執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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番外編 キスとぬくもり 安藤課長編

3 彼の事情 安藤課長編

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あるバーテンダー視点
土曜の夜、黒のシックなドレスを着た女性が一人やってきた。
シックなドレスはバーの照明が当たると上品に光を反射し、シンプルなデザインであるのに、この女性らしい曲線が歩くたびに際立っていた。
どこかのパーティ終わりか、又は結婚式帰りか?
いや、男と待ち合わせだろう。
長年の勘はそう告げたが・・。
「一番奥の席、座ってもいいかしら?」
口元に微笑を浮かべたその女性は柔らかな声で話しかけてきた。
女性が指定したのはバーの入り口から一番遠く離れたL字カウンターの隅の席。
・・待ち合わせではないということか。
「ええ。もちろん。なにをご用意しましょうか?」
「・・そうね。お勧めをいただける?」
「かしこまりました。」
女性が一人お酒を楽しみにいらっしゃるのはこちらとしても嬉しいものだ。
しかもオススメをと今日の一杯を委ねられるのはバーテンダーにとってとても光栄な事。
期待外れなどとならぬ様、優雅な動きから想像もできぬ速さで渾身の一杯を導き出す。
「どうぞ」
スッと女性の前にお出ししたのはジンフィズ。
バーに慣れたお客様ならばこの一杯をお楽しみいただけるでしょう。
シンプルなレシピ故、シェーク、ステア、配分全てにバーテンダーの力量が出る。心地よい緊張感の後、作り出された逸品に酔いしれていただきたい。
「・・美味しい。」
ふわっと咲き誇る様な笑みを浮かべられた女性に、今日もバーテンダーとしての心意気を再確認させられた。
どうかごゆっくり、と言いたいところだが、店内の狼達はどうやら見つけてしまったようだ。
純粋にお酒を楽しんで頂きたいが・・この女性は難しい様だ。
それでも、彼女の壁の様に男たちの目線を遮る場所でグラスを拭くぐらいは出来る。
まあ、時間稼ぎでしかないだろう。

「次の一杯は奢らせてくれないか?」
女性のグラスが空になるのを見計らってやってきた男性が一人。
・・なるほど。
オーダースーツが似合う男盛りと言える色男。
話し方も紳士の様に感じられるが・・どうやらこの女性、彼はお好みではないようだ。
さて、どうしたものかと思案したところ前を横切る人影。
あ、彼は・・。

成り行きに耳をそばだてているとどうやらこちらの彼は合格のようだ。
ふふ。
男と女は分からない。
だからお酒が必要なのでしょう。

KAI視点

「いくらいい男でも鳥肌立つのはしょうがないじゃない?」
グラスを持ち、髪を綺麗に結い上げたその女はクスリと笑った。
セリフだけ聞けばなんて高飛車な奴だと思うところだが、少しばかりラメの入ったシックな黒のドレスを着た女には正直、よく似合っていた。
「はは。正直者だな。」
隣の名も知らぬ女に微笑みながら、カウンターでグラスを傾ける俺は場慣れした男に映るのだろうか。
「あなたこそいつもこうして声をかけてるの?」
悪い人ねと面白がる様に女は言った。
「いつもじゃないよ。」
少し真面目に答えるが、「そう?」と笑うこの女こそきっと場慣れしている。
一般人か?
気をいくらか許した笑みは妖艶過ぎる。
シンプルなドレスでは隠しきれない曲線美に、すらりとした足首。
ゴテゴテと装飾された色気とは違う滲み出る色香。

「・・触ってみたいな。」

「え?」

口からこぼれ出た言葉。
「あ、いや。」
動揺を隠す様にモヒートを流し込む。
喉に刺さる炭酸とミントの香り。
それらを飲み干した時、左手が柔らかなものに包まれた。
「!」
「・・奇遇ね。私もそう思ったとこ。」
俺の左手にそっと手を重ねたのは、妖艶なくせにどこか温かみを感じる女。

「あんたの手、気持ちいい・・。」
俺はその細い指先に自分の指を絡めた。


ガラス張りの高層階の一室。ガラスの向こうにはビル群に追いやられた青空。
そんな景色の前にタバコの煙をふかす年齢不詳な白いスーツの女が一人。
茶色のタバコを挟む指は真っ赤なネイルが光る。
ふうっと白い煙がまた吐き出され、この空間いっぱいに甘ったるい香りが広がる。
年齢不詳の女は、眉間にシワを寄せいらいらと人差し指でデスクをトントントンと叩く。
「で?」
「社長のご指示通りKAIの部屋引き上げて参りました。」
柔和な表情で深々と一礼する男。
「何か変わったことは?」
社長の目がさあ早く吐けと訴える。
「・・KAIが探してくれと言ったメモ書きなどは一切なく、ベッドルームには空のコンドームの袋が二つほどございました。」

「「!!」」
なんて事報告しやがると鬼マネを睨むと、
「女にうつつを抜かし生放送に穴を開けかけた奴にプライバシーなんぞない。」
ヒュオッーと冷気が吹き乱れた。
「す、すみません。」
確かに、プロ意識のかけらもない失態だった。
「それで?KAI。どうだったの?」
ニヤニヤと全力で面白がろうとするタチの悪い俺の事務所の社長。
「・・黙秘。」
対面に置かれた白の革のソファに深く腰掛けた俺は、無表情で答えた。
ばあっん!!
社長は机を叩いた。
「黙秘が通るかっ!!このチェリーがっ!」
「チェリー言うなっ!もう卒業済みだ!」
「知ってるわ!だから詳細を報告!!」
「だから、黙秘。」
「あんた、誰があんたをそこまで育てたと思ってるのっ!?」
悔しそうに罵るが、残念ながらあんたは俺の母親じゃねえ。

「まあ、ヤリ捨てられた可能性が高いですね。」
ガツンと俺のハートを粉々にするセリフを言うのは鬼マネ。
ぐっと胸が引き攣れる。
くそっ。
なんで何もねえんだ。
「名前も会社も明かさなかったようですし、これきりにしたかったのでは?」
ふっと小馬鹿にする様に冷笑する鬼マネ。
ほんっと、コイツ性格悪すぎ。
「・・うるせぇよ。」
やるせなくて、ただ苦しい。
なんだよ、俺だけなのか?
あんなに、優しく笑ったくせに。
あんなに・・俺を抱き締めたくせに。。
心に溜まった悔しさがため息に変わった時、
「まあ、手は打ってますがね?」
出来る鬼マネが勝ち誇った様に言った。
「じゃあ・・。」
ちらりと見えた希望の光
「トークイベント!もちろん出来るね?」
鬼マネは、所詮鬼マネだった。
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