黒の騎士と銀の少年

マメ

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 ◇



「んー……」

「おはようございます。ようやくお目覚めですか?」

 目が覚めると、隣から男の声がした。頭の中はぼんやりとしていたが、なんとかまぶたをこじ開けて、声のする方へ視線を向けてみる。

「……え?」

「まだ眠いんですか? 可愛い人だ」

 目の前には知らない男性がいた。美形だが、その目つきは鋭く、かなりの威圧というか、恐怖を感じる。髪は黒く、肩くらいの長さで、それを後ろに流しているから、昨日の目元がよく見えなかった男とは大違いだ。

 そんな人がなぜか俺を腕枕していて、腰まで抱いている。誰だ? 俺はグラインという男と一緒にいたんじゃないのか?

 びっくりしすぎて声を出せないでいると、男は俺が寝ぼけていると思ったのか、クスクスと笑いながらキスをしてきた。そのまま舌まで入ってきて、俺は抵抗できないままたっぷりと口内を味わわれた。男が離れたのは、ずいぶんとしばらく後だった。

「んっ……」

「お目覚めのキスは何回すればよろしいですか?」

 男は飽きもせずに何度も俺にキスしている。

 いや、本当に誰なんだろう。でも、どこかで見た事あるような気がする。知り合いじゃないはずだけど、どこかで見た。

 っていうか、昨日の男はどこに行ったんだろう。

「……グラインさんは、……っ、」

 どこにいるのかと聞こうとしたら、自分の声があまりにも掠れていて驚いた。どんだけ喘いだんだよ。

 すると、男は不思議そうに聞いてきた。

「私がどうかしましたか?」

「へ……?」

 俺は昨日の男の事を聞いたのに、目の前の男はなぜか「私が」と言った。どういう事なんだ?

「グラインさん?」

「はい。どうかなさいましたか?」

 やはりそうだ。この人と昨日の男は同一人物らしい。ありえない。

「昨日は、ヒゲが……」

「ああ…これは、昨日あなたが寝ている時に、ヒゲが当たって痛いと仰ったものですから、すぐに剃りました」

「髪……」

「髪は、ただ後ろに流しただけです。昨日一緒にお風呂に入ったのを忘れたんですか?」

 男は後ろに流していた髪をバサッと前に戻した。すると、昨日の男と同じような状態になり、本当に同一人物という事が分かってしまった。

「全然、違うので…びっくりして……」

「では、成功したという事ですね」

「成功?」

「はい。実は、私はちょっとだけ名前が知られておりまして、顔も知っている人がいたらまずいと、この国ではこういった姿で過ごしております」

「名が知れてるって、何をされているんですか?」

「私の顔はご存知ないですか?」

「知りません……」

「そうですか。まだ知らなくていいですよ。そのうち嫌でも分かるようになりますから」

「嫌でも……」

「はい。一緒に生活すれば、嫌でも私の職業は知ってしまいますから」

「……」

「ああ…本当にあなたが一緒に来てくださるなんて夢のようです。不自由な暮らしは絶対にさせませんからね」

 男は再び俺を抱きしめた。なんか一緒に暮らすとか言ってるけど、約束した覚えがない。抱かれている時にでも言ってしまったんだろうか。早くここを出ないとマズいかな。

 すると、どこかでジリリリ……と、電話のベルが鳴った。

「あ、すみません。ちょっと出てきます。ルディ様はまだ寝ていてくださいね」

 男は俺の頭を撫でると、スッ…とベッドから出て行った。その動きに音はなく、かなり静かだった。

「…どうしよう」

 男が俺と暮らすというのは本気だと思う。でなければ、ここまで甘い雰囲気にならないだろう。本当に何の仕事をしてるんだ?

「何か手掛かりはあるかな……」

 疲れた身体に鞭打って、俺はベッドから這い出した。腰は痛いし足はガクガクしているが、男は電話が長引いているらしく、しばらく戻る様子はない。今しかないのだ。

 そこら辺にある家具や壁に手をつきながら歩いてみると、目に入ったのはクローゼットだった。俺は迷わずそこを開けてみる。

「……え? 何だ、これ……」

 クローゼットの中には、男の服らしきものが数着並んでいた。ただ、俺達一般市民と違っていたのは、普通のシャツやスラックスだけではなく、その中に軍服があったという事。

 そういえば俺を助けた時、あの客を軍人だと決めつけていた。あの男は軍人で、所属する場所が一緒だったんだろうか。

 そう思いながら軍服を触ってみたが、それをよく見た瞬間、俺は思考が止まってしまった。なぜなら、ありえないモノを目にしてしまったから。

「は……? 何これ……?」

 男の軍服はフィドラーの物だった。しかも、その生地は上質で、ただの軍人では着る事ができないような特別なデザインだった。しかも、胸の辺りには勲章が大量についている。

 詳しくない俺でも分かる。間違いない。あの男は、一般の兵士ではなく、幹部クラスの人間だ。それも、かなり上の方の。

「な、なんでこんな普通のホテルに泊まってんだよ…何か、名刺みたいなのは……」

 これだけの男なら、名刺か何かがあるはず。軍服のいろんな場所を探ってみると、一枚だけそれらしき物が見つかった。

「…フィドラー騎士団、最高司令官…アレックス・グライン……」

 見つけた名刺にはそう書いてあって、即座に俺の思考が止まってしまう。最高司令官というのはつまり、団長を意味している。

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