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しおりを挟む「まさかあいつが…フィドラーの……?」
フィドラー騎士団の団長がアレックス何とかだってのは知っていた。でも、フルネームは知らなくて、顔も良く知らなかった。こんな事があっていいのか。
俺は今、この現実から目を逸らしたくて、名刺を戻し、ベッドに座った。早くここから出たいけど、入り口までの通り道に男がいるから出られない。どうしようかと悩んでいると、男の話し声が聞こえてきた。
「ああ。ようやく見つけた。連れて帰る。そうだ…カテル様だ。今はルディ・カテルという名で生活している。今は二十歳だ」
『……、……』
「それから、レイトの街の娼館なんだが、過去十年ほどで男娼を扱っていた店を調べてくれ。顧客を知りたい。カテル様は以前、そこで働いていた。…ああ、そうだ、カテル様は酷い扱いを受けていたようだ。身体中に傷が残っている。え? 当たり前だろう。店の者、顧客、すべて嬲り殺しにする。ああ、初めてあの方を抱いた者もだ」
『……?』
「そうだ。この国に攻め入る時はレイトの街からでいい。あの方が辛い思いをした街はすべて焼き払え。いいな?」
男は淡々と物騒な事を話している。口調も変わり、さっきまでルディを甘やかしていた面影は全くない。完全に上官としての態度だった。
やっぱり逃げないとまずいか? でも、逃げてもフィドラー騎士団から逃げられるとは思えない。大人しく従った方がいいのだろうか。いや、勝手に人生を決められるのは嫌だ。どうしよう。
そうこう悩んでいるうちに、男は通話を終えてこちらに戻ってこようとしていた。早くベッドに戻らなくては。
クローゼットは閉めた。名刺も戻した。服も元の位置に戻した。見たのはばれていない…と思う。
ルディはよろめく身体でなんとかベッドに戻り、上掛けを被って寝ているフリをした。
「ルディ様?」
男は名前を呼んできたが、すうすうと寝息を漏らしてみると、クスッと笑われる。
「お疲れですか? 本当に可愛らしい方ですね」
男はまだルディが気づいてないと思っているのか、さっきのように頭を撫で、優しく声をかけてくる。でも、焼き払うとか、嬲り殺すと言っていたのは確かにこいつで、その態度の変化が信じられなかった。
早くまたどこかへ行ってくれないだろうかと息を潜めていたが、男は急に上掛けごとルディを抱きしめ、わずかに出ていた耳元で、こう囁いた。
「ルディ様、私の仕事、知ってしまいましたか?」
「……っ、」
「ああ、やはりそうなのですね! あなたの足音がしたので、お手洗いにでも行ったのかと思ったのですが、帰ってきたらクローゼットを開けた形跡がありましたので……」
証拠は消したと思っていたのに、何で分かるんだ。これが軍人というものなのか?
「クローゼット、どうして分かったんですか……?」
「私は軍人ですから、命を狙われる事もあります。ですから、ほんの些細な事でも、自分の記憶と違う事があれば気づくんです」
「それは…凄いですね……」
「褒めてくださるのですか?」
「はい、俺にはできない事なので…勝手に見てしまって、すみません……」
「いいえ! あなたになら何でもお見せしますし、何でも教えて差し上げますよ」
「怒ってないんですか……?」
「なぜあなたに怒る必要があるのです? これから一緒に過ごすのですから、私の物は好きにしてくださって構いませんよ?」
「……」
男は怒ってはいないようだ。本当にルディには甘いらしい。そして、一緒になるのが決定事項のようだ。
「何か着る物はないかと、開けてしまったんです。すみません」
「気にしないでください。他に聞きたい事はございますか?」
「フィドラーには、いつ帰るのですか?」
「まだ調査中なので、もう少し後になります。ですが、戦争になってもこの街は保護しますから……」
「じゃあ、俺はまだここで働いていてもいいですか?」
「まだ働きたいのですか? 私の収入では不安でしょうか?」
「いいえ、違います! ここを離れる事になったら、一緒に働いていた同僚とも会えなくなります。だから、それまでは働きたいなー…って」
「そうですか…それは仕方ないですね。少しだけなら許しますよ」
良かった。このまま連れ去られるようにこの国を後にすると思っていた。なら、まだチャンスはある。とてもじゃないけど、こんな凄い奴の隣には立ってられない。他の人にどんな説明をしているのか知らないが、確実に話を盛って伝えているだろうし、フィドラーに行ってまで苦労はしたくない。俺は幸せにならなくてもいいんだ。平和に生きられればそれでいい。
「ルディ様、もう一度…いいでしょうか?」
「はい…いいですよ」
男は声の掠れたルディに煽られたのか、胸元に手を這わせながら顔を近づけてきた。それを受け止めながら、ルディは思う。
今はこれでいい。男に従順になっていると思わせて、いつかその隙をついて逃げてやる。
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