執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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番外編 キスとぬくもり 安藤課長編

15迷路の先 安藤課長編

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沙織視点

「安藤課長、こっちです!」
東京駅の新幹線発着ホームでこちらに向かって手を振るのは爽やかなのに色香ダダ漏れのかわいこちゃん。そんなかわい子ちゃんについちょっかいを出したくなるのはお約束。
人混みをゆっくりとかき分けつつ高い黒のヒールで歩を進め、少しばかり背の低いかわい子ちゃんの耳元に小声で囁く。
もちろん、微笑を浮かべながらかわい子ちゃんのくびれに手を当てるのも忘れない。
「今日は帰さないわよ。」
「っ!!な、なっに言ってんですか!出張です!」
びくんっと身体を揺らして真っ赤に染まるかわい子ちゃん事部下の加藤さん。
「・・安定のかわいさで安心するわ。」
安心感さえ感じる可愛さについ頭を撫で回すと、「ちょ、ちょっと、やめてくださいっ。もうっ。」と可愛らしく照れている彼女を見ていると、少しばかり胸が軋む。

こうゆう子が最後に選ばれる子なのよね。

この加藤さんの愛が重過ぎる夫の冴木が私と一度だけ寝たのは遠い過去。
あの時、彼をこんな風に変えることなど私は出来なかった。だから、私と彼はただの通りすがりの通過点にしかならなかった。
別に彼女の夫である残念臭が漂う冴木に今更未練のカケラなど全くない。
ただ、どんなに口説かれようと、どれだけ声をかけられようと、結局のところ私は一夜を楽しむ女なんだと、、感じるだけ。
そんなこと、もう十分知ってるのに。

頭をよぎるのは、口内を自分勝手に這い回る熱い舌。
もっと深く繋がろうと、咬まされる唇。
〈んっ、く・・。〉漏れる吐息と、悩ましげな声。
こちらを睨むように、食べ尽くすように細められた瞳。
逃げたくても、美しい外見からは想像できない力強さでがっしりと捕まえられたら・・。
流れる唾液と、触れる肌に身体が戦慄いた。
やめて!
やめてっ、引きずり出さないで!
心の奥底で無防備な自分が叫んだ。
渾身の力でKAIの胸を叩いて拒絶したが、腕が離れることは無かった。
鬼マネの着信音が鳴り響くまでは。
・・今回はあのムカつく男に感謝しなければいけないかも。
それにしても、抱いてって言ったのに、どうして、あんなキスをするのよ。
考えたって何も変わらないと分かるから、何も考えらえないほどに抱いて欲しかったのに。。

「課長!聞こえてます?」
ずいっと顔を覗き込んできたのは加藤さん。
新幹線はすでに発車していた。
ああ、駄目ね。考えても無駄な事に時間を使うなんて。
「ごめんね。頭の中で顧客の情報を整理してて。」
不甲斐ない自分に苦笑いが漏れる。
「昨日、急遽山城さんの代わりに出張する事になったんですもんね。大丈夫ですっ!山城さんから完璧な資料頂いてます!」
任せてくださいと可愛らしい顔を見せる加藤さん。
「ありがとう。頼もしいわ。」と言いつつ、申し訳なくなる。本当は山城くんに代わって欲しかったのは私の方。
課長である私が出向くほどでもない顧客であっても、新課長として顔見せしたいからと半ば強引に代わってもらった。
強引なキスから二日。
あれから多忙なKAIとはすれ違ったまま。
でも、今日には多分ドラマのクランクアップだと事務所の人が言っていたから、どうしても今日はあのKAIの家に帰りたくなかった。
もうすぐ来る、終わりの日。
私は笑ってさよならを告げられる?

KAI視点

「くっそ!んで、こんなに忙しいんだよっ!」
控え室の鏡の前で悪態を晒す。
「ほらっ。もう動くんじゃねえ。やりづらいだろうがっ!」
どすの利いた声でオラオラと怒鳴るのは、本日KAIのメイク担当の淑女なしょうこさん。
「はぁぁ。・・時間がねえんだよ。」
鏡には情けなくうなだれる俺。
うな垂れた俺の首を「おりゃっ!」と無理やり立たせたしょうこさんは、
「苦戦してるのねえ。。元童貞くんには手厳しい相手よねえ?」
とあははっと高笑いする。
くっそムカつく。
あー!どうせ元童貞だよ!
人間不信な俺に恋愛経験など皆無だ。
俺にあるのはこの見た目と、自室に積み上げられた小説で得た知識・・だけ。
あの妖艶な沙織さんに俺の見た目なんて、さして得点にはならないだろう。
本で得た知識もてんで役に立たない。
だって、どんなヒロインとも違う。
悪女のようで、優しくて、少女のようで、・・魂抜かれるほどエロい。
どうしたら、俺のモンになってくれるんだ。
あの優しさを他の誰にも向けないで欲しいと思う。
あのエロい身体を他の男に晒して欲しくない。
取り繕った大人の殻が破れた大笑いする笑顔を独り占めしたい。
・・欲しいと思ったら、もう引き返せないんだ。
「・・はぁ。」
あの夜、抱いてと言われて、どれだけ俺が我慢したか、沙織さんにわかるはずもない。
あのまま抱けば今までの男たちと同列になる気がしたから。
俺が沙織さんに抱くきもちを「好き」なんて言葉で伝えたくなかった。
ありったけの想いを込めてキスをした。
今まで誰にも抱いたことのない想いを、自分でもどうしていいか分からない。

甘やかしたい、泣かせたい。

笑わせたい、怒らせたい。

身体中に俺の跡を残したい。

でも、俺の腕からすり抜けた沙織さんを追うことは出来なかった。
追って、追い詰めたら、きっとあの人はいなくなってしまうから。

「・・はい。出来た。うーん、我ながらいい出来だわ。このどこか憂いのある雰囲気がたまらないのよ!」
鏡に映るのは、色白で陰気くさい男。そこにいるだけで、なんか悲しいことあった?って聞きたくなる顔なのは生まれつきだ。
「どーも。」
「はあっ。可愛くないわねえ。まあ、その恋煩いしてる様は余計に色気が出ていいと思うけど。でもねえ・・。」
背後に立ったしょうこさんが少しかがんで、鏡の中の俺に言う。
「マネージャーから海外スポンサーの契約取れたって聞いたでしょう?あのマネージャーが喜ぶほどの。来週には向こうに立って契約を交わさないといけない。」
「分かってるよ。だから時間がないって言ってるだろ。」
あのキスを邪魔した忌々しい電話は、世界的な時計メーカーのスポンサー契約の知らせだった。と、同時にパリへすぐに立たなければならないという通告でもあった。
「・・時間、ね。時間があればあの子を捕まえられると?」
「そりゃ、ないよりいいだろ。」
投げやりに答えた俺に、ふっと馬鹿にした笑いが聞こえて、カチンとした俺が鏡越しに見たのは、
「そんなんじゃ、横からサクッと攫われるぞ?・・たとえば俺に。」
淑女なしょうこさんがオスな顔で俺に言い放った。
「はっ!?」
「あんな綺麗な子を手元に置いて可愛がったら癒されるじゃない。それに、あの子はどっちの私も愛してくれそうでしょ。」
ふふと笑う顔は、俺をからかってる、多分。
そうだとしても、、
「沙織さんは、ペットじゃない!沙織さんは・・っ!」
どんな言葉が的確か、分からずにいると、

「沙織さん、沙織さんうるさいわ。」
ドアをノックもせずに入って来たのは、鬼マネ。
俺ら二人の様子を見て、はあっとため息をつくと、
「しょうこさん、からかうのもいい加減にしてください。KAI、彼女は今日から出張だから、明後日までは会えねえぞ。」
「っまじか・・。」
うなだれる俺。
「あながち冗談でもないんだけど・・。」
クスッと笑うボーダレスなしょうこさん。
「「!」」


この迷路の先には・・。
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