執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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絆を結う

ご挨拶 後編

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華のお姉さん(芽衣)視点

「だからね、華の選んだ人を認めてあげてね?」
母は電話越しに朗らかに言う。
「ちょっと、何言ってるのよ。前回の教訓はどうしたのよ!あの頼りなさげなバカ男、全然ダメだったじゃない。
華はしっかりしてるくせに、どっか抜けてるから私たちがちゃんと相手を見極めなきゃって言ってたじゃない。」
平日の昼下がり、母からの話があるのと言う真面目な切り出しにどきどきしたら、なんとあのぽやっとした妹の華の結婚話。
前回、挨拶まで来といて、結納直前にご破談になった結婚に傷ついた妹の華は痩せ細り、体調を崩して入院後、あんなに頑張っていた仕事まで辞めてしまった。
入院中も退院後も話をしようとしたけど、もういいんだと言うばかり。
本人がそう言うから私たち家族は何も出来なかった。
本当なら、慰謝料とか迷惑料とかあのバカ男に請求したかったのに。
・・でも、そんな事はきっと家族の勝手な想いで、華はそんな事より新たな場所を求めていた。
昔だったら、なんだってお姉ちゃん!と相談してくれたのに・・。なんだか落ち込む私に母は、華にも立ち直る時間が必要だと諭された。話をよく聞けば、離婚した父に相談したとか。
なんか、父に諭されるのもシャクなんだけど。
でも、結婚してすでに家を出てしまった私は、弱ってく華の支えにもなれず、そんな華をなすすべなく見守る母が追い詰められていくのをどうしょうも出来なかった。
その時の私は、自分の無力さとか、バカ男を見抜けなかった事、いろんな想いで苦しかった。
それでも、一番苦しかったのは華だから、一人暮らしをすると決まった時、諸々の準備を手伝った。
ひとりの空間はとても寂しそうに見えてすごく心配だったが、母の言葉を思い出し、言いたい事や聞きたい事も全て胸の中にしまい込んだ。
私の想いは、華が本当に幸せになれた時にでも言えたらいいと思って。
そう、だからこそ、華が本当に幸せになれるのか、見極めてやろうじゃないの上司さん!
ないとは思うけど、パワハラ、もしくはセクハラもどきのように華に迫っていたとしたら・・、
私、やる時やりますよ?


約束の日、実家にて旦那と待機する。
「もう、そんなに怖い顔するなよ。めでたい日だぞ、芽衣」とのほほんとする旦那。
「そうそう、大丈夫よー。」ニコニコする母。
ダメだ、共闘できる人間がここにはいない・・。
「甘いわ!二人とも。世の中いい人ばかりじゃないでしょ?
現に一度は痛い目にあってるというのに。
上司ってどんなのかしら?こないだみたいなチャラっとしてて、調子のいい男じゃなくて、平凡でつまらない男でもいいから華を一番大事にしてくれる人じゃなきゃダメなんだからっ!」
「芽衣は華ちゃん大好きだよね・・。」
「そうなのよ。この子ったら昔から・・。」
うふふ、あははと昔話に花を咲かせる旦那と母。
違う!違うのよ!今日は私の話じゃないっつーの。
頭が痛いわーと思っていると、
ピンポーン。

来た!
来たわよ、ようし、このお姉ちゃんが見極めてあげるわよ、華。


冴木課長(ユウマさん)視点

ピンポーンと間延びした呼び鈴。
体の内部が震えるような緊張に見舞われている俺は、緊張をどうにか落ち付けようと脱いで手にしたコートをぐっと掴んでしまう。
お、落ち着け俺。
36年、どんなでかい商談だってこんなに緊張した事はない。
人生で一番の勝負とも言える、お嬢さんを俺にください宣言の日。
やばい、どもりそう。
やれるか俺、いや、諾と言われるまで今日は帰るつもりはないが。
バタンとドアを開けて迎え入れてくれるのは、落ち着いた優しそうなお母さん。
「・・、よ、ようこそ、手狭ですが。冴木さんですね?母の百合子です。」
「はじめまして。冴木ユウマと申します。
本日はお時間を下さりありがとうございます。」
深々と一礼し、お姉さんの好みをリサーチしたお土産を献上する。
華に促されるように家へ入ると、
「お母さん、ユウマさんが美形だからびっくりしちゃったかも。」
そう苦笑いする華。
・・まずいな。
緊張しててもつい営業スマイルを浮かべてしまう俺。
その笑みにひれ伏す者が多いのは紛れも無い事実だが、その笑みが警戒されてしまう場合もある。
今日のような結婚のお許しをいただく場合、残念だがおそらくは後者だろう。
・・イケメンて、現実では結構気苦労が多いよなぁ。
そう思いつつ通されたのは和室。上座には既にお姉さん夫婦が鎮座している。
立ち上がろうとするお姉さんの旦那さんに目配せし、座布団を避け正座した上で挨拶する。
「本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます。
・・どうか、遠慮せず気になる事などなんでも聞いてください。」
頭を下げるが、俺の後頭部にめっちゃ強い視線を感じる。
おそらくお姉さんだろう。俺の見てくれに一ミリも反応しないお姉さん、なかなか手強そうだ。
「どうぞ、座布団に座ってください。話は母が来てからで。」
一見にこやかそうな声色だが、表情はちっともにこやかでは無い。
なんとなく、どこかで試合開始のゴングが聞こえた気がする・・。

「良かったわねぇ、芽衣の好物じゃない。すみません、お気遣いいただいて。」
お母さんはにこやかだ。
その横で、お姉さんは皿に盛られたパステルカラーのマカロンをちらりと見ると、ふっと冷笑を浮かべた。
・・ご機嫌とり、失敗といったとこか。
ここは変に取り繕うことはせず、真正面から勝負だな。
座布団をんから降り、お約束通りの土下座で勝負をかける。

「華さんとの結婚をお許しください。」

しんと静まる室内。
誰がどんな顔をしているかすごく気になるところだが、ここで頭を上げるわけにはいかない。


加藤家ファミリーサイド

母〈とんでもない美形上司を連れて来て、心配になって来ちゃったんだけど・・、なんだか大丈夫そうな気がするのよね。だって、華が冴木さんを見つめる目がねぇ・・。〉
姉〈・・めっちゃ直球。何よ、イケメンだからって・・。頭を下げたぐらいじゃ認めないわよ、私。〉
姉の旦那(サトシ)〈うわぁ、めっちゃイケメンが、正座に土下座。なんかドラマでも見てるみたいだなぁ。ここは、娘はやらんみたいなのやるべきかな?でも隣にいる華ちゃん、ウルウルしちゃってるよ。芽衣、どうするのかな?〉
「頭をあげてください。お気持ちは分かりましたから。」と母。
「いえ!お許しいただけるまで、頭を上げるつもりはありません。」とユウマさん。
「頭下げたからって、認めると思うの?
悪いけど、私は納得いかないんだけど。」と姉。
「お姉ちゃん!なんてこと言うの!」と怒る華。
「ええと・・。」使えない姉の旦那サトシ。
どうやら室内は修羅場の様相だ。

しかし、男36歳。だてに修羅場をくぐってはいないのだ。
「お付き合いを始めたのは先月からですし、時期尚早と言われるのも承知の上で申し上げています。」とユウマさん。
「そうよ、100歩譲って結婚前提のお付き合いって言うならまだしも、結婚するって勢いで決めていいもんじゃないでしょ。」と最もなご意見の姉。
そこでユウマさんは畳み掛ける。
両手をついたまま、顔だけを上げて加藤家サイドに問う。
「結婚前提のお付き合いとは時間としてどれだけ過ごせばご納得いただけるんでしょうか?
三ヶ月ですか?1年?2年でしょうか?」
頼みの姉は、ユウマさんの視線の強さに内心たたら場を踏みつつも、
「普通1年ぐらい?正確にどれだけの期間というより、もっと相手のことをを分かってからでないと・・。」
なんとか自らの考えを述べる。
「お互いをわかり合う上で時間など無意味だと僕は思います。
・・華さんは僕にとって初恋なんです。
いや、仰りたい事は分かります。
今まで、ご想像通り女性関係も全くないなんて事はありません。
この容姿で得した事も多々ありましたが、いつも満たされないものを感じていたのも事実です。
このまま誰とも結婚などしないと思っていた僕を変えたのは華さんです。
これから先、華さん以外の人など考えられません。
華さんがこんな僕との結婚の申し出を受け入れてくれた事を、僕は・・これ以上ない・・幸せだと感じています。
ですから、華さんでないと・・華さんと結婚したいんです。」
途中つまりながらも、ユウマさんは今日伝えたかった事をどうにか言えた。
その目にはうっすらと涙の膜が覆っている。
そして、もちろんこの人も・・。
「私からもお願いします。
私もユウマさんでないと・・ダメだからっ・・。」
両手をついたユウマさんの横で、同じく頭を下げる華。
その背中は嗚咽で震えている。

「芽衣?俺には二人が、とっても似合いの夫婦になれそうな気がするんだけど。」とサトシは優しく姉の芽衣に語りかける。
「っ、、。もうっ!もっと、いじめてやろうと思ったのに!」グスグス泣く芽衣にティッシュを差し出すサトシ。
頭を下げる二人は、いじめる、と言う言葉には引っかかったものの、どうやら手強い姉が可愛い妹の華の願いを聞き入れてくれたようで内心ホッとする。
「冴木さん・・、ユウマさん?
華は決して要領のいい子ではないんです。
いつも人知れず人一倍努力をする努力家でとても優しい子なんです。
・・親バカなのは承知していますが、親として、頑張ったこの子には幸せになってもらいたいと、ほんとにっ・・。願っているの。
ユウマさんの人となりは良くは知りませんが、華がこの人でないとと選んだ勇気を私は応援したい。
どうかどんな時も二人、手を取り合って生きて欲しい。
・・華をよろしくお願いします。」
母は涙ながらに想いを告げ、頭を下げた。
「必ず、必ず・・幸せにします。それが僕の幸せですから。」
頭を下げたユウマさんの背中は震えているようだった。
「ありがとう、お母さん、お姉ちゃん。お兄さん。」
ポロポロと涙を流す華は、隣で頭を下げ続けるちょっと涙もろい愛しい人の手を握る。

幸せな時も、困難な時も、
喜びのときも、悲しみのときも、
富めるときも、貧しきときも、
病める時も、健やかなる時も・・この手を離さないように。



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