ミモザの君

月夜(つきよ)

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何度でも 前半

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山城視点

ばくばくと心臓音が騒がしい。
「はぁぁぁ。」
情けなくて、・・でもどうにも高揚する気持ちを隠せない。
「じゃあ今度の金曜、18時に。」
そう言った俺は、にやけていなかっただろうか。


発端は、凛ちゃんからの棚ぼた的デートのお誘い。

「水族館のチケットをお母さんからもらったんだけど、平日の夜限定のチケットで、一緒に行ける人がいなくて、もし・・良かったら・・。」
そう、顔を真っ赤に染めた凛ちゃんからのお誘い。
断るわけないでしょ。

いつもなら、電車を降りると
「じゃあ。」
「また、明日。」
そう言って別れるのに・・、俺のスーツの袖をちょんと引っ張った彼女はそんな可愛いお誘いをしてきた。

可愛すぎて辛い・・。

じわじわと自分のほおが熱を持つのが分かった。
「俺はいいけど・・。」
そんな気のない返事をしてしまったのは、動揺のせい。
「ほんとっ!?このチケット来月半ばまでしか使えないから早く行かなきゃなんだけど、大丈夫かな?」
「ああ、今週の金曜なら早く上がると思うけど。」
「やったぁ!行きたかったんだ。」
そう言って弾けるように笑う彼女は、水族館にそんなに行きたかったのか、
それとも・・
と思いかけたが、恥ずかしい自惚れを自制した。
「じゃ、連絡先交換しとくか。」
そうして、俺はやっと彼女の連絡先を手に入れた。

・・が、毎朝会うのに何をラインで送ればいいのかと思ううちに前日になり、
「明日、楽しみだな。」
とやっと送れた。
すると、1分もしないうちに返事が来た。
「すごい楽しみ!」
可愛いスタンプ付きで。
自宅で一人、風呂上がりにスマホ画面ににやける俺。
残念と思われようと、ここは誰もいない。
「水族館、高いヒールで転けるなよ。」
ニヤリと笑いながら送る。
「大丈夫だもん!」
きっと、スマホに向かってふくれている彼女が想像できる。
身長なんて、気にしなくていいのに。
「転けそうになったら、すぐに助けるよ。
おやすみ。」
まあ、いくら言ったところで、あの満員電車でもヒールを履くんだから明日もきっと履いてくるんだろうな。
「おやすみなさい」
そう返ってきたメールに、なんとなく気恥ずかしさを感じた。

今日、俺はしっかり大人の男を演じられるだろうか。
間違っても、下心など感じさせるわけにはいかない・・。

待ち合わせ10分前、取引先からの直帰だった俺は待ち合わせ場所に急ぐ。
金曜のせいかこの早い時間でも人並みが俺のいく手を邪魔する。
待ち合わせ場所は水族館のある駅の改札のあたり。
改札を出るための人の列に並びながら、彼女の姿を探すと・・
柱の前で若い男に声をかけられている凛ちゃんを見つけた。
ナンパか?
・・このガキが。
俺の浮ついた気持ちは、ドス黒い感情に支配される。

落ち着け。
こんな時こそ、大人としての見せ所だろ。
そう自分に言い聞かせる。
内心を隠し、イライラとしながら改札を出ると彼女の方へと急ぐ。
カツン!とわざと大きめな靴音を鳴らし、彼女の前に立つ男の横に立ち、
「ごめん。待たせた?・・凛。」
俺のできる限りの甘い微笑を浮かべる。
「!!」
そんなびっくり顔するなよ。そんなに俺が笑うと驚きか?
「え?なに、凛ちゃんの彼氏?まじでか。」
振り返ったチャラそうな男は気安くそう言った。
凛ちゃん、気安く言うな。・・もしかして知り合いか?そう思い彼女を見ると、
「だ、大学が一緒で・・。」
赤くなった彼女はそう行った途端、
「うわ、傷つくなぁ。学部は違うけどさ、友達ぐらい言ってくれても良くない?」
と、凛ちゃんの凄む男。
なんとなく二人の関係が透けて見えた。
非常に面白くないな。
「へえ。凛の大学の?それはどうも。
悪いけど、これからデートなんだ。ごめんね?」
ちっとも悪びれてはいないが、にこりとして凛ちゃんの手を取り、歩き出す。
「あ、シュン、またね。」
彼女が俺の手を取られながらも、振り返り男に別れの挨拶をするのを苦々しく思う。
駅を出たところで、手を離す。
「ごめん、てっきり言い寄られて困っるのかと思ってさ・・。」
そう思ったのも半分ほんとだが。
「あ、・・まあ、よく分かんないんですけど、一緒に遊ぼうって結構しつこいんですよね。」
はははと苦笑いする凛ちゃん。
「よくわかんないって、それ確実に狙われてんだろ。」
凛ちゃんの警戒心の薄さに、勝手に苛立ちを感じる。
「いや、私じゃなくて・・多分私の友達狙いじゃないかと・・。」
私、そんなにモテないし・・なんて言ってる彼女は色々分かってない。
「私の友達、すごい大人っぽくて綺麗なんです!」
彼女は、自分の友達がいかに可愛いかを切々と訴える。
その友達がどんなに綺麗でも、俺にとっては彼女だけが特別だ。
「だから、シュンもひなのちゃん狙いだと思うんですよ!」
・・そのシュンとやらも、俺と同類かもしれないだろ。
「決めつけるのは良くないぞ。俺の見立てでは、凛ちゃん狙いだと思うけどな。」
そうそう、気をつけて距離を保てよ。
「えー?違うと思うけどなぁ。でも、先生が言うなら、そうかも??うーん。」
可愛らしい顔をしかめて、考える彼女。
納得いかないのは俺も同じだ。
「その「先生」っての、もうやめないか?
なんか気恥ずかしいような気がしてさ。」
先生って言われるたび、なんだか背徳感を覚えるのは俺がやましい想いがあるからなのか・・。
「あっそうだね。・・えっと、「山城さん」?」
小首を傾げて問う姿はかわいいが、今更それはないよな。
「俺が凛ちゃんって呼んでるのに?」
こんな簡単な問題など凛ちゃんなら分かるだろ?
「え、瑛太さん?」
これ、正解?と恥ずかしげに俺の名を呼ぶ彼女をぎゅっと抱きしめたくなった俺は、彼女の丸い頭をポンポンと撫で、「90点!」と笑った。
「なんで、マイナス10点なんですか!?」
その理由は凛ちゃんに言えば困らせてしまいそうで、はぐらかすしかなかった。
「そんなちっさな声じゃ、聞こえないだろ。」

そんなやりとりをしながら着いた水族館。
12月に入ったばかりだというのに、すっかりきらびやかなイルミネーションに彩られている。
金曜の夜、こんなデートスポットにはカップルばかりが目につく。
ここじゃ俺たちもカップルか。
「すごいきれーい」
キラキラとしたイルミネーションを、目を輝かせて楽しむ彼女。
彼女が楽しんでくれるなら、それが一番だなと思いつつ、
「ほら、イルミネーションより魚見にきたんだろ?」とついからかってしまう。
「なんか、子供扱いされてる気がする・・。」
そうブツブツ言っている彼女が可愛くて仕方がないんだ。
短めのふわふわの薄茶のファージャケットに、千鳥柄膝が見えるか見えないかぐらいのスカート。そして、そこからすらっと伸びる脚は黒いタイツに、ショートブーツ。
小柄な彼女によく似合うファッションで、彼女の可愛さはつい見つめていたくなるほど・・。
危険人物は俺だな・・。
彼女がクラゲや、雰囲気を出すためにライトが当てられた魚達をいちいち感動しながら見て回る。俺はそれを後ろから見守るようにして、彼女が人と接触する前にそっと彼女の横へと移動する。
「うわぁ、こんなところでお酒が飲めるんですねぇ。なんか、大人って感じ!」
「雰囲気だけでも味わってみる?」
水槽を眺めながら、アルコールが楽しめるバーに彼女を誘う。
照明が絞られ、ライトの当たる水槽を眺めながら一杯飲むのは中々しゃれている。
ビールとオレンジシュースを注文し、立ち飲みの空いているテーブルへと移動する。
テーブルには、二組のカップルが魚なんかそっちのけでいちゃついている。
まあ、カップルなんてそんなもんだろ。
「じゃあ、乾杯。」
「お酒が飲みたかったなぁ、オレンジジュースも美味しいけど・・。」
そうしょんぼりする彼女。
「まだ、未成年だろ?」小声でたしなめる。
小声になってしまうのは・・なんとなくだ。
「厳しいなぁ。あ、じゃあ、一口だけ、ね?」
お願い!とおねだりする彼女は殺人的かわいさ。
くっ・・、味見ぐらいいいかとつい彼女にビールボトルを渡す。
しょうがないだろ・・。
俺におねだりは断れない。誰に言い訳しているか分からないが、そんなことを思った俺は後でものすごい後悔をする事になる。
彼女の唇がビールボトルに口付けてごくんとビールを飲む。
なんだろ、すごく背徳感・・。
ぐびぐびと飲む。そのちょっと突き出した唇がエロい・・。
ん?ぐびぐび?
「こら、飲み過ぎだ。」
いかがわしい目で彼女を見ていたら、制止するのが遅れた。
「ごめんなさーい。だって、炭酸美味しかったんだもん。」
ふふふと笑う彼女はイタズラが成功した子供のようだ。
「・・間接キスだな?」
「えぇっ!」
ブワッと顔を赤くした彼女を横目に、彼女から奪ったビールボトルに口づけぐいっと飲む。我ながら、意地悪な反撃だ。無意識とはいえこちらをその可愛さで振り回す彼女にちょっとした仕返しだ。

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