10 / 12
10
しおりを挟む
◇
「んー……」
「おはようございます。ようやくお目覚めですか?」
目が覚めると、隣から男の声がした。頭の中はぼんやりとしていたが、なんとかまぶたをこじ開けて、声のする方へ視線を向けてみる。
「……え?」
「まだ眠いんですか? 可愛い人だ」
目の前には知らない男性がいた。美形だが、その目つきは鋭く、かなりの威圧というか、恐怖を感じる。髪は黒く、肩くらいの長さで、それを後ろに流しているから、昨日の目元がよく見えなかった男とは大違いだ。
そんな人がなぜか俺を腕枕していて、腰まで抱いている。誰だ? 俺はグラインという男と一緒にいたんじゃないのか?
びっくりしすぎて声を出せないでいると、男は俺が寝ぼけていると思ったのか、クスクスと笑いながらキスをしてきた。そのまま舌まで入ってきて、俺は抵抗できないままたっぷりと口内を味わわれた。男が離れたのは、ずいぶんとしばらく後だった。
「んっ……」
「お目覚めのキスは何回すればよろしいですか?」
男は飽きもせずに何度も俺にキスしている。
いや、本当に誰なんだろう。でも、どこかで見た事あるような気がする。知り合いじゃないはずだけど、どこかで見た。
っていうか、昨日の男はどこに行ったんだろう。
「……グラインさんは、……っ、」
どこにいるのかと聞こうとしたら、自分の声があまりにも掠れていて驚いた。どんだけ喘いだんだよ。
すると、男は不思議そうに聞いてきた。
「私がどうかしましたか?」
「へ……?」
俺は昨日の男の事を聞いたのに、目の前の男はなぜか「私が」と言った。どういう事なんだ?
「グラインさん?」
「はい。どうかなさいましたか?」
やはりそうだ。この人と昨日の男は同一人物らしい。ありえない。
「昨日は、ヒゲが……」
「ああ…これは、昨日あなたが寝ている時に、ヒゲが当たって痛いと仰ったものですから、すぐに剃りました」
「髪……」
「髪は、ただ後ろに流しただけです。昨日一緒にお風呂に入ったのを忘れたんですか?」
男は後ろに流していた髪をバサッと前に戻した。すると、昨日の男と同じような状態になり、本当に同一人物という事が分かってしまった。
「全然、違うので…びっくりして……」
「では、成功したという事ですね」
「成功?」
「はい。実は、私はちょっとだけ名前が知られておりまして、顔も知っている人がいたらまずいと、この国ではこういった姿で過ごしております」
「名が知れてるって、何をされているんですか?」
「私の顔はご存知ないですか?」
「知りません……」
「そうですか。まだ知らなくていいですよ。そのうち嫌でも分かるようになりますから」
「嫌でも……」
「はい。一緒に生活すれば、嫌でも私の職業は知ってしまいますから」
「……」
「ああ…本当にあなたが一緒に来てくださるなんて夢のようです。不自由な暮らしは絶対にさせませんからね」
男は再び俺を抱きしめた。なんか一緒に暮らすとか言ってるけど、約束した覚えがない。抱かれている時にでも言ってしまったんだろうか。早くここを出ないとマズいかな。
すると、どこかでジリリリ……と、電話のベルが鳴った。
「あ、すみません。ちょっと出てきます。ルディ様はまだ寝ていてくださいね」
男は俺の頭を撫でると、スッ…とベッドから出て行った。その動きに音はなく、かなり静かだった。
「…どうしよう」
男が俺と暮らすというのは本気だと思う。でなければ、ここまで甘い雰囲気にならないだろう。本当に何の仕事をしてるんだ?
「何か手掛かりはあるかな……」
疲れた身体に鞭打って、俺はベッドから這い出した。腰は痛いし足はガクガクしているが、男は電話が長引いているらしく、しばらく戻る様子はない。今しかないのだ。
そこら辺にある家具や壁に手をつきながら歩いてみると、目に入ったのはクローゼットだった。俺は迷わずそこを開けてみる。
「……え? 何だ、これ……」
クローゼットの中には、男の服らしきものが数着並んでいた。ただ、俺達一般市民と違っていたのは、普通のシャツやスラックスだけではなく、その中に軍服があったという事。
そういえば俺を助けた時、あの客を軍人だと決めつけていた。あの男は軍人で、所属する場所が一緒だったんだろうか。
そう思いながら軍服を触ってみたが、それをよく見た瞬間、俺は思考が止まってしまった。なぜなら、ありえないモノを目にしてしまったから。
「は……? 何これ……?」
男の軍服はフィドラーの物だった。しかも、その生地は上質で、ただの軍人では着る事ができないような特別なデザインだった。しかも、胸の辺りには勲章が大量についている。
詳しくない俺でも分かる。間違いない。あの男は、一般の兵士ではなく、幹部クラスの人間だ。それも、かなり上の方の。
「な、なんでこんな普通のホテルに泊まってんだよ…何か、名刺みたいなのは……」
これだけの男なら、名刺か何かがあるはず。軍服のいろんな場所を探ってみると、一枚だけそれらしき物が見つかった。
「…フィドラー騎士団、最高司令官…アレックス・グライン……」
見つけた名刺にはそう書いてあって、即座に俺の思考が止まってしまう。最高司令官というのはつまり、団長を意味している。
「んー……」
「おはようございます。ようやくお目覚めですか?」
目が覚めると、隣から男の声がした。頭の中はぼんやりとしていたが、なんとかまぶたをこじ開けて、声のする方へ視線を向けてみる。
「……え?」
「まだ眠いんですか? 可愛い人だ」
目の前には知らない男性がいた。美形だが、その目つきは鋭く、かなりの威圧というか、恐怖を感じる。髪は黒く、肩くらいの長さで、それを後ろに流しているから、昨日の目元がよく見えなかった男とは大違いだ。
そんな人がなぜか俺を腕枕していて、腰まで抱いている。誰だ? 俺はグラインという男と一緒にいたんじゃないのか?
びっくりしすぎて声を出せないでいると、男は俺が寝ぼけていると思ったのか、クスクスと笑いながらキスをしてきた。そのまま舌まで入ってきて、俺は抵抗できないままたっぷりと口内を味わわれた。男が離れたのは、ずいぶんとしばらく後だった。
「んっ……」
「お目覚めのキスは何回すればよろしいですか?」
男は飽きもせずに何度も俺にキスしている。
いや、本当に誰なんだろう。でも、どこかで見た事あるような気がする。知り合いじゃないはずだけど、どこかで見た。
っていうか、昨日の男はどこに行ったんだろう。
「……グラインさんは、……っ、」
どこにいるのかと聞こうとしたら、自分の声があまりにも掠れていて驚いた。どんだけ喘いだんだよ。
すると、男は不思議そうに聞いてきた。
「私がどうかしましたか?」
「へ……?」
俺は昨日の男の事を聞いたのに、目の前の男はなぜか「私が」と言った。どういう事なんだ?
「グラインさん?」
「はい。どうかなさいましたか?」
やはりそうだ。この人と昨日の男は同一人物らしい。ありえない。
「昨日は、ヒゲが……」
「ああ…これは、昨日あなたが寝ている時に、ヒゲが当たって痛いと仰ったものですから、すぐに剃りました」
「髪……」
「髪は、ただ後ろに流しただけです。昨日一緒にお風呂に入ったのを忘れたんですか?」
男は後ろに流していた髪をバサッと前に戻した。すると、昨日の男と同じような状態になり、本当に同一人物という事が分かってしまった。
「全然、違うので…びっくりして……」
「では、成功したという事ですね」
「成功?」
「はい。実は、私はちょっとだけ名前が知られておりまして、顔も知っている人がいたらまずいと、この国ではこういった姿で過ごしております」
「名が知れてるって、何をされているんですか?」
「私の顔はご存知ないですか?」
「知りません……」
「そうですか。まだ知らなくていいですよ。そのうち嫌でも分かるようになりますから」
「嫌でも……」
「はい。一緒に生活すれば、嫌でも私の職業は知ってしまいますから」
「……」
「ああ…本当にあなたが一緒に来てくださるなんて夢のようです。不自由な暮らしは絶対にさせませんからね」
男は再び俺を抱きしめた。なんか一緒に暮らすとか言ってるけど、約束した覚えがない。抱かれている時にでも言ってしまったんだろうか。早くここを出ないとマズいかな。
すると、どこかでジリリリ……と、電話のベルが鳴った。
「あ、すみません。ちょっと出てきます。ルディ様はまだ寝ていてくださいね」
男は俺の頭を撫でると、スッ…とベッドから出て行った。その動きに音はなく、かなり静かだった。
「…どうしよう」
男が俺と暮らすというのは本気だと思う。でなければ、ここまで甘い雰囲気にならないだろう。本当に何の仕事をしてるんだ?
「何か手掛かりはあるかな……」
疲れた身体に鞭打って、俺はベッドから這い出した。腰は痛いし足はガクガクしているが、男は電話が長引いているらしく、しばらく戻る様子はない。今しかないのだ。
そこら辺にある家具や壁に手をつきながら歩いてみると、目に入ったのはクローゼットだった。俺は迷わずそこを開けてみる。
「……え? 何だ、これ……」
クローゼットの中には、男の服らしきものが数着並んでいた。ただ、俺達一般市民と違っていたのは、普通のシャツやスラックスだけではなく、その中に軍服があったという事。
そういえば俺を助けた時、あの客を軍人だと決めつけていた。あの男は軍人で、所属する場所が一緒だったんだろうか。
そう思いながら軍服を触ってみたが、それをよく見た瞬間、俺は思考が止まってしまった。なぜなら、ありえないモノを目にしてしまったから。
「は……? 何これ……?」
男の軍服はフィドラーの物だった。しかも、その生地は上質で、ただの軍人では着る事ができないような特別なデザインだった。しかも、胸の辺りには勲章が大量についている。
詳しくない俺でも分かる。間違いない。あの男は、一般の兵士ではなく、幹部クラスの人間だ。それも、かなり上の方の。
「な、なんでこんな普通のホテルに泊まってんだよ…何か、名刺みたいなのは……」
これだけの男なら、名刺か何かがあるはず。軍服のいろんな場所を探ってみると、一枚だけそれらしき物が見つかった。
「…フィドラー騎士団、最高司令官…アレックス・グライン……」
見つけた名刺にはそう書いてあって、即座に俺の思考が止まってしまう。最高司令官というのはつまり、団長を意味している。
19
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
使用人の俺を坊ちゃんが構う理由
真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】
かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。
こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ……
※ムーンライトノベルズにも掲載しています
騎士は魔石に跪く
叶崎みお
BL
森の中の小さな家でひとりぼっちで暮らしていたセオドアは、ある日全身傷だらけの男を拾う。ヒューゴと名乗った男は、魔女一族の村の唯一の男であり落ちこぼれの自分に優しく寄り添ってくれるようになった。ヒューゴを大事な存在だと思う気持ちを強くしていくセオドアだが、様々な理由から恋をするのに躊躇いがあり──一方ヒューゴもセオドアに言えない事情を抱えていた。
魔力にまつわる特殊体質騎士と力を失った青年が互いに存在を支えに前を向いていくお話です。
他サイト様でも投稿しています。

進行性乙女症
あこ
BL
衛は決して乙女ではないのに、匡の前ではそれに近い状態になってしまう。
その上、匡の色気に当てられた相手を見つけては嫉妬して威嚇してと大忙し。
────俺、匡に夢中すぎるじゃねぇか!
▷ 長身平凡×イケメン不良
▷ フェロモン撒き散らし系普通顔色気男子、受け溺愛攻(平凡とは?)
▷ 不良だけど実姉に「乙女ちゃん」と呼ばれるイケメン、ちょいツン受け
▷ 攻めはいわゆる全寮制王道学園在学中
▷ 受けは不良がいっぱいの工業高校在学中
▷ ほのぼの甘い日常
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

魚上氷
楽川楽
BL
俺の旦那は、俺ではない誰かに恋を患っている……。
政略結婚で一緒になった阿須間澄人と高辻昌樹。最初は冷え切っていても、いつかは互いに思い合える日が来ることを期待していた昌樹だったが、ある日旦那が苦しげに花を吐き出す姿を目撃してしまう。
それは古い時代からある、片想いにより発症するという奇病だった。
美形×平凡
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。

獅子王と後宮の白虎
三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品
間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。
オメガバースです。
受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。
ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる