二つもついてるし、深い。相当な執着か、激しいセックスで理性が飛んでないとここまでは……」
「激しい……セっ……!」
私はユアンとのセックスを思い出してしまった。確かにあれは激しいものだった。思い出せば出すほど顔が熱くなり、恥ずかしくなってくる。
「あれ、顔赤いよ? どうしちゃった?」
「い、いえ、何でもな……」
「隙あり!」
「あ!?」
彼は私の力が緩んだ隙に手を振りほどき、今度は私の腕を掴んで押し倒してきた。呆気に取られて彼を眺めていると、彼は思いついたように呟いた。
「ねえ、もしかして、あんたって……あんまりセックスの経験ないの?」
「……っ」
「あはは……正解か! じゃあ、もしかして、童貞?」
「……」
「……ラミレス様に抱かれたのが初めてのセックスだった、とか?」
「わ、悪いか!」
私は思わず叫んでしまった。ああ、まずい。敵に弱みを握らせるなんて、何て事を……。
さらに混乱している私をよそに、彼は何かを考えているようだった。
「ふーん……天下の騎士団副長様が童貞かあ……綺麗なのにもったいない……ちょっと見せてもらおうかな」
「何を……」
「ラミレス様がどんなセックスするのか気になってたんだよね。どんだけ誘っても無視されてたし。あ、大丈夫、痛い事はしないからさ」
彼はそう言いながら、私の首に顔を近づけ、嚙み痕に指を這わせた。
「うわ、すご……くっきりついてる……じゃあ、こっちは……? え……」
彼は私の服のボタンを外し、今度は胸元まではだけさせた。が、さっきの様子とは違い、凄いとは言わずに見るなり絶句していた。何か変な場所でもあったのだろうか。あんなに積極的だった彼の反応が気になって、逃げる事を忘れてされるがままになっていた私に、彼は気の毒そうな表情で聞いてきた。
「ねえ、あんた、大丈夫?」
「な、何が、でしょうか?」
「ラミレス様にこんなに執着されて、大丈夫? 束縛激しいんじゃない?」
「どういう事でしょうか?」
「これ、まともな思考の人間がつけるような痕じゃないよ。激しすぎ」
「激しすぎ……?」
「自分の身体にどんな痕つけられてるか気づいてる? 今日は自分で着替えた? 鏡は見た?」
「今日は、ユアンが着替えを手伝ってくださって……鏡は、服を着てからは見ましたが……」
「……ああ、そうか。だからか……ほら、自分の身体、よく見てみなよ」
彼はそう言ったあと、私の手を引いて身体を起こした。私が彼を抱きかかえているような体勢になってしまったが、彼はこの方が説明しやすいと、どいてはくれなかった。
「ほら、こんなに痕つけられてる。よっぽどあんたに熱心ていうか……マーキング? 他の誰かがあんたを襲ったとしても、あんたにはこんな痕をつけるヤバい相手がいますよって、見れば分かるように痕つけてるね」
「痕……? あ!?」
私は自分の胸元……はだけられた部分だけでもよく分かるほどの、大量の鬱血した痕と嚙み痕に困惑した。
「キスマークと嚙み痕、凄いね」
「キスマーク?」
「こうやってつけるの、知ってる?」
彼は私の胸のあたりに顔を埋め、チュウ……と、肌を強く吸ってきた。すると、さっきまで何もなかった場所に、ほんのりピンクの痕がついていた。
「こうやって肌を吸うとつくのがキスマークなんだけど、オレもけっこう強く吸ったのにこのくらいだろ? これなら大体次の日には消えたり薄くなるんだけど、あんたについてんのは濃い色だし、全然消えてない。一体いつつけられた?」
「え……いつ……は、初めて身体を繋げてから、数日は発情期でしたから、その時につけられたのでは……」
「発情期っていつ終わった?」
「一週間くらい前でしょうか?」
「一週間でこんなに残んないよ。昨日はセックスしたの?」
「昨日は、していない、のですが……」
「ですが?」
「私が寝ている時に、ユアンが帰ってきて、キスは、したような気がします……」
何でこんな事を言わされているんだろう。顔が熱い。
それなのに、彼はどんどん質問してくる。
「キスの後は?」
「何か、身体を触られているような気はしましたが、眠かったので、あまり覚えてない、です……」
確か昨日は、騎士団に向かうのだからと早めに就寝した気がするが、真夜中に帰ってきたユアンにキスをされて起こされた記憶はあった。
『リノ……』
『ユアン、眠いので、すみません……』
『ああ、お前は寝ていればいい。好きにする』
『はい……?』
あまりの眠さにされるがままになっていたが、そういえば身体中が熱くなったり、何かチクリとした感覚があったような……。
あれは、身体中に痕をつけていたのだろうか。そう思ったら、まるで情事の後を見られたような気分になって、羞恥心が私を襲ってきた。
「あ、思い出した? 心当たりあったんだ?」
「はい……きっと、私が眠っている間につけたのかと……」
恥ずかしい。私は、初めて会う人に情事の後を見られてしまったのだ。慌てて服のボタンを止めてユアンの残した痕を隠すと、彼は残念そうに呟いた。
「ああ…もっと見たかったなあ」
「こ、これは、見世物ではございません!」
「……ねえ、どっちが素なの?」
「何がですか?」
「さっきの冷たい口調と、今の恥ずかしがってるの、どっちが素? ラミレス様の前だとどうなの? ラミレス様は知ってるの?」
「え……あ、はい、どちらが素……と言われましても、どちらも私なので……ユアンとは戦場でよく戦っておりましたので、私の戦場での姿も知っております」
「じゃあ、どっちのあんたも知ってるって事?」
「はい」
「じゃあ、あんたが童貞ってのも知ってんの?」
「う……はい……」
「どんな反応だった?」
「……喜んでおられましたが……」
「じゃあ、もっと喜ぶ方法教えてあげようか?」
「喜ぶ?」
「そう。セックスの時にもっと喜ぶ方法、知りたくない?」
「まあ……知りたいといえば、知りたいですが、私にできるかどうか……」
「できるよ。簡単だから」
そう言って、彼はまたしても私の股間に手を触れた。すぐに手を叩いて離したが、彼はニヤリと笑った。
「そこ、舐めてあげるんだよ」
「舐め……?」
「そう、ペニスを舐めてあげんの」
「……私は恥ずかしかっただけですが……?」
「え? ラミレス様、あんたのペニス舐めたの?」
「はい……」
彼は酷く驚いた表情をしていた。何か変な事を言っただろうか。
「へえ……じゃあ、本当にラミレス様が望んだ結婚だったんだね」
「どういう意味ですか?」
「んー……ラミレス様ってあの地位にあのルックスだからさ、怖いけど、彼に抱かれたいオメガっていうか、妊娠したいオメガっていっぱいいるんだよね。でも、ラミレス様は絶対にオメガに手を出さなかったんだ。けっこう噂はあったけど、抱いたとしても妊娠の可能性のないベータかアルファでさ」
「そう、なのですか……」
「そう。だから、オメガと結婚したのが信じられなかったし、あんたの事も愛人でアルファだと思ったんだよね」
「はあ……というか、手を出すな」
再び私の股間に手が伸びてきたので叩いてやると、彼は不満そうに頬を膨らませた。
「あーなんでだよ! いいじゃん! せっかくのオメガ同士、仲良くしようよ!」
「これは仲良くというレベルではございません。浮気です。自分の想い人以外と触れ合うなど……」
「……あんためちゃくちゃ固くない!?」
「私はユアンだけと誓いましたから。あなたにはいないのですか? 大事な人は」
これだけ自由奔放なのだから、決まった相手はいないだろう。そう思っての発言だったが、彼の口からは、予想外の言葉が飛び出した。
「あ、いるよ。オレ、結婚してるし!」
「は!?」
「結婚してんだ、俺。カウイって知らない?」
カウイ。その名前はついさっき聞いた名だ。ユアンの右腕で、副長……。
「……私の記憶が正しければ、副長のカウイさんでしょうか?」
「そうそう。カウイ・レンダ」
「罪悪感はないのですか?」
「うーん……ないかな! 結婚前からオレってこうだったし、それでもいいって言うから結婚したんだよね。ほら、惚れさせた方が勝ち? みたいな……あんたんとこもそうじゃん?」
彼はあっけらかんと言い放った。本当に悪いと思ってはいないようだ。
「カウイ様も相当な腕をお持ちのようですし、いつかバチが当たっても知りませんよ……」
「大丈夫だって! 今まで何も言われなかったもん!」
「……発情期の時はどうされているのですか?」
「発情期は番とじゃないと気持ち悪くなるからさ、カウイに付き合ってもらってる」
「カウイさんの事はお好きなのですか?」
「好きだよ?」
「じゃあ、なんで浮気など……」
「……人肌がねー……恋しくなっちゃうんだよね」
「人肌が? なぜですか?」
「……何でもない! 純粋な人に言っても分かんないと思うし!」
「そうですか」
「今のは忘れて! カウイにもラミレス様にも言わなくていいから!」
「はい」
「……何か物分かり良すぎない?」
「人が嫌がる事をするのは好きではないのです。お伝えして欲しいのならお伝えしますが?」
「……」
彼は私の顔を見つめてきた。何か変な事を言っただろうか。
「……やっぱあんたの事気に入った! ねえ、セックスしようよ! オレがあんたの童貞奪ってあげるからさあ」
「お断りします」
「えー? 冷たすぎ!」
「冷たくて結構です」
彼はこんな風に明るくしてはいるが、さっきの「人肌恋しい」という言葉が気になった。何か嫌な過去でもあったのだろうか。
でも、今は聞く時じゃない。何となくだが、そう感じていた。彼も聞かれたくないからこうして私をからかっているのかもしれない。
しばらくそうして二人で言い合いをしていたが、部屋の外からバタバタと足音と怒鳴る声が聞こえてきた。この声は……ユアンとカウイだ。
「……」
彼が私の上に乗っている。この状況を見たらどうなるか。それは聞かれなくても分かる。しかも、彼はユアンと一緒にいるはずのカウイの番なのだ。目の前の彼だけではなく、何の罪もないカウイまでもがユアンに怒られる可能性は十分にあった。
私は近づいてくる足音に耳を澄ませながら、頭をフル回転させた。どうすれば穏便に事が進むのか。
やはり、一時的に彼に犠牲になってもらおう。今はそれしか浮かばない。
「モリーと言ったか? ちょっと我慢してくれ」
「何? はあ!?」
私は上に乗っている彼を突き飛ばし、ベッドに倒れ込んだ彼の腕を掴んで再び背中に乗って押さえつけた。
「すまないが、あなたに触られそうになったから返り討ちにした……という事にさせていただく」
「え、ちょ、ふざけんな!」
「最初にふざけてきたのはそっちだ。誘ってきたのもそっちだ。ここは犠牲になってもらう」
「詐欺だ詐欺だーー! この二重人格!」
「大丈夫。さっきキスをされた事やペニスを触ってきた事は黙っていてやろう。言ってしまえばユアンがどんな事をお前とカウイにするのか分からない」
「へ?」
「ユアンは私が昔、他人と軽いキスをしたと話しただけで態度が変わった。お前としたと知れば何をするか分からない」
「……う、はい」
彼はユアンの様子を聞いて急に大人しくなった。ユアンの私に対する執着を再び思い出したのかもしれない。
「とにかく私は、お前に手を出される前に取り押さえたと伝える。いいな?」
「……分かった」
そこまで打ち合わせた瞬間、部屋の扉がバンッ! と勢いよく開いた。
「リノ! 大丈夫か!?」
「リノ様、申し訳ございません……え!?」
ユアンは本気で心配をしていて、カウイは私達の状況に驚いていた。無理もない。見張りの二人が最後に見た状況は、私が押されまくっていた。きっとそれをユアン達に伝えたはず。なのに、今は私が押さえつけている。すぐには理解しがたいだろう。
「ユアン、私は大丈夫です。こうして手を出される前に押さえましたから……」
「そうか。だが、その体勢は良くないな。すぐに離れてくれ」
「え?」
「お前が他人に触れているのが不愉快だ。離れてくれ。ベッドから降りて俺のそばに来い」
「あ、はい」
私はユアンに言われるままに彼から手を離し、ベッドから離れてユアンのそばに行くと、ユアンはすぐに抱きしめてきた。耳元で「大丈夫か?」と囁かれてくすぐったい。
モリーを見ると、ベッドに座って膝を抱えてむくれていた。あまり反省はしていないようだ。私が機転を利かせたから大事にはならなかったと分かっているのだろうか。まあ、そういう性格なのかもしれないが。
「……いいとこだったのに……」
モリーはそう呟いた。
「貴様……」
その呟きに反応したユアンが何かを言いかけ、彼の方へと足を進めようとすると、ユアンよりも素早く、誰かがモリーの元へと駆け寄った。
「モリー!」
「ん? なんだよカウイ」
「バカヤローーーーー!」
バシッ! という強い音と共に、カウイの怒号が部屋中に響き渡った。
「え……?」
「モリー……お前は、お前は、何をしたか分かっているのか?」
「え? 好みの人がいたから手を出そ……」
バシッ!
もう一度さっきと同じ音が鳴り響いた。カウイがモリーを叩いたのだ。モリーは頬を押さえたまま固まっている。その表情は信じられないといったようなものだった。
突然の修羅場にただただ呆然とその様子を眺めていると、カウイはわなわなと声を震わせながら話し始めた。
「……ラミレス様の番に、なんて事を……一番手を出してはいけなかった。手を出してはいけないと、あれほど言ったのに、お前は分かってなかったんだな……」
「カウイ……?」
「俺がお前の求めるままに付き合ってやれないのは申し訳ないと思っている。お前が自由な人間なのを承知で番にして、結婚して……だから、お前が他の奴の子を妊娠しなければ、それならいいかと許していた。でも、今回はダメだと、あれほど言ったのになぜ手を出した? リノ様はラミレス様が心から望んで手に入れたお方……お前はラミレス様に殺されてもおかしくはない事をした。俺はこれ以上、お前を庇えない」
「か、カウイ」
「ラミレス様! うちの者が申し訳ない事を……リノ様がこの国に来た際、きちんと説明したはずなのですが、聞いてはいなかったようで……」
「ああ、そのようだな」
カウイはモリーの呼びかけには応えず、ユアンに謝罪をした。その声は震えていて、本当に覚悟をしているようだった。
ユアンはカウイの言葉を聞くと、今度は私に聞いてきた。
「リノ、こいつに何かされたか?」
「え? いいえ……何かされる前に押さえましたから、大丈夫です」
「本当か?」
「はい。さっきの様子をご覧になったでしょう?」
「……」
ユアンは私をじろじろと穴が開きそうなほど眺めてきた。でも、キスマークというモノは隠れているし、もし見られてもモリーがつけたモノとは判別しにくい。だから安心していたが、ユアンは思いもよらない所に目をつけた。
「リノ、なぜ、首輪が外れている?」
「首輪? ああ……これは、モリー殿が私をあなたの愛人と勘違いをしておりましたので、結婚して正式な番になったのだとお見せいたしました。きちんと納得されたようですが……」
「……そうか。詳しくは帰ってから聞こう。馬車の準備は済ませてある」
「え、待っ……!」
「カウイ、モリーの教育はお前に頼んだ」
「はっ!」
カウイは直立不動で敬礼をしていた。その隣では、仕方がないとばかりにモリーも敬礼している。一応上司だからという事だろうか。
「リノ、行くぞ」
「は、はい」
私はユアンにぐいぐい手を引かれ、気づいたら馬車の中にいた。馬車に揺られながら、ユアンはしつこく何をされたか聞いてきたが、他の護衛の人間も同席しているのに言えるはずがなかった。私はひたすら、居住区に着くまで話をかわし続けた。
◇
自分達の部屋に着いて行われたのは、確認という名の詳しい尋問だった。どうしても心配らしい。
「リノ、モリーと何を話したのか詳しく聞かせてくれないか」
「ですから、大した話もしておりませんとさっきから言っております」
「大した話でなくともいい。聞かせてくれ」
「……ですから……」
といったようなやり取りを何回すればいいのだろうか。疲れてきた。
「ユアン、私は浮気のような真似事などはしておりませんし、確かに声はかけられましたけど、さっきのように、何かが起こる前に私が押さえました。それでは満足いただけないのでしょうか?」
「……心配だったのだ」
「それは承知しておりますが……」
「初夜の時にお前にオメガの騎士について聞かれた時、いると言ってしまったが……同時に自由な男と言ったのを覚えているな?」
「はい」
「モリーは自由すぎる。性に関して奔放で、色んな者に手を出している。番であるカウイの顔を立てて罰など与えていないが、カウイがいなければ、俺はとっくの昔に殺している」
ユアンはモリーの事をそう語った。自由というのは、性に関する事らしい。私もいきなり「セックスしよう」なんて誘われた。そうやって気になった人間に片っ端から声をかけていたのかもしれない。
……カウイが可哀想になった。もっときつく拒否しておけば良かったかなとも思ったが、あの様子だと反省しそうにないし、無駄に体力を使っただけかもしれない。オメガの特性や互いの番について、性に関する事……色々聞きたかった気持ちもあるが、あの様子では「実践しよ!」などと言われて襲われそうで正直怖い。複雑すぎる。
私が何かを考えているのに気づいたユアンは、いきなり私の腕を掴んでズンズンと寝室に向かっていった。
「ユアン?」
「確かめる」
「何をですか?」
「……」
ユアンは無言になってしまった。手を引かれるままに寝室に入ると、ベッドに押し倒された。
「ユアン!?」
「……」
ユアンはひたすら無言で私の身体を見つめていた。そして、突然私の胸に顔を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「……な、何、を、」
ユアンは何をしているのか。時間が経っているから匂いなどついているはずはない。彼の行動が理解できなかった。
ユアンはその後、私の服のボタンを外し始めた。そして、勢いよく脱がせた後、再び見つめてきた。
「……」
モリーにつけられたキスマークは、ユアンのモノに隠れて分からないだろう。そう思っていたのに、ユアンはモリーのつけた痕のあたりに指を這わせた。
「……何だこれは」
「え?」
「俺がつけたモノじゃない。モリーか?」
「なぜそれを……!?」
「やはり……手を出されていたか」
「い、いえ、これは不意打ちで……」
「……不意打ちとは?」
「……そのままの意味です。あの方が私をあなたの愛人と勘違いされていたので、首輪を外して誤解を解きました。その際に、き、キスマークも見られて、それは普通ではないと、胸元も……」
「チッ……」
「ユアン?」
「いや、何でもない。じゃあ、それ以上は何もされていないな? 本当に?」
「は、はい」
「……では、お仕置きをしよう」
「な、なぜですか!?」
「お前が他の者に触れられたのが許せない」
「そ、そんな理由で……」
「十分な理由だ」
ユアンは私の胸に吸いつき、モリーがつけた痕の上から上書きするようにキスマークをつけた。くっきりとした赤い痕は、その執着を物語っているような気がした。
私は、ユアンに執着されているのだろうか。
「ユアンは……」
「……どうした?」
私が思った事をそのまま呟いてしまうと、彼は私の肌を舐めながら聞き返してきた。
「ユアンは、私に執着しているのですか?」
「なぜそう思った?」
「……なんとなく、そう思ったのです」
「……そうだな。俺はお前に会うために戦で何度も戦ったし、こうして妻にと望んだ。執着しているかもしれない」
「……」
「俺が怖くなったか?」
「……いえ、愛というものは難しいと、そう思ったのです。私は、誰かを好きになってもここまでにはなりませんでしたので……」
「じゃあ、俺に対してはこうなってくれ。俺が嬉しい」
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
「き、キスマークを、私もあなたにつけた方がよろしいのでしょうか?」
「つけてくれるのか?」
「つ、つけ方が、よく分かっておりませんが、あなたが望むなら……」
私がそう言うと、彼は下を向いてククッと笑った。モリーにつけ方を教えてもらった事は誤魔化せたようだ。
「そうだった。お前は何も知らないのだったな」
「は、はい」
「では、つけ方を教えよう」
彼はそう言うと、私の肌の……胸付近の痕のついていない部分をベロリと舐め、その後、モリーと同じように強く吸った。
「……んっ」
彼が口を離すと、吸いついていた場所にはくっきりと真っ赤な痕がついていた。やはり、モリーより吸う力が強いようだ。
彼は私がじっとその痕を見つめているのに気づくと、詳しく説明してくれた。
「つけたい場所を舐めた後、強く吸うんだ。そうすればこうして痕がつく」
「……え? 舐め……?」
「そうだ」
モリーは吸う前に舐めてはいなかったような気がするが、記憶が間違っているのだろうか。でも、ここでそれを言ったらユアンにモリーとの会話までバレそうな気がして聞けない。
彼はまっすぐに私を見ている。その表情は真剣だ。嘘を言っているようには見えない。
……舐めるのか。私が。
そう思ったら、不安と恥ずかしさで顔が熱くなってきた。自分から責めた事がないからだ。
「わ、笑わないでくださいね……」
「大丈夫だ。ここにつけてくれ」
彼は自分の首筋をトントンと叩いた。そこは服を着ていても見えてしまう場所だ。いいのだろうか。
「……そこは、隠れない場所なのでは?」
「構わない」
「わ、分かりました」
彼の意図が理解できないまま、私は身体を起こした。すると、彼は私の身体を抱え込み、自分は胡坐をかいて私をその上に乗せてしまった。
「あっ!」
「この方がつけやすいだろう?」
「う……」
至近距離で囁かれ、突然キスをされた。彼は私に触れるのが好きなようだ。
「では、ここに」
彼は自分の服のボタンを外し、痕をつけやすいように首筋を見せてきた。ここまできたらやるしかない。私は覚悟を決めた。
「で、では……」
私は彼の肩に両手を置いて、自分の身体を支えた。彼の首筋に顔を近づけ、ゴクリと息を飲む。
確か、舐めると言っていたな……。
私は彼の言ったように、彼の首筋を舌で舐めた。一瞬彼がビクッとなった気がしたが、そっと彼を見ても無表情だった。
もう一度、今度は舌を強く押しつけ、ベロリと舐めてみる。すると、彼に変化が現れた。彼の上に座っている私の尻に、何か固いモノが当たっているのだ。
「……ユアン? 何か当たって……」
「……気にするな。続けてくれ」
「はい……?」
彼は早く早くとでも言うように、私に促してきた。私は次に、舐めた場所にキスをして、吸いついた。少しの力では痕はつかないと学んでいるから、強めに。
唇を離して見てみると、彼の首にはくっきりと痕がついていた。
「こ、これでいいでしょうか……?」
「……」
「ユアン?」
「……もっとだ」
「え?」
「もっとつけてくれ。ここと、ここにもだ」
「は、はい」
彼はもっとつけろと言ってきた。しかも、場所まで指定している。私は訳が分からないまま、彼の言うとおりにした。彼の首の周辺には、私のつけたキスマークが複数ついた。
「……まあ、いいだろう」
彼は満足したようだ。フフッと笑っていた。
「では、今度は俺の番だな」
「へ? あっ!」
彼は私を抱きしめ、首筋に吸いついた。モリーにつけられた痕のあたりを執拗に舐め、ジュル……と音を出しながら何度も何度も吸っている。彼の唇が離れた後、モリーのつけた痕は消え去り、彼がつけた真っ赤なキスマークが私の肌についていた。少し痛い。
「……これで、俺の痕だけになったな。もう他の者には触れさせないように」
「……」
「リノ?」
「いえ、私は力が弱いのだと実感いたしました。あなたがつけたように真っ赤にはできませんでした……」
「あはははは」
「しょ、初心者だと思ってバカにしているのですか!?」
「いや、可愛いと思っただけだ。そのような姿を見せるのは俺の前だけにしてくれ」
「……」
「リノ?」
「……誤魔化されたような気がいたします」
「気にするな。これからに集中してくれ」
「あっ!」
彼は私を押し倒し、私の身体を撫でまわした。くすぐったさに身をよじると、すぐに乳首をつまんできた。
「ん……」
私の身体は連日の責めのおかげで敏感になっていたようだ。彼が乳首を触っているうちに、固くなってきた。
恥ずかしい。もう何度も身体を重ねているというのに、私は自分の失態を見られるのが恥ずかしかった。なのに、彼は責める手を止めようとはしてくれない。あまりの恥ずかしさに唇を噛んで耐えていると、彼の指が私の唇に触れた。
「リノ、そんなに噛んだら傷になるぞ?」
「は、恥ずかしい、のです……」
「……そう、か……」
「ユアン……んんっ」
彼は噛みつくようにキスをしてきた。私が噛んでいた唇の場所を、優しく労わるように舐めたかと思えば、舌を入れる深いキスもしてくる。彼の熱が私にも伝わり、呼応するかのように私まで熱くなってくる。発情期でもないのに不思議な事だ。
彼は私の下半身にまとっていた服もすべて脱がせた後、私の身体をうつ伏せにした。そして、以前は触れるだけだった私の尻の穴に、今度は舌を這わせてきた。
「ひっ! な、何を……」
「ただの愛撫だ。気にするな」
「で、でも、そこは……汚い……」
「お前の中に汚い場所などない」
「ああっ!!」
彼は私の声を聞かず、自分の舌を私の穴に入れてきた。
信じられない。これもセックスなのだろうか。
彼の舌が私の中を舐め、指も中に入れてくる。恥ずかしいという気持ちと同時に腹の奥からジクジクと不思議な感覚が現れ、私は混乱したまま彼のされるがままになっていた。
「ああ……ああ……」
「リノ……俺の……女神……」
ピチャピチャと音を立てながら、彼は私を責め立てる。彼が私を比喩する時、決まって「女神」という言葉を使う。私は人間で、女神なんてものではない。何でそんな事を言うのか不思議で仕方なかった。
「ゆ、ユアン……女神、とは……」
「お前が初めて俺の前に現れた時、女神が現れたと思った。それから、戦が終わっても忘れる事などできなかった。こんなのは初めてだった。お前を手に入れるにはどうしたらいいのかずっと考えていた。リオスが戦に負け、陛下が俺に何でも褒美をやると仰った時、ついにその時が来たと思った。だから、お前を妻にと望んだ」
「……」
「まあ、この話はあとでな」
「あっ!」
彼は私の尻を思う存分味わった後、私をうつ伏せにしたままピタリとペニスを私の穴にあてがった。私の穴は記憶にある大きさを受け入れるのに緊張しているのか、キュウキュウと収縮を繰り返している。
「リノ、力を抜いて……」
「は、はい……」
私が返事をするのを待たずに、彼はペニスをズブリと突き刺してきた。すると、私のペニスはプシュッと精を吐き出した。
「ああっ!?」
「リノ……入れただけでこんなに喜んで……」
「ち、違……」
「何が違うんだ? ここはこんなに締めつけて離さないというのに……」
彼は自分のペニスを包んでいる私の穴の縁を指でなぞった。その途端に全身にぞくりとした感覚が呼び覚まされ、余計に彼が入っている場所を締めつけてしまう。
「くっ……リノ、これは……くそっ!」
「ユアン!? あああああっ!」
彼は急にすべてのペニスをねじ込んできた。急な圧迫感に言葉が出ず、息をするのを忘れてしまう。
「は……」
「リノ、リノ!」
「ユアン、待って、待っ……」
ガツガツと獣のように中を抉られ、息ができない。ハアハアと互いの息遣いだけが部屋に響いていた。
発情期じゃなくてもこんなに激しいセックスをするのか。これが普通の夫婦なのか?
そんな疑問が浮かんだが、私の身体は彼の責めに何とか耐えるのに精いっぱいだった。こんな状態で聞けるわけがない。彼がグリグリと私の奥深くまでペニスをねじ込んできたからだ。
「んんんっ」
「リノ、いいか……?」
「な、なに、が……」
そう言われた瞬間、私の中に大量の彼の精が注ぎこまれた。腹の中が熱くなり、彼を受け入れている場所も締めつけを強くしてしまった。
彼を見ると渋い顔をしていた。そして、ペニスを入れたまま私を仰向けにした。すぐにキスをされたが、私は疲れて反応する事ができなかった。
「……」
「リノ、まだ終わりではないぞ?」
「……」
反応しない私を見ても、彼は手を止めなかった。私の足を大きく開き、抱え込み、自分がより奥へ奥へと入れるように体位を調節している。
そして、すぐにピストンが再開された。
「あっ、あっ、あっ、あっ……!」
「リノ、さっきのと今の、どっちが気持ちいい……?」
「わ、分からな……」
「……そうか」
「あーーーーーー!」
私が上手く答えられずにいると、彼の責めはより強くなる。狙ってやっているわけではない。本当に頭が働かないのだ。
彼は何度も私にキスをして、私を貫きながらいろんな場所へキスを落とす。モリーが見たらまた驚かれるだろう。パチュ……パチュ……という、水音なのか肌と肌がぶつかる音なのか理解しないまま、私はひたすら貫かれ続けた。
でも、気づいた事がある。働かない頭でボーッと彼の顔を見ていると、いつものような余裕のある表情をしていなかった。何かを堪え、何かに心酔でもしているかのような不思議な表情をしている。
これが執着というものなのだろうか。よく分からないけど、弱点など無さそうな彼の、こんな姿を見れるのは自分だけなのかもしれない。そう思ったら、何だか嬉しくなった。この感情は何なのだろう。
「ユアン……キス、して……」
私が彼に手を伸ばして懇願すると、彼の動きが止まった。
「……っ、リノ……!」
彼は感極まった表情で深いキスをしてくれた。
ああ……私はこの男に、心から愛されている……。
私は心の奥深くでそう感じた。多少執着されていても構わない。単純すぎるような気もしたが、そう思ってしまったのだ。
「ユアン、愛しています。もっと、私を……」
「ああ、ああ……好きなだけ抱いてやる」
彼は私をぎゅっと抱きしめると、もう一度ピストンを再開した。私も彼にしがみつき、何度も何度も彼の名前を呼んだ。
その行為は朝まで続き、私は疲れ果てて気絶してしまった。
◇
朝起きると、ユアンは私の隣にいたが、身体を起こしてタバコを吸っていた。初めて見る姿だった。
「ユアン…吸うのですね……」
「……ああ、起きたのか」
「私も吸ってもいいですか?」
「……」
リオスにいた頃は私も普通に吸っていた。だから聞いてみただけなのだが、彼は私を見ながら固まってしまった。
「ユアン?」
「リノ、お前……タバコを吸うのか?」
「え? リオスにいた頃は吸っておりましたが……男子の嗜みのようなモノでしたので」
「これからは吸うな。身体に悪いし、今後妊娠した時に身体に障る」
「……納得いきません」
「ダメだ」
「……」
彼は私に幻想のようなものを抱いているのだろうか。私もオメガとはいえ、普通の男なんだが。
でも、この国では彼に従わなければいけないような気がした。今日は大人しくして、後で入手する方法でも探してみようか。なんならモリーに聞いてみてもいい。
そこで私は気づいてしまった。自分がモリーを嫌ってはいない事に。ユアンにバレたらまたお仕置きされそうな予感がするから、これは忘れた頃に言おう。また騎士団に行く事があればモリーにも会えるだろうから。
私は話を変える事にした。
「ユアン…聞きたいことがあるのですが」
「どうした?」
「あなたが私をその、好きになったのはいつからだったかというお話、もっと詳しく聞かせていただけませんか?」
「……初めて出会った時からだと言っただろう」
「……え、と」
「だから、初めて出会った時にはお前を好いていた」
「そ、そうですか」
「……何か言いたい事があるようだな」
「……い、いえ、改めて聞いても驚いてしまって……」
彼と初めて会ったのは戦闘中だ。しかも、敵だから互いに手加減はしていないつもりだった。彼は手加減していたようだが。
いつ好きになる要素があったのだろう。不思議だった。
「どうして好きになったか聞きたいか?」
「はい」
「少しは手加減したとはいえ、今まで俺と戦って、あそこまで耐える者は出会った事がなかった。だから、最初はそこに驚いた」
「はい」
「そこから好奇心でどんな奴か顔を見たくなった。初めて戦った時、お前のヘルムが外れたのを覚えているか?」
「ヘルム……はい、確か、何かの隙に剣が当たって……」
確か、初めて戦った時は……戦っている最中に彼の剣が当たって私のヘルムが外れたのを覚えている。その時に何かしたのだろうか。
「あれは、俺がわざと当ててヘルムを外した。顔が見たかったから」
「そ、そうなのですか!?」
「ああ。だから驚いた。想像していた者とは別人が現れたから」
「どういう事ですか?」
「俺の攻撃に耐える奴だ。かなり体格のいい奴だろう。そう思っていた。なのに、現れたのは予想より一回りも華奢な男で、しかも、綺麗だった。どこからあんな力が出ているんだと思ったのと同時に、お前の強く気高い姿に心を奪われた」
「そ、そうですか……」
「いつか絶対手に入れると決心したのもこの時だ。お前がアルファでもベータでも気にしないつもりだったが、オメガと知った時は……天が俺に味方をしたと思った」
「……」
「そして……お前は今、こうして俺の腕の中にいる。正式な妻として、俺の、腕の中にいる」
「はい……」
「俺はずっとお前を手に入れたかった。そして、お前が真っ白な状態で手に入れた。夢のようだ」
「……」
彼は私の腹に手を当て、耳元で囁いた。
「そのうち……ここに俺達の子を宿す。俺の執着を知っても、産んでくれるか?」
彼を見ると真剣な表情をしていた。私が逃げると思っているのだろうか。
「……はい、産みます。だって、逃がしてくれる気はないのでしょう?」
「……まあ、そうなんだが……」
「なら、聞くだけ無駄ではないですか。私は覚悟を決めて嫁いできました。これからもその気持ちが変わる事はございません。ですが……、私は、あなたが私を好きだと、愛していると仰ってくださるのが、その、嬉しいと、思っている事に気づいたのです。これは、わたしもあなたを愛しているという事だと思うのです」
「リノ……」
「だから、私はあなたの執着や、新しい表情を知っても、きっと嫌いにはならないと思うのです。だから、これからも、私を愛し、愛というものを教えてくださいますか?」
「リノッ!!」
私がそう言った瞬間、彼は物凄い勢いで私を抱きしめ、感極まった声で「ありがとう、ありがとう」と口にした。私が引いていると思ったのかもしれない。
だが、政略結婚という時点で始めからリスクはあった。嫁いだ最初の頃のように、一生放置という可能性もあったのだ。それを思えば、今のこの、愛されすぎているという状態は幸運なのではないだろうか。リオスのみんなが聞いたら「洗脳された」そう思うかもしれない。
でも、今の私は幸せで、多少、夜は手加減して欲しいとは思うが、不満はなくなった。彼の子を宿してもいいと思うまでになったのだ。それほどまでに、彼との距離は近づいたと思う。
だから、それでいい。
私が幸せだと思っているのだから、それでいいのだ。
私は、私を抱きしめる彼が愛おしくなって、私からも何か喜ばせたくなって、思わず耳元で囁いてみた。
「ユアン……」
「……リノ?」
彼は不思議そうに私を見ている。私は彼の手を私の腹に当て、こう囁いた。
「ユアン……愛しています。赤ちゃんを作る時は……何人欲しいですか?」
Fin.
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