オメガの騎士は愛される

マメ

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オメガの騎士は愛される

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 ◇



「リノ・アルム。貴殿を、我が国の騎士団長、ユアン・ラミレスの伴侶…妻として迎える」

「……は?」

 それは、突然の宣告だった。
 我が国…リオス国は隣国・レガラド国に敗戦した。長年に及ぶ戦の結末だった。私はリオス国の騎士団に所属していて、副長を務めている。だから、この戦にも騎士団に所属した時から携わっていた。
 敗戦したなら相手国から何かの要望、条件などが突きつけられることは予想がついていた。そして、予想通りレガラド国から使者が来て、予想通りの要望と条件が提示された。だが、提示された内の一つに、なぜか私が入っていた。なぜ私なのか。意味が分からない。

「ロス殿、これは一体どういう事なのでしょうか? 我が国がレガラドの属国になるのは承知の上でした。どんな条件も受け入れる覚悟はしておりました。ですが、なぜ、リノがラミレス殿の伴侶に……?」

 陛下はさまざまな条件の中で、私が伴侶になる事だけが疑問のようだった。騎士団に所属した頃から目をかけてくださった方だ。だからこそ、驚いているのだろう。
 陛下に対する使者の反応は義務的な物だった。

「先ほど申し上げた通りでございます。我が国の騎士団長、ラミレス殿たってのご希望でございます」

「ラミレス殿の……?」

「はい、ラミレス殿直々に、アルム殿を伴侶に迎えたいと陛下へ願い出た…と伺っております」

「……」

 ユアン・ラミレス。私よりも三歳下で、レガラド国最強の騎士団長。そして、誰もが羨む高貴なアルファ。
 ラミレス殿とは何度も戦で剣を交わしている。不思議なくらい、戦場に行くと必ず私の前に現れる。だが、個人的に好意のあるような会話を交わした事はない。あくまでも、敵国の騎士。私の認識はその程度だった。
 私はオメガの性を持って生まれ、その生態から、騎士団長への推薦は断っていた。戦場や大事な場面で発情期にでもなったら迷惑がかかるから。
 この世界には、アルファ、ベータ、オメガの三つの人種がいる。アルファとオメガは番になれて、男性のオメガはアルファの子を宿すことができる。ちなみに、女性はどの人種でも子を宿すことができる。どの人種で生まれるかは妊娠した時には分からない。そして、私の住むリオス周辺の国々では、どの人種でも差別はなく、どんな職業にも就く事ができる。遠い国ではアルファ、ベータ、オメガの順に優劣があり、オメガが虐げられていると聞いた。それを聞くと、私はこの国に生まれて良かったと心から思えたものだ。
 私がそんな事を考えているとは知らず、話は急展開を迎えていた。

「婚礼はひと月後、我がレガラドにて行います。アルム殿は必要最低限の持ち物だけ持参してください。他の備品や衣類などはレガラドでご用意いたしますゆえ……」

「……ひと月? それだけしか猶予はないのですか?」

「はい、ラミレス殿はあなたとの婚礼を一刻も早く望んでおります。ですから、ひと月の間に心の準備をお願いいたします」

「……リノ」

「……陛下、私は大丈夫です。正直、ラミレス殿が何をお考えになっておいでなのかは分かりません。ですが、これは国と国との約束…我が国は敗れました。レガラドの意思に従います」

「リノ、すまぬ……」

「いいえ、私はリオスの、陛下のためになるのなら、どんな事でもいたします。私のような一介の騎士に頭を下げるのはおやめください。これからは、この国を想いながらレガラドにて過ごして参ります」

「……」

「陛下、オメガの私に副長の地位を与えてくださり、本当にありがとうございました。身に余る光栄でございました」

 私が陛下に今までのお礼を言うと、レガラドの使者は咳払いをして、言葉を続けた。

「では、アルム殿の意思は確認いたしました。ひと月後にお迎えに参ります。それまでにご準備をお願いいたします」

「はい」


 こうして私は、敵国の騎士団長…ラミレス殿へ嫁ぐ事になった。



 ◇



 レガラドに来て驚いたのは、すでに婚礼の儀の準備が全て完了していたことだ。私が婚礼で着用する衣装を始め、他のアルファに噛まれないための新しい首輪や、その他細部に至るまで、言葉の通りありとあらゆる準備が整っていた。

「これは……」

 婚礼の衣装を着てみて驚いた。私はこの国に着てから一度も採寸などしてはいないのに、サイズがぴったりだったのだ。婚礼の衣装は特別な物で、普段着ている服とは違う。これはどういうことなのか。

「あの……」

「はい、どうかなされましたか? 生地が肌に合わぬなどございましたらご遠慮なくお申し付けください」

 試着を担当している使用人は、私がそう問いかけると慌てたように言ってきた。まるで何かに怯えている様子に違和感を感じたが、ここは元々敵国で、私はただの人質だ。何も言う権利はない。だから、なるべく柔らかく言ってみる事にした。

「いいえ、そうではないのです。この衣装は私の身体にぴったりです。私はこの国に来てから一度も採寸などしてはおりません。なぜこうもぴったりなのでしょうか?」

 私がそう言うと、使用人は少しほっとしたような顔をしながら教えてくれた。

「あ、はい! それは、仕立て屋の方がラミレス様からリノ様のサイズをお聞きしまして、衣装を仕立てたと伺っております」

「……ラミレス殿が?」

「はい。リノ様がお伝えしたのでは……?」

「……あ、ああ、そうでした。忘れておりました」

 驚きのあまり言葉を失ってしまったが、私はラミレス殿に服のサイズなどを教えた記憶はない。彼とは戦場でしか会った事がないのだから。
 しかも、彼とはこの国に来てから一度も顔を合わせていない。彼が私を見初めたと聞いた気がするが、何を考えているのかさっぱり分からなかった。知らない間に服のサイズを知られている……それは一種の恐怖に近い物を感じたが、私は何かを言える立場ではないと自分に言い聞かせ、その日をやり過ごした。






 それから三ヵ月後のよく晴れた日、私達の婚礼の日はやってきた。
 レガラドの騎士団長と、敗戦したとはいえ、元騎士団の副長を務めていた私の婚礼だ。私の着付けを担当した使用人によれば、かなりの数の来賓が訪れているようだった。もちろん、リオスの国王夫妻や戦を共にした騎士団長、並びに、私のすぐ下の部下だった団員までもが参列しているという。
 みんなに「妻」となった姿を見られてしまうのか。これはかなりの拷問だった。だが、時間は待ってはくれない。あと一時間ほどで婚礼の儀が始まるというその時、突然、控え室にラミレス殿が現れた。
 ラミレス殿は当たり前だが、婚礼の衣装を身にまとっていた。本人の髪の色を意識したのだろうか。長身に映える黒を基調としたその衣装は、彼によく似合っていた。ちなみに私の衣装は「花嫁」扱いのため、白を基調としている。
 彼は私のそばに来て、私の名を呼んだ。

「アルム殿」

「……ラミレス殿、お久しぶりでございます」

 私はそう返すのがやっとだった。なぜなら、彼の表情がかなり険しいモノだったから。
 彼が私を見初めたと聞いてはいるけれど、やはりそれは嘘なのではないか、レガラドの王が勝手に決めた婚礼ではないか……私はそう思ってしまった。
 それ以上何も言わずに黙っていると、彼から話しかけてきた。が、それはそれは素っ気ないモノだった。

「これからあなたは俺の伴侶になる。よろしく」

「……あなたとこのような関係になるとは思ってもいませんでした」

「……よろしく」

「はい」

 彼はそう言っただけで、控え室を出て行った。






「ユアン・ラミレス、あなたはリノ・アルムを伴侶とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はい、誓います」

「リノ・アルム、あなたはユアン・ラミレスを伴侶とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「……はい、誓います」

 婚礼は無事に行われた。誓いの言葉も順調だった。結婚式によくある「誓いのキス」がなかったのは助かった。私にはある秘密があるからだ。
 この結婚は、リオスがレガラドの属国になり、完全なる敗北をしたと世間に知らしめる絶好の機会となった。婚礼の儀の様子は世界各国の新聞やメディアでかなり騒がれ、今年一番の大ニュースとなってしまった。
 式場となった大聖堂を後にする際、リオスで共に戦っていた騎士団長と部下の姿を確認したが、二人とも悔しそうな表情をしていたのが印象的だった。 私もリオスに残りたかった。たとえ属国になったとしても、リオスで国を守っていたかった。だが、それはもう叶わない。私は「騎士」という肩書きを捨てたつもりはないけれど、私がリオスをこの手で守るという事は、永遠になくなってしまったのだ。
 ちらりと隣を歩くラミレス殿を見てみたが、私の方を見る事はなく、淡々とした表情で、まっすぐに前だけを見ていた。
 こうして、私達の婚礼の儀はあっけなく幕を閉じた。
 

 ◇



 婚礼から三ヶ月、伴侶となったラミレス殿は、私に会いに来る事はなかった。遠征が重なっているらしい。城に帰ってきても私の部屋に来ることはなく、自分の私室に籠もっているようだ。予想外だった。彼が私を望んだのではないのか?
それとも、婚礼の時に不快な行動を取ってしまったのだろうか。

『これからあなたは俺の伴侶となる。よろしく』

『……あなたとこのような関係になるとは思ってもいませんでした』

『……よろしく』

『はい』

 婚礼の前に交わした言葉はそれだけだった。使者はラミレス殿が私を見初めたとも取れるような会話をしていたが、嘘のような気がしてきた。あの時の会話の少なさと、こんなに私の所に来ないのがその証拠だ。部屋には常に使用人がいて、私の事を見張っている。何かしようとすれば全力で止められ、外に散歩に行こうとしても「ラミレス様に殺されます……!」と全力で止められる。まるで軟禁状態だ。まあ、多少は覚悟はしていた。が、暇すぎる。

「あ」

 ふと部屋の壁を見ると、本物ではない偽物の剣が飾ってあった。今までもあったのかもしれないが、それを認識したのは初めてだった。自分に余裕がなかったのかもしれない。
 トレーニングをしてないせいで筋肉が落ちているから、久しぶりに振ってみようか。久しぶりに剣を見て騎士の血が騒いだのか、いきなりそう思った。
 剣を振るのも止められそうだ。ここは気分が優れないと言う事にしておこう。そうして人払いをすればいい。
 私は早速、そばに控えていた使用人に話しかけた。

「すみません……少し気分が優れないのですが、席を外していただけませんか? 一人になりたいのです」

「え……! す、すぐにラミレス様のご遠征先にご報告いたします……!」

「え? いえ、少し横になれば大丈夫ですから……報告はしないでください。あの方も多忙なようですし、余計な心配はかけたくないのです」

「で、ですが……」

「……私はこの国で一人です。伴侶であるラミレス様も訪れては来ない……体調の優れない時だけでも一人になりたいという私の願い、今日だけでも聞き入れてはいただけないでしょうか?」

「あ……」

「お願いいたします。この事は秘密に……」

 私は使用人の唇に指を当て、内緒ですよ、と笑ってみた。すると、使用人は慌てたように「は、はいっ!」と後ずさり、他の使用人にも部屋を出るように伝えていた。なるほど、よく分からないが、何かが通じたようだ。

「そ、それでは、失礼いたします! 一時間後、ラミレス様がお城にお戻りになる前にはまた伺いますので……」

「はい、ありがとうございます」

「部屋の外には警備の者をつけております。くれぐれもお部屋からお出にはなりませんよう……」

 使用人達は、私に念を押してから部屋を出て行った。

『ラミレス様がお戻りになる前に……』

「あはは…戻ってきても来ないくせに……」

 私は思わず笑ってしまった。だって、彼が戻ってきたとしてもこの部屋にはこない。いつものように一人で寝るだけ。これは夫婦と呼べるのだろうか。いや、呼べないだろう。
 何の意図があるのか知らないが、嫌ならなぜ私を伴侶に選んだのか。それが聞きたかった。敵国の副長を娶ったという経歴が欲しかったのか? でも、彼はそんな事をしなくても、地位も、名誉も、権力もある。本気で意味が分からない。

「まあ、いいか。やろう」

 私は飾ってあった剣を手に取り、少し広いスペースで素振りを始めた。私が愛用していた剣より少し軽いが、まあいいだろう。

「はっ! はっ!」

 私は夢中で剣を振った。懐かしい。こうしていると、リオスにいた頃の記憶が蘇ってくる。みんなで訓練をして、色んな戦場に行った事、勝利の後、宴で祝杯をあげた事……リオスで学んだ全ての事が、私という人間を形成していた。
 なのに、今はなんだ。こうして待っているしかできない、ただの役立たずと化している。これはラミレス殿に直談判をするべきだろう。

 私に役目を与えて欲しい。
 ここから解放して欲しい。

 自分が伴侶という名の捕虜だというのは分かっているけれど、この現状をどうにかして欲しかった。幸い、発情期にはまだ日がある。自分の意思を保っていられる時に言いたかった。
 しばらく素振りをしたり、筋力を鍛えるトレーニングをしていると、部屋の中にいても分かるくらいに廊下が騒がしくなった。どうしたのだろう。
 すると、バタバタという足音と共に、大きな音を立てて部屋の扉が開いた。

「リノ!」

「はい?」

 驚いて普通に返事をしてしまったが、そこにいたのは、息を切らしながら私を見つめるラミレス殿だった。やけに焦っているような様子だ。
 そういえば、名前で呼ばれたのは初めてだな。のんびりとそんな事に気づいてしまったが、彼は突然、私の身体を軽々と抱き上げた。レガラドの男はリオスの男よりは背が高い。それに彼は、私よりも一回りは体格が良くて筋肉もついていた。だから、簡単に持ち上げられてしまった。持っていた剣が手から離れて床に転がったが、彼は気づいていないようだった。

「な、何をなさって……」

「あなたの体調が優れぬと聞き、すぐに帰ってまいりました」

「……今日は遠征のご予定では?」

 私が聞いていた彼の予定は、隣町への遠征だった。隣町と言っても、レガラドは広いからかなりの距離がある。遠征なら重要な任務だったはず。だが、彼はここにいるわけで、意味が分からない。すぐに帰って来れるような遠征など、私は聞いた事がない。すると、彼は私に聞いてきた。

「体調が優れぬというのはどういったご様子ですか? 頭が痛いのですか? それとも、熱が? 喉の様子は? いや、胃腸の調子でしょうか? 吐き気はないですか?」

「……」

 一気に畳みかけるように聞いてくる彼についていけない。こんなキャラだっただろうか。私の記憶では、寡黙で真面目な印象だったはずだが……。

「こ、言葉も話せぬほど苦しいのですか!? おい! 早くリノをベッドへ! なぜ一人にしていたのだ!」

「も、申し訳ございません……!」

 ああ、まずい。私が黙っていてくれと頼んだ使用人が怒られてしまった。早く誤解を解かなくては。

「ラミレス殿、私は大丈夫ですから……」

「何が大丈夫なのですか!? 体調が優れぬというのはこの国に来てから初めてではないですか! あなたの一大事に落ち着いていられますか!」

「……」

 今、この男は何と言ったのだろうか。「体調が優れぬというのはこの国に来てから初めて」そう聞こえたような気がするが気のせいだろうか。
 確かに私は、騎士をしていたおかげで健康だったし、体調が悪くなるのは風邪を引いた時と発情期くらいで、この国に来てからは健康そのものだった。私と会っていないのに、なぜそれを知っているのか……不思議で仕方なかった。

「リノ! 答えてください! どこの調子が悪いのですか!」

 ラミレス殿は私を抱きあげたまま激しく揺さぶり始めた。もし、本当に具合が悪くてこんな事をされたら余計に悪化させてしまうのに気づいていないのだろうか。彼はまだ焦っているようだ。私は慌てて声を出した。

「いや、私は健康です」

「……は?」

「ですから、私は健康です。体調が優れぬというのは、その、嘘なのです」

「ど、どうして、ですか?」

「……退屈だったのです」

「退屈、とは?」

 ラミレス殿は私を降ろし、まじまじと見つめてきた。

「あなたとの婚礼が終わってから数ヶ月が経ちました。ですが、あなたは私に会うわけでもなく、夜になっても帰ってきません。私はこの国に来る前、ご存知かと思いますが、騎士でした。ですから、今のこの状態はとても苦しく、話し相手もいなくて、鍛錬もできずに暇をしていたのです。ですから、一人にして欲しいと、使用人の方にお願いいたしました」

「リノ……」

 そこまで聞いた彼は、ハッとしたように使用人達を見ると、すぐに出て行くように促した。

「……今日は深い話になるようだ。二人にしてくれ」

「は、はい!」

 使用人達は慌てながらも、ホッとしたようにそそくさと出て行った。
 二人だけになると、彼の方から話を切り出した。

「リノ、あなたはこれからどうされたいのでしょうか?」

「どう…とは?」

「先ほどあなたは、今のこの状態はとても苦しく、話し相手もいなくて、鍛錬もできずに暇をしていた……そう言いましたね?」

「はい」

「では、私から逃げたいとか、離婚したいとか、そう思っているのではないですか?」

「……」

 この男は何を言っているのだろう。軟禁状態にしたのはこの男だと言うのに。
 私は怒りのあまり、自分の立場を忘れ、男に向かって思った事を言ってしまった。

「確かに私は、ここに来てからリオスが恋しくなった事はありました。騎士団にいた頃が懐かしいと、そう思う日はよくあります。ですが、それは自分の生まれ育った国から離れたら当たり前に思う感情です。それに、私に近づいて来ないのはあなたの方ではございませんか」

「リノ?」

「私は、結婚したからには、例え気持ちが通っていようがいまいが、夫婦としての生活があると思っておりました。それは、我が国が敗戦した際、使者の方が、あなたが私を伴侶にしたいと陛下へ直々に仰ったと聞いたからです。ですが、その、私を求めているはずのあなたは私と会おうともせず、遠征ばかりで……私はまるで軟禁されているような気持ちになっておりました」

「な、軟禁……」

「はい、軟禁です。部屋を出る事も許されず、剣を持つ事も許されず、ただ、一日を無駄に過ごす……私の今の立場は、伴侶という名の捕虜に等しいと感じております。なぜなら、あなたは高貴なアルファで、私のような普通のオメガなどを伴侶としなくても人生に影響はないと、そう思っております」

 私がそこまで言った後、彼は焦った様に叫んだ。

「そんな事はない!」

「ラミレス殿?」

「俺が、俺があなたを伴侶にと望んだのは、あなたをお慕いしていたからです」

「……は?」

「言葉の通りです。戦場であなたにお会いする度に、この手に抱きたいと、なぜ戦場でしか会えないのか、なぜあなたがレガラドの民ではないのかと、心苦しく思っておりました」

「……」

「私がリオスと戦闘になった際に、騎士団長ではなく、いつも副長のあなたの前に現れたのはそういう事です。私は、あなたにお会いしたかった。会って、剣を交わしてでもお話ししたかったのです」

「で、では、私を殺さなかったのは、いたぶって楽しんでいたわけではない、と……?」

「はい。あなたとの逢瀬を大事にするために、戦闘を長引かせておりました」

 私の記憶が正しければ、ラミレス殿との戦闘はいつも長引き、国に帰った途端に気絶するような激しいモノだった。それが、私との時間を大事にするためだったと、この男はそう言った。確かに、そう言ったのだ。
 では、この男はいつでも私を殺せる力を持っていたのに、わざと殺さなかったというわけだ。それを聞いた私は、途端に力が抜けて床に座り込んでしまった。これではリオスが負けてしまうのも分かる。こんな化け物のような男が戦を仕切っていたのだから。

「リノ!?」

「も、申し訳、ございませ……ちょっと、力が抜けてしまって……」

「やはり、体調が?」

「いえ、あなたとの力を見せつけられて、これではいつ負けてもおかしくはなかったと、そう、思ったのです……」

「リノ……」

 彼は私の肩に手を置き、私の名を呼んだ。すると突然、私の身体に異変が起こった。

「あっ……?」

 それは、よく知っている感覚だった。身体が急に熱くなり、息をするのも忘れるほどに、誰かの温もりを求めてしまう。

 誰か、誰か、この身体を何とかしてくれ。
 この身体の疼きを静めてくれ……!

 頭を占めるのがそれだけになり、私は、自分に発情期が訪れたのを知った。




  
 発情期…それは、この世界において、人間ではオメガだけに現れる現象だ。身体が熱くなって熱を帯び、誰かの温もりを求めずにはいられない。頭の中が真っ白になってしまい、いわば「獣」に等しい状態になり、セックスの事で頭がいっぱいになるのだという。
 私が騎士団において団長の地位に就かなかったのは、このオメガ特有の現象のせいだった。今までは抑制剤で抑えていたが、肝心な戦の途中で突然発情期が始まれば、どんな行動を取るか分からない。だから、それを危惧して断っていた。

「抑制、剤……は……」

 そうだ。そういえば、この国に来てから処方された抑制剤が変わっていた。レオスで飲んでいたモノより弱かったようだ。次はもっと強いモノを頼まないと、と思うのに、身体が言う事を聞かない。自分を静めてくれる「誰か」を、自分の意思とは関係なく、身体が求めすぎていた。

「リノ! リノ! しっかりしろ!」

 いつの間にか敬語が外れているラミレス殿は、私に発情期が来たとは思っていないようだ。何度も私にしっかりしろと呼びかけている。

「はあ、はあ……」

「リノ!」

 今、この状態を抑える事ができるのは、この男しかいない。私と彼は伴侶なのだから問題ない。なら、大丈夫だろうか。
 ……私はいわゆる「セックス」というモノをした事がない。発情期も薬や自慰でやり過ごし、なんとか今まで生きてきた。セックスという行為がなんなのか、詳しく知る事はなくて「天然記念物」なんて友人に笑われたものだ。だが、今まで興味がなかったのだから仕方がない。

「ラミ、レス……殿」

「どうした!?」

「申し訳ない……発情期が、来た、ようです……」

「な、何……?」

「も、申し訳、ございませ、ん……予定では、まだ先のはずだった…のに……」

「リノ……!」

「私を、助けて、ください……、お願い、しま、す……」

 私は縋るように彼の胸へと身体を預け、助けてくれと頼み込んだ。彼は私が抱きついた途端にビクッと身体を震わせ、私の顔を触り、自分の方へと視線を向かわせた。

「ああ……リノ……こんなに涙を溜めて……苦しいでしょう……」

「はい……早く、この身体を……静め……」

「……リノ……」

 彼は私のフェロモンにあてられたのか、表情が恍惚となっている。元々私を好きなのだから、この状況は予想できた。だが、彼はぼそりと呟いた。

「本当なら、発情期ではない時に、あなたを初めて抱きたかったのですが……他の者に奪われてはたまらない。これからあなたを抱き、私の番にします。よろしいですか?」

「だ、抱、く……?」

「あなたと私が、身体と身体で繋がると言うことです。ここと、ここで。経験はおありでしょう?」

 彼は自分の股間に私の手を導き、その大きさを確認させた。そして、彼の手は私の尻の間を触っている。

「け、経験は、ありま、せん……」 

 私は必死だった。どこを使われるのかは知らないけど、経験があると知っていたら、手荒に扱われるかもしれない。そう思って、必死に恥を承知で初めてなのだと訴えた。

 すると、彼は固まってしまった。固まったまま、ブツブツと何かを呟いている。

「初めて…いやいや、そんなバカな…こんな美貌で騎士団の副長まで務めていた人が、セックスの経験がないなど…そんなバカな……」

「は、恥を承知で告白、したのです……! 早く……!」

 私が「早く」と訴えると、彼はハッと私に気づき、もう一度尋ねてきた。

「本当に、初めてなのですか?」

「はい……」

「女性との経験は?」

「ありま、せん……」

「男性とは……」

「あるわけ、な……セッ……クス、自体が、初めてで、何をするかも、分からな……」

「……うっ」

「……?」

 変な声がしたので彼を見ると、口を抑えて震えていた。

「俺が、リノの全ての初めてを……好きに、教えられる……」

 何やら不穏な言葉が聞こえた様な気がするが、早くして欲しかった。早く、この身体を静めて欲しかった。
 私は、彼……ラミレス殿に、身体を擦りつけながら懇願していた。

「何をされてもいい……私の、私の身体を、早く、早く、助けて下さい……」

「くっ……リノ……!」

 彼は感極まったように、物凄い勢いで私の唇を奪った。そして、舌を入れて口内を自分の舌でかき回し、思う存分私の唾液を啜った。こんなキスは初めてだった。キスは若い頃、ちょっと好きだった女の子と触れるだけのモノしかした事がない。こんなキスが存在する事に驚いた。彼は唇を離すと「噛むぞ」と一言言ってきた。

「え……」

 私が戸惑っている間に、彼は私の着ていた衣服を裂き、私が身に着けていた首輪を素早く外したかと思うと、いきなり首すじに吸いついた。

「ああっ……!」

 彼の舌が這うだけで喘ぎが漏れる。それほど甘美な感覚だった。そして、何度も何度も彼の舌が首すじを這ったかと思うと、彼は、私の首すじに歯を立てた。
 オメガがアルファの番になる方法…それは、オメガが首すじを噛まれる事。つまり、私は今、完全に彼の「番」になろうとしているわけだ。

「ああ……これで、あなたは俺のモノ……俺の番に、なる……これほどの幸福が……」

 彼の恍惚とした呟きを聞きながら、私は首すじに少しの痛みを感じた。そして自分が、彼の正式な「番」になった事を知った。





「リノ……」

「ん……」

 彼は私をベッドへ寝かせると、すぐにキスをしてきた。先ほどとは違い、私も経験のある触れるだけのキスだ。でも、発情期の来た私には物足りなかった。もっと、もっと欲しい。さっきのようなキスが、激しいキスが欲しい。そう思っていた。
 でも、これがセックスというモノなのだろうか。では、さっきのアレは何なんだろう。

「ラミレス殿……」

「リノ、私の事は呼び捨てで構わない。それから、きちんと名前で呼んで欲しい」

「呼び…すて…、なま、え……?」

「ああ。私達は夫婦になり、あなたの姓もラミレスなったんだ。なのに殿や姓で呼ぶなんて他人のような事はして欲しくない」

「なまえ…、は……?」

「お忘れか? 俺の名はユアンだ」

「ユアン……」

「そう、ユアン。そして、あなたの名はリノ・ラミレス」

「リノ、ラミレス……」

「俺の名は?」

「ユアン……」

「自分の名は?」

「リノ・ラミレス……」

「そうだ。それでいい。絶対に忘れないように」

「はい……」

 彼はほっとしたような表情を見せると、今度は違う事を口にした。

「あなたの方が年上だし、本当は敬語もやめて欲しい所だが……今は仕方がない。とにかくあなたの熱を静めましょう」

「熱……」

「そうだ。発情期を静めるセックスをする。今日は覚悟をしていてくれ」

 彼はそう言ったが、セックスの内容が分からない。聞いてみるしかないのだろうか。
 私は覚悟を決めて、彼に聞いてみる事にした。

「ユアン、せ、セックス、とは、どのような行為なのでしょうか……」

「リノ?」

「さっきも言いましたが、私はセックスという行為を知りません……どのような行為なのか、教えてくださるのですか……?」

 私が組み敷かれたまま彼を見ると、彼は「うっ……」と呻き、何かを堪えるような、とても苦しそうな表情で私を見てきた。

「リノ、このあとする事なので、はっきり言う。セックスとは、私のペニス、つまり、これを、あなたの尻の穴に挿入する行為の事を言う」

「へ……」

「だから、私のペニスを、あなたの尻の穴に入れるんだ。あなたが女性だったら膣という別の穴があるんだが、あなたは男性なので、尻の穴に……」

「お、お尻は、出す所ではないのですか!? それに、先ほどの、あなたの股間は、どう見ても私のお尻のサイズと違いすぎます……!」

 ああ、聞くんじゃなかった。まさか、尻にアレを入れなければならないなんて。これでは私の尻の穴が裂けてしまうではないか。
 衝撃の事実と、発情期による熱で混乱する私をよそに、彼は「大丈夫だ」と私に優しくキスをした。キスをされただけで頭がさらにボーっとしてきて、最初は彼が何を言っているのか理解できなかった。

「リノ、安心してくれ。あなたはオメガで、子を宿す事ができる。あなたの身体は女性とほぼ同じなんだ」

「同じ……?」

「ああ。アルファとベータの男は濡れないが、あなたのここは濡れる。だから、俺のペニスもちゃんと入る」

 彼は最初の時と同じように、私の服の上から尻の割れ目をなぞった。

「……はい、る?」

「そう、入る。だから、安心して俺に身を委ねて欲しい。……せっかく俺色に染める事ができるのに逃げられてたまるか」

「……な、なに、か?」

「いえ、何でも?」

 彼は恍惚とした表情のままにっこりと微笑んだ。そして、すぐに行動に移してしまった。

「では、始めようか。あなたの全ての初めては俺のモノだ。誰にも渡さない」

「あっ……!?」

 彼は私の服を脱がし始め、下着までも全て脱がしてベッドのそばにあった椅子に放り投げた。そして、もう一度私の上にのしかかってきた。

「リノ、いいかい? 最終的にはここに入れる。ほら、濡れているだろう?」

「んんっ……!?」

 こともあろうに、彼は私の尻の穴に指を伸ばしてきた、なぜかグチュグチュと水音がする。これは一体何なのか。

「こ、これは……?」

「あなたの愛液の音だ。分かるか? ああ、可哀想に……こんなに濡れているのに意味が分かってなかったなんて……」

 彼はツプ……と、ゆっくり指を進めてきた。信じられないが、私の尻は謎の液体を分泌し、彼の太い指の侵入を許してしまっていた。

「ほら、分かりますか? あなたの穴が、俺の子種が欲しいと言って準備をしている」

「こ、子種……」

「そう、二人の愛の結晶を作るために、ここは濡れているのですよ」

「……」

 彼は今、何と言ったのか。子種、愛の結晶……つまり、もう子を作ろうとしているのだろうか。だが、私は一度しか経験のないうちから子を作りたくはなかった。身体は彼を求めて疼いているが、それだけは主張したかった。
 私は彼の腕に手を添えた。

「ユアン……」

「リノ?」

「わ、私は初めてなのです……初めての経験で、子は、まだ欲しくはありません……」

「……」

「ユアン……」

「それは、俺との時間を多く持ちたいと、大事にしたいと取っていいのか?」

「は?」

「子がいると二人の時間がなくなると、取っていいのか?」

「……」

「……そうか、確かに、今すぐ子を作ってしまっては二人の時間はなくなり、セックスができない……ようやく手に入れたリノの身体を開発して、堪能する事ができないな……」

「……」

 私はそのような意味に取れる言葉を言っただろうか? いや、一言も言っていない。ただ、初めてのセックスで何も分かっていないうちから子は欲しくないと言っただけだ。それなのに、彼はすごく嬉しそうな表情を浮かべながら、ブツブツと何かを言っている。堪能とか開発とか、どういう意味だろうか。

「ユアン、開発、とか、堪能、とは……?」

 私がそう尋ねると、彼ははっとしたように私を見た。そして、にっこりと笑った。笑った所を見たのは初めてだなと思っていると、彼は私を抱きしめ、耳元で囁いた。

「リノ、すまない。あなたが初めてだと知って舞い上がってしまったようだ。確かにあなたの言う通りだ。初めての経験で妊娠は早すぎるな。あなたの身体をじっくり開発してから堪能……いや、まずは俺達の関係を深める事から始めよう。子はあなたがこの国での生活に慣れてから作ろう」

「……」

 また変な言葉が聞こえた気がするのは気のせいだろうか。さっきから「開発」と「堪能」という言葉ばかり聞こえるような気がする。何か企みの類だろうか。

「か、開発、とか、堪能、とは、一体……、何かの企みの一種……」

「……」

「……ユアン?」

「いえ、あなたは気にしなくてもいい。早くこの熱を冷まさないとな」

「ひっ……?」

 彼は私の耳の穴をベロリと舐めた。話を逸らされたとは思ったが、私は身体の熱を抑えたいばかりに、それ以上問い詰めるのをやめてしまった。

「リノ、セックスというのは、子作りのための行為であると同時に、二人が心から愛し合うための行為でもある」

「あいし、あう……」

「そう、今の俺とあなたのように」

「でも。私達は、まだ……んんんっ!」

 心から愛し合っていない。
 そう言おうと思った所で唇を塞がれた。まるで「それ以上は聞きたくない」と言われているかのようだった。
 再び私の唇を堪能したらしい彼は、私の唇を指でなぞりながら、ぼそりと何かをこぼした。

「リノ、俺はあなたを一目見た時から、ずっとずっと愛していた。だから、どんなに時間がかかろうとも、どんな手を使ってでも手に入れようとしていた。それが…まさかこんなに早くその日が来るなんて思わなかった。今の俺の気持ちが分かるだろうか?」

「き、気持ち……」

「愛していた」という言葉は聞こえた。だが、キスのせいで朦朧とした頭は何も考える事ができなくて、彼の言葉を繰り返すだけになってしまう。
 すると、彼は私の頬を撫でながら、フッ…とわずかに笑みを浮かべた。

「ふふ、今の状態では何を言っても理解できない、か……」

「も、申し訳、な……」

「あなたが謝る必要はない。今はあなたに求められている……それだけで充分だ。さあ、始めようか」

 彼はそう呟くと、私の胸へと手を伸ばしてきた。彼の指が私の乳首を捕え、指でぐりぐりとこね回した。すると突然、身体にビリビリと電流が走ったような感覚が襲った。

「あっ……!?」

 私の反応を目にした彼は、片手で私の胸を揉みながら、もう片方の乳首を舌でコロコロと転がした。さっきよりも電流のような刺激が強くなり、自分の息が荒くなっていくのが分かる。

「はあ、はあ……」

「リノ、今の気持ちはどうだ?」

「……あ、あなたが触れた場所が痺れるように熱くて、ジンジンして、変な、気持ちです……」

「気持ちはいいか?」

「気持ち……?」

「そう、こうすると、気持ちがいいと思うか?」

 彼は再び私の乳首を舌で転がし、そのあと、ねっとりと押し潰すように舐めた。すると、さっきまではジンジンという感覚だけだったモノが、今度は不思議と股間にも痺れが走り、自分のペニスがさらに熱を持ったのが分かった。

「あ……」

「リノ、教えてくれ。気持ちはどうだ?」

「あ、あ、あなたに、そこをそうされると、なぜか、ぺ、ペニスが、熱い……のです……」

「リ……」

「ユアン、これは、この感覚は、一体何なのでしょうか……?」

「……うっ」

 彼に縋るように目を向けて聞いてみると、彼は謎の呻き声を漏らした。どうしたのだろう。
 だが、私のペニスはどんどん熱くなってきていて、このまま爆発してしまいそうなほどだった。発情期の時に自分で慰めていた時に似ているが、今はペニスに触れられていない。触れていないのに似たような感覚に陥るなんてあるのだろうか。彼がどいてくれなければ自分でペニスを触る事も確認する事もできない。それを訴えようとしても彼は下を向いて震えるばかりで、何もしようとしない。それどころか、何かを必死で抑えているような様子に違和感を感じた。

「ユアン、私はどうなってしまったのですか? この感覚は……何なのですか?」

「リノ、あなたが真っ白な方なのはさっき知ったが、まさか、自慰の方法も知らないのか?」

「自慰は、発情期の時にした事はあります……ですが、その時より、あなたに触れられた時の方が、すごく熱くて、痺れが走って…こんなの、初めてで……」

「……自慰、は、どのように、行っていたんだ?」

「普通、に……ペニスを、触って……」

「……私のモノで、再現してくれないか?」

「へ?」

「だから、私のペニスを触って、あなたの自慰の方法を再現して欲しい」

「それに、何の、意味が……? 私のペニスではいけないのですか?」

 今、熱くなっているのは私のペニスで、彼のものではない。だから、その事を訴えてみたが、彼は苦しそうに息を吐きながら、私の手を自分の股間へと導いた。

「ヒッ……」

 私はすぐに手を離し、引っ込めてしまった。驚いた事に、彼のペニスは私が発情期を迎えた時のように固くなり、膨張していた。しかも、元々のサイズが大きいから、膨張した今はもっともっと大きくなっている。こんなの絶対に私の中に入らない。私の中でその確信は強くなっていた。

「……」

「リノ?」

「……は、入りません」

「何がだ?」

「こんなの、私の中に入りません……さ、さっきよりも、膨張しているではありませんか……!」

「だから、触って小さくしてくれと頼んでいる」

「え?」

「私もあなたと同じようにペニスが熱くなっている。これは気持ちがいいからだ」

「気持ちが……?」

「ああ。気持ちがいいとペニスが固くなり、大きくなるのは知っているな?」

「はい」

「今の俺は、あなたと同じように気持ちがいい。だからペニスも大きくなった。だから、あなたの手で小さくするついでに、自慰の方法を教えてくれと頼んでいる」

「自慰の、方法を説明する、意味、とは……?」

「あなたの自慰が正しかったか確かめるのと、自慰とセックスの気持ち良さの違いを教えるためだ」

「自慰と、セックスの気持ち良さは、違うの、ですか……?」

「ああ、違う」

「……」

 彼の言っている事は本当だろうか。でも、今の自分は確実に自慰の時とは違う感覚を味わっている。自慰とセックスの違い……それには興味があった。

「わ、分かり、ました……」

 私は覚悟を決めた。そして、彼のペニスに手を伸ばし、彼のペニスを握った。その瞬間、彼から「うっ」っと声が漏れた。驚いて手を離しかけたが、彼がその手をすぐに戻し、私に再び握らせてしまった。

「リノ、さあ、教えてくれ。あなたがどんな自慰をしていたかを」

「は、はい……」

 私は覚悟を決め、ペニスを握った手を動かし始めた。

「ああ……」

 私が上下に動かすと、彼の口から吐息が漏れた。顔を窺ってみると、彼は眉間にしわを寄せてぎゅっと目をつぶっていた。苦しいのだろうか。

「ユアン、苦しい、の、ですか……?」

「い、いえ、苦しいといえば苦しいのだが……」

「で、では、止めま……」

「止めなくていい。続けてくれ」

「は、はい……」

 意味が分からない。苦しいなら止めた方がいいような気がするが、彼は続けろと言った。謎だ。
 私は握った手を、ひたすら上下に動かしペニスを扱いた。それが自分の自慰の方法だったから。だが、彼がすぐに果てる事はなく、ペニスは固く、膨張したままだった。


 それからどのくらいの時間が経ったのだろう。彼は全然果ててくれなかった。私の手も疲れてきた。これでは私も彼も辛い。

「ユアン…やはりもう止めた方が……」

「ああ、そうだな」

 私が思い切って彼に問いかけると、彼はペニスを握った私の手に自分の手を重ね、力を入れて自分のペニスを扱き始めた。すると、さっきよりもペニスが大きくなったと思ったら、いきなりビュッ……と彼のペニスから大量の精液が飛び出し、私の腹を濡らした。

「はあ、はあ……」

 彼は肩で息をしながらも、ベッドの脇にあらかじめ備えつけてあったタオルのような布で私の腹を拭いてくれた。
 出したばかりなのに動けるなんてすごい。私は発情期で興奮している時しか自慰はしないから、出したあとはいつも動けなくなっている。これが発情期を知らない者の普段の様子なのだろうか。
 そんな事をボーっとした思考の中で考えていると、彼は私をきつく抱きしめてきた。

「ユアン!?」

「ああ、リノ……! あなたがいつもこんな自慰をしていたなんて……!」

 彼はなぜか悲痛な声を上げた。何かおかしかったのだろうか。

「ユアン? 何か、おかしな事でも……?」

「ああ、おかしい。これで満足できていたのか?」

「できていましたが……?」

「ああ、なんという事だ……! あなたは本当の快楽を知らずに生きてきたのだな……」

「本当、の、快楽……?」

「ああ…これから俺が、本当の快楽と、自慰と、セックスを教えよう」

「な、何を……ヒッ」

 何をされるのか分からず、縋るように彼を見てみると、彼の顔は恍惚となり、目はギラギラと光っていた。さっきとは違う彼の迫力に驚き、思わず固まってしまったが、なぜか、さっきよりも身体が熱くなった気がした。

「あ、あ……」

 私の様子に気づいた彼は、はっとしたように抱きしめてきた。

「ああ、リノ……すまない……興奮してアルファのフェロモンが出てしまったようだ」

「へ……?」

「いや、気にしないでくれ。あなたの熱を冷まさねばならぬのに、先に俺の熱を冷まさせてしまった。その償いをこれからしよう」

「な、なに、を……」

「早くあなたの熱を静めよう。まずは、一度出さなくては」

 彼はそう言うなり、私のペニスを握ってきた。自分よりも大きな手に握られる恐怖がわずかばかり芽生えたが、今動いたらいけない気がして、そのまま彼に身を委ねる事にした。
 彼は、先ほどの私と同じように、私のペニスを握る手を上下に動かした。動かしたが、私のように単調な動きではなく、力を強くしたり弱くしたり、時にはぐるりと指を回転させて触れる位置を変えたりと、多彩な動きを見せてきた。それどころか、ペニスの先端の部分…つまり、尿道のあたりを親指でグリグリと揉んできたりした。

「あ、あ……」

 私は初めて味わう動きと快楽に言葉が出なくなり、頭が混乱していた。
 何だこれは。何だこの動きは。
 自分でしていた時の倍、いや、そんな程度ではない、何倍になるかも分からないほどの強い快楽に、私の頭の中はパニックになった。だから、彼がどんな顔で私を見ているかなんて考える余裕もなかった。

「リノ、どうだ?」

「ああ……」

 彼に問いかけられても、私が発する事ができたのはわずかな喘ぎ声だけだった。それに満足しているらしい彼は、私を責める手を全く止めようとはしてくれない。さらにペニスを責める手を激しく動かしてきた。ただでさえ快楽に弱くなっていた私は、あっさりと彼の手の中へ精液を吐き出した。

「んんっ……!」

「リノ……!」

 私が精液を吐き出すと、彼は感極まったようにキスをしてきた。突然の事に驚き、そのままキスを受けた。しばらくそうしていたが、名残惜しそうに唇を離すと、手の中の私の精液を舐めてしまった。

「あっ……! 何をしているのですか!? き、汚いではございませんか!」

 私はびっくりして思わず怒鳴ってしまった。だって、自分の精液……モノは違うが、自分の尿道から出たモノを舐められるなんて思っていなかったから。
 だが、彼は気にしている風でもなくこう言った。

「あなたのはおいしいですよ」

「な、何を……尿道から出たモノですよ?」

「ぶっ」

「ユアン、私は本気で言っているのです!」

「では、舐めてみますか?」

「はい?」

「ほら」

「んーーーーーー!」

 彼はいきなり、スイッチが入ったかのように私にキスをしてきた。今度は口内に舌が入ってくるキスだ。彼はさっき、私の精液を舐めていた。その口で私にキスをしてきたのだ。つまり、私は自分で自分の精液を、間接的にだが、その、舐めてしまう事になった。

「う……」

 口内に、青臭い謎の臭いが広がった。はっきり言って不味い。こんなのが美味しいなんて、彼の味覚は大丈夫だろうか。
 再び唇を離した彼はニッと笑い、私に聞いてきた。

「どうだった?」

「……信じられません。こんなモノが美味しいなんて……あなたの味覚はおかしいのではないでしょうか?」

「あははははは! あなたは面白い方だ」

「笑い事ではございません!」

「愛してるからな」

「あ、愛……?」

「ああ。愛しているから、あなたのモノは何でも美味しい」

「愛……」

「いつか、あなたも俺のを美味しいと、俺を愛していると言ってくれるのを願っています」

「……」

 彼は急に敬語になって話してきた。さっきとは違う彼の様子に戸惑っていると、彼はまた、フッと笑った。

「まあ、今は俺があなたに全てを教えられるという事を……あなたが性に関して何も知らない真っ白な方だったという事実だけで幸せなので」

「そ、そう、ですか……」

「ああ。だから、さっきの続きをしよう。熱はまだまだ冷めてはいないだろうから」

「あっ!」

 彼は再び私のペニスを掴み、先ほどのようにゆるゆると、だが正確に、私の気持ちが良くなるポイントを責め始めた。彼の愛撫を知った私の身体は、発情期のせい(だと思いたい)であっさりとペニスを勃たせてしまった。

「ああ、あああ……」

「リノ、夜はまだまだ長い。好きなだけイってくれ」

「ああっ、んんんっ!」

「そうだ。それでいい」

「はあ、はあ、んんっ!」

「声は抑えるな。お前の可愛い声が聞きたい」

「これ、は、可愛く、などっ……」

「ふふっ」

「ああ……!」

 彼は私が喘ぐ度に笑い、可愛いと口にした。こんなの生まれて初めての経験だ。その恥ずかしさとくすぐったさで思わず悪態をついてしまったが、それを聞くと彼の責めが激しくなり、余計に喘いでしまうという地獄を見た。
 私は何回達したのだろうか。これがセックスという物なのだろうか。自分で処理していた時の何倍もの快楽を直に受ける事で、私の身体はどんどん敏感になっていった。


 *



「リノ、リノ……」

「ん……」

「リノ、まだ終わっていないぞ」

「……」

 目を開けると彼がいた。何の話だろうか。

「終わって……?」

「セックスだ」

「セックス……」

「ああ、お前はイキすぎて意識を失っていたんだ」

「……」

「……発情期だから仕方がないか。でも、今日は最後までしたい。がんばってくれ。まだ熱は冷めていないだろう?」

 彼は私のペニスをゆるゆると扱いていた。寝ている間にも触られていたのだろう。私のペニスは勃っていた。

「あ……」

 いくら発情期とはいえ、自分の意志と関係なく勃っているのが恥ずかしい。恥ずかしさのあまり顔を腕で隠していると、すぐにその腕が掴まれてしまった。

「リノ、隠したらお前の可愛い顔が見えなくなる。やめてくれ」

「だ、だって」

「何だ?」

「無意識に、た、勃っていたのが恥ずかしい……のです」

「……」

 彼は突然固まってしまった。何かおかしな事を言っただろうか。

「ユアン?」

「お前はどうしてそういう可愛い事を……!」

「ユア……!?」

 彼は我慢できないといった様子で、突然私の両腕を掴んでベッドに縫いつけた。そして、耳元で「覚悟しろ」と囁くと、今度は私の両足を持ち、大きく左右に開いてしまった。

「な、何、を……」

「最初に言ったはずだ。セックスをすると」

「さっきのがセックスではないのですか!?」

「違う。さっきのはただの前戯だ」

「ぜ、ぜん……?」

「セックスがスムーズにできるように、準備をしていただけだ。つまり、本番はこれからという事だ」

「本番……」

「ああ」

 彼は私の開いた足の間に自分の身体を滑り込ませ、私の足を閉じれなくしてしまった。そして、私の膝を立たせたかと思うと、今度は自分の指を私の尻の穴に触れさせた。

「んっ……」

 尻の穴を触られたのは最初に押し倒されて以来だが、私のソコは恥ずかしい事に、最初の頃よりも謎の液体を分泌していた。

「ほう…前戯の効果か? 最初よりも蜜が溢れているな」

 その事実を声に出されて、私は恥ずかしさのあまり消えたくなった。だが、彼は顔を隠すなという。この気持ちをどこにやればいいのか分からなくなった私は、彼の動きを待つしか手がなくなった。

「これならすぐに入りそうだが……傷つけてはいけない。ゆっくりとほぐしてやろう」

 彼はなぜか「ゆっくりと」の部分を強調させて言ってきた。何をされるのだろう。私は怖くなり、震えながら彼に尋ねた。

「ユアン」

「どうした?」

「解すとは、何をするつもりでしょうか……?」

「その言葉の通りです。ここを、俺のペニスがスムーズに入るよう、解す」

「……」

「こんな風に、な……」

「……は、」

 彼は私の尻の穴に指を入れてきた。謎の分泌液のせいですんなりと入り込んだ長い指は、少しずつ、だが正確に、私の中を進んできた。
 痛くはない。痛くはないが、初めて異物を入れるという状況に、私の頭の中はパニックになっていた。
 どうしていいか分からない。動けば中が傷ついてしまうような気もする。だから、私は彼のされるがままになっていた。

「ああ、リノ……お前のここは柔らかい……」

 どこか恍惚とした表情で私の中を探る彼は、ぐるりと指を回してきた。すると、今までなかった感覚が私を襲い、なぜか自分のペニスから精液が飛び出してしまった。

「あああっ!!」

 精液は勢いよく私の方へ飛んできて、私の頬にかかってしまった。自分の精液を顔に浴びるという失態に耐えられなかった私は、一気に顔が熱くなるのが分かった。

「も、申し訳ございませ……っ!」

 恥ずかしさのあまり、謝りながら目をつむったが、ラミレス殿は呆れていないだろうか。反応が怖くて目を開けられずにいると、突然、頬に付いた精液ををベロリと舐められた。

「ひっ……?」

「リノ、本当にお前という人は……!」

「へ……?」

 ラミレス殿はいきなり私を抱きしめてきた。そして、耳元でこう囁いた。

「セックスを知らないという事にも驚いたが、心まで純粋な方なのだな……戦っていた姿からは想像もできなかった」

「そ、そうで、すか……?」

「ああ、気高く美しく、何もかも経験豊富な方だと思っていた」

「……で、では、ガッカリされたのでは?」

「いや、今もまだ、この腕の中に収めていても、まるで夢のような気分でいる」

「は、はあ」

「ああ、すまない、手を止めてはお前の熱がいつまでも冷めないな」

「あっ……!?」

 彼は私から身体を離すと、もう一度指を尻の穴に入れてきた。先ほどよりも一気に奥まで入れられて、息をするのを忘れてしまいそうになる。

「んんっ」

「リノ、息を吸え、深呼吸を」

「は、はい、すみませ……」

「初めてなのだから仕方がない。私の指の動きに合わせて呼吸をするんだ」

「はい……」

「これならもう一本入るか……」

「え?」

 彼が何かを呟いた瞬間、尻の穴の中に圧迫感を感じた。どうやら、指を増やしたらしい。

「は、は……」

「痛いか?」

「……少し、圧迫感を感じますが、だ、大丈夫、です……」

「そうか。では、これは?」

「ひっ!?」

 彼は中にある一つの場所をいきなり押してきた。すると、さっきまでの圧迫感がなくなり、心地よい快感がひたすら襲ってきた。

「な、何、を、して……」

「ここがお前の気持ちの良くなるポイントだ。忘れないように」

「ポイント……」

「そうだ。その証拠に、こうすると、お前はまた出してしまう」

「あっ!」

 彼はそのポイントをグリグリと二本の指で強く擦ってきた。すると、私のペニスはさっき出したにもかかわらず、再び精を放ってしまった。

「ああ、ああ……」

 私はこれまで何度精を放ってしまったのだろう。彼が達した事はほとんどないというのに、私ばかりが、そして、この熱が冷める事もない……恥ずかしすぎて消えたい。そんな思いが私の胸を占めていたが、彼の手が止まる事はなかった。



 *



「……ノ、リノ!」

「……?」

「ふふっ、またイっていたな」

 目を開けると、彼……ラミレス殿が笑っていた。いつも戦場でしか会った事がなかったから、こうして笑顔を見るのは新鮮だった。だが、彼は何と言っていたのか。またイッたと、そう言わなかっただろうか?
 私はまた、気持ち良さのあまり失神していたらしい。自分の熱を冷ますための行為だというのに、情けなかった。
 私の身体の熱はまだ治まってはいない。これがオメガの発情期の特性というのは分かり切っているはずなのに、この行為に相手がいるというだけでこんな感情を持ってしまうのか。そう思った。

「ユアン、申し訳ございません……私の熱を冷ます行為だというのに、こんなに意識を失ってしまって……」

 思わずそう呟くと、彼は一瞬固まり、真剣な表情で言い聞かせてきた。

「リノ」

「はい?」

「今は確かにお前の熱を冷ますための行為でもある。だが、それよりも、俺達が愛し合うための行為だと言う事を、決して忘れないでくれ」

「愛し、合う……?」

「そうだ。今は発情期でそこまで考えられないかもしれない。だが、今後は発情期でなくとも、俺はお前を抱くつもりだ。だから、セックスは発情期の熱を冷ます行為ではなく、二人が愛し合うための行為だと理解してくれ」

「は、はい……」

「そうだ、それでいい」

 彼は私にキスをしてきた。まるで、長年理解できなかった感情を理解し、それを褒められたような気分になり、不思議な感情が心を満たしていった。

「リノ、俺もお前も準備はできている。そろそろいいだろうか?」

「へ?」

「そろそろ、俺をお前の中に入れてくれないか?」

「あ……」

 彼はすでに私の中から指を抜いていた。そして、先ほどと同じように、大きく開いた私の足の間に身体を滑り込ませ、自分のペニスを私に見せつけるように上下に扱いていた。
 私はその大きく、ドクドクと脈を打つ音が聞こえそうなほどの立派なペニスを見ていたら、なぜか私のペニスまで熱くなってきた。

「ああ……やはり発情期は凄いな……何度果てようとも固くなる」

 彼は自分のペニスから片手を離し、私のペニスを扱いてきた。すると、再び私のペニスは上を向いた。

「……!」

 恥ずかしい。何度失態を見せれば気が済むのだ。自分の熱に嫌悪を感じながら涙を滲ませてしまうと、彼は慌てたように目尻にキスをしてきた。

「すまない……まだ、俺が怖いか?」

 彼は私が挿入するのが怖くて涙を滲ませたと思っているようだ。
 でも、違う。今の私は怖いというよりも、早くこの熱を冷まして欲しい。そんな気持ちでいっぱいだった。

「い、いえ」

「リノ?」

「こ、怖い気持ちはもちろんあります。でも、それは、セックスの事ではなくて、こんなに気持ちの良い経験が初めてで、これからどうなってしまうのかと……未知の経験に怖いと感じているのです。決して、あなたとの行為が怖いというわけではございません……」

「り、リノ……!」

 彼は今まで少し見せていた険しい表情を引っ込めて、感極まったような、凄く嬉しいとこちらも分かるような、ホッとした表情を浮かべた。そして、私の膝に手をかけ、先ほどよりも大きく足を開かせたと思ったら、自分のペニスを私の尻の穴に擦りつけてきた。

「リノ、これで……俺達は形だけの番ではなく、身も心も結ばれた番になる……いいな?」

「は、はい……」

 彼は「いいな?」と聞いてきたが、ほとんど強制的な言い方だった。でも、私はそれで納得していた。今までの彼の台詞と行動で、私への気持ちが本物であると身に染みて感じていたからだ。
 私は彼の目をじっと見据え、ゆっくりと頷いたあと、ぎゅっと目をつむった。

「リノ、行くぞ……!」

「……っ」

 彼は私の覚悟を悟ったのだろう。ペニスの先を穴に宛がいながら深呼吸をすると、ゆっくりと腰を進めてきた。

「……!?」

 彼のペニスは事前にこの目で見ていたが、受け入れるとなると別だった。指を入れられた時のような、いや、それ以上の圧迫感が下半身を襲い、私の頭の中はパニックになっていた。元々、オメガの穴は男のペニスを受け入れられるようになっているのか、穴や中が切れたような血の匂いはしなかったし、酷い痛みはなかった。それは幸いだったが、少しずつ強くなる圧迫感に、私はしばらく耐えるはめになった。

「くっ……!」

「リノ、大丈夫か? 痛くはないか?」

「だ、だいじょうぶ、です……ちょっと、圧迫感が、凄くて……」

 彼は私がシーツを掴んだのに気づいたらしい。すぐに気を使ってくれた。

「リノ、俺に抱きつけ」

「え?」

「シーツなど握っていないで、俺に抱きつけ」

「は、はい……!」

 私は言われるまま、彼の首に腕を回して抱きついた。すると、中に入っていた彼のモノがグッと大きくなった……ような気がした。

「あああっ……! それ以上、大きく、しないでくださ……んんんっ!」

「リノッ! リノッ!」

 彼は私が止めてと言うのも聞かず、一気に根元までペニスを押し込んだかと思うと、激しく腰を動かしてきた。その速さについていけずに、彼にしがみついたままになった私は、彼が中に出そうとしているのに気がつかなかった。

「リノ、すまない、一度、お前の中に……」

「え?」

「くっ……!」

「あっ……?」

 彼はひと際大きく腰をグラインドしたかと思うと、私の中に深く深くペニスをねじ込み、最奥に向かって精を叩きつけた。

「はあ、はあ……」

「リノ……何て素晴らしい……」

「……」

 彼の言っている意味が分からない。「素晴らしい」とは一体何の事なのか。

「素晴らしい、とは……?」

 私がそう聞いてみると、彼はまだ恍惚とした表情のまま、私を見つめていた。

「ユアン……?」

 彼の名を呼んでみると、彼は急にハッと気づいたように私を抱きしめた。

「リノ……ッ! 悪い、お前の中が素晴らしすぎて、すぐに果ててしまった」

「は、はあ」

「お前の熱を冷ますと言っていたのに、夫として恥ずかしい。続きをしてもいいだろうか?」

「え、えっと……」

「オメガの発情期は約一週間……さっき発情したばかりのお前は、まだまだこんなものじゃ足りないだろう?」

「……」

 そう言いながらも、彼は私のペニスを弄んでいた。すぐにまた出してしまいそうなくらいに勃っている自分が恥ずかしい。そして、今気づいたが、彼は私の中に入ったまま、ゆるゆると腰を動かし始めている。

「んっ……!」

「ほら、ここを擦ると、お前はびくっと身体がしなる。気持ちがいいのだろう?」

「んんっ!」

「ほら、自分から腰を動かしてもいいのだぞ?」

「や、やめてください……」

 意地の悪い台詞で私を煽る彼に、思わず抗議の言葉を投げてみると、彼は本当に嬉しそうに、私を抱きしめた。

「ほら、お前の中がうねって、俺をキュウキュウと締めつけてくる……やはり好いている者とのセックスは、番とのセックスは格別だ……」

 彼は私を抱きしめたまま、時にはキスをしながら私の中を激しく抉った。私も自分のペニスが彼の腹で擦られ、中の敏感な部分も彼のペニスで何度も擦られて、あまりの気持ち良さに、重なった二人の秘部に何度も精を吐き出した。たぶん、一日でこんなに出してしまったのは初めてだと思う。私は彼に何度も縋りつき、もっと、もっととねだっていた。こんなに積極的な自分は初めてだった。


 *



 何度目かの精を放った後、突然、彼がペニスを抜いた。

「あ……」

 もう、終わりなのか? まだ熱は治まっていないのに。
 名残惜しいと思う自分に驚愕しながら彼を見つめると、彼はクスッと笑い、大丈夫だ、と、私にキスをした。セックス中のキスはついばむような軽いキスだったが、今度はねっとりとした、舌を絡みつけるようなキスだった。私はまだこのキスに慣れていないからされるがままだけど、このキスだけでもペニスが反応するくらいに甘美で濃厚なモノだった。

「リノ、私の舌を舐めてくれ」

「はい……」

 彼は私にどこまで教えるつもりなのか。何が待ち受けているのか分からず、少し恐怖を感じたような気がしたが、彼から与えられる快楽に負け、私は彼の言われるままに舌を差し出していた。

「そう、そのまま……吸って、俺の中を味わうように……」

「ん、んん、ふぅ……」

「そう……いい子だ……」

 彼は私の頬に手を重ね、自分からも舌を差し出してくれる。

「今度からは言わなくてもこうするんだ。いいね?」

「は、はい…あの、聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「き、キスというのは、本来このようなモノなのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「私は、このような行為は初めてで……キスというのは、これが当たり前なのでしょうか?」

 私がそう問いかけてみると、彼はマジマジと私を見つめ、突然「ぶっ」と笑い始めた。

「わ、私は真剣に聞いているのです!」

「ああ……そうか、セックスも初めてなのだから、キスも初めてだったというわけか」

 彼は誤解をしているようだが、これは訂正しなければならない。私にはキスの経験がある。軽いモノだったけど。
 私は彼に抗議した。

「わ、私だって、キスの経験くらいあります! セックスを知らなかっただけです!」

 思い切ってそう言ってみると、さっきまで笑っていた彼の顔が急に険しくなった。

「ユアン?」

「……リノ、キスが初めてではないと、そう言ったか?」

「はい、キスの経験ならあります」

「……」

「ユアン?」

「それは……誰とだ?」

「え?」

「誰とだと聞いている」

 さっきの甘い雰囲気とは打って変わり、途端に厳しい口調になった彼に違和感を覚えていると、彼はゆっくりと、もう一度聞いてきた。

「教えてくれ。いつ、誰と、キスをしたんだ?」

 その迫力に圧倒され、私は恥ずかしながらも昔の話を口にした。

「その、若い頃です」

「若い頃とは?」

「じゅ、十代の頃、好きだった女性と、触れるだけのキスを……しました」

 私の告白を聞いた彼は固まった。

「触れるだけのキス?」

「はい、ですから、キスとは、あなたとしたような濃厚なモノの事を言うのかと思って、私の経験したキスは間違いで、彼女に不快な思いをさせたのかと……」

「ぶっ」

 彼は突然吹き出した。意味が分からない。

「わ、笑い事ではありません! あなただって、さっき険しい表情になったではありませんか!」

「あははははっ! すまない。てっきり他の男と舌を舐めあっていたのかと勘違いをしてしまった」

「舐め……?」

「ああ、俺とお前がさっきまでしていたモノだ」

「では、キスとは……」

「お前が経験したのもキスで、俺達がしていたのもキスだ」

「……意味が分かりません」

「まあ、その時の気分によってキスの種類を変えればいい。そんな所だ」

「そう、ですか……」

「お前はどっちが気持ちが良かった?」

「え?」

「軽いキスと、濃厚なキス、どっちが気持ち良くて、ここに響いた?」

 彼は私のペニスに手を伸ばしながら聞いてきた。まだ熱が治まっていないというのに、こんなの拷問だった。でも、言わないと離してくれそうにない。私は覚悟を決めて、小さな声で呟いた。

「……こ、濃いモノの方が、気持ちが良かっ……んーーー!」

 彼は私が言い終わらないうちに、濃厚なキスを仕掛けてきた。それはまるで、私が経験してきたのは間違いなのだと、自分が教えているのが正解なのだと教え込むような、激しいキスだった。
 二人の唇が離れると、彼はニヤリと笑った。

「ほら、こっちの方が気持ちがいいだろう?」

「うっ……」

 私のペニスは、彼の言葉を肯定するように、さっきセックスをしていた時と同じくらいの角度で勃っていた。キス一つで勃ってしまったのが恥ずかしくて俯いてしまうと、彼は私の頭をポンと叩いた。

「……?」

「すまない。いい歳をして嫉妬をしてしまった」

「嫉妬?」

「最初にお前は、セックスをした事がないと、そう言った。だから、俺は勝手にキスの経験もないと思い込んでいたんだ。でも……キスの経験があると聞いて、少し頭に血が上ってしまった。すまない」

「……」

 怒りは少しどころじゃなかった気もするが、今落ち着いてくれたのなら気にしない方がいいだろうか。
 そんな事を思っていると、彼は急に私の身体を起こし、うつぶせに倒してしまった。セックスで疲れた身体は力が入らず、彼の思うままに足を開かれた。そして、彼は私の腰を少し持ち上げたかと思うと、後ろから、私の尻の穴に再びペニスを宛がった。

「リノ、まだ足りないだろう? 気持ちよくしてやる」

「こ、この体勢は一体……?」

「これもセックスの体位の一つだ」

「あっ……!」

 ズズッ。

 さっきまで彼を受け入れ、大量の分泌液を垂れ流していた私の穴は、大きいはずの彼のペニスを難なく飲み込んだ。途端にさっきよりも気持ちの良い刺激と快感が頭を突き抜け、私の思考を止めてしまう。

「ああっ、んんんっ、ああっ」

「リノ、後ろからはどうだ? 気持ちがいいか?」

「はあ、はあ、ああああっ」

 最初からズンズンと奥まで挿入され、息つく暇もなく突き上げられて、私は彼の問いに答える事が出来なかった。何か答えようとする度に突き上げられ、私の口からは嬌声や喘ぎしか出てこない。

「や、ぁ……助け……ぁう……んっ!」

 確実に最初のセックスよりも気持ちが良かった。さっきよりも奥にペニスが入っているような気がするし、中で当たる所が違うのだろうか。それとも、私が慣れてきたのだろうか。突かれる度に私のペニスは精を吐き出し、シーツが白いモノで埋まっていく。その光景に耐え切れずに目をつむっていたら、それに気づいた彼が、突然私の左腕を掴んで後ろに引っ張った。

「あっ……!?」

「リノ、目をつむってはいけないよ? せっかく愛し合っているのに、寂しい事をするな」

「ああああっ!」

 彼は私の身体を引き寄せ、より深く二人を結合させた。奥の奥までペニスが入り込み、私の頭が混乱する。

 これは本当に私の身体なのだろうか。初めてのセックスでこんなに感じてしまうものだろうか。
 よく考えようとしても彼の責めが激しく、まともに考える事ができなくなる。シーツを掴んで快感をやり過ごそうとしたが、片手を掴まれているせいで体重を支える事ができず、ズルリと滑ってベッドに突っ伏してしまった。

「あ……」

 そこで私は気づいてしまった。後ろから突かれていると言う事は、彼には結合部が丸見えだと言う事に。

「あ……あ……」

「どうした?」

 彼は普通に聞いてくる。恥ずかしいと、言ったら笑われるだろうか。

「あ、あの、」

「ん?」

 一応、反応してくれてはいるが、彼の突き上げが止まる事はない。止まるどころか、どんどん激しくなってくる。どうすればこの体勢をやめてくれるだろうか。回らない思考で考えても答えが出ない。

 どうしたら。どうしたら。

「あっ、あっ」

 勝手に漏れてしまう声も恥ずかしい。早く終わって欲しいと思い始めた時、急にペニスを抜かれ、今度は上半身ごと彼に抱かれて起こされた。
 ようやく終わるのか? そうホッと息を吐いて安心したと思ったら、今度は胡坐をかいた彼の上に、後ろ向きに座らされ、貫かれた。

「あああああああっ」

「リノッ、リノッ!」

「ユアンッ、苦し、やめっ……」

 密着しているから、さっきよりも深く繋がってしまっている。彼の腕は私の腰に回り、がっちりと掴んで離してくれない。しかも、ただでさえ敏感になっているペニスに手をかけられ、全身から血の気が引いた。

「ユアンッ」

「ああ……リノ、愛している……愛しているよ……俺のペニスがお前の中を満たしているのが分かるか? ようやく、ようやく手に入れた……」

 彼は私の中を蹂躙しながら、愛の言葉を囁いている。その表情は理性を失っているようにも見えるが、私を突き上げるリズムは決まっていて、まだ意思があるようにも見える。

「ユア……ああっ」

 彼に離せと言おうと思ったが、その度に突き上げられ、思うように言葉が発せない。次第に彼は私の顔をゆっくりと撫でると、自分の方へ顔を向けさせ、熱いキスを施した。

「んっ、んぁ……」

「リノ、気持ちがいいのか? こんなに涙を溜めて……」

 彼は気持ち良さで勝手に出ている私の涙を眼球ごと舐めてきた。その行為に一瞬恐怖を感じたが、次にきた激しい突き上げのせいで、彼の異常な行動が頭に残る事はなかった。

「リノッ、愛しているっ、愛しているっ……!」

「ユアンッ、わ、私も……」

「リノッ!」

 なぜかは分からない。だが、なぜか、「愛している」と言われた瞬間、私も同じように返してしまっていた。これは政略結婚のようなモノなのに、肌を合わせたせいで、何度も言われたせいで、情が生まれてしまったのだろうか。

「リノ、愛している。一生、俺のそばにいてくれ……お前は俺のモノだ。永遠に離さない」

 彼は私の言葉に喜び、熱いキスの後に私の首筋を舐めた。そして、最初に番になった時のように歯を立てると、二つ目の嚙み痕を残してしまった。

「ああ、これで……身も心も結ばれた……」

「んっ……」

 嚙み痕を舌でなぞられ、少しの痛みとくすぐったさが私を襲った。その後、何度も何度も確かめるような熱く、舌を絡めるキスを交わすと、彼はようやく私の唇を解放した。
 だが、まだ終わったわけではない。私の中には、彼のペニスが収まっているのだ。それはキスをしている間も、首を噛んでいる間も動きを止める事はなく、ただひたすらに私の中を蹂躙していた。
 いくら発情期といえども、こんなに責められては限界が来るものだ。私は自分のペニスから出る精液が薄くなったのを確認すると、後ろを振り向き、彼に許しを乞うてみた。

「ユアン……私の、精が、薄くなってきました……そろそろ、終わりにしませんか……?」

「……オメガの発情期は長いと聞いているが、大丈夫なのか? 熱は治まったのか?」

「た、たぶん……こうして、今は普通に話せるようになりましたし、今日は、これ以上責められたら、明日立てない……」

「そうなったら俺が自由にできるな」

「へ……?」

「動けないお前を犯すのも夫の特権という事だ」

「……」

 動けない私を犯す? 彼は明日もセックスをしようとしているのか? 無理だ。

「それは……勘弁していただきたい……」

「だが、発情期は一週間続くのだろう? 今日の所はいいかもしれぬが、明日はまた熱を帯びると思うぞ?」

「う……」

「明日が楽しみだな」

 彼は本気のようで、楽しそうに笑った。ちょっと怖い。

「まあ、今日はお前の処女をもらう事はできたし、可愛い姿も堪能できた。俺は最高の気分だ」

「そ、そうですか」

「だから、最後まで責任は取ろう」

「は?」

「お前のペニスはまだ勃っているし、俺のペニスも治まっていない」

 グイッ。

「あっ!」

 彼は私の顎に手を添え視線を合わせると、静かにこう囁いた。

「お前は、誰の番だ?」

「あなたの、ユアンの、番……」

「そうだ、お前は一生、俺のモノだ。それを絶対に忘れるな。……愛しているよ」

「ん……私も、愛しています……」

「そうだ、それでいい」

 彼は私の言葉に満足したようだ。私の中に入っていたペニスがグッと大きくなり、彼は私の太ももを掴んで開かせた。後ろから大きく足を開いた状態になり、突かれる度にふるふると揺れる私のペニスが丸見えというわけだ。さっきまでは快楽を受け入れるのに必死で気づかなかったが、これはこれで恥ずかしい。セックスというのは、恥ずかしい体位しかないのだろうか。

「リノ、リノッ」

 彼は私の膝裏を持ったまま簡単に浮かせ、重力に逆らわずにズシンと落としてくる。その時に奥まで抉られる形になり、その度に快感が脳天を直撃した。

「ユアンッ、ユアンッ、ああっ、いい……っ!」

「リノ、俺の女神……ずっと、ずっと、愛している……」

 その言葉を聞いた後、私は精を吐き出し、そのまま意識を失った。
 ……こうして、私の初めてのセックスは、快楽と恥ずかしさにまみれたモノになってしまった。





 ◇



「ん……」

 目を覚ますと、ラミレス殿……いや、ユアンが私を見つめていた。

「身体は大丈夫か? ここは痛くはないか?」

 彼は私の尻の穴に手を伸ばしてきた。すかさず身をよじってその手を躱すと、彼から不満の声が漏れた。

「何だ……夫婦なのに素気ないではないか」

「……私は疲れているのです。そこを触られては……」

「熱がまたぶり返すかもしれない、と?」

 彼はニヤリと笑いながら言ってきた。その言葉に、私は何も返す事ができなかった。なぜなら、その通りだったから。
 オメガの発情期はまだまだ続く。私は今まで、自慰だけで抑えてきたのだ。なのに、初日からこんなに色々教え込まれて、それを毎日など……私の身体が持たない。

「私は、これまでの発情期は自慰だけで過ごしてきました。ですから、こんな事が毎日など、身体が持たないと思います」

「ははっ、それもそうだ。だが、一度セックスを覚えてしまえば、自慰などでは満足できないと思うが?」

「う……それは、確かに、自分でするモノとは桁違いの行為でしたが……」

 私がそう答えると、彼は満足したように私にキスをしてきた。

「そうだ、それでいい。発情期でなくとも、俺はお前とセックスしたい。だが、もし俺がいない時に発情してしまったら、そこは誰にも頼らず、自慰で我慢して欲しい」

「それは、分かっております。私は夫となった方以外と身体を重ねるつもりはございませんから」

「……俺は良い妻を授かったな」

 彼は感極まったように抱きしめてきたが、夫婦というのはそういうモノではないのか? まさか、番以外とセックスする者もいるのだろうか。

「一つ、お聞きしたい事があるのですが」

「何だ?」

「発情期の際、番以外の方と身体を重ねる方もいるのですか?」

 私がそう問うてみると、彼は渋い表情をしながらも教えてくれた。

「ああ、どうしても我慢できずに発散のためだけに番以外とセックスする者もいる。だが、それにはリスクを伴う」

「リスク?」

「聞いた事はないか?」

「物心ついたあたりで学んだ気もしますが、昔の事すぎて、記憶が曖昧なのです……」

 番以外とのセックスのリスク……物心ついた時に重要な事だと教わったような気もするが、昔過ぎて覚えていない。リスクがあるなら聞いておいた方がいいだろう。私は覚悟を決めて、彼に聞いてみた。

「リスクとは、何なのでしょうか?」

「……一度番になれば、その関係は解消されない。それは知っているな?」

「はい」

「このメカニズムはまだ研究中らしいが、発情期に番以外の者とセックスをすると、身体が相手を拒否をして、その反応が症状として現れるんだ」

「症状、とは?」

「そうだな……体調が悪くなる、と言えば軽く感じるが、吐き気を催したり、酷い嫌悪感が続くらしい。メンタル的には良くないな」

「それは、好きではない相手とセックスをしているという虚しさではないのですか?」

「いや、たとえ相手が知っている者であろうと、普段は友人として接している者であろうと、ありえないほどの拒否反応を起こすらしいんだ。うちの騎士団にもオメガの者はいる。彼は番を持っているが、昔から自由な男でね……番を持って、発情期に相手がいなかったからと他の女や男で発散しようと試したら、酷い吐き気に襲われて気持ちがいいどころじゃなかったと、そう語っていた」

「そ、そうなのですね……」

 他の人で発散など、私には考えつかない事だが、中にはそういう人もいるのだと驚いた。
 だが、ある一つの事が引っかかった。では、発情期以外の時はどうなんだろう。

「ユアン、聞いてもいいでしょうか?」

「何か分からない事があったか?」

「はい。ユアンは先ほど、発情期の時にと仰いました。では、発情期ではない時に、番以外とセックスをしたら、どうなるのですか? 拒否反応は起こらないのでしょうか?」

「……」

「ユアン?」

 彼は急に黙ってしまった。何か言いたくない事があるらしい。

「その反応ですと、発情期以外なら、番以外とセックスしても大丈夫……と取っていいのですね?」

「……リノ、浮気はしないと約束してくれ」

「へ?」

「俺とのセックスでお前がセックスに目覚めてしまったらと、俺は気が気ではない。他の者とセックスしたいなどと言われるような事があれば、俺はそいつを殺すだろう」

「……う、浮気をするつもりは、ございません!」

「本当か?」

「はい、私は、あなたとしか、あなただけにしか抱かれたくはございません……」

「そうか……」

 彼は必死に弁解する私の姿に安心したようだ。ホッとした表情を浮かべながら、私を抱きしめてきた。
 しかし、まだ誰と会ったとか、話したとか、セックスがしたいとも言っていないのにこの反応はどうなんだろうか。私はまだまだ彼の事を知らない。嫉妬深いと取ればいいのだろうか。
 彼の事はこれからゆっくり知っていくのだろうが、その中で不安を感じる事が出てきたらどうすればいいのか。
 ああ、そういえば、彼は結婚式の時も、結婚した後も、私に冷たいというか、話そうとしてくれなかった。だから、今の姿が嘘のように思えてしまう。あれは一体なんだったのだろうか。
 私は話題を変えるために、それを聞くことにした。

「ユアン、もう一つ聞きたい事が……」

「なんだ?」

「結婚式の際、あなたは私とほとんど言葉を交わす事はございませんでした。そして、結婚後も私に会いに来る事はございませんでした。それはなぜだったのですか?」

「……緊張していた」

「はい?」

「結婚式の時は、ついにお前が私のモノになると、舞い上がってしまって、いざお前を前にしたら、あまりにも綺麗すぎて言葉が出なくなってしまったのだ」

「……」

「結婚後も、何度もお前の部屋に行こうとした。だが、お前の意識は政略結婚だと思っていたから、拒否されたらと思うと……怖くて訪ねる事ができなくなっていたんだ。そんな時に遠征が重なって、さらに会いに行く事が難しくなってしまった。それが真相だ」

「……そ、そうだったのですか。私は、嫌われているとばかり……」

「それは絶対にない。最初に言っただろう? お前との逢瀬のために戦闘を長引かせていたと」

「……」

「納得できないか? なら、お前が納得できるまでお前を抱こう」

「は!?」

 彼は私の身体に覆いかぶさり、勃っているペニスを私のペニスに擦りつけてきた。
 何で勃っているんだ。何でやる気満々なんだ。
 戸惑う私が面白いのか、彼は耳たぶを嚙みながらこう囁いてきた。

「ああ……どうやら俺も、お前を前にすると発情が止まらないようだ……」

「きょ、今日だけは、今日だけは……んっ!」

 やめてくれ。

 そう言おうと思った瞬間に唇を奪われ、その甘美な刺激に落ち着いていたはずのオメガの特性が再び顔を見せてくる。
 もっと、もっと、気持ちよく、私を満たして、愛して欲しい。
 私の身体にスイッチが入ったと気づいた彼は、「いい子だ」と笑うと、私の尻にペニスを一気に押し込んだ。

「あああああああっ!」

 あれだけ達したというのに、私はまた精を吐き出した。彼は嬉しそうに私の顔や首筋を舐めているが、私はそれに抵抗する事もなく、与えられる快楽の海に溺れていった。

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