黒の騎士と銀の少年

マメ

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 ◇



「何だ…ここ……」

 ルディはその日の夜、指定されたホテルの前で呆然と佇んでいた。思っていたより立派なホテルだったからだ。安定した職業とか言ってたけど、何の仕事なんだろう。あんな無精ヒゲが許されるって事は、研究者とか? 研究者には変人が多いと聞くし、そうだろうか。知る気もないけど。

 男はフロントで俺の名前を言えといっていた。普通は男の名前じゃないだろうか。それだけ男がここによく泊まっているという事か? 考えるのに疲れてきた。尻を使う準備はしてきたし、さっさとヤッて帰ろう。

「すみません。ルディ・カテルという者ですが……」

「はい。承っております。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」

 うわあ、本当に通れちゃったよ。どうなってんだ。

 俺が連れて行かれたのは、ホテルの最上階でこそなかったが、上の方の階だった。ドアの横にはベルが付いていて、これで中にいる人に連絡ができるようになっている。

 ドアマンがベルを鳴らすと、すぐにドアが開いた。まるですぐそばで待っていたような速さにドン引きしていたら、中からあの男が姿を現した。無精ヒゲはそのままだが、髪は結んでなかった。

「お待ちしていました……! こちらへどうぞ」

 男は明るい口調で俺を中へと引きずり込んだ。その力は思っていたより強くて、俺はあっさりと男の腕の中へと収まってしまう。

「では、失礼いたします」

 ドアマンは軽く挨拶をしていなくなってしまった。これで、逃げようにも逃げられないってわけだ。

 そういえば、俺は男の名前を知らない。聞いてみるか。

「えーと、何て呼べばいいですか?」

「グラインと。そうお呼びください。あと、私に敬語は使わなくていいですよ」

「でも、絶対あなたの方が年上ですし、あなたも俺に敬語使ってますよね?」

「ああ…これは失礼しました。ですが、私はいつまでもあなたの従者でいたいのです。ですから、お許しください」

「……」

 忠誠心が過ぎるあまりって事なのかな。でも、あまりこの話題で長引かせたくないし、まあいいか。

「あ、じゃあ、俺の事はルディって呼んでください。これから抱き合うのに、名字じゃなんか、他人みたいなんで」

「ほ、本当によろしいのですか……?」

「はい、みんなそう呼んでいるので」

「で、では、そう呼ばせていただきます。ル、ルディ……」

「はい」

「ルディ」

「はい」

 男は何度も俺の名前を呼んだ。本当に嬉しいらしい。なんか付き合いたてのカップルみたいで寒い。寒いとか言っちゃダメなんだろうけど。やっぱ俺が主導権握んなきゃダメなんだろうか。

「あのー、今日俺がここに来た目的って分かってますよね?」

「は、はいっ! 風呂は準備してあります! 一緒に……」

「あ、それ大丈夫です。自分で用意してきたんで」

「え? どういう事ですか?」

「俺、元男娼なんです。だから、自分で抱かれる準備はしてきました」

「抱かれる準備……?」

「あー…、尻をちょちょいとほぐすっていうか、洗浄?」

 男は俺を見つめるだけになった。引いたかな。引いたよな。俺を神聖なものと思ってるみたいだし、これで諦めてくれないかなー……。

 と思ったのもつかの間、淡々とした声が聞こえた。

「……を、」

「え?」

「あなたを抱いたのはどの男ですか? 貴族? 軍人? それとも、街にいる普通の男?」

「いや、もう昔の事なんであんま覚えてないです。まあ、金持ちがよく使う娼館だったみたいですけど」

「その娼館の名前は? どこの街ですか?」

「レイトって街の…ああ、すみません、あまり覚えてなくて」

 あんまり言ったらやばそうな気がして、覚えてないフリをすると、男は残念そうに呟いた。

「そうですか……」

「俺ももうやめた身なんで、もう気にしてないんです。だから、グラインさんも忘れてください」

「はい……」

 ショックだったかな。でもまあ、抱かせろと言ったのは男の方だし、これで諦めてくれたらこっちの物だ。そう思っていたが、男はいきなり俺を抱き上げ、スタスタと歩き出した。

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