執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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幾久しく幸せな日々

繋ぎ止めたいもの 後半

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冴木課長(ユウマさん)視点

大阪からタクシー、新幹線と乗り継いで、駅構内の人混みを大股でかき分け、小雨が降る中やっと辿り着いた社内のエレベーターホールは夕方のお帰りラッシュだった。
次々と人が降りてくる波に分け入って、停止階数を押し、さっさと扉を閉める。
いつもなら、他に乗る者がいないか確認して目が合えば扉をあけて待っているところだが、今日は他者を思いやるなどできない。どこに行っても人が溢れる街にイライラとしてしまう。
エレベーターのドアが開いた途端に飛び出し、内心はあはあと息切れをしつつも急いで部内のドアを開ける。
力任せに勢いよく開けたドアの先には・・いない。大阪から3時間ぐらいひたすら会いたいと、いや昨日からずっと会いたいと思っていた華がいない。誰も座っていない華の座席を見つめていた時、
「・・早かったわね。今日は、直帰だし和田部長と一緒だから絶対終電だと踏んでいたんだけど。」
そう驚いたように話しかけてきたのは美魔女谷口。
「・・ああ。そうなりそうだったんだが・・、加藤さんはもう帰ったの?」
そう聞く俺に美魔女はため息をついた。気がつけば、皆の視線も厳しいように見える。
「加藤さん、今日はミスしまくりでかなり落ち込んでいたわ。ずっと心ここに在らずって感じで。大したミスはなかったんだけど、午前中に発送しなきゃいけなかった資料を忘れちゃって自分で届けに行ったの。
それでそのまま直帰したらって勧めたのよ。今日は仕事にならないでしょって。」
「そう・・か。」
自然と目線は自分の足元へと下がる。
俺は話し合えば分かると、また華は笑ってくれると気楽に考えていた。
しかし、華はそうじゃない。
きっと、俺が思っているより悩んでいる。
どうしてだ?謝ったのに・・。

「ちょっと、そこの出来損ない!」
沈む思考の中美魔女の罵声に驚き顔を上げると、ひやっとする冷たい視線がこちらに向けられていた。
「私、加藤さんに課長が相手でいいかって聞いたのよ?
・・よく考えた方がいいわって。」
片目の目尻を上げつつこちらを睨む美魔女に、整っているからこその威圧感を感じる。
「なっ!・・なぜです?大事にしてるつもりだが?」
かっとした感情を抑え、冷静に問い詰める。
華に余計な事など吹き込んで欲しくない。
「そう、大事にしてるつもり・・?じゃあ、なんで加藤さんはちっとも幸せそうじゃないのかしら?
あなたは幸せそうにしてたわ。でも、ちゃんと相手の気持ちが見えていたの?」

相手の気持ち?・・華の気持ち?

「恋愛は二人でするものよ。
あなたは独りよがりな愛で加藤さんを振り回してるんじゃない?」
独りよがり・・
その言葉がぐさりと突き刺さった。
俺は独りよがりだったのか?
そんな自分勝手な事はしてない・・はず。いや、最初から独りよがりだった?
頑張る華を甘やかしたい、愛したい、守りたい・・
そう思ってきたのに、それは間違いなのか?
心がぐっと冷えるのを感じた。
「これだから、恋愛偏差値の低い男はっ!」
吐き捨てるように言った美魔女は、しょうがないって顔をしている。
なんとなく感じる既視感。つい数時間前にもラファエルにもそんな顔されたような・・。
「いつまでも、カッコつけてないで相手と向き合えって言ってんのよ。
・・逃したくないならなおさらね。」
そう言った美魔女は小首を傾げて、
「今日は加藤さんの話をよく聞いてあげて?・・聞いてあげるのよ?全部ね。」
美魔女たる所以の妖艶な笑みを向ける。
なんとなく引っかかったが、今は華の元に急いだ方がいいだろう。
すみません、あとはよろしくと礼を言い、とりあえず華の家へ向かうべく駅へと行った。
電車に飛び乗ったところで華にラインをするが既読はつかない。
まだ、取引先か?いつ頃社内を出たか、どこの取引先に行ったのかさえ聞かずに飛び出してきてしまった。
はああ。ダメすぎる。
揺られる車内で自分に嫌気がさすが、今更社内に戻っては時間の無駄だろう。
電車を乗り換えた時、ホームで山城へメールすると、すでに帰路についているはずとの連絡があった。
華の既読はまだつかない。
空を見上げると、外は小雨から少しづつみぞれに変わってきていた。

みぞれが降る中、ビジネスシューズで風をきって歩いていく。
駅からの道沿いの商店街を通り過ぎると目に入るのは二人で行ったスーパー。
その明かりが胸をぎゅっと締め付ける。
あの時の楽しそうに笑う華の顔が蘇り、今ここにいてくれたらどんなにいいかと思ってしまう。
ああ、ほんと俺、華の事好きだな・・
何度目か分からないつぶやきをする。
凍えそうな夜にみぞれが降る中立ち止まった俺の周りは皆、傘をさし家路へと急ぐ。
待っている人がいる家へ帰る者が羨ましいと感じた事など今まではなかった。
いつだって、華は俺さえ知らない俺自身の初めてを教えてくれる。

華の家のインターホンを鳴らすが、まだ帰っていないようだ。
がっかりするのと同時にやっぱりとも思うのは、最近のすれ違いっぷりが原因だろう。
上手くいかないときは、待つしかない。
待つしかないとは分かっていても・・スマホの画面を見てしまう。
マンションの渡り廊下から外を見上げると、みぞれはどうやら粉雪に変わったようだ。
どおりで寒いはず。みぞれによって少しばかり濡れたコートの水滴を落とし、濡れた髪の毛を後ろへとなで付ける。濡れた靴や指先は凍えるように冷たく、吐き出す息は真っ白な煙となって自身の顔をを包む。
静かな渡り廊下のヘリに肘をかけぼんやりと雪が舞う外を見ていると、だんだんと不安になってきた。
このまま会えないなんて事はないはずなのに、会いたい気持ちが自分を不安にさせる。
もう一度、駅まで行った方が早く会える?
取引会社で引きとめられている?
どこかで買い物でもしてるのかもしれない。
いや、誰かと一緒にいる?・・誰と?
はあぁ。
女々しい。すごく女々しいな。ほんとかっこ悪い。
女の家の前で、ずぶ濡れとは言わないが、濡れたまま凍えるようにしていつ帰るとも知れない女を待つ・・。
この自分がそんな事をするなんて、半年前、いや3ヶ月前でも予想できなかった。
こんな無様な自分を華はどう思うんだろう・・。

華視点

今日は最悪だった。
昨日の夜、泣きながら寝たせいで起きたら顔はむくんでるし、始業早々コーヒーは机の上で倒すし、発注単位間違えて山城さんに指摘されるし・・極め付けは、資料の発送忘れ。
自分のダメさに、心が折れそうになる。
降り出した雨はいつのまにか雪に変わり、濡れた道路はぐちゃぐちゃになっていて、ヒールではつるっと転びそうだ。こんな日に滑って転んで怪我でもしたら、ほんと立ち直れないので傘を握りしめゆっくりと歩いていく。
降り出した雪は真っ白なのに、地面に降りると、泥が染み込み黒く色を変える。
それがなんだか自分みたいで泣きたくなった。
好きな気持ちはふわふわと柔らかくキラキラとしていて・・ふわふわ舞う粉雪みたいだった。
でもそれが・・。
雨とみぞれでぐちゃぐちゃになった道路は私のパンプスを冷たく汚す。
どうして、いつまでもキラキラとしていられないんだろう・・。
私、やっぱり恋愛に向いてないのかな・・。
優しいユウマさんを困らせて、すっかり自己嫌悪に陥る。
濡れた階段を注意深く登りきり、目線をあげると・・
部屋のドアにもたれかかるユウマさんがいた。

雨で髪が濡れ、邪魔くさそうに前髪もうしろに撫で付けてあり額を露出させ、いつもは白い顔が寒さで少し赤らんでいる。
「ゆ、ユウマさん・・。」
大阪にいるんじゃなかったの?
会いたかったユウマさんを前に、どうでもいい事ばかりがうかぶ。
こんな時、なんて言ったらいいのか分からない。
話したくないと言ってしまった私に何が言えるのか。
どうしても視線はユウマさんの顔を直視出来ず下がってしまう。

すると、あの日のように手が差し出された。

「おれのとこに戻ってきて。
まだ信じられないかもしれない、互いに知らない事も多い。
こうしてすれ違った時、行きそうな場所も、お気に入りの店もお互いの実家も、友人も俺は華の事を知らない。
でも、そんなもの知らなくても華が俺にとって唯一の人だと痛いぐらいに知っているんだ。

・・だから、この手を・・選んで?」
そう言うユウマさんは、今にも泣きそうな顔をしていた。

ユウマさんの顔が涙でにじみ、私のほおに涙が伝う。
鼻をすすりながら、震える一歩を踏み出す。

その一歩はあなたを傷つける一歩かもしれない。
次の一歩はあなたを許さないと責める一歩かは分からない。
それでも・・
私は、あなたの手を握る。
その手は、いつもの温かな手じゃない、冷たく凍りそうな赤くなった手。
それなのに、その冷たさに涙がポロポロと溢れた。

あなたが私を待っていた時間を感じたから。

「ごめんなさい、私、帰るのに時間かかっちゃったの・・。」

あなたを暖めたくてぎゅっと抱きしめる。あなたの身体はびくりと凍ったように固まったけど、すぐにその大きな身体で、私を優しく包み込んだ。すると、あのバニラの香りがかおりどうしょうもなく安堵する。
耳元で、
「ごめん・・それでも、華を傷つけても・・好きなんだ。」
震える小さな声はやっと聞き取れるような吐息混じりで、今日のあなたの声は甘さより切なさが漏れでていて私は溢れる涙を止める事は出来なかった。


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